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ピエスモンテ(じいヤンのよもやま話)

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ピエスモンテ(じいヤンのよもやま話)
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基本的には、時間が空いているときに、自由に更新させていただく、公開日記のページです。作成者(管理人)は、以前は病弱でしたが、おかげさまで少しづつですが元気になったものの、今度はフットワークの迅速化で疲れがピークに達してしまい寝込むことも少なくありません。2008年のお正月から1年間で2000名のアクセスを頂戴しました。ありがとうございます。これからも、地道に更新を続けてまいります。ご笑覧いただきたいと存じます。
コメントは大歓迎です。必ずお返事を差し上げますので忌憚なくお寄せくださいませ。
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(#413)昨日の溶解作業と今日の盛人式式典リハーサル

2009/11/06 09:35
昨日は、鋳物工場にとってのビッグイベントである<鉄の溶解工程:『吹き』と言います>があった。

私の専属担当は、左手が不自由と言うことで社長である9歳年下の弟にメインを委ね、私はスクラップや銑鉄などの材料を溶鉱炉に(この溶鉱炉のことを<キューポラ>と言います)投入する作業と社長のアシスタントをする。

だいたい、1回の材料を300`に設定して、溶鉱炉のてっぺんまではバケットエレベータと言う昇降機が持ち上げてくれているので、私はそのバケットに入れる材料などを手で一個一個鉄のスクラップを持ち上げてはかりにつながっている別のバケットに放り込むと言うわけだ。

今回は、その材料投入を45回ほど繰り返すほどの注文を戴いたのと、人工(にんく)を2名ほど解雇したので、その分専属は私一人になったのだった。

しかし、リストラが行われている昨今で、わが社でもだらだらと効率の悪い作業をする従業員は専務である私の立場からは該当の2名は解雇すべきだろうと社長や会長(父)に進言していたが、受け入れられずにだらだらと時間は流れたが、やっと重い腰を上げて弟社長が決断したのだった。

当然のこと、その分の負担が私に降りかかってくるのは覚悟の上だったので、昨日は腰が痛いなんていっていられない。弟が作業開始直後に「アニキ、俺腰が痛くてね・・」と泣き言を言ってきたが、腰痛の先輩は私である。
『俺だって・・・』なんて言ったら傷のなめあいになるので、私は黙って黙々と重労働をこなしていた。

私がこの1〜2年で身についたのは、どんなに重労働であっても、効率を下げない程度でゆったりと時間をかけ、コツコツと辛抱強くやっていけば、どんな重労働でもこなせるものだと言うことだった。もちろん、一人最低二役をこなすことは最低限のことだろう。

だから、昨日の吹きはかなりきついこととは認識していたのと、弟がくどいように「アニキ、5日の吹きはよろしくね」と何度も頼んできたことから、『何をいまさらくどく言ってくるのだろう?自分としては一人でこなす腹積もりだから心配するな』と思っていた。

でも、作業が始まり、トントンと工程が進んでいき、順調なリズムになったが、途中から弟も私も無口になり、足は引きづり、弟と苦笑いしたのだが、「なぁ、腰のほうはどうにかなるが、問題は軍手をしていても、手の筋肉が麻痺してきて、鉄の塊をつかめなくなるよな?」と同調。

そして、終焉。

弟は逃げるように事務所に退散したが、私は昔から従業員の輪に入って歓談のあとで、お疲れ様!ありがとうございました!と言葉を添えてから自宅に戻ったのだった。

経営者は、常に従業員目線でなくてはいけない。

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↑これは、材料投入側の反対面で溶鉱炉正面の画像。中心の溶鉱炉の下部から鉄の溶けたもの(『湯』と言います)が流れている。

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↑これは溶け出した<湯>を製品となる砂型に流しいれ(『湯いれ』と言います)ているところです。

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↑手前の箱の中に、投入する材料の一部が入っているので、この材料を正面のバケット(中央の横長の箱)に入れて計測し、右のバケットエレベータに移してから溶鉱炉のてっぺんに昇降機で投入する。

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↑煙が出ているところに材料を投入します。

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↑これは最終的に溶鉱炉の中を空っぽにするために、炉底を開放して残った材料を地面に落とす瞬間です。
溶けた鉄は、最低でも1300〜1500℃ありますから、とんでもない熱さです。

夕方に自宅に帰り、入浴後に腰に温シップをペタペタと貼り付けて、温かくして休んだのですが、恐れていた朝起床時の筋肉痛と腰痛がほとんどなく、すがすがしい朝を迎えることができました。

さて、

今日の夕方からは、モードを切り替えて<きらり川口盛人式>の本番に向けた作業に入ります。
もし、よろしければこの模様は後日アップしますので、ご覧ください。

でも・・・でも・・・
食事も満足に取れず、水分だけですから、身体がいつまでもつかが心配です。
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(#412)町内会の問題児がまたまた・・・。

2009/11/02 19:58
町内会の秩序を乱してばかりいる厄介な人物のことを、以前にも書き込んだことがあると思うが(モッチャンと称する副総務部長と副広報部長兼任の男性:年齢にして55〜60くらいでしょうか)

先般の土曜と日曜を使い、町内会の衛生部の行事である<公園清掃・町会会館清掃および古紙回収>を副衛生部長である私が衛生部長のマキさんとタッグを組んでこなした。

免許証(自動車)を持っていないというマキさんには、会場である地元の公園と隣接している町会の会館に陣取っていただき、個々の作業に関してと、まとめの挨拶などを担当していただき、私は副隊長として実際に車の運転を必要とするポジションを担当して、土曜日の夜と日曜日の朝一番に、町会の広報部とは別に、衛生部の広報として愛車の屋根にスピーカーを積み、自前でゆうさんと作ったカセットテープにメッセージを録音したものを流しながら町内を40分かけて巡回し、当日は、予め4台のトラックと運転手を振り分ける配車担当のタテさんに合わせて、2トン車3台と、業者さんから借用する4トンのロングのトラックと会場に集結させ、通常は4トンロング車には、トラックドライバーが存在しているが、今回はその運転手が都合が悪いと言うことで、タテさんが代行するはずが、本人は他のトラックを借用に出向いて、2トン車を運転しなくてはいけないということで、私が当日は運転を担当すると言うことでまとまったので、2トンのわが社のトラックは自宅前のタバコ屋さんのご主人に請けていただき、4トン車の運転代行をはじめて担うことになったのだった。(どうも、タテさんは自分の責任を全うしようとする姿勢が伝わってこない、地元でも<軽さ>には定評がある。還暦を通過しようとした年代で、このような人でいいのかと思う)

運転を終えて、古紙の受け取り業者さんにトラックを返すと同時に、町会の売上金の回収と当日の町会の行事に参加された皆さんの名簿も私がまとめることになっているので、当日は午前中に終っても、実際は朝7時から動いているわけですから、正直自宅に帰ってくると、例年真冬でも汗が滴り落ちてくるほどぐったりだ。

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これから本題なのですが・・・・。
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日曜日の午前中に終えた古紙回収活動でも、今度は実に傲慢で自己中心的な広報部のモッチャンへ、FAXで名簿などを送っておかなくてはならないので、昼食を取ってからしばしデスクワーク。(広報部のモッチャンと関わりたくないので、疲れていても町会行事当日のうちにこなしてしまいたいのだ)

従来は、広報部に依頼する町会の広報誌(月刊)の衛生部行事の原稿を、私の担当と言う職権を利用して、これから少しでも次の世代の人たちが気軽に町会に参加してくださるようにと、A4で2ページにわたってしまいそうだが、色々と衛生部の活動を紹介するような原稿を依頼してきたのだったが・・・・

<衛生部の毎月の古紙回収等の行事に、広報誌の2ページは割けない>とFAXで抗議されたことに発していたのだった。

モッチャンによると、

<所詮、衛生部の行事は、毎月たかが半日の活動で、同じことを繰り返しているので、他の体育祭とか文化祭とか年に1回の行事にページを割くほうが先決だ>と言ってきたのだった。

町会の年代が様々な皆さんが、月に1回といえども休日の貴重な時間を割いてでも参加してくださり、町会の収入のうち町会費を除いては、衛生部の活動に対しての収入は軽く100万を超えている大切な活動であるのに・・
<たかが、半日の活動でしょ?>と言う表現には、さすがの丸く温和になったじいヤンとしては堪忍袋の緒が切れたのだった。

それ以来、何かと常識はずれのモッチャンと関わりたくなかったので、参加者名簿と称して皆さんの自筆で書かれたノートを自宅書斎でコピーして、そのままコメントも書かずにモッチャンにそのままFAXするだけにしていたのだが・・・。

昨日も、いくらFAX送信しても送ることができなかったので、先般はモッチャンの自宅まで届けたのだが・・、仕方なく自宅近くまで来ていた衛生部長のマキさんに帰り道にモッチャンの自宅に届けてもらうことにしたのだった。

その際に、あたまにきていたので、

原稿に朱墨で<FAX受診拒否はしないでください>と記したものを届けてもらったら 夕方モッチャンから逆にFAXが届いていた。

内容は・・・・

<原稿の周囲の黒くなった部分を切り取って送ってください。FAXのメモリーがいっぱいで受信できないのです。
インク代もかかりますのでよろしくお願いします>とのこと。

確かに、B5サイズのノートをA4原寸のコピーをしたので、当然輪郭は黒くなるのだが・・・・

インク代もかかると言う一言多いと皆さんは感じませんか?

彼のFAXはパソコンのソフト関係の会社を経営していることで、家庭用のFAXではないと思ったのですが、このような文面を書く性格と、このような調子でお得意様と接しているのかと思うとぞっとしたのですが 。

モッチャンも、以前に私に勘違いとはいえ、脅迫めいた文書をFAXしたと言うことで、<引け目>を感じているようで、近所のスーパーで出会っても、逃げるようにお会計をして帰っていくと言うような態度を示しているのだが、私は、過ぎたことはいいから一言謝罪する勇気を持って欲しいと願っているのだが、軽率な文面をまた送ってくると言うことは、かわいそうな性格だなと思った。

前述の<たかが半日の作業の繰り返しでしょ>と言っている本人は、古紙回収等の作業には、広報誌に掲載する写真を撮影しに参加するだけで、ほとんどの活動に参加したためしがないのだ。

ピエスモンテに載せるような内容の記事ではないのだが、どこかに書き留めておきたいと思って書き込みました。

ボランティアの基本の心得第1条は
*楽しく参加すると言うこと
*自分のできる範囲でやること

だそうだが、衛生部の地味な活動に、毎月当番でない先輩方が、時間を惜しむことなく毎月参加してくださり、私からのお願いも快諾して手助けしてくださることだけでも唯一の救いである。

だったら・・・・。
<やめてしまえ!>と思ったこともあったが、ここでやめてしまったら、モッチャンはじめ10名ほどの私利私欲ばかり追求し、障害になるメンバーをねちねちといたぶってくるような輩を野放しにすることになり、町会の発展に支障が出ると言うことを熟知していたので、精神衛生上決してよいとはいえないが、耐えていくことも勉強のうち!と思うようにしています。

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話しは変わりますが・・・

今日から1ヶ月間、川口市のHPで配信される<きらり川口盛人式実行委員会>が市の広報で放映されているので、私利私欲におぼれていない純粋なボランティア精神が溢れている我々実行委員からのお誘いの様子をご覧ください。

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(#411)朝から晩まで・・なんでこんなに忙しいのだろう

2009/10/29 01:22
昨晩は、久しぶりに12時間以上も熟睡できた。トランキライザーの効果が出たのだろう。

朝から、今までと違う朝を迎えた。・・・と言うのは、昨日市立の診療所に行き、お気に入りの内科の先生に、恒常的な腹痛の治療を依頼したのだが、診察時には下腹でなくみぞおちの部分の圧痛がひどかったので、<ストレス性胃炎>と診断され、個人的には胃腸薬と称するクスリはほとんどのパターンでもらっていたので、もうネタがないよと言われながらも、工面して薬を出してもらったのがばっちりと効いたのだった。

朝から、現場に出たところ、下請け先から鋳物の小物製品が入荷していたので(と言っても、ひとつ8キロもする品物)、例によって右手しか使えないので、右手と腰を使い大きめのバケツに塗料をたっぷり入れ、どぶ漬けして品物を塗装した。8キロの製品を半分づつ50個だから、100回もバケツに突っ込んだわけだ。

終った頃には、右手がマヒ状態になり、字もかけないくらいになっていた反面で、昼休みに書斎に戻ったら、川口市のボランテァステーションの所長からFAXが入っており、11月07日に開催される、川口市主催の盛人式式典の実行委員会で、当日の会場の管理の(来賓接待も含む)責任者になっているので、その事前のスタッフ向けの資料作りをしていたところで、来賓名簿が送られてきたわけで・・・。

私の独自のマニュアルにもきちんと掲載したいので、昼休み返上で名簿をワードで打ち、折返し検閲をお願いするべく、所長にFAXを送ってから、お昼ごはんとしてカップめんを一個食べてすぐに現場に戻った。

作業は15:30には終ったが、今日夕方に仕事を終えてから、パートナーのゆうさんが新川崎の仕事場から私のところに来てくれるということだったが、ゆうさん、月の物で体調がよくないと言うことを知っていたので、早く退勤して、車で新川崎まで迎えに行った。

実は、午前中に現場で仕事に取り掛かる前に、現場の従業員の様子を見に行き、工程の進み具合の打ち合わせをしていたところ、先般お話しした隣町の難病疾患のマサちゃんが、またまた隣町のハローワークに行くと聞いていたので、やめとけばいいと思っていたのだが、ちょうど仕事の合間の時間ができたので、ハローワークから隣町に迎えに行ってあげたのだったことをゆうさんは知っていたので、何かひがまれるといかんという気持ちもあったこともある。

マサちゃんが気になるのは、恋愛対象ではなく、あと10年もすれば、足の筋肉が固まってしまい、歩くこともできなくなると思うと、頼る親御さんも他界されていて、嫁に来た家でも非協力的と聞いていたので、アニキとしてどうにか動けるうちに手助けしてあげたいという気持ちからのことだった。勿論パートナーのゆうさんも全て事情も承知のこと。

マサちゃんには、「一日も早く、旦那にも隠さずに自分のことを話して理解してもらい、家族ぐるみでのお付き合いにしないといかんよ」と今日も伝えておいたのだが・・・。

・・・てな訳で、ゆうさんを新川崎で拾ってから、首都高速で川口に帰ってきて、私もまたまた朝9時から休みなしで夕方7時近くまで仕事と事務と運転を繰り返したので休ませてもらい、その間、ゆうさんには夕飯の準備とお風呂の準備をしてもらい、冷えてきたので入浴してから歓談して、帰って行ったのだった。

そして、書斎に戻ったら、所長から資料の訂正のFAXが入っており、夕飯後にチェックしていたら、大きな間違い発見。自分のパソコンの文書の訂正も含めて、訂正と確認作業をしていたら、この時間になってしまった(25時)

また明日にでも、仕事が一段落したら、川口駅前の「かわぐち市民パートナーステーション」まで出向いてでも、今度こそ完成させないと、ボランティアの領域を逸脱してしまうことになる。

今週末の土曜日曜は、夕方から<かわぐち成人の集いの実行委員会との交流会>の参加と、町内会の資源回収の広報活動、日曜日は午前中の早朝から、当日の広報活動と資源回収のトラックの運転と収益金の会計処理と多忙に次ぐ多忙なのだ。

内科の先生に<神経性(ストレス性)胃炎>と診断を受けたが、本業とボランティアが異常に自分の生活時間をゆがめてしまい、ストレスと感じないようにマインドコントロールしてきたので、自分としては少しもストレスとは感じていないゆえに、もしかすると気がつけばとんでもない身体になってしまうのではないかと言う危惧感すら感じているのである。

名刺の肩書きも7つほどに膨れあがっているのも、そろそろ制限しなくてはいかんと思う。
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(#410)台風襲来20号

2009/10/27 00:14
台風20号が沖縄から方向を変えて今夜にも千葉県地方付近を通過するようだ。

埼玉川口でさえ、昨日から天候が異変して、風雨が強まってきただけでなく、気圧もかなり下がってきていることが肌で感じ取れ、困ったことだが体調もなかなか回復しない一日だった。

ここのところ、秋の花粉症(イネやブタクサ)が蔓延しているらしく、目が痒かったり、目やにがたまったり、痰が切れなくなったりも加わり、持病の腰痛と過敏性腸症候群による腹痛と便通の異常も必至な毎日ゆえに、食事も満足に取れず、おまけに風邪症状に似ただるさと寒気が加わり、夕刻に帰宅してから食事も取らずにフリースを着たままベッドに潜り込んでしまったら22時過ぎまで夢心地だった。

ここのところトラックで皇居前広場公園前を通過すると、広い芝生の木の下でブルーシートを敷いて荷物をまとめた形で雑誌を広げていたり昼寝をしているホームレスらしき人たちをたくさん見かけるのだが、あのような人たちは今夜のように寒くて雨風が強い夜はどうしているのだろう?

友人によっては、ホームレスに対して勤労意欲もなくただだらだらと援助を求めている人も多いのだから、温情をかけすぎるのもどうかと言う人もいるが、確かに日本には様々な価値観を持った人もいるので、友人の説も一理あろう。

価値観と言えば、今日の酒井法子の初公判は倍率330倍?だったようだが、サリン事件の松本死刑囚の時以来と言うが、サリン事件は納得できても、酒井法子に○○倍!・・・クイズダービーではないのだから、学校や会社を休んででも、雨の日比谷公園に並ぶほどの価値はあったのか?  日本人はまだまだ時間とお金に困らない人たちが多いのだなあと痛感した。(私の価値観もボロボロのようだが)

また、今日は鳩山首相の所信表明演説があったようだが、詳細まで聞いていなかったが、ニュースから判断すると(これが一番危険なことはわかっているが、今日に限ってクビからぶら下げている携帯ラジオでNHK第1放送の中継を自分の耳で聞いて判断すべきが本筋で、民放ごとに解釈が偏るからこれからのコメントはしづらいのだが)

<友愛>を前面に掲げた総論の理想は素晴らしいと思うが、各論に走ったときに、首相としての方向付けもなかったようで、終始一貫して友愛精神を貫いたらしいが、確かに上層部ではあいまいな総論では一致できていても、各大臣レベルの主張となると慎重にならざるを得ないといったブレも否定できないことを考えると、このままで大丈夫だろうかと慎重に受け止めてしまう。

私は、携帯で交通情報や気象情報をリアルタイムでキャッチできるようにしているのだが、毎日のように鉄道各線で人身事故=自殺事件が後を絶っていない。生きていくすべをなくしているような世の中は少しも改善されていないどころか悪い方向に走っているのだ。

首相の演説で、年末の年越し派遣村のことまで言及したかはわからないが、身近な部分で自殺者が後を絶たない現実で、友愛を掲げた総論でまとめていいものだろうか?

勿論、課題は山積しているもので、一人の人間が指揮を執っているのだから一概に責めることはできないとしても、一刻の猶予もあってはいけないという現実をもっと見つめていただきたいものです。

台風の影響は明日の朝方までがピークと聞いているが、人的被害は勿論、物的被害もないことを祈りたい。

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(#409)早朝起床

2009/10/24 06:13
私は、昼間は本業の仕事に加えて、慢性疾患のための通院と父の世話をしながら過ごし、夜になるとお酒が飲めない身分の特権で、いつでも24時間体制で車での移動が可能なことから、人を車でご案内したり勿論通常の家事をこなしたり、ボランティア活動の会議に参加したり、自宅で原稿作りや活動の原案作りにいそしんでいるために、ベッドサイドで横になりDVDを楽しんだり、ラジオで情報を収集したり、一番の睡眠に入るのはたいてい午前零時を回ってしまっている。

昨日も、早出をして午前中はトラックで羽田・川崎方面から帰社して休憩を挟まずに昼食を途中でとって車を乗り換えて、今度は埼玉県内を蓮田・白岡・春日部・越谷と人をご案内して夜6時に帰ってきてから、12時間も連続しての運転と営業業務だったので、倒れるようにベッドに横になった。

ラジオのタイマーをつけずに寝てしまったので、朝3時から始まったデジタルラジオのクラシック番組が鳴り始め、なかなかよい目覚めでベッドから書斎へ移動となった。

そういえば、昨夜にベッドでメールチェックをしていたら、不安神経症のコミュでつながった20代の女性からの相談事のメッセが入っていて、すぐに返さねばと思ったが、慎重にと思ったので後日パソコンに向かったらお返しすることを伝えて簡単なメッセだけをお返しさせていただいた。

このように、最近は特に女性からがほとんどだが、神経症になったらしい患者さんからの相談のメッセージが結構入ってくる。勿論のこと、私は医者ではない、ただ神経症になった経験から健常者に立ち直った経験から色々とアドバイスさせていただけることもあるかということを理解してくださって、メッセージを寄せてくださるようだ。

この日記にも以前神経症の皆さんへと言うタイトルでお話を載せたことがあったが、近いうちに続編を書こうと思っているのだが。

私なりに、もう少しで51歳を迎えることができるが、残りの人生は勿論自分のために生きて生きたいが、人生の後輩の皆さんにとってのお手本となる軌跡を描くためにも、少しでも多くの皆さんの為に、そして何よりの自分の為に、相田みつを先生の言葉で<経験して初めて身につくんだなぁ>とあるように、果敢に勉強の為に体験経験も進んでつんでいこうと思っている。

緊張がほぐれた時間になると、腰やお腹が痛くなるものです。




ベッドサイドの神経心理学
中外医学社
武田 克彦

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(#408)川口市<きらり川口盛人式実行委員会>出席

2009/10/17 22:21
11月07日(土曜日)今年50歳になった熟年生が集結して、いま乱れに乱れている成人の世代のお手本になるような人生を送ろうと言うきっかけ作りにと設定された隔年開催の川口市主催の行事のボランティア実行委員会委員として、本番前最後の打ち合わせ会議に参加してきた。

私の役割は、当日の式典が挙行される川口総合文化センター<リリア>の音楽ホールの場内管理の責任者と言うことだった。

役務別に別れてしまうと、600名入る音楽ホールの場内の管理にオトコは私一人と女性が5名の6名と言うのは心細い気がするが、任された任務を新たに知り合った同年代の仲間と、ひとつの事業を成し遂げていくと言うことから、とてもやり甲斐が出てきた。

18時に集合して、全体会議は20時半くらいまでかかった。

そのあとで、場内担当メンバーに集まっていただいて、自己紹介から始めて当日の流れの概要を私なりに教えていただいた情報をベースに、仲間の皆さんと情報を共有することで、それぞれの頭で流れをデザインできるようになることから始めた。

女性陣からは、私に男性としてリーダーシップを発揮してまとめてくださいと言われ、私も女性の皆さんに女性ならではの繊細な感覚でご来賓の方々をお迎えするノウハウを絞ってくださいと結んだ。

リハーサル当日までは、リーダーの私が、市役所の担当者であるかわぐち市民パートナーステーションの所長と個別にアポイントをとり、改めて打ち合わせをさせていただき、当日までに詳細な動きを紙にまとめていく予定なのだが・・・。

この実行委員会のメンバーは委員でないお手伝いの人も含めると30名くらいになるのだが、会議の終わりに近づいてくると、まるで大学のキャンパスでの学園祭の実行委員会のようになってきて、いつの間にかそれぞれの人柄が発揮され、私も含めて生き生きしただけでなく、同じ目標に向かった仲間として、今日始めてお話をさせていただいた仲間とも、昔の同級生と再開したようなほのぼのとした雰囲気になったから不思議である。

今回は、川口市の事業を成功させるために集結したわけですから、パブリックな組織に入れていただき、11月07日の打ち上げのときに、感慨無量になるように頑張ろうと思う。

今夜こそ熟睡できますように・・・。

おとといから、睡眠時間1時間で、本業・町会・実行委員会と駆け回っているので、正直心身ボロボロなのだが、興奮状況にあるせいか、ベッドに入っても寝付くことができないのだ。

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(#407)またまた休めない週末到来です

2009/10/17 03:12
今日は、鋳物工場にとっては一大イベントの日だった。つまり砂で作った製品になる型に1500℃で溶かした鉄を型に流し込む<溶解工程=吹き>の日だったのだ。
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↑これは実際に鉄の溶けたものを砂型に流し込む映像です。

おとといから、連続3日間地味だったが自分にとっては過酷な肉体労働の連続だった。
左手の指の機能障害(指が動かない)を持っている自分としては、重たいものをつかんでも右手でつかむしか方法がなく、左手は拳骨の状態で手の甲にものを乗せて支えるといった不自然な仕草をするしかなかったからだ。

昨日までは、今日の溶解工程の下準備と言うことで、本格的な雑役人生を歩んでいた。

昨日の日記でも書いたが、従業員2名を解雇したために、その人たちの分の仕事を自分が一手に引き受けたものだから、いかに効率的に仕事をこなすかが勝負だった。

そして、昨日の退勤時にいつも以上の持病の腰痛と背筋の痛みが激しくなり、と言ってもいつもお世話になっている整形外科の先生に鎮痛の注射を打ってもらおうと思っていても、昨日は木曜日、休診だった。

そして今日、朝起きてもベッドから起きることができない。背中全体に痛みが蔓延して、書斎まで歩いてくるのがやっとだった。

弟社長に連絡して、午前中は今日こそ整形外科に行って注射と薬をもらってくるといったことをしてから現場に直行と伝えて・・・。

そして午後から夕方まで4時間ぶっ通しで、痛い腰には太目のゴム製のベルトで矯正しながら、ひたすら溶かす鉄材料の溶鉱炉(キューポラと言います)に投入する作業に追われた。

投入作業には通常専属で従業員2名と私、そして終業までその現場にいて作業を手伝うことができず、時間があると事務所に逃げ帰って手を貸そうとしない弟社長の4名で担当していたが、このたびの従業員の解雇で2名欠落してしまったので、専属従業員の1名は解雇、鉄を流し込む工程(湯いれといいますが)の専属従業員も1名解雇と言うことになってしまったので、急遽、投入工程の専属従業員1名が湯いれ工程に回ったため、投入工程に残ったのは、専務である私1名に弟社長1名だけになってしまったのだった。

勿論弟は専属で投入工程を担うはずがなく、弟の嫁さんが急遽投入工程に出向いてきて、やっと3名体勢で投入作業を展開することになったのだが・・・・・。

今日の私は激腰痛と背すじ痛で、どのあたりまで参加できるかわからない状態だったので、弟夫婦に委ねようと思ったのだが、そこは単純な私であり・・・

妹が慣れない手つきで重い鉄の塊をやっとの思いで持ち運んでいる様子を見ていると、見逃すことができるはずがなく、『こうなったら痛いのなんのって言っていられない』と単純な思考回路がフル稼働してきて、弟社長から「アニキ、腰は本当に大丈夫なの?』と聞かれたが、そこは職人?の意地で『耐えられなくなるまでやるから、そのときは代わってくれ』と豪語して作業続行。

投入と言っても、具体的には、銑鉄・鉄くず・スチールスクラップ・添加剤・石灰石を混合して、1回当たり300キロの重量の材料を運び込み、終業まで約40回の投入作業を繰り返すつわもの工程なのだ。

とうとう最後まで妹をかばいながら勤め上げ、終業は17時になっていた。

困ったことなのだが、弟夫婦は、投入作業が終業した瞬間、事務所に退散してしまうのだが、湯いれ工程はまだ残業して従業員が頑張っているのだから、社長自ら現場に残って完全に終業するまで見届けることが責務と思って私は最後まで見届けるのだが、40そこそこの実年経営者にはそのような気遣いがないというのには、従業員が着いてこない原因のひとつを垣間見たような気がしたのだ。

そして・・・・

自宅に帰還して、頭から足先まで真っ黒になった身体をきれいに洗い流し(入浴)、書斎に戻ったときには、一瞬忘れていた腰と背筋に激痛が見事に復活してきて、いったん座った書斎の椅子から動けなくなった。

ところで今日は金曜日。一人息子は大学お休みで、階下の下宿先である父の家で夕飯を待っていたので、痛い腰などを抑えて買い物に出かけてきてから、遅い夕飯をつくり息子を呼んで夕飯を食べた。

息子が帰ったのが23時近く。書斎に戻ったときには、ほっとした脱力感を満喫していたのだった。

書斎にたまった書類の整理をしていたら25時近くになってしまった。

そこで本題!!!

明日とあさっての土日曜日は、町内会の地元氷川神社の祭礼の日になっており、当社のトラックを貸し出し、運転は私が担当で、神社と町内会館をみこしと山車の運搬業務を依頼されているので、パートナーのゆうさんとのんびりと休日を満喫できないのだ。

おまけに、明日の夕方は、ボランティアとは言えども、地元川口市の主催で、きらり川口、50歳の盛人式式典行事の実行委員になっているので、18時から21時までの実行委員会に参加しなくてはならないのだ。

まぁ、次の24・25日の週末は、どうにかオフタイムを満喫できそうだが、

11月に入ると、第1週末は町内会の資源回収で、第2週末は連合町会の文化祭で、第3週末は年に1回行われる川口市主催の<クリーンタウン作戦>と言って、全市対象で、それぞれの地区ごとに住民が集結して決まったゴミの集積場所までいくつかのルートを作成して、そのルート経由で集積場所まで町のごみを拾い集めて、川口をきれいにしましょうという年に1回の行事なのである。私はその集積場所から、地区ごとの大集積場まで拾い集めてきたゴミを当社のトラックに乗せて運び入れるための運転手なのです。

町内会に一班長として参加してから12年目。衛生部のお手伝いを始めて5年目。つい昨年度から衛生部副部長に就任したために、きれいな街づくりの行事の運営に関わっていくことになったので仕方ないと言えばそれまでであるが・・・。

今日も長文の日記になってしまいましたが、時計はすでに午前3時を回ってしまいました。
愛するTBSラジオでは午前3時から4時までの1時間は<OTTAVA:オッターバ>と言うクラシック専門のインターネットデジタルラジオの番組をTBSラジオの周波数で聴くことができる唯一の時間なので、一人静かに聴くことが楽しみなのだが・・・。

徹夜はコタエルもんなぁ・・・・・

薬が効いてきて、書斎の椅子に座ってキーボードをたたいていると、痛みが治まってきて、身体も温まってきてすこぶる順調な具合になってきているのだが・・・・。

眠れなくても、ベッドに横になるとしよう。

今日は9時前にはトラックの準備をして、町内会の会館に集合と言うことですから、寝坊は許されないのです。

長々失礼いたしました。

おやすみなさい
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(#406)管理職の要件

2009/10/15 00:36
私の会社は、創業92年の小規模の鋳物工場です。

と言っても、創業から昭和の中ごろまでは、従業員が30人もいた工場だったのですが、現在は専属の従業員は3人で、それに専務の私と、社長になってもらった弟(43歳)とその嫁さんが事務方を担当している。

ご存知の人もおられると思うが、私は大学を昭和56年度に卒業してから、いきなり中学校と小学校の教壇に立ったあとで、これまた急転換して、鋳物業である自営の道に入り、何もかもわからないと言うか、幼少の頃から自営業の工場で遊んでいた私は、だいたいの作業工程はわかっていても、具体的な鋳物の材質などについての知識は乏しくとも、ある程度は勉強していたが、結局専門的な知識は父に依頼した反面で、お得意様の教育を受けながら、営業面、製造面、品質管理面、従業員や下請工場の指導面などの多岐にわたって研鑽を重ね、鋳物の型作りから溶解技術、実際に型に鉄の解けたものを注ぎいれる(湯いれといいます)技術、出来上がった品物の検査技術や管理技術に渡って全てを実際に体験して自分のものにしていったので、現在になって少ない従業員に助っ人を頼まれても、ある程度はカバーできるようになることができた。

注文がめっきり減少した昨今、それでも注文が集中してくると、型を仕上げて湯いれ工程に行くための準備などは、従来なら社長が率先垂範して工場に入って従業員とともに真っ黒になって頑張っていく姿勢は、私も引退した父とともに当たり前のようにしていた。・・・・・・が。

昨日のブログにも書いたと思うが、この連休中に町内会のボランティアで肉体労働を提供してむきになってしまったことで、全身筋肉痛と、持病の腰痛が痛み出し、連休後半はパートナーのゆうさんとのともに過ごす時間を放棄して
連休後半はひたすら寝て過ごしていたのだったが、今日ばかりは、木曜日に溶解工程を実施するようにしたいと弟から電話で打ち合わせをしたばかりだったので、金曜日の出荷の為に、小物の鋳物製品の塗装と工場内の型を仕上げる最終工程と、溶解工程に使う一緒に溶かす金属類の計測などと、到底左手が使えない私にとっては、腰痛対策どころか、絶体絶命の状況で朝を迎えたのだった。

通常の血圧も、つうじょうは125/95のはずが、ココのところ160/110と血圧を下げるクスリを飲んでいても、高血圧状態になっていると言うこともあって気が引けたが、ココは専務の出番と言うことで、始業の40分前に工場に出向いて従業員と今日の作業の打ち合わせを事前にして(社長である弟はこのようなことをせずに、始業5分後に出社する始末だ)、改めて自宅で着替えをして、始業後にいきなり工場内に向かい、型に鉄の溶けたものが接触したときに砂型が壊れないように保護剤になる塗料を無理手繰っていくと言う作業に取り掛かった。

何せ、あさってはいきなり鉄を溶かすことから、現場3人では到底間に合うはずもなく・・・。
雑役の私が’(本来は管理職だが)、率先して塗装作業に取り掛かっていた。皆さんもそれに釣られるように塗装に取り掛かっていたが、私には金曜日に出荷する製品の本塗装(これはペンキを塗る)も、また明日の溶解に必要な勤続の計測もばっちり残っていたのだからたまらない。

本来だったら、どんな仕事があろうとも、社長が一番若いのだから、事務仕事は残業してでも急ぎの工程なら率先して工場内に入ってみんなとともに動いてもいいと思うのだが、事務所でパソコンに向かって何かしているだけなのだった。

それでも、頑張って15時までに課題の仕事の大半にめどをつけて、通院もあったので15時に自宅に帰ったが、それから用足しのあとでまた自宅マンションに帰ったら、偶然弟がやってきて『アニキ、溶解工程が間に合わないので、あさってに伸ばすよ』とのことだった。

社長方針として、どうしても明日に溶解工程をするというから私もまたまた昼ごはんを満足に取らないで頑張ってきたが、何と言うことであろうことか。

従業員とともに汗をかき、当初の目標を達成するために努力をすること。これは今までも専務として全ての分野を一人でこなしてきた私の方針に反しているのだ。
情けない・・・

従業員が管理職の要求に従ってもらえるようになるまでに、私は8年かかっていた。

いくら昼間にこなさなければならない仕事があっても、従業員から要求があれば、自分の仕事を停めてでも現場に直行して従業員の要求を満足すること。たまには従業員の食堂で一緒に給食を食べ、一緒に社員浴場に入ったり、おかげで当時に私の事務仕事はいつも残業で終業は 22時を回っていたくらいだった。

率先垂範ができなければ、従業員はすぐに離れていってしまう。

事務所でインターネットでニュースチェックをしているようでは社長としては失格だが、私が社長になるところを、私が妻と離婚したチョンガーだと言うことと、左手が障害を持っていることなどの理由で、私は名刺にもうたっているように<現場主義>を貫いて、経営本体からはなれて、雑役に徹した現場労働を選んだのだった。

人は『逃げたのか?』と言われる人もいるようだが、経営の専門家は妹が一番よく精通していることから、私は雑役と製品の納入出張を担当することにしたのだった。

教員時代もそうだったが、人についてきてもらうためには、人の何倍もの労働を提供する姿勢がなければ実を結ばない。

誰だって、頂点を極めるのなら、全ての分野の勉強をした上で、浅くてもよいからそれぞれの分野の労働を体験して、労働者目線の発進ができない管理職は長くは続かない打ということは、私自身が知っているからだ。





従業員が会社を変える?民主経営のすすめ
文芸社
手塚 昭仁

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(#405)あきれた人

2009/10/13 23:31
若者と言う区切りではない。
世の中には、様々な人がいるものだ。

今回登場するのは、多発性硬化症と言う難病を患った雅ちゃん41歳で、21歳と11歳のお姉ちゃんと坊やのママさん。勿論、パパさんも健在だが、硬化症と言う難病で奮闘?している雅ちゃんには非協力的なパパさんだ。

我が家と雅ちゃんの自宅は隣町にあり、車では5分くらいでアクセスできるロケーション。

定期的に、近くの大学病院に入院して、治療のための点滴を受けなければならない。

先日も、会った時にいつも以上に足元がおぼつかなくて、車で向かっていっても、車の助手席のドアのところでよろめいたり・・・。そんなことから、硬化症の進行が進んだと言うことで、急遽大学病院の指示で2週間の入院をすることになった。

じいヤンさん。私、急に入院が決まってね。  と雅ちゃんの電話。

このような電話が入ると、私は<いずれ近いうちに雅ちゃんは足の筋肉が固まってしまい、自分ひとりでは動けなくなるのだ>ということから、自宅マンション前から大学病院までタクシーで15分くらいでしょうか?ずっと前の入院のときも、私が迎えに行っても、家族であるお姑さんはご近所の友達のところに旅行のお土産を届けにいったり、近くのパチンコ屋さんで遊んでいたりで、嫁さんがいつもの入院と言うことで、ボストンバッグひとつ手を貸そうとしない状態だったことを私は知っていたので、今回も自営の仕事の合間に車を出して病院に向かい、荷物を持って自分で入院の手続きもままならないことから、雅ちゃんを大学病院の正面玄関に下ろして、約束の時間も迫っていたことから、私は駐車場に車を停めて、荷物を持って入院受付まで行くからといって別れた。

実際に入院の手続きが済んで病室を教えていただいてから、新しくなった大学病院の内部を私は親戚のおじが入院したときのお見舞いで熟知していたことから、病室まで荷物を運び入れて、僭越と思ったが許可をもらって彼女の荷物を病室にセットして帰ってきた。

退院するに当たっての事務処理の手順も、自分で調べようとする気持ちがなかったので、電話で教えて退院までこぎつけた。しかし、旦那さんも21歳の娘さんも、退院前日の日にお見舞いに来たらしいが、旦那は荷物が大きければ持ち帰るからといっても持ち帰った様子がなかったので、私も退院当日に出張が入っていたので、もしもタクシーで帰れないのなら14字まで待ってくれれば、迎えに行ってあげるからと伝えても、今度は早く帰りたいと言う自分の欲求を前面に出したようで、通常の点滴を何と朝6時半ごろから打ってもらったらしく、出張途中にメールが来て『おかげさまで今自宅に着きました』と言うメールをもらったのは、午前11時だった。

<自分の欲求を満たすためには、どんなわがままでも通すだけでなく、じいヤンさん迎えに来てくれると・・・という甘ったれた言葉とは裏腹に、一人でタクシーでも拾って帰ってこられるのだが・・>

そして、連休明けの今日、朝方に落ち着いたかどうかと電話を入れたところが留守電だったので(雅ちゃんはまず携帯に一発で出たためしがない)ほっておいたら、反対に電話がかかってきて・・・

今日ね、駅にして2つ隣の町にあるハローワークに行こうと思っていて、タクシーでも拾おうかなと思っているということだったので、どうもこれは私が甘いのだが、つい何年後かには一人で動けなくなるということを考えると甘く温情を欠けたくなってしまうのだが、自分も方向は逆でも、連休のときの町内会のボランティアで張り切りすぎたことで、昨日も今朝までも全身筋肉痛と持病の腰痛がひどくなっていたこともあり、いつもの耳鼻科と整形にいく予定だったので、そのついでに車を出してあげるからといって迎えに行き、送ったところで放免と思ったのだが。

ハローワークに着く寸前に、じいヤンさん、終ったらまた帰りね。。。
えっ!!! だから〜、帰りはタクシー拾えっていったでしょう!!

自分が病院から戻ってくるまで2時間近くかかるから、電話されても無理だよ!と伝えたのだが、実際に電話がかかってきたのは、やっとの思いで地元の耳鼻科に到着してまもなくだったので、

無理だって!! 待つとしても1時間以上待つぞ!と言っても、ハローワークで時間を潰しているからと言う。

私も、ココまできたら仕方ないと言うやけくその思いで、またまたハローワーク近くまで車を走らせたのだったが、雅ちゃんに『今どのへんまで歩いてきたんだ』と問いただしても、情けないことに<自分の居場所が他人に説明できない>ほどのあきれた人だったからこちらは、想像したあたりまで来たけれど、今度は雅ちゃんの居場所がわからず、そのあたりで20分近くも車を巡回させたのだった。

最終的にここだ!!と思うところにきても、雅ちゃんの姿が見つからない。

完全に頭にきて!

説明できないなら、どこかわからんけど、そこからタクシー捕まえて自分で帰りなさい!と伝えたときに、
雅ちゃんは20メートル先の歩道の先でしゃがんでいたことを発見。

馬鹿だな!ただですらわからんのに、座るやつあるかよ!

ここまでくるとべランメー調子になり、雅ちゃんを車に乗せ、自宅方面に出発。

じいヤンさん、お昼ご飯一緒に食べません?

そんな時間あるわけないだろ。

だって、申し訳なくて・・・・

(いつもこんな調子で笑って済ませて、おまけに何かお礼をと言うことで、何かと言うとおごると言うのだ)

私と雅ちゃんは10年も年齢が違う。

確かに、雅ちゃんには、同じ障害を持つ友達同士、また嫁いだ先でも協力してもらえず、実家になきつこうとしても不幸にしてご両親は他界されていて・・・となると、私も私のパートナーのゆうさんも理解を示していたが、肝心な雅ちゃんの旦那さんがひどく文句を言うらしく、雅ちゃんの携帯のメールも勝手に盗み読みする傾向が小学校3年生の坊やも平気ですると言うめちゃくちゃな家族なのだった。

そして、夕方雅ちゃんから届いたメール・・・・
<ご迷惑かけて、すいません>だった。

<すいません>は、日本語として間違っているから、坊やの教育のためにも<すみません>と言うんだよと伝えたばかりだったが、この例を示してもわかるように、雅ちゃんには<学習する姿勢もない>のだった。

今回のことで、私もいい加減に愛想をつき、今後は協力できないなと言う気分になっていた。

実際に、これだけ協力していても、所詮男と女であるから、旦那だって気分よくはならないだろうし、こちらも恋愛対象というよりも、親戚筋がいない雅ちゃんにとって、<アニキ的存在>と言うことを雅ちゃんに伝えてあるのだし、それに対して、人のために自分の時間を割いて動いても、雅ちゃん自体甘えすぎだったり、旦那が協力的でないだけでなく、好意的に接してくれないなら、かわいそうだが距離を置くしかないと思った。

40過ぎたのだから、もっと生きていくための力を養ってほしかったが、雅ちゃんや旦那さんには、残念だがその力もない。まして、旦那さんも仕事が多忙と言えども、帰宅して休日となれば、家事を手伝うのでなく、お姑さんと近所のパチンコ屋さんで時間をつぶしているし、21歳の娘さんも、一週間のうちの半分は大学が遠いとは言えども、男友達とデートして帰宅がほとんど午前様と言うくらいだし、ここまでくると、教育についての相談を受けても、親御さんが成人女性といえども、まだ大学生の身分だからと言うことで、たとえば門限を設けるとか、厳格なしつけをしてこないことからこんな様子になったし、私も娘さんと対面したことがあっても、「こんにちは」の一言挨拶もできない娘さんなのだ。

若い人の(一部でしょうが)、規律や文化習慣の乱れを痛感しているのは、少なくとも私だけではないと確信しているが、身近な存在の人がそれに該当している現実を目の当たりにして、

今日ほど疲れた日はなかったように思う。

長々と今日は愚痴ってしまいました。






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(#404)東京オリンピック

2009/10/02 12:37
開催地決定まであと少しですね。

しかし、東京でもかなりの誘致合戦を繰り広げられていますが、個人的には無理のような気がします。

青島知事が都市博を中止させたように、この不況下で日本を出してくるとして、どのような経済効果が出たとしても、一部の大企業の人たちのところに効果が分配されるだけで、庶民にとっては効果は期待できないような機がするのですが・・・。

個人的には、その開催に当たっての例えば都心の交通渋滞で、日頃の業務に支障が出てくることも必至で、私の場合は、東京マラソンの開催だって、日常の生活道路がマラソンと言うことで規制をかけられたりしていることが許されなかったのです。

石原都知事も、決して地味な知事でなく、考え方が私は個人主義に走っているようなことを考えると、不況でない経済状況のときにみんなで盛り上げて成功させようと言う風潮があるのであれば歓迎だが、庶民の関心度がかなり低いことも証明しているように、日々の生活を展開することもママならない時代に、東京オリンピックで盛り上がろうと言うのは軽率のような気がするのですが・・・。

私も、11月07日に開催される川口市の満50歳の熟年が集って<盛人式>を行うに当たってのボランティアの実行委員を引き受けているが、どうどうとはいえないが、いまひとつ盛り上がりに欠けているような感じがしてならないのである。

一方で、このような時代背景だからこそ、初心に帰って、地道なことから皆さんの意識を盛り上げようと言う観点には賛成であっているからこそ、このような川口市の取り組みに賛同しているのだが・・・。

わたし的には、オリンピックの東京招致には反対なのですが、いかがでしょうか?
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(#403)不安神経症で悩んでおられる皆さんへ。

2009/09/14 07:50
このブログは、ご存知のようにミクシィとも連動しているので、ココのところ<不安神経症>で毎日壮絶な闘病生活を送っておられる皆さんもたくさんおられるようですので、不安神経症で闘病して自殺未遂を3回もしでかした上に、結果的に手の指の機能障害を持ちながらも、現在ではほとんど健常者と同じような生活ができるようにまで回復した先輩として、よきアドバイスが与えられたらと思い、今回のテーマとしました。

@まず、不安神経症の類の病気は、人によって時間の差こそあれども、<必ず治癒する>ことを肝に銘じてください。

急性期(症状が強いとき)は、必ず精神神経科のドクターの診察を受けてください。昔のように現代は精神科の敷居は高くありませんから、恥ずかしがらずに症状をドクターに打ち明けましょう。
基本は、与えられたお薬を決められた時間に服用することです。勝手にやめたり、中には大量の服用をする方がおられますが、危険とは言えども経験からも致死量に達するクスリはまれです。むしろ、途中で発見されて病院に担ぎ込まれたときの処置により回復しますが、健康体の身体に異常な薬が作用されるわけですから、身体に悪影響は多かれ少なかれおこってくるものです。私のように、3日間も左を向いて横たわりながら寝入ってしまったことで、左半身の身体の皮膚が辱そう状態(床ずれ)になってしまった上に、皮膚が壊疽してしまい、腐り始めて熱をもち始めただけでなく、100キロ以上もあった体で左手の指を押しつぶし続けてしまったゆえに、筋肉も硬直してしまい、一部は手が腐りながらも、腐った皮膚と肉を除去する150針以上の手術を3回に分けて受けてから、リハビリをして、やっとの思いで退院するまで4ヶ月以上もかかったのです。

このように、精神科部分以外にまでクスリによる影響は残りますし、社会生活に戻るまでの時間はかかるものですから、絶対に薬の大量の服用は必ず死ねないし、生き残っても悲惨な生活があなたを待っていると言うことです。

A急性期は安静を心がけましょう。

ご自分での生活運営が困難な場合は、精神科病院への入院をお勧めします。閉鎖病棟に割り切れない気持ちになられると思いますが、留置場ではありませんし、病棟内は自由に行き来できますから、病をともにした心を割れる友人もできるかもしれませんが、一番は、御自身のクスリの管理、食事の管理、入浴や洗濯など、規則正しい生活を保障してくれるのが病棟ですから、金銭的に頼ることができるあてがある皆さんは、早期に入院をお勧めします。

禁酒禁煙は最低限の規則ですが、ラジオ1個だけ、本を何冊かと、自由日記できるものや、ご無沙汰している友人に手紙を出してみるくらいのものを持って、休むことが一番ですから、病院で<ご自分を見直してみる>絶好の機会です。

入院を勧めているのは、個人的に自宅での闘病生活となると、お酒に走ったり遊興に転じたりと、紙一重で怠け者扱いになってしまうからです。

Bカウンセリングも時には有効です。

しかし、私のときは保険診療でなく自由診療でしたから1時間の面談で3500〜5000円の実費の負担になりますし、それでも私はちょうど100回受けましたが、カウンセラーの人に自分からの主張を聞いてもらってはいても、それぞれの主張に適宜にアドバイスをくれる保障もなく、私見ですがカウンセラーはドクターにつなぎをつけるカルテに患者の主訴を書き入れることが先決になっているようですし、それを見る側のドクターも短時間診察ではろくろく見るあてもなく・・・。もっと保険が利き、安価になれば理想的ですが、精神化医師も少ないのが現状ではどうしようもありません。

C不安神経症の患者さんだけでなく、神経を患っている患者さんに共通して言えることは、<自己中心的><わがまま><悲劇のヒーローやヒロインになりたがる>ことです。

私は、病気は必ず治りますと主張し、お伝えしています。
しかし、急性期であれ安定期であれ、次のアドバイスに詳しく述べますが、<ご自分の気持ちの持ちよう>がある意味で全てになるのです。

患者さんは、厳しい言い方をしますと、ご自分の生活スタイルやパターンが怠惰なものに人から見られたくないために、ご自分を正当化するものです。正当化ができないものになると、同情を引くような言動に走ったりする傾向にあります。

その状態を打開しない限りは、病気に勝つことは可能性は0でしょう。優秀なドクターや高価なクスリも絶対に効きません。

大切なことは、ご自分のふがいないお姿を率直に認め、またご自分で受け入れて(ココが大切!)、辛いことは正直にドクターや看護師に告げ、素直に助けを求めることです。そして、次に大切なことは、医師から指示されたことを確実に守ることです。

この時点で心にとどめていて頂きたいことは、<低いハードルで結構ですから、ご自分に到達可能な課題を与えて欲しい>と言うことです。

毎日ただだらだらと過ごされることも急性期には必要ですが、治癒したい方は、ぜひとも無理のないようなハードルを設定していただきたいです。しかし、達成できなかったときに落ち込みが激しい傾向にある人には、まだ無理だと思います。

不安神経症を治癒させる方法のひとつに、<ご自分にいかに自信をつけさせることができるか>と言うことに尽きると思います。

次回をお楽しみに。

ご相談に乗ります。メッセージを送ってください。
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(#402)自民党の情けなさ

2009/09/09 04:54
この総選挙の結果は誰もが理解していることだろう。
個人的には、どの政党という主張ができるほどの魅力はなかったが、自営業ゆえに今までは自民党に票を入れていたが、今回は白票で票を投じてきた。

自民党でなければ民主党か?そういうような簡単な判断ができなかったからだ。

仮に民主党政権が発進して、次期選挙までに、政権が持つか持たないかと言うことから次回の参院選挙の票が変わってくると思ったからだ。
いわば今回はどちらの政党に対しても、お手並み拝見と言うところだ。

しかし歴史的大敗を期した自民党の潔さのなさはいかがなものか?

大会社とは言えども、バブリーなときには大盤振る舞いをしていたところが、歴史的な大不況になったときに、派遣社員は勿論のこと、会社の存続のためには正社員も依願退職を迫るか、解雇することがだ平気で行われる時代だ。

いわば自民党は国民と言う政治の権利者にリストラされたと言うことであるから_、潔く自分たちの非を認めて堂々と野党に落ちるような姿を国民に見せるべきなのに、

麻生総裁をはじめとしてあの評判の悪いあく代官的存在の細田幹事長までも、憮然とした態度でふてくされている様子がテレビの画面から見て取れるのは私だけでしょうか?

国会の議席の配置が自民と民主で席の配置が逆になったことから、控え室も入れ替えを要求されて当然のことだが、お金がかかるとか言う短絡的な見栄だけの主張で拒んでいると言う。

往生際が悪いとはこのことだ。

このことに関連して、先日フォークリフトとショベルローダーの運転技能講習修了証と有機溶剤取扱主任者と床上5トンクレーン操作技能修了証が取得後に25年以上も経過しているために、現住所変更と写真の貼付を目的にした再交付の申請書類を郵送してもらうために所轄の教習期間に電話をしたところ・・・。

電話に出たのはお年寄りの男性。

名前を発しても、意味が良く取れないせいか理解してもらえずに、結局ファックスで申請書類の送付を願って送ってもらったが、白紙で送付すればまだしも、名前の表記は再三伝えても間違っているし修了証取得年月日のところに生年月日を書き込まれていたりで、レイによって電話で猛烈に抗議して白紙を送るように要求したら、今度は若い女性が申し訳なさそうに電話口に出た。

相手はひたすら謝罪だったが、私は「所詮あなたのように○○協会と言う組織の上司と言うのは天下りのオジンたちで何もできずに給料を蝕んでいるから、あなたのように実務がきれる女性や部下たちがやりにくいのだろうから、政権も変わったことから、みんなクビにしてしまいなさいよ」とけしかけたら女性は『本当にそうなのです』と悲鳴を上げつつも私に同調を求めてきたのだった。

国政ならずとも、身近な委託期間となっているところの常任役員のほとんどが、オジンたちで、実務の詳細を尋ねても、明確な答えを返してくれてはいない。

皆さんの身近なところでも、天下りの甘い汁をすすっている人がたくさんいるのだ。

確かに官僚時代に貢献された人だってたくさん存在することも否定できないが、業務委託機関の役員となっている人たちの精査も必要な時期に来ているのではないかと思う。
仕事が突然なくなってしまい、ホームレス生活をしている人が皆無なら、多少の許容範囲はあるとしても、現在の社会情勢がこのようであるのなら、甘い汁をすすっている人たちから、少しでも多くの金の流れを変えてほしいと思っているのだが。

このようなことも含めて、民主党政権に期待しているのだが、自民の下野も潔くして、民主にやらせてみるような建設的な思考にチェンジして欲しいものだ。その代わり民主も失敗は許されない。国民の負託にこたえられるような政権運営に期待するばかりだ。

そして本当の国民の評価は時期参院選の結果いかんだと思っている。
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(#401)最近の若者は・・・なんて言えなくなった

2009/08/28 16:08
最近のテレビを見ていたり、市内を車で運転していたりして、若者の様子を観察していると、例えば自転車通行では、東京都をはじめとして全国的に自転車の3人乗りは禁止、自転車運転中の携帯電話使用は禁止と言われていてもお構いなしの無法地帯になっている。

歩道を横切る車のハンドルを私が持っているときに、歩行者の前でしたら原則として道を譲っているが、性別を問わないが少なくとも女性の該当者がほとんどだが、道を譲って待っていても、普通は頭を下げて(御礼を伝えて)早足で横切ると思いきや、のんびりと私のほうに『文句あっか?』と言わんばかりににらみつけては携帯電話でメールを打ちながらのんびりと歩いている女がとても多いのだ。

今日も、私のマンション(父がオーナーだが、自分が実質的に住人の窓口になっている)の住人のところに、小さなお子さんを連れた若いママさん一家が車2台乗ってマンションの駐車禁止のところに平気で停めようとしたので、ひとこと『停めてはいけないとは言わないけれど、ここは駐車禁止の駐車枠だから、マンションの奥のところのお稲荷さんがある前だったら停めてもいいですよ、ただし、正面の窓のところに何号室と言う紙を貼っておいてくださいね』と茶髪のママさんに注意喚起したのだったが、「そうなんですか、わかりました」と言って来たので、私も2階の自室に荷物を置きに来て、気になったので改めて駐車禁止の枠のところを見たら移動はしていないし、表示もされていなかったので、その住人であるママさんの顔は知っていたことから、エレベータで追いかけていき、その家の玄関のところでたむろしていた3人のママさんに向かってやさしく『私は別にせっかくおいでになったお客様の車を停めてはいけないと言っているのでなく、ココは皆さん住人のものですから、管理会社に聞くと『一切チュウキンですから、近くのコインパーキングに停めてくださいと言うことになるから、私としては止めても支障のないところをご案内した上で、車の窓に何号室と言う表示をしてくださいと言ったはずなのに、玄関のドアに隠れているママさんは<わかりました>と言っていたのに、約束を守ってくださらなかったですね。私は約束を守ってくれれば、駐車スペースを作りますよと申し上げたのですから、駐車禁止枠の車を駐車できる場所に移動されて、表示もしてください』とやわらかく苦言を呈してきた上に、また数分後に見に行ったら、早速移動してくれたので、今後の為にと、私の名刺と駐車するときの連絡先を示した上で、メモ用紙に『今後はお互いに気分を害すことのないように、駐車されるときは私にご連絡くださいね。一番気分を害しているのは、約束をしたのに逃げるように玄関ドアに隠れてしまったママさんのことです』と注意を改めてしたうえで帰ってきたのでした。

いずれにしても、この世の中、知らなければ知られなければ何をやっても構わないという人が増殖している現実。

少なくとも37所帯入居している自分のマンションだが、せめて自分の身近な住居空間での秩序の維持は、たとえ悪者になっても強行で布石していきたいと思っている。

でも、前回紹介させていただいた教え子の妹さんのメールだが、31歳と言うお若い年代であっても、敬語の使い方は間違っていないどころか、とてもきれいな敬語を使っていると同時に、自分を絶対に自己主張しないで相手を常に尊重して立てている様子がひしひしと伝わってくる文章には、最近の若者の一部とは言えどもテレビをつければ天然のオバカキャラという嘆きの気分を一掃してくれたメールだっただけに、しつけをされる親御さんだけでなく、ご自身がしっかりとした勉強で教養を身につけて常に学ぼうとしている謙虚で素直な気持ちさえ宿していれば、紳士淑女はなくならないということを痛切に感じたのでした。

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(#400)おかげさまで

2009/08/26 11:18
コメントが400になったものの、実際は300ちょっとだったかなぁと思い返しながら書き込もうとしていますが・・。

今朝起きて、トイレに行ったときにメールを確認したときに、ミクシィにコメントメッセージが入っているとのこと。

25〜30年前に赴任した小学校で担任をしていたときの教え子の妹さんからだった。
探されたようで、やっと見つけたと言う感じでのコメントでしたが、私の教員生活は2年足らずの人生でしたが、一生懸命に勤務させていただいたところで、私も教え子の皆さんは8割方覚えているのですが、その妹さんからメッセージを戴いたと言うことは感無量の気分だ。

当時の教え子の皆さんは、今年の誕生日で39歳と35歳になっている。

皆さんそれぞれ社会で活躍をされており、それでも当時の私のことをしっかり覚えていてくださったということもとても嬉しい気分になります。
当時から、子供の教育に携わっているものとして、受験勉強のことも視野に入れなくてはならないと言ういわば成長期の教育に加えて受験と言う二頭立ての馬車で教鞭を振るわなくてはならなかったが、これは現在でも有効と思われることだが、<きちんと挨拶ができること><人の心の痛みがわかること>がしっかりと小学校と言う初等教育の時点で身に着けていかないまま受験にかかわることを習得しても本末転倒なのだ。

私の場合、小学校教育は専門外だったので、ある意味で専門の中学校高等学校教育のプレステージとしての考えに学習指導要領の要素を加えて、自分なりの教育方針で教壇に立っていたので、短い赴任期間で達成できたのは、学習意欲につながるレディネスのステージは培ってきたので、その教え子のようにたった10ヶ月の産休代員教師として、普通は子供たちの記憶にとどまらない程度の教員でなく、一部とは言えども子供たちの心にとどまったのではないかと思うのだが。

ミクシィも、紹介制であるので、私が参加できるようになったのも『教え子』の紹介だったし、マイミクの半数以上は私のかわいい教え子たちであるのです。

今度は、教え子たちが結婚されて子供が誕生したときに、何らかの形でお付き合いできればと願っているところです。

今朝は、その様なわけで、すがすがしい朝を迎えました。
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(#399)14個目の資格取得

2009/08/15 17:32
わが社も13〜16日まで夏休み。

・・・と言うことで、川口市の消防本部が主催の<上級救命講習会>に申し込んでいたので、6月に取得した普通救命に加えて、レベルアップということで丸一日缶詰の座学に加えて演習と筆記と実技の試験を受けてきた。

消防本部のスタッフは、もう会社関係の業務もあわせて知り合いが多く、気が知れていただけでなく、前回も普通救命ということで指導をしてくださった指導者でしたので、何かと<お手本>として使われたり、冗談を交わして笑いをとったりで、とても楽しかったです。

画像


救命講習では、公共の場に倒れている人に近寄って、呼吸の有無を判断して、救急隊が現場に到着するまでの相田、周囲の協力者に援助を求めて、AEDを駆使して、傷病者の救命率を上げることがいわば任務なのだが・・・。

先日に、このブログか別のブログに掲載したのだが、わが町内会で、正当に純粋に清い人たちが集まってくださるボランティア活動の一環として、私が副部長を務めている<衛生部>の活動に対して、毎月の公園清掃や古紙回収にかかわっている人に対して、ジュースの消費量が多いとか、ジュースはまさか低下で購入していませんよねとか、特に昨年度の、総会で決算の承認を戴いた案件に対して、穿り返してきて『衛生部のこのお金の使途を役員会の前で、議事録に掲載しますから、じいヤンさんから説明をしてください』という、奇怪なファックスが送られてきたりで、『私は、衛生部のクリーン推進員でもなく、ただ<お手伝い>をさせてもらっているから、その人たちにジュースをどのくらい使ったかとか、また私は衛生部の事務処理を担当しているだけなので、昨年度の予算の使途についての説明はできるわけがなく、はなはだ勘違いがひどいので、私からはコメントができない』ということを、ファックスの送り主である副広報部長(副総務部長兼任)に伝えておいたのだが。そのことがあってからは、所詮ボランティアで汗水流している立場としてはかかわりたくないというのが正直な気持ちだった。

こんなことがあるように、救命を介助したとして、この世の中で命拾いした場合はいいとしても、残念ながら逝去されたということになると、何を言われるかわからないご時世で、このような講習を受けている自分がむなしくなったのですが、少なくなったとはいえ、<人の為になる>ことを理解してくださる人の為になることは、いつかきっと自分に帰ってくるという信念を持って、これからも毎日元気に生きて行きたいと思うのであった。

それにしても、町内会という小さなコミュニティーであっても、自分のことしか考えず、自分に不利益なことがあれば原因となる人と物はぶっ壊すという狭い考えを持っている人がはびこっていることは、世の中住みにくくなったものである。
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(#398)久しぶりの座学講習会

2009/07/30 11:46
昔は、教職員と言うことで人前でしゃべることとどのようにしたら人が話を聞いてくださるかと言うことをわきまえていたのですが、今回火曜日の半日を使って<危険物取扱者保安講習>と言うことで、自動車免許の更新時講習と同じように3年に一度の保安講習の受講が義務付けられていたので参加してきた。

次に水曜日に<防災管理者新規講習>と言うことで、今までは防火管理者と言う資格を持っていた私が、法改正に伴って防火管理者の資格も取得する必要性に追われたので、新規の資格取得と言うことで、丸一日5時間の座学講習を受講するために、川口から埼玉県大宮にある防災センターまで、国際興業バスとJRを乗り継いで出かけて、慣れない座学受講を済ませて帰ってきたのだったが、今回は居眠りこそしなかったが、今までとは逆に講義を受ける立場を久しぶりに体験させていただいて、こんな私でも人前でプレゼンをする機会が少なくないので、ある意味でとても勉強になりました。

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(#397)ラフェスタ3年目突入

2009/07/11 01:20
始めて会社に頼らずに自分で購入したラフェスタが我が家にやってきたのが、おととしの七夕だった。

私の日常の<足>として、左指の障害から買い物をしても右手でしかバッグが持てないことから、買い物や通院・父や息子の運転手として・ゆうさんの送迎とデートの足として・時には町内会の広報車として・大切なお客様やそうでないお客様の送迎車として(笑)日々活躍してきた。最近は鋳物製品で小物の運搬にも活躍していますが、今月の10日にゆうさんを新宿区内の自宅まで送っていった途中で、オドメーターが40000キロを表示した。
(単純計算として733日で計算すると1日あたり54キロ走行したことになる)

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このまま、ローンの支払いをあと3年間かかって払い終わると、完済時には単純に1年で20000キロだから、5年ローン完済時には軽く100000キロを超えることになる。

私なりにカスタマイズした愛車である。
ゆうさんは、あなた、100000キロを超えたら、新たにハイブリッド車でも買い換えてガソリン使用量を減らしましょうよ、私もそのためにお金をためるからね。と言ってくれたが、私は日産党だが、日産ではハイブリッドが遅れすぎており、もはや今度は電気自動車で対抗しようとしているのだが、私は低床タイプのミニバンを欲しているので、ホンダならオデッセイか妥協してステップワゴン、トヨタなら断然アイシスを希望しているが、ハイブリッド化が進むのは、トヨタだろうから、アイシスハイブリッドが3年目に誕生していればいいのだが。

しかし、個人的にはお給料が半減せざるを得ないような会社経営だったから、金銭面でもゆうさんに助けてもらっているので、ローン完済の後はゆうさんに返済する約束になっているから、ラフェスタは20〜30万キロくらいまでは大切に使わなくてはならない。

2000ccのラフェスタは,都内一般道でも7〜8キロは走るようにエコ運転を心がけている。
これからも大切に使わなくては・・・。


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(#396)いいかげんにせぇ

2009/07/03 06:46
おとといの水曜日の夜に、7月になったばかりの日に定例の役員会が開かれた。

そこで、特段に悪いことをした覚えもないし、追求されることも見覚えがないのだったが、突然の衛生部からの報告事項を伝えた後で、一般のと言うかほとんどの皆さんから拍手を送られたのでしたが、突然言いがかりをつけられて口論や舌戦となった。(勿論だが、わたしは特段に反論ひとつ言わず平静を保っていた)

そこで、今回の登場人物紹介

@トシコさん(今年度から町会の改革として1期2年限定で就任した女性町会長)
Aイトさん(元衛生部長で今年度も副町会長として進行部の反勢力として君臨)
Bノザッキー(前衛生部長で副町会長。トシコさんとともに正統派で君臨:衛生部付きの副町会長)
Cヤマさん(広報部長:今期からなぜか副町会長に就任:イトさんとともに反勢力)
Dモッチャン(副広報部長:町会の広報誌の取材と原稿作成と編集、印刷までこなすが、なぜかただですら多忙なのに副総務部長まで引き受けたことで、急にえらそうにした態度が目立つ)
Eヤマグさん(10年以上も副経理部長に君臨。誰だって、癒着等疑う。恨みを買われたら陰湿な手で事実無根なことまで作り自作自演で上層部に直訴:恨みを晴らすためには事実無根のことを対象の人に向けた上で、口コミで嫌がらせを広めるスグレモノ)
Fマキさん(新衛生部長:まじめで正義感強いおじちゃん)

さて、

衛生部も、第A日曜日に実施される古紙回収の件のご案内と雨天順延すると第3週の日曜日は町会盆踊りのやぐらの組み立ての行事と重なるために、多少の雨だったら実施する旨をマキさんからご案内してから、前回の古紙回収の事務報告を副部長のわたしにゆだねたところで、わたしからは、重ねて14日残し回収に参加のお願いと、4〜6月分の3ヵ月後との市への助成金申請に行く前に、実際にいくらの金額が助成されるかと言うご案内を懇切丁寧にご案内して、そのあとで市のほうに出向く旨を伝えてから、拍手で労をねぎらってもらったまではよかったのだが・・・。

そのあとから、質問と言う形で、モッチャンが怒りをこめておでこに血管を浮き立たせながら・・・

『じいヤンさんから戴いた原稿をそのまま載せているのですが、先日5月の古紙回収の時に、わたしは取材があるところを4トン車の運転をさせられた上で、途中で帰ってからソフトボール部の試合の取材に出向いたのですが、お弁当をもらえなかったひとがいるらしいことを聞いたのですが、わたしは自分で経理部に問い合わせて毎月いくつのお弁当を注文しているか知りたい。余ったらどうするのかとか」(実は忙しい中で突然帰ったのでモッチャンがもらえないことを怒っているのだ。)
『そのときは大して暑くもなかったのにビールがもらえたのですが、通常会社ならもらった金額の明細を載せるのなら、収支決算と言う意味で毎回明朗会計で広報誌の載せなくてはいけないのではないですか?」とのこと。

続いて、今度はヤマさんが(執行部の人間は質問はしてはいけないのだが常識を知らない)、通常会社だったら収支決算は明朗会計でないといけないし、だいたいこのご時世で新聞や雑誌ダンボールの金額が安いとはいえないと思うのだが、じいヤンさんは色々な神の回収業者を知っているのだろうから、今までの片岡さんに固執しないで、他の業者を検索して収入アップすべきではないのかね」

と切り込まれた。

副部長のわたしがすべて回答するわけには行かないので、部長のマキさんに振ったところ、突然心境を察したようにノザッキーが立ち上がって・・・

『その件は私が前任者でしたから経緯を説明しますと、広報誌の掲載内容は昔から行っていたものを踏襲していっているものと、弁当の数は平均すると25でいいと判断したからそのようにしています」

もっちゃん「前は前でいいんですよ。要するにもらえなかったひとがいるというのはまずいんじゃないですか?」「だいたい、昼前に終る行事ですから弁当なんかいらない」

すでに、ここまでくると抑えることができない。

じいヤン『広報誌の掲載内容も、従前のものに加えて、単純に回収の重量と金額を口頭でご案内するだけでなく、広く皆さんにわかっていただきたいと思って、単価と市からの助成金の目安をもお知らせするようにしたことなので、それでご理解いただきたい」

ヤマさん「じいヤンさんから私からの質問に対しての答弁を伺っていませんが、単価の高いところを探すことって必要だと思いますよ」

じいヤン『わかりました、検討材料として承っておきます」

そういった険悪な雰囲気を察してくださった30位の男性の班長さんが

班長『所詮、ボランティアでしょ?収支でしたって、定期総会のときに古紙回収のお弁当代や飲み物代ということで予算案もすべて資料に掲載されていて、総会で承認されたのだからそれで十分だと思うのですが・・・。また、私はここのところ連続して古紙回収に参加させてもらっていますが、衛生部の皆さんは実に丁寧に気を使ってお弁当を配ってくださっていますよ」

最初の拍手に加えて、実に説得力ある男性からの証言もあって、一時は一般のわけわからないオヤジと班長がけんかになりそうになったが、ノザッキーがとどめてくれてその場は収まったのだったが・・・。

正統派に加えて貴重面のマキさんと私はハラワタが煮えくり返っていたが、ひたすら沈黙を守ったのが結果的には正解だった。

ココで整理すると・・・
1)元衛生部長であったイトさんが今の仕組みを作ったことを直接的に批判されたものだから、副町会長という執行部の一人だったら何か言うべきのはずが、一言も言ってくれなかった。

2)広報誌に収支決算を載せても構わないが、それでは総会の承認は意味がないことになる。
3)収支決算を載せる手間はない。逆に衛生部だけ明朗会計で載せたら、他の部でのあいまいな収支も載せることになることから、墓穴を掘るのではないかということをヤマさんもモッチャンも知らない。つまり後で述べるが、私がヤマグさんのことを個人的に追及したことから恨みを買ってしまい、つけがイトさんグループであるヤマさんとモッチャンを使ってじいヤンをみんなの前で潰してしまえというカラクリだ。
(つまり、還暦過ぎの大オヤジの陰湿なじいヤンいじめの現実だ)

4)確かに片岡さんという紙の回収業者の単価は安いのだが、4トン車を毎月無料で貸してくれている上に、新聞紙を回収するのだが、終ってから片岡さんに持ち込んで計量したあとで、荷おろしをすることなく帰ってくることができるという大きなメリットがあるのだ。

5)仮にその4トントラックをレンタルしてきたものなら、助成金だってすべてレンタル代に消えてしまうのだ。
6)ヤマさんは店を経営していた社長だが、そんなことすらわかっていないし、古紙回収も自分の店からでるダンボールをトラックに載せたら帰ってしまうのだ。(自分の利益しか考えていない)

7)執行部の人間は発言というか質問やまして批判などは常識的にはタブーだということを知らない。
8)モッチャンも単なる兼任の副部長に過ぎないのに、他の会でも最近態度がでかいと評判だ。
9)肝心なこと:トシコ町会長はこの際一切コメントを発していないで沈黙を守っていた。(エライ!!)


このような顛末の発端は、ヤマグさんのお得意の逆恨み攻撃だ。

彼女は、例えば新年会のお弁当参加予定者80名だったら100個注文してしまい、20個を自分と他の女性と山分けして自宅に持ち帰るという。例えば、盆踊りのときに、子供たちの配る予定のアイスキャンデーをひと箱自宅に持ち帰っているというもっぱらの評判だ。まずいことに経理部の役員が総務部の役員と兼任していいものだろうか?

そんなところで、特に専門家ではないが、几帳面に事務処理をするじいヤンが色々と動いていることから、やバイと感じたのだろう。役員会の席で徹底的に男の重鎮たちにじいヤンを攻め立てさせて、精神的にもプライドもずたずたにすれば身を引くと思ったのだろう。

そうはいかない。

私が、一切感情的にならずに、沈黙と冷静さを保ったことから、いじめ側は退散したようだ。
モッチャンも閉会後にノザッキーと話したら5分も経たないうちに『俺の勘違いだった』と和解したという。

これで<いじめ>であることは証明されたことになる。

衛生部有志の2次会にマキさんから誘われて、近くのカラオケ居酒屋に集合したときに、私がマキさんをなだめるのと、自分も積もったうっぷんを晴らしたかったので1時間も熱弁を振るったが・・・。

一番嬉しかったこと・・・・

1年前、家族や衛生部から受けたストレスから自宅で暴れた(笑)ことがあったり、じいヤンは切れやすいし、切れたらやくざやさんのように凶暴になるというように思われていたのが、役員会であんなようにたたかれても、平静で沈黙を守ったことでみんなびっくりしたようで・・・。

ノザッキー『じいヤンさんは、この1年でずいぶんよいほうに変わったな」
幹部のナベさん「じいヤンは、今日の席では絶対に切れないと信じてたよ」
衛生副部長のタテさん「いや〜、今夜じいヤンさんだったら失礼だけど、喧嘩になると思って期待してたけど(俺たちの意見として自分ではいえないからじいヤンが代表して言ってくれると期待した)見直したよ〜。あんなに言われたらふつうは誰だって切れるもんな』

みんなが応援してくれていることを確認できたが、それだけでない、人生の伴侶としてお互いに認め合って約束したゆうさんとの約束である<決して怒らないこと>を忠実に守ったご褒美だと思った。でも、部長のマキさんと二人で、今年度は役員として引き受けたけれど、今年度中に同じようなことがあったら、二人で役員を辞任した上で、資源回収自体をやめること、やめないとしてもじいヤンの会社で貸しているトラックの貸し出しもやめること。を確認した上で、先輩幹部のナベさん、タテさん、ノザッキーにも理解してもらったのだった、

ボランティアなのだから、気持ちよくやりたいし、自分の地位や名誉だけを追求した自己中心的なお遊びに戯れていて、後輩の育成を考えていない人が残っているのなら、やめちまえと言うことだ。

でも、拍手を送ってくださった皆さん、カバーしてくださった班長さんはじめたくさんの皆さんのためにも、やめないと思うが ・・・。


皆さんの町内会ではどうですか?

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(#395)免許限定解除

2009/06/25 15:55
ご無沙汰をいたしております。
ココのところ、朝起床してから、お茶を入れて血圧測定して18種類の薬の錠剤を飲んで、落ち着いたかなと思ったら、仕事があるときは出張の準備とともに出社して、ないときはいつものように去痰の処置をしてもらいに、同級生が開業している耳鼻科に出向いたりしたり、人からの頼まれごとのために、書斎にて電話・パソコン・ファックスなどをフル活用して対応したり、車で出向かなければならないときは、弟社長に外出の連絡をしたあとで<現場主義>が看板になっている私ですから、出向いてでも対応している私ですが、父の家の洗濯物や薬の仕分けや愛犬ひ〜さんの散歩なども含めて、さまざまに動いていると、昼食の時間もなく食欲もいまいちの状況で、帰宅するのが18時前後になってくると、夕飯の準備もする元気がないまま、祖食事をしてシャワーを浴び、自分の洗濯物を洗濯乾燥していると、必然的に疲れと眠気に襲われてしまい、ブログの更新どころかベッドでテレビやラジオをつけながら寝静まってしまうと言うサイクルなのでした。

さて、本題。

先般、やけにモチベーションがあがったときに、急に自分の免許証が取得したときは昭和56年ごろにマニュアルで(当時はAT限定免許はなかった)取得した免許を、平成3年?に更新を忘れてしまい一時的に失効してしまったものを取り戻すために免許センターに出向いたのだったが、そのときに左手の指の障害を持つことになってからは、センターの人にAT限定にしたら?と言われたものをそのまま受け入れてしまったので、平成13年以降はATしか運転できなかったが、あれからリハビリをした結果、サイドブレーキの解除のときのボタンだけは右手でやらなくてはできないこと以外は、マニュアルのシフトレバーの操作もハンドル操作も問題なくできることを、出向いた教習所の所長先生が太鼓判を押していただけたので、その旨を免許センターの適正相談室の先生に説明していただいたところ、じいヤンさん、日曜日に鴻巣市の免許センターまで行かれますか?聞かれたので、「行きましょう」と即答してから、彼女であるゆうさんに付き添ってもらい、鴻巣まで2時間ほどかけて出向いたところ、適正相談室の2名の先生方が、あらかじめ私が昭和56年にマニュアルで取得していたデータを出力してくださっており、お会いしてからシュミレータで実際に操作ができることを認めてくださったら、「じいヤンさん、あなたのように以前マニュアルで免許を取得されたことがココで証明できたケースなので、この場でAT限定解除の審査合格の証明を書きますから、手数料の埼玉県の証紙代1700円を支払ってくだされば、最短で明日月曜日の13時にまた来てくだされば、1時間ほどで解除の免許証を発行できますから、教習所で62000円を払って、教習4時間に検定を受けてまですることはないですよと言ってくださった。その代わりに、じいヤンさんもおっしゃっている様に、バイクの運転はできなくてもいいですか?と聞かれたので、自転車がのれれば問題ありませんと言うことで交渉成立となった。

埼玉県の公安委員会では、独自に免許の条件として<原付は不可>という設定があるらしい。
しかし、この設定はつい最近に設定されたことから、免許証の裏側に押すその旨のゴム印がないらしく、汚いけれど私の手書きでいいですかといわれていたが・・・。

そして翌日月曜日の午後1時に、またまた片道2時間かけて鴻巣市の県の免許センターに出向いて、14時過ぎにはICチップの記載事項の変更も終って、いよいよマニュアルの中型8トンまでの運転が可能になったのだった。

嬉しくなって、これまた10年ぶりに、献血を400ミリ採血して貰い、新たな献血カードを作ってもらって帰ってきたじいヤンでした。

このことで浮いた62000円を使って、今度は大型免許でも取得しようと思っているのですが・・・。

リハビリを始めたときは、左指の握力と言うか指力が0だったのだが、頑張って6キロ?まで回復していた。

行政側でも、バリアフリーの風潮が進んでいるらしく、障害者の社会参加や復帰を促す意味でも、寛大は配慮がなされているとのことであった。


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(#394)情けないことだが・・・。

2009/06/04 09:32
毎月の第1水曜日になると、私の街の町内会は、月次の定例役員会が開催される。
しかし、私にとってこの役員会はストレスの宝庫となっているからいやになってしまう。

昨日も、先月の定期総会にて、今年度の新しい人事が承認されて、新体制でのスタートを切ったと思われたのだったが・・・・。

私が所属して、今年度から実質部長秘書付きでの担当副部長になった「衛生部」。

その前に、今年度から町会始まって以来初となる女性町会長が誕生して、副町会長のメンバーも一人新任が承認されたのはよかったのだが、

執行部となる、副町会長以上の職務を担当している4名が、2名づつ真っ二つに分裂した考えを持っており、その流れが(俗に言う派閥である)我々の衛生部の役職を持った人間をも二分してしまう分裂状態を生んでしまったのだった。

俗に、執行部に名前を連ねているメンバーはお互いに職責を全うするために助け合って町会の行政に専念することで、その枝葉の部分で活躍しようとしている各部署の役員が生き生きと動くことができる環境がそろってくるのだが・・・。


情けないことに、わが町会は、すべては自分のために、自分が町会に名前を残せるためなら何でもやってしまうと言う帰来が強く、私が考えている10年先のビジョンを持ち、現職の役員さんたちのあとを継承していける若い人材を育てていかなくてはならないという<使命感>を一部の派閥の人間たちが忘れてしまっているために、取り急ぎ
自分たちにとっての利益ばかりを追いかけた諸先輩が多いので、50歳にお若手としてはいささかやりにくくて困っているところだ。

典型的な異常人事としては、10年近く連続してもしくは途中1年間でも空白期間を設けていたとは言えども、経理部副部長を改選なしで続投しているおばさんが、何と今年度の人事では総務部副部長まで兼任したと言うことだ。

一般的に、総務と経理の重要なポストを兼任することはタブー視されていることくらい、素人の私でも理解しているし、経理部は部長1名、副部長1名に対して、監査が5名も存在すると言うわけのわからない人事なのだ。

私も、衛生部の活動に参画して5年目を迎え、恐れ多い副部長を拝命して2年目にして、衛生部長の補佐役を(これは人事の面で肩書きはつかないが)仰せつかり、新しい衛生部長とともに、町会の悪いイメージを衛生部から払拭していこうと動き始めたところだったが、予想された事態とはいえ、新体制での最初の定例役員会で、見事に執行部の分裂派閥とリンクするように分裂してしまったので、昨日の晩は、帰宅してからもイライラが収まらず、就寝できたのはまたまた朝の4時を回ってしまったのだが・・・。

しかし、旧態依然の体勢に新しい風を吹き込むということは、それだけの逆風も当然のように吹いてくることも事実なので、負けることなく新生衛生部を構築していきたいと思っているのだが・・・。

今日は、以前から弟社長には私用で一日欠勤届を出した上で、実は首都高速道路株式会社の2009年度のモニターに選ばれたので、まず最初の仕事である「神奈川管理局管内の安全施設の現地視察」に参加することになっており、具体的には、首都高速神奈川線の<殿町〜池上新田公園>区間の安全施設を徒歩で2時間ほど視察して帰ってくると言うスケジュールをこなしてきて、また来週の木曜日の夜に、今度は虎ノ門にある首都高速道路株式会社の本社会議室で、視察報告会に参加してくることになっているのである。

今回の視察区間は、高速神奈川横断線の工事区間における施設点検を首都高速側としては自社内の人間でなく、一般公募の人に第3者的な視点で点検してもらおうと言う、製造業の品質管理手法に似たプロセスを踏んだ行事だと思う。
個人的には、日頃は見ることができない部分を拝見できる楽しみだけでなく、2時間ほどの区間を徒歩で視察と言うことは、日頃から心がけているウォーキングの効果も期待できると言うところに魅力を感じているのだ。

でも、前日のごたごたで、ただですら睡眠不足な私が、今朝までも睡眠が取れたのは実質2時間ほどだけに、運転して出向く側としてはいささか迷惑な定例役員会だったと憤慨しているところだ。

まぁ、やるだけやらせていただき、それでも町内会を旧態依然の自分たち個人的な利益だけを追求だけしている古株の人たちからの反感をかうようなことがあったら、そのときは私として協力していたすべての町内会の役職に対して<辞表提出>と言う形で、引き上げてしまおうと考えている。

町会長経験者である私の父も、それだけ町会がおかしくなっているのなら、いっそのことぶっ壊してしまえばいいというある意味で<許可>も下りたと思っているので・・・・。

要するに、町会で飯を食っていかれないということと、町会の運営はボランティア精神豊富で、お互いに気持ちよく参加することで意義があると私は信じてやまないのだから・・・・。
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(#393)首都高速

2009/05/23 23:41
何かと事故や構造上の欠陥を私は指摘したい思いでいっぱいなのだが、
もうすぐに、5号池袋線の高島平〜戸田南だったか?24時間丸一日使って車線規制を行って<ノージョイント工事>を実施するので、当日はお車の使用を控えられるか、迂回をお願いしますという案内が首都高のHPに掲載されている。

確かに、ノージョイント化をすれば、走行中のショックはなくなるし、あらためてジョイント部の更新工事の必要がなくなるだけでなく、ひいては交通渋滞も解消されると言うが・・・・・・

高島平〜戸田南の区間は、私に言わせれば5号線の末端部分で、比較的に新しい区間に当たると、私自身は認識しているのだが、

そうであるのなら、どうして高島平からの延伸区間工事を施工する時点で(新規工事を施工する時に)初めからジョージョイント工事ができなかったかという怒りを覚えるのだ。

確かに5号線は、交通量が半端ではないし、結果論としても延伸部分に対して、改めて休日とはいえども24時間にわたってただですら2車線で交通量が多いのにかかわらず、1車線規制をするということは、大渋滞どころではないことは容易に想像がつく。

不景気に、ある程度の受注工事業者の救済と言ったら言い過ぎかもしれないが、延伸計画時点でジョージョイントの技術がなかったと言えばおしまいだが、一度計画して施工してから、どのような工法を取るかはわからないが、
地方への高速道路に接続する重要な役割を担っているのですから、はるか昔に施工した路線は仕方がなかったとはいえども、5号線の延伸部分については、このような必要にせめられた工事についての必要性は、計画の時点で判明していたはずだろうと思う。

戸田南延伸後の5号大宮線につきましては、専門的な知識までは認識していないものの、戸田南〜さいたま見沼までの区間を開通当時から実際に走行して見た感じとして、ジョイント部分のガタンと言うノイズはほとんど感じられていないことに気づく。

さて、

そうであるならば、5号池袋線〜S5号大宮線をイメージしてみて、高島平〜戸田南の区間をノージョイント製にする必要はあるか?という視点で考えると、私は必要はないと感じているのである。

ノージョイントにすれば、確かに走行上のイライラ感は解消されるだろう。

しかし・・・・

この区間は、地形上のこともあり、ただですら自動速度取締機が多く設置されていることも皆さんもご存じだと思うが、頻繁に急カーブが連続しているのに、制限速度50キロに対して、20〜30キロオーバーで突進するドライバーがあとをたたず、事故が起きやすい区間でもあるのだ。

だから、設備更新上での判断ならやむを得ないが、スムースな走行もでき、渋滞が緩和されると歌う必要はないのだ。

ただですら、規制速度50キロに対して、80キロ以上で追い越していく悪質なドライバーがたくさんおいでなのだ。
さらに困ったことに、速度オーバーは乗用車は当たり前、おまけに大型車までが速度を守っていないのだ。

先般、熊野町JCT付近の上りの急カーブで、タンクローリーの横転事故があったことは記憶に新しいところだが、高島平方向から池袋方面に向かう車線は、板橋本町IC直前から、ほぼ直線区間になり、板橋JCTで中央環状線との合流をした直後に、90度近い急カーブで東池袋方面に向かうことになる構造だ。

ですから、戸田南方面から80キロ以上で難なく?飛ばせていたところで、板橋本町付近で直線になれば、当然追い抜きなども含めた加速傾向が強まるのだ、そんな中で急カーブですから、自家用車ですら50キロでカーブを通過するのがやっとであることに対して、タンクローリーのような大型車両が急にカーブを通過しようとすれば、力学の専門知識がゼロの私でも、事故が発生することは容易に想像できるのである。

どの部門でどんな要求があってのジョイントの工事なのかわからないが、もっとグローバルな?視点で工事の計画をしてほしいものである。

最も、一番の悪者は、制限速度をはるかに超過して平気で運転してしまうような基本的なマナー違反のドライバーが繁殖しすぎていることだと思うのだが・・・・・・。

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(#392)超多忙につき・・・・

2009/05/20 05:29
GW前から、本業での納品業務と、町内会の定時総会とその翌日の古紙回収作業が続いたことだけでなく、今年度から衛生部副部長と言う立場がさらに重くなり、部長秘書付きという、広報部門・庶務部門・会計部門の担当者としての仕事が付加されたため、今まで以上に町会に拘束されることが多くなった。

それだけでも大変な緊張と焦りだったが、総会の当日の昼間に、突然父から私の携帯を鳴らされたのだった。

「いま、病院の検査結果が良好でないということで、緊急の検査入院が必要と言われたので、主治医のカンファレンスに立ち会って欲しい」ということだった。

疑いのある病名は、狭心症・たこつぼ心筋症と言うことだった。

ゆうさんと我が家で、総会に出席するなら、私が服のコーディネートと上方のセットをしてあげるから、みっともない格好だけはしないで頂戴ね・・・ということで、夕方までの時間限定で我が家に来てくれていたのだった。
(民主党の鳩山代表の奥さまのようである)

緊急入院と言うことで、最初にかかったHO病院と言うところから、工業病院へ紹介状を書いていただいているということで、車で自分で出掛けた父を、病院に車を置かせていただき、私の車で工業病院に直行することになった。

工業病院のスタッフの大半は私のことを知っていてくれているので、病棟が決まってから、すぐに父の家に帰って、ゆうさんにも手伝ってもらい、ゆうさんには我が家でそろえることができるものを揃えてもらいながら、まとまったものを、ちょうどメールで連絡した弟と息子のうち、息子がいたので、病院に荷物を持って行ってもらった。

そんなこんなで、GWはおしまい。

月曜日に、心臓カテーテル検査を受けるということで、私がつきそったが、結果は即刻出て、工業病院の主治医の先生から、心臓の血管には問題ないから、明日にでも退院して、HO病院に戻って、今後の治療と投薬を受けてくださいということになり、最低でも半月の入院と聞いていたので、またまたパニック状態になった。

それからと言うものの、不況ながらも、信じて頑張って仕事をすれば、お得意様からの注文が来るもので、そのわが社で作った鋳物をお客様のところに納品するのが私の仕事であるから、同じところを何度も繰り返して運んだ。
羽田方面・川崎方面・横浜方面と、北では茨城県石岡市方面と、節約を心がけているので、基本的に遠方でも、納品に行くときのみ緊急性がある場合のみ、高速を利用するが、私は基本的に片道3時間半の道のりでも一般道を使って運行することと、川口市・TBSラジオ・首都高速道路公団などに<エコドライブ宣言>を宣誓しているので、急発進急ブレーキは一切せず、エコ運転に努めている。

今日も、帰社したのは21時近くになっていたが、常磐線沿線と言うことで、帰路の途中の撮影ポイントで、電車の撮影をしてみた。

一部ご紹介です。

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今日も、睡眠時間が2時間弱しかとれませんでした。眠くて疲れが取れていません。

今日は、午前中に、今度は私が2か月に1度の医療センター内科の定期受診の後で、午後から羽田方面への納品です。一般道経由ですから、往復3時間の長旅です。

明日は、仕事を休んで、ゆうさんと月に1度の千葉県流山市まで、鍼灸治療に出かけます。

このほかに、朝7時から父の家に出向いて、愛犬の柴犬のオスの<ひふみ:ひ〜さん>の朝食の準備、ゴミ集め、洗濯と、出来上がった洗濯物の畳み、父の血圧測定のデータの記録と、薬の管理などで、1日13時間労働です。

その上で、人から依頼された事案の処理にも時間を費やします。

金曜日は、欠勤させていただき、自宅で休養したいと考えているところです。

頼まれていないことでも、これを手伝っておけば、みんなが喜ぶだろうなと思って、夢中になって動いてしまう悪い癖と、疲れきって睡眠薬を飲んでも、短時間しか熟睡できない体調ですから、お金があれば、入院させてもらってでも休養を取りたいところです。
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(#391)とてもエコな食事

2009/05/07 22:20
50になってから、特に胃の大きさが小さくなったようで、ココのところ一日1〜2食で十分に満足した生活に慣れてしまっている。

それも、以前のように、ゆうさん(彼女)に教わって自分なりに料理して食べていた食事も、最近は疲れやすくなったのと、ぜいたく品を好まなくなったので、食事も簡単に済ませている。

いつも朝食はとらないのだが、昼食時になってちょうど同級生の開業している耳鼻科の帰りに面倒くさくなって、ラーメン屋さんにでも立ち寄って、野菜たっぷりのあんかけ焼きそばでも食べてこようと思っていたのだが(650円)・・

そのお店は、いまどきにして珍しく、普通のシンプルなラーメンなら何と300円で食べられるだけでなく、麺類は1人前のタマの大きさが決まっているので、極端な大盛りはないのだが、他のメニューだと、さすが職人さんたちの町の老舗だけあって、今の私には一人前が安いだけでなく、とんでもないほどの大盛りになって出されるので、食べきれないことも・・・

そこで、車を止めてお店でのんびりと食べられることはわかっていても、またそのお店は、ランチタイムが終った頃にお店に直接食べに行くと、女将さんやお兄ちゃんがいつも気を使って、食後のアイスコーヒーを無料で出してくれているので魅力的だったのだが・・・・

ゆうさんから、あなたもGWにどこにも行かないのだから、お小遣いあげるねと1万円をカンパしてくれたのだが、そこは最近は節約の毎日になれたことや、収入がない息子が私の所に来たときに、一緒に好きなお店で食事させてあげようと思ったり、時には差し入れやお小遣いを上げようと思っていたので、節約節約ということで、そのまま帰宅。

考えてみれば、炊飯器にご飯が残っていたのと、冷蔵庫に激安のスーパーで買っておいた何と12粒?入っているシューマイのチルド品を出してきて、レンジにかけてからご飯の上にたっぷりのカラシしょうゆをかけて<シューマイ丼>完成。ご飯粒代を除けば、おかず代78円のランチとなった。とてもシンプルでおいしかった。

そして、ゆうさんの会社は今日から仕事再開と言うことに対して、わが社は電話番の弟社長に任せて、従業員は10日までお休みにしていたので、連休中に毎日のように我が家で二人っきりで過ごしたので、ゆうさんにとって自分の部屋で過ごす日が一日もなかった上で、今日の出勤時にご存知のようにJR横須賀線と湘南新宿ラインの車両故障により電車が長時間動いていない状況で振り替えでも頑張って仕事に出かけて言ったことを知っていたので、疲れているだろうと思ったのと、私はあと一日だけのんびりとできると思い、川口から首都高速を使って川崎まで夕方に迎えに行って帰ってきた。

さて、夕飯。私の好物は地味に<お味噌汁>なので、最近はまっているお味噌メーカーのしじみ汁の生味噌タイプをご飯にかけてお湯を注いだ俗に言う<ぶっ掛けご飯>を2杯も食べてきた。

実は、この生味噌の味噌汁のパッケージは6袋ついていて、激安スーパーで65円なり。
したがって、ご飯2杯の材料費を別にすると、夕食代は20円と言うことになる。

ハハハ、意識していない食事内容だったが、今日の食費は100円を切っていたのだった。

なんとも得をした気分。

これから、派遣切りを通告された、業績は正社員を抜いてナンバー1の弟のようにかわいがっている友人からの依頼で、そのお店グループの本部宛に、だめもとでの嘆願書を書くことになっている。
本部には、以前にも手紙を送っていて、派遣と言うことで当時の自給800円と言う最低賃金の友人のことを本部の人に褒め称えた上に、処遇についての改善をお願いして、大幅に昇給した経緯があるので、いざ勝負!と言う感じで書こうと思っている。

うまくいって、クビがつながればいいのだが・・・・

他にも、頼まれごとを早く処理しなければならないことがたくさんあるので、頑張らなくては・・・・。

人から頼られなくなってしまったら、おしまいだもんね。

もちろんボランティアですよ。
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<#390>連休の中で

2009/05/05 23:40
ここのところ、毎日が戦争のようにあわただしく、本業の受注が激減しているのに暇なはずが、そんな時に限って友人や町会の先輩の皆さんからの対応に追われて、連休どころではない状況です。
ブログの更新も、セカンドブログには一言メッセージですませているので、頻繁な更新はできていますが、オフシャルブログのピエスモンテの方がなかなか更新できずに、自分なりに攻めあぐんでいるところでした。

さて、そんな連休。

自分的には特別に外出の予定はなく、新年度当初から計画していた<我が家全体の模様替え>計画の遂行が遅れており、連休明けには<新装開店>で、友人や今年度から、町内会の衛生部長を引き受けることを最大限に引き伸ばす条件として、部の先輩のおじさんに部長を引き受けていただく条件として、部長職がこなさなくてはならない各種の事務部門や行政側に提出する文書の管理と作成のすべてを引き受けることになり、単なる副部長だけでなく、部長秘書役も兼任することになったので、部長と頻繁に打ち合わせができるように、我が家をきれいにしてお招きできるようにと言う準備を兼ねていたのだった。

まぁ、全体の70%は模様替えが終わっているのだが、最終的な家具の移動と、一人息子の部屋をいつでも帰ってきても気持ち良く使えるような環境を整えることが最後になってしまったので、明日も含めて、弊社は10日まで休業なので、手が足らないところは彼女に助けてもらいながら、少し延長して5月中旬から下旬にかけての新装開店を目指したいと思っています。

でも・・・でも・・・
今週の週末は、土曜日の夜が懸案となっている町内会の定期総会。日曜日は私の担当の恒例の公園清掃と資源回収活動が予定されているので、大型連休の最終日は2日間も休み返上になってしまうのが辛いところである。

彼女も土曜日にわざわざ我が家に来てくれて、じいヤンさぁ、せっかくのきちんとした総会に出るのだから、私が服装のコーディネートと昨日染めてあげた髪の毛をきちんとした髪形にワックスで整えてあげるから。私もきちんとした場にあなたが出ていく時に、きちんとした格好で出てもらいたいのよとのこと。

ありがたいことだ。

こんないい加減な私の身の回りの世話をしてくれる代わりに、股関節を痛めている彼女が外出することはかなり負担をかけてしまうことから、お礼にと言ってはなんだが、我が家に来てくれる日は、基本的に往復私が愛車で送り迎えをさせてもらっている。



そんな今晩の息子の夕飯のおかずをリクエストにお応えして、メカジキの竜田揚げとささみの竜田揚げを彼女に作ってもらった。私はご承知のように左上肢の機能障害を持っているので、原則として油での揚げ物だけは危険なので避けているので、揚げ物は彼女に作ってもらっているのだ。

そんな彼女を、新宿区の自宅に送っていきながら、帰宅時刻が息子に合わせておいたので、久しぶりに帰宅した息子と竜田揚げ2種、味噌汁、新じゃがの煮物などを揃えておいた上に、2週間後にやってくる公認会計士の国家試験に向けて、子供の日でもあるから<菖蒲湯>の準備と併せてあげものであるが、カツを用意して、<勝負に勝つ!>と縁起を担がせようとしていたのだったが、深夜に帰宅して夕食後にもまだ試験勉強をするから、入浴してしまうと眠くなるということから、お父さんお風呂はいいや、と言うことで帰って行ったのだが・・・・

しばらくして、息子の携帯から私の携帯に電話が入ってきて・・・・

「お父さん、さっき言い忘れてしまったんだけど、お父さんがせっかくお風呂を立ててくれていたのに、入らないで帰ってきてごめんね」と言うことだった。

このような会話をしてきた記憶は私には覚えがない。

寝食を別にして1年余りになるが、この子はこんなに気配りのできる大人になってくれたのかと、親バカだがとてもうれしくなった。

お父さんは気にしていないから心配しなくていいからね。でも、今回のキミからの気配りの言葉は、友達やおじさんおばさんなどには決して忘れてはいけないよ。お父さん、キミからわざわざ電話をもらって嬉しかったよ。と返しておいた。

小学校2年生の3学期から母親不在の生活を過ごしてきたが、しつけに対しては、一言だけ「人様を傷つけてはいけない、まして殺してはいけない。そして物を盗んだりすることもいけないが、それさえ守れるなら、自分で考えたことでよいと思ったことは自由に何でも思い切ってやってきなさい。何か不具合があったら、お父さんが全部責任を取るから」ある意味で無謀なしつけ方針だったが、成人した息子に改めて聞いてみると、一字一句しっかりと覚えている。

あとは、親の背中を見させて育ってくれればよいということで、私も品行方正を実践してきただけに、立派とはいわないまでも、優しい子に育ってくれたことに感謝している。

私は、息子に叱るときは厳しいだけでなく、佳いことを為せた時は、しっかりと褒めて認めたことを実践したが、間違いではなかったように思えた。

連休最終日前だけに、気分的にローな感じだったが、お金では買えない素敵な気分をもらえた。

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


(#389)やはり、思っていた通りなのか?

2009/04/18 06:10
昨日の深夜にTBSラジオの加藤浩次さんの番組にmisonoさんとの面白そうな対談?がオンエアされた。
これは、出演者への誹謗中傷でないことをあらかじめお示しした上で・・・・。

misono 私、子供がほしいの。
加藤  じゃぁ、早く結婚するってこと?
み    いや、そうでなくて、こども(だけ)が欲しいの。
加藤  ????
み    私は一夫多妻の逆が希望で・・・


これだけ聞いていただけで、聞くに堪えられなかった。
子供だけ欲しいんじゃ、オトコを作って<タネ>だけかっぱらって、後はたくさんの男友達をたくさん作った生活をしたいのかよ。世の中、そんな甘くないぜ!

日本独特の、いや世界の(一部を除く)結婚観は、崩壊してしまったようだ。

確かに、芸能界の人たちを見ていても、結婚して子供ができた、いや結婚する前にカパポコやりまくって、失敗したのか、避妊もしないで盛り上がったのかわからないが、できちゃった婚として式を盛大に挙げて、子供が生まれたら、何やかんやの理由を付けて簡単に離婚をして平気な顔をしているかのように見える。

ともに白髪が生えるまでは、伝説になってしまったようだ。

ニュースになった話題としては、10代前半の親が頻発していることも大きな社会問題になったし。

学校の性教育や道徳教育はどうなっているのだろうか?

オトコは草食動物になっているらしいし・・・。

オンナに振り回されてはいないだろうか?

旦那が女房にDVをしでかす事も許せないことだが、

マスコミは、常に一方的に旦那側の問題をクローズアップしているが、

俗に言う、火のないところに煙は立たないのだ。

最近の一部だと信じたいが、オンナは結婚という行事を楯にとって、オトコからタネを吸い取ってから、使い捨て状態と考えていることも、少子化問題・ひとり親問題からみても、大きな政治的な課題でもあると思う。

天皇陛下・皇后陛下のご成婚50周年の記者会見があって、私も拝聴させていただいたが、お互いに認め合い、支えあい、尊敬しあった陛下ご両人のご表情には、いやしともおもわれる程の穏やかで平和な様子が伝わってきた感じを受けました。




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(#388)新年度に入って・・・

2009/04/05 02:50
ここのところ、ブログの更新ができなかった。
朝起きてから、慣例となった血圧測定と18種類の各診療科目の薬を、1日2〜3回と言う設定を緩和して、1日に朝1回と言う分量で定期的に服用すると言う習慣をつけてきて3ヶ月。

すっかり習慣になって、体調も安定してきているようだ。

やはりいただいた薬は、きちんとリズミカルに飲まないと続かないし、体調も改善されないようだ。

しかし、春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、朝起きて、薬を飲んで血圧測定のあとで、持病の腰痛がきつくなければ、父と弟の愛犬オスの柴犬(ひ〜さん)の散歩にいってあげることになっているが、ここのところ朝が寒く風も強かったので、腰の痛みが強くて行かれずに終っていた。

いつもの耳鼻科での去痰処置に毎日行かずにいられる代わりに、4月下旬の連休からはじめた2回目の居住室(私のマンションの自宅)全室を対象にした、エコ生活への大胆な模様替えをはじめたことで、大きなたんすやセミダブルベッドの移動から始まって、不要になった家具や電化製品の処理も含めて、彼女に助っ人になってもらったとは言えども、実際に家具類の移動は私一人で左指を使わずに移動したので、もろに腰と背筋を痛めてしまったので、整形外科へ沈痛の注射と、整骨院の先生のところで、ローラーベッド15分、マッサージ15分、電気治療15分をセットで毎日のように受けている。

新年度に入って、これと言った変化と言うと・・・。

町内会の役員改選という厄介な問題が浮上してきている。
私は衛生部副部長と言えども、部長付きの秘書役にもなっており、その上で町会長も突然の辞任や、衛生部長も辞任表明ということで、私のところに衛生部長のお鉢が回ってきたのだが、町会にかかわって20年。万年班長に加えて、衛生部の資源回収活動に単なる町会員としてトラックの運転の仕事をさせていただいて3年。その上に副部長になって1年。その流れで今度は部長と言うわけだ。

私の本業がもっと順調に行かなくては、ボランティアに参画することはできないし、してはいけないと思っている矢先に、部長職だとか、クリーン推進委員とか振りかけてくるので、逃げるのがやっと。

おまけに、やっと部長候補に承認を採ったところで、その条件として部長職の事務部門をすべてじいヤンさんが担うと言うことだったので、複雑な気分だ。

でも、そこでもやっと職責分担が落ち着いてきたところで、この週末になってまたまたぐらついてきた。
みんな無責任だ。

それほど無責任に名誉職の名前をもらいたいだけで実行力を伴わないなら、いっそのこと私が部長職を担ってしまって、早期に町会改革の下準備を始めてしまおうかと思うのだが、50からボランティアに手を染めつくすことだけは避けたいのだ。

町会なんて、うまくこなして当たり前。

ちょっとでもこけたらぼろくそに言われるのがオチなのだ。

ところで我が家の大改造。
5月の連休明けには新装開店といきたいところで準備をしている。

今まで一人で暮らしている空間で、日常から電灯線や空調を広さに関係なく使っていたところで、一番空調のお世話になる12畳のサンルームをホームスペースにしていたところを、6畳部分に分けて半分を衣装スペースに、半分をベッドスペースにして、就寝時は最低限の空調のお世話になるようにして、残りで一番使っていたリビングダイニング11畳の部分を、ほとんど使わないように設定して、日常の頻繁に使うスペースを、今まで納戸として使用していた4畳半の部屋に集約して空調も電灯も使っていこうとして始めたプランなのだ。

このプランですと、昼間から電灯線だけでなく、地デジ関連やパソコン環境と電話ファックス関係の環境もこの4畳半に集約することで、電気代の3割カットを期待しているところなのである。

ベッドスペースの電灯も、6箇所に装備してあるスポットライトを一括でオンオフするのでなく、たった1箇所のスポットをヒモでオンオフさせることで、日頃や就寝時も電気の使用はなくなり、代わりに小さなタッチセンサーの行灯を枕の頭に置くだけにすれば、電気の使用量も節約できると言うものだ。

これで、電気料金も値下げと言うことになってきたので、来月の請求票を見るのが楽しみになってきている。

また、最近清涼飲料水の消費も少なくなってきている。100円均一での無駄遣いもほとんどなくなってきていることから、身体にもお財布にもエコになっていくことを期待しているのだが・・・。

役員報酬が激減せざるをえなくなってしまったので、ギリギリの生活に挑戦しなくてはならないだけに、この新装開店にも力がこもりますね。

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(#387)WBC優勝おめでとう

2009/03/25 04:39
昨日は、朝から興奮気味だった。

相手が5回目の韓国戦と言うこともあり、と言うよりは準決勝のアメリカ戦であれだけの素晴らしい対戦で勝利できたなんて予想もできなかっただけに、またもや韓国と言うことで、強いチームとは認識していたが、侍ジャパンも粘り強いし、小刻みな野球と、起爆剤があれば絶対に負けないと言う私なりの評価があったから、試合前から<絶対に勝てる>と言う小気味よい自信がみなぎっていたのだった。

しかし、朝一番に、町内会のN衛生部長との古紙回収の追加助成金の申請が市の環境部廃棄物処理課で認証してもらえるかと言うお尋ねと言うか陳情に出かけるために、環境センターにお連れする予定を汲んでいたのだった。

もちろんのことだが、事前の数字を伴った申請文書の清書の作成を、朝4時に起床したので、コツコツとコンシェルジェ(正式にはライブラリー:書斎)でこなしていたのだった。

そして無事に追加申請が了承されると言うことだったので、帰りに「じいヤン君、コーヒーでも一緒に飲む時間はあるかい?」とのリクエストで、ドトールでコーヒーを飲んでから、部長宅に送って帰ってきたのが10時過ぎだった。

自宅内のコンシェルジェに戻ってきて、テレビをつけて観戦開始と同時にこのWBCの日本の試合はすべて地デジで録画してあるので、今回の優勝戦も当然のことながら録画しながらの観戦だった。

しかし、自宅の玄関の外の雰囲気は、お隣さんや周辺の民家を見ても、大晦日の深夜状態と同じで、人通りすらなかった。みんな仕事も学校も家事もすべて手を休めての応援観戦だったのだろう。

私の会社も、私の担当の仕事がなかったので、弟社長夫婦は事務所で電話番と自分の仕事をこなしていたようだが、私も何かしようとしても、雑役もなかったのとは言えども、ただ座って観戦では申し訳ないと思い、先日の連休に突貫工事?で自宅の全室の模様替えと不要なものをすべて無条件で廃棄したり、家具の移動を私一人でやり、拭き仕事などのサポートを彼女に手伝ってもらって、第1弾の書斎の移動とともに新書斎「コンシェルジェ」の開設の後始末の片付けと書籍などの移動を、2部屋の地デジテレビの音量を上げながら、同時にどの部屋からでも見られるようにした状態で同時にこなしていた自分でした。

そして9回表の追加得点が1点しか取らなかったことがいやな感じがした場面で、原監督はダルビッシュを起用した瞬間、私は技術的にもダルビッシュなら大丈夫と確信していたが、何せ大舞台の登板という並大抵でないプレッシャーに負けやしないかと言う懸念が脳裏を走ったのだった。

案の定、あとストライクひとつで2アウトと言うところで、同点打を打たれた瞬間、このまま逆転さよならだったら、今までの努力はなんだったのだろう・・・と言うことと、いくら日本とはいえ、韓国のようにこのまま失投一回で優勝を逃したら母国に帰ったら何を批判されるかわからないと言う恐怖感にダルビッシュが勝ってほしいという懇願の思いをこめて応援していたのだったが、同点打でとどめたダルちゃんに思い切って左手のひらが障害で開けない私が、左手の甲に右手の手のひらを思い切ってたたきつけてパチパチと音を立てて拍手を送ったのだった。

そして、こうなったら長期の延長戦だろうと思って、テレビから離れて片づけをしていたら、2アウトとはいえどもランナーが2人残っていると言う場面と言うことに、急いでテレビの前に座ったら、イチローが打席に立っていたのだった。

イチローが勝ち越しの2点タイムリー・・・・・・

イチロー・・・・・・

すごい!!!


でも、一番おいしいところを持っていってしまって、ずるい男だと思いながら、「おめでとう!」と自宅内で大声で叫んで、一人で万歳をしていた。

原監督は、私と同期生だ。

選手もすごかったが、原君もすごかった。控えめと言うように、決して自分が・・・と主張せずに、一歩控えてでも選手を褒め称える姿勢、この性格が私は大好きなのだった。

これでJAPANはWBC2連覇を達成した。
第何戦だったか忘れたが、韓国が日本を下したときに、韓国の国旗をマウンドに立てた韓国軍。この有頂天さと自己中心的な国民性(ごめんなさい、すべてとは言いませんが私は好きになれないのです)に私は強い憤りを覚えたし、韓国の新聞の1面の見出しも、決して紳士的でない文面や文言が連なっているし・・・・・・。

その韓国の鼻をへし折ったとは言えども、TBSのカメラは日本のベンチにいたスタッフの一人が韓国と同じような日本の国旗をてにもっていたのを捕らえていたが、韓国と同じようにマウンドに立てて欲しくないと願っていたのだが、そのことはなされないまま終ったことで、ざまぁみろ!と言いたい人も多かったと思うが、この控えめさがまさに日本人の美徳なのだと痛感した。

100年に1度の未曾有の大恐慌で辛くて暗いニュースばかりの日本の国内に、国民に、感動を与えてくれた侍ジャパンの選手たちに、心から「おめでとう、そして感動をありがとう」と言いたい。

新年度を目前にして、頑張っていこうと思った。
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(#386)近況報告

2009/03/24 06:50
メディア関係は、この春の番組改編に大賑わいだ。
以前にも述べたが、テレビに限らずラジオ部門もすべてのキー局の番組表を取り寄せていないのだから一概にはコメントできないが、少なくとも番組のパーソナリティーに、局アナを果敢に登場させている。制作費を大幅に削減する対策は見え見えだ。

この件に関しては、いつかに譲るとして、私の近況報告を・・・・・。

ミクシィにも連動しているこの「ピエスモンテ」ですが、いよいよ4年目にはいり、コメントも400コメント(実際は途中でカウントがトラぶりまして、実際は300コメントと思いますが)に届くようになり、少しづつアクセスも増えさせていただき、地道に進めさせていただいております。いつもアクセスしてくださっている皆様、ありがとうございます。

そんな私も、ピエスモンテは公式なブログとして位置づけていますが、やはりそこはストレスを溜めているじいヤン。

3ヶ月前に、別のセカンドブログをはじめて3ヶ月になりますが、こちらももうすぐ200を超える更新と順調です。

さて、

この春の番組改編ではありませんが、この4月〜5月連休にかけて、改編のごとく、我が家の5つの部屋がありますが、彼女の自由になる部屋も(実際は息子の部屋をのぞいてすべて自由に管理?してもらっていますが・・・)確保した全室の大々的な模様替えを敢行しています。

この更新日記も、今までのミニ書斎からの発信でしたが、すでにこの3連休に完全に一部屋(狭いですが)確保した「新書斎」(コンシェルジェと命名)から、発信しています。

この部屋には、オーディオや地デジ関連の映像も含んで、情報を音声や画像でキャッチできることから始まり、各種の情報基地として機能するだけでなく、通常は11畳のダイニングとリビングに煌々と電灯をつけ、大型のエアコンをつけてと、省エネ対応になっていまして、従来の電気料金を30%カットに成功しましたが、この不景気と経営者の一人として報酬も半分にカットせざるをえなかったので、このコンシャルジェに移行することにより、お客様が来訪されたときや食事のとき以外は、コンシェルジェ(4畳)とベッドスペース(サンルーム半分:6畳)部分以外は、一切消灯として、更なる電気料金のカットと無駄を削減する目的をたくらんでいる我が家の<大改編>です。

このコンシェルジェには、取って置きの特徴があり、もちろん極端に言って24時間、寝ても起きてもベッドサイドとコンシェルジェの両方にいても情報の受信と発信はできるようにはなっていますが、特別にマンション建設時に私の要望で設置されていたベッドサイドとコンシェルジェの間に、秘密の扉を設けてあっており、今までは閉鎖してあったのですが、この<改編>でこの秘密の扉を開放できるような位置配置にしたので、就寝時に何か情報がはいったり、周辺から救援要請があった時に、ベッドから起きて3歩動けば、コンシェルでの<新:情報基地>の座席に座って対応できる特徴があります。

また、4畳とは言えども、1〜2名の気の知れた友人に対しては、歓談ができるスペースもありますので、日常の生活においては、このコンシェルジェとベッドエリアだけで、生活が可能と言うことになります。これで省エネと節約の生活が可能になり、来月の効果測定に期待されるところです。

さて、体調ですが、仕事の合間の時間の雑務が増えており・・・と言うのも、町会関係も仕事とあわせて年度末と言うことで、年度末の仕事は予想ですとこの不況にあわせて在庫調整をされているようで、暇な状況ですが、一方で町内会は役員改選の時期と言うことで、わが衛生部も大胆な役員の異動が画策されており、N部長の退任に伴い、私に部長職が推挙されてきましたが、本業が暇なのに、いくら地元で商売をさせていただいている立場としても、副業に集中はできないし、私もまだ50ですので、自由な時間が欲しいこともあり、低調に部長職はご遠慮させていただいた反面で、年齢的に現職の部長に次ぐMさんにお願いする方向にあります。これは私からの意向もあったのですが(副部長として)、Mさんに部長職をお願いする条件として、MさんはN部長と違って事務関係よりは機動部隊が得意な方ですので、Mさんが部長になっていただく条件として、副部長の私が全面的にMさんの秘書役として完全密着してバックアップさせていただくことをお約束させていただいたのですが・・・、実際にそれを引き受けるということは、事実上のネクスト衛生部長ということになるわけで、この点と、N現職部長と予定されるM新衛生部長とに加えて、この7月から2年間に<K市のクリーン推進委員>も委嘱されることになり、基本的に毎月の仕事として毎週水曜日に朝2時間の町内会の道路と公園周辺の清掃と、毎月1回の公園清掃(有志長会員全員参加行事)に加えて、私のメインタスクの古紙回収作業の監督指揮が加わることになるわけです。

町内会のほかの部署は年に1〜2回の行事にボランティアをするだけなので、大変です。

私の祖父も、父も、町会長経験者。私のような愚か者にでも「お前は3世代で、これから町会長として町会を背負っていかなくてはならないのだから」と言うもったいなく、とんでもないおうわさが流れているようですが、昔と違って、お金に余裕がある人が町会長になっているだけに、生活費もままならない私なんて基礎資格すらない状態ですから、現在与えられた仕事をこなすことが、私に与えられた命題だと肝に銘じているところです。

睡眠不足の波も、落ち着いてきていますが、まだ大波小波の状態で、薬の力を借りなくてはなりません。

これでも経営者の一人ですから、この不況の時期に悩みのつぼにはまってしまい、悪夢で激腹痛と嘔吐や不眠が続いていることも事実ですが、どんなに貧乏になっても<生きていることが価値あること>と彼女のおかげでポジティブな考え方になってきています。

時には、突発的に死んでしまいたいと思っていることも事実ですが、彼女のため、いや、それよりも父親として、一人息子のためにも生き抜いていかなくてはならないと肝に銘じています。

最後に、50代になって、身体のあちこちが故障してきています。この春の花粉症が眼の痒みや鼻水だけでなく、全身的な湿疹など、体質改善もしなくてはならない状況にきてしまっています。

政界の様子も、自民と民主の代議士の金券がらみの問題で特捜部が動き始めていたり、自民も選挙対策をはじめているのが見え見えの反面で、庶民も定額給付金で給付が始まってきたり、一部の高速道から一律通行料金が1000円(ETC装着車のみ)が開始されて、東京アクアラインのうみほたるPA(海上にあるPAです)が大混雑と、庶民にとっては議論の云々はどこへやら、ニコニコ顔になっている様子がテレビの画面に映されていますが、メディアも責任者の立場として、喜んでいる場面ばかりでなく、怒っている場面も公平性を期すためにも双方の場面の放映を願いたいのですが、このままでありますと、自民を支持しないと批判していた庶民すら、民主の代表が疑惑に絡んでいるなら今まででよいのではと思ったり、一番怖いのは若者の無党派層の人たちが選挙の投票に行かない状況も十分に予想されると言うことで、組織票で自民が辛勝しかねない結果になることを私は危惧しています。

自民が一番安定していると言っても、金券汚職の体質が変わらない自民党ならば、1期4年間だけでも一度民主党に政権を渡して下野して、その間に新しい若手中心の自民党に変わってくれないかと私は期待しているところです。

民主政権も私は期待しているところも大きいと私は思っています。

ただ、個人的な感想ですと、秘書とは言えども公設第1秘書が起訴されることのようですので、代表は退任すべきであると思うし、鳩山幹事長なら代表として適任と思っています。弟の邦夫さんは口が軽いようですが、由紀夫さんには期待しています。菅さんも小沢さんも失礼ですが口だけで、実質民主党を牛耳っていかれるのは鳩山さんだと思っています。

ネクストキャビネットも頑張っておられると思っていますので、年金問題を中心に(他にも難題があると思いますが)大胆に国政の大手術を敢行していただきたいと思っていますが、単独政権には懸念がありますので、国民新党や社民党と言うある意味で監査機関として連立を組んでいただくか、思い切って政界再編で、渡辺行革大臣の新政党とも連携して、<<危機管理内閣>>を確立していただきたいと思っています。

そんな意味で、この新年度は前半でメディアだけでなく、国政も大改編を期待してなりません。

最後になりますが、私も、応募した小論文が評価されて、平成21年度の首都高速道路公団のモニター委員に委嘱されまして(選抜倍率14倍でした)、よりよい首都高速の運営のために寄与させていただきたいと思っております。
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<#385>WBCを観戦して

2009/03/19 01:44
と言っても、ライブで観戦したのは、第2戦の韓国戦のみだったのだが。

キューバにせよアメリカにせよ、アジア以外の各国の試合のダイジェストを見ている限り、力だけを強調して、つなげる野球より一発芸のホームラン攻勢の野球しか私には見えないのだが…、皆さんはいかがだろう?

日本の第4戦目のキューバ戦は、正直なところ明らかに力の具合で日本は負けており、ダメかと思っていたが、起きてテレビをつけたら6−0で優勢だった。これにはびっくりした。

そして三度目の韓国戦。口ばかり一丁前のイチローのバットが火を放たない攻勢では、いくら侍が吠えても勝てるわけないだろう。そもそも何ですべての選手だけでなく原監督までイチローごときに気を使っているのだろうかと言う疑問が後を絶たない。いくら球場の近くに自宅があるからと言って、自宅から球場に通うことを容認しなければならないのだろうか?集団生活すらできない選手に栄光こそ輝くはずがない。

そのイチローが数字を残すのなら、100歩譲ってよいとしても、今回はイチロー自身も日本の足を引っ張っていることも事実なのだ。

今日の昼に敗者復活戦があるようだが、全員野球をしなければ、日本に優勝はあり得ない。

野村さんですら(楽天監督)イチローは衰退期に来ていると言っているようだが、かつてのイチローは、日本の球団の監督に対して大々的に批判をして顰蹙を買ったようだが、いわばただの一選手にすぎないということをもっと意識してほしいと考えているのだが・・・。
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<#384>TBS労組のストライキ

2009/03/15 06:56
本題に入る前に、ここのところパソコンの調子が悪いのか、ブログ運営側の問題か、アクセスが単純に集中した結果からなのか?私が書きこんでいる3種類のブログすべて、長文のコメントを書く時に限って、更新記事が消滅してしまう結果に陥っていたことでご無沙汰をしてしまいました。

さて本題。

13日の正午から14日の午前零時まで、TBS東京放送の労組に加入している組合員のアナウンサーたちが一斉にストライキを決行したために、該当時刻にOAされた番組でのアナウンサーの補てんは労組に入れない管理職のアナウンサーが番組を担当したという<事実>があったようだ。

私はTBS支持派としてと言えども、内部事情はわからないので、私的な感情で書かせてもらうのだが、NHKも含めた東京キー局の局アナがそろってストライキを決行した事実はこの10年以来のものだったという。

確かに、労働組合法でのストライキ権は合法であるので、云々ととやかく言いたくありませんが、民放と言えども公共放送のキー局に在籍している職員(看板アナウンサー)である。

TBSでは、この春のかなり極端なテレビの番組改編を行うようだが、第2の開局と言ういわば社運をかけた制作費を大幅にカットしたという、せざるを得ないという厳しい不況と言う現実を抱えている番組改編期の前後で、アナウンス部の管理職を除いてはTBSに限らないと思うが、ほとんどの局アナが、新人も含めてほとんどのアナウンス部の人間が主要な番組の登板を余儀なくされている傾向にあった。人気を博している安住伸一郎アナ、駒田健吾アナ、小林麻耶アナ(3月で退社)、久保田智子アナ、岡村博美?アナを代表するように、実力も備わっている局アナは、レギュラー番組を何本も担当している現実がある。ましてTBSはラジオ局もキーになっているので、アナウンス部のアナウンサーはテレビだけでなくラジオまでも掛け持ちの人が結構いるという事実があるので、10年来も春闘と称した戦いを表面化していなかった中で、素人としてはベースアップと勤務体系の改善あたりを要求すべく行動に出たのではと私は推測しているのです。

この春のラテ双方部門でも、局アナはフルにこき使われる環境が目白押しのようだ。特に朝のみのもんたの情報ワイドも3時間のOA、新番組の11時からの「ひるおび」と言う月金の帯番組においては4時間のOA、夕方の目玉の情報報道番組も、TBSがNHKに負けずにと意気込んでいる枠も2時間のOAだ。

不況時代だから、制作費は大幅に削減せざるを得ない現実を乗り越えるためには、局アナに頑張ってもらって乗り切ろうとしている姿勢が、アナウンス部に大波を起こしているのではないだろうか?

しかし、限られた制作費で数字もとらねばならないという大命題もあるので、TBSも大変だ。ここのところJNNのキー局であるTBSがTBSだけでなく、ゴールデンの時間帯の番組の制作に、MBS毎日放送やCBC中部日本放送に著作制作権を担当してもらって、素人の目では、制作費を系列局に分散化しているきらいがTBSテレビ・ラジオに目立つように見られてきている傾向にあることも紛れもない事実であろう。

話は飛ぶが、TBSの女子アナたちの仲間割れや嫉妬からの確執問題があるサイトでも(2チャンネルではありません)見られることに残念な思いでいっぱいなのである。オンナの宿命か??

ちやほやされる女子アナに対して牢名主のような女子アナや出番がない女子アナたちから、いじめ問題として表面化しているようなのだ。確かに、これもTBSに限ったことではないようだが、私はファンとして毎年改訂されるTBSアナウンス名鑑と言う本を購入して読ませていただいているが、これは男性女性を問わずに、原稿をよく噛んでいるとか、語り口調が悪いとか、アナウンサーとしての基本的な資質が問われるようなアナも少なくない。矛盾するようだが、このリストラの時代に、アナウンサーとしての資質を問われるようなアナをリストラした分で、残った有能なアナウンサーの給料のベースアップくらいは保障できないかと思うくらいなのだ。

これは特に女子アナだが、バラドルとかグラビアアイドルと勘違いしているようなアナウンサーもいるような気がしてならないのだ。

今回3月で退社してフリーになる小林麻耶さんも、局内ではかなりの嫉妬ややっかみでいじめにあっていたと聞いている。小林としては、希望部署として報道畑を希望しているアナだったようだが、TBSとしては看板アナとして残留に努力していたようだが、夕方6時からの2時間の報道番組を希望がかなったように抜擢されたことで、それも後藤謙次さんは筑紫哲也さんの後任として期待を背負ってニュース23を担当してからの局内番組異動として、MC(マインキャスター)としての就任でなく、アンカーとしての番組担当だから、小林は何とMCなのだ。土曜日の夕方の報道晩気味のMCである田丸さんと同じスタンス(フリーアナウンサーと言うことで)に昇格したというわけだ。

ファンとしては、小林麻耶キャスターに期待は大きいところだが、局側としては残留努力も水の泡になってしまったわけである。

余談になったが、アナはしゃべることが本業である。噛んだり間違ったアナウンスをしてはいけないプロの厳しい道なのである。今回のいじめの首謀者となっているのは2〜3人の女子アナと言われているようだが、能力のない職員と会社内の秩序を乱す職員はこんな時期もあるので、リストラくらいの処分をしてもよいのではないだろうか?
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<#383>睡眠のコントロール不可能状態

2009/03/07 03:45
私は、ご存知のように自営業の管理職の立場ですが、社長職をゆだねた弟と話をして、できることは俺が仕事をするからといって了解を取ったときに、アニキは病気の療養に専念しろよと言う言葉に甘えているのと、仕事量が年度末と言うこともあって、少なくなっているので、雑役の親父さんの仕事を自宅である2階のマンションの廊下から見ていると、これで俺が病気を背負ってでも手伝ってしまったら、雑役のオヤジさんを遊ばしてしまうことになると思い、この時期に特に花粉症の症状である目や顔、身体全体のかゆみに我慢できないのと、鼻水が止まらないこともあって、本当の意味での雑役(親父の家の家事とか親父の世話、犬の散歩など)のほかに、町内会の役員の仕事をこなしたいるほかは、ほとんどが通院で時間を割いたり、自宅の家事をこなすだけで1日がすぐに終わってしまっていた。

そんな体調で、神経科の薬はそろって副作用と言って<眠気>がきてしまうので、ほとんどのまずの状態だった私が木曜日の昼過ぎになってぞくぞくしてきたので、お昼過ぎにベッドサイドのラジオをかけながら、眠りに入ってしまってからは、昨日金曜日の夜19時ごろまでずっと眠り続けてしまったと言うわけなのであった。

途中でトイレに起きた記憶もない。金曜日の暴風雨の音と何度となくかかってきた彼女と宅配業者からの電話の音に「うるせ〜な!今出られんよ」とぶーたれて出なかったもんだから、後で彼女に大目玉を食ってしまったが・・・。

起きてからは、やたらと頭痛と寒気がひどくて、上唇の先頭におできができており(ドナルドダックの口みたいに)、鼻の中にも炎症ができており、とっさにユニクロのジャンバーを羽織って震えていたのだった。

それから、これが独り身の辛いところだが、ご飯を炊こうと思ってもお釜はシンク内で水に浸かっているので、寒かったので水に手を突っ込むことはしたくなかったので、カップめんを持ってきてお湯を入れて待っている間に、1階のエントランスの集合ポストに郵便物を取りにいき、帰ってきてメンだけを食べてスープはカロリーが高いので捨ててしまった。

そんなこんなで、解熱鎮痛薬を飲んで、チンして温める湯たんぽを股間のリンパのところに当てて、DVDを見ていたら汗だくになってきたのと、薬が効いてきて楽になったことから、ブログでコメントをくださったひとへの返信と、2つのブログの更新をし始めたのが午前2時だった。

今週もあっという間に終ってしまうが、毎月の第2の土日曜日は町内会の私が副部長をしている衛生部主催の公園と町内会館清掃と古紙回収の日になっているので、土曜の夜19時半からと日曜の朝7時半からの40分間は、私の提案で実施している、町内巡回を私の自家用車の屋根にスピーカーを積んで広報活動をした後で、日曜日の午前中めいいっぱい使って、公園清掃の巡視と古紙回収の諸準備と4台のトラックで回収活動のあとで、回収業者での荷おろしとともに、会計の業務も私なので、売上金の明細と現金をもらって経理部に納め、3ヶ月ごとに市のほうに助成金申請までして、当日の参加者などの活動の総括原稿を作成して町会広報誌に掲載してもらうために広報部に送付するまでの仕事であります。

もちろん、通常は土日曜日は、彼女と我が家でのんびりと自由に気ままに過ごす時間でもあるのだが、昨日の夜の時点では、町会を休むわけには行かないので、彼女とのデートは中止しようかなと思ったのだったが、お互いにくたくたな一週間だったからお互いに<お休み>にしようということになるかと思ったら、「あなた、忙しかったからさぁ、気分転換でもしたいわ」「何かおいしいものでも食べに行こうよ」と言うことで意見がまとまったのと、どうせ日曜日は午後にならないと自由になれないのだから、午後に一緒に美容院のお兄ちゃんに予約を取ってもらって、アタマやってもらわない?」と言うことで、またまたびっしりの週末と言うことになった。

ところが、更新している今は、土曜日の朝3時半です。

日曜日の事務関係の準備をしていたら、たちまち朝になってしまう。
今日は8時に彼女を迎えに行くことなので、7時には家を出なくてはならんしなぁ・・・。

私の友人からは「仕事にあわせて睡眠をとらねばならないなら仕方ないけれど、そうでないのなら、もちろん夜になったら眠らんでもベッドに横になることは必要だけれど、その他は、眠いときに寝たいだけ寝てもいいんじゃない」とも言われているが、私の場合は、身体がしんどくても人から頼まれたら原則として動いてしまうからね・・・だから疲れがたまってくるとコントロールがきかなくなるのです。

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<#382>催促されてしまった(笑)

2009/03/02 20:07
このピエスモンテは、ミクシィの日記とも連携している。
最近のミクシィの機能が若干充実?してきており、日記の更新をすると2回分くらいの日記のタイトルが掲示されるのだが、私の場合前回の日記更新は2月22日だったと思うが、1週間も?日記の更新がされないと、日記のタイトルの案内掲示が消えてしまうだけでなく、<最近日記の更新がされていません。マイミクシィの皆さんに近況を報告しましょう>というコメントが出てきてしまい、日記の更新を強要される。

…てな訳で、3月に入ったので、早速日記の更新で〜す。

3月から新シリーズ。「渋谷語辞典」という本から、現代社会における渋谷ギャルが使う渋谷語で面白いものをご紹介していこうと思いま〜す。

{1}茶べる

⇒意味。  お茶をしながらしゃべること。定番語となった「お茶する」が、パワーアップしたものらしい。ただし、はっきりと発音しないとただの「しゃべる」に聞こえてしまうので、舌足らずの人はカツゼツの練習が必要。
⇒使い方  「おごってくれるんだったら、いいよ、茶べろ茶べろ♪」「茶べったあと俺んちでも茶べる?」

{2}HG(エイチジー)

⇒意味   腹黒い。 レーザーラモンHGと言う筋肉系芸人もいるけれど、よほど最先端の渋谷ギャルでないと意味は通じないから、性格の悪そうなヤツには、「HG!HG!」と連呼したりしてみよう。

⇒使い方  「ミカって、ほんと純粋なんだよな。誕生日だって言うのに何一つなだらなくてさ。逆にいとおしくな茶って、前から欲しがっていたシャネルのバッグを買ってやったよ」「おまえなぁ、それって完全にはめられてるよ。実はあいつ、かなりHGだって有名だぞ」


2月後半は、季節の変わり目現象が早くなり、花粉症も顕著に症状として現れたので、自律神経失調状態で仕事に支障をきたした。不眠状態から、これはみなさんも同じだと思うが、春眠暁を覚えずというように、ネムネム病に侵されてしまい、いすに座っただけでも気を許すとこっくりこっくりとしてしまったり・・・。

でも本来の不安神経症状と言う形で夢見が悪く、夜中に何度も汗だくになりながら跳び起きたりすることも多かった2月でした。

神経科の先生から定時の薬は頂いてきていても、なるべく薬に頼らないように心掛けていた生活をしていたせいか、不眠がつらくなったときに、朝まで徹夜状態になった日の朝6時前に定量の薬を飲んで強制的に睡眠を取ろうとしたら、今度は効き目が強く出てきてしまい、何と途中一度しかトイレに起きたこと以外は26時間も眠り続けてしまったこともあったほどです。

神経疾患患者にとっては、お天道様の光を全身で浴びることが大切と聞いているので、ちょうど彼女からもリクエストがあったイチゴ狩りにでも栃木県あたりまで出かけてこようと思っている3月の初めです。

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(#381)春なのに・・・・。

2009/02/22 16:52
私は、正直告白すると、自律神経失調症患者である。細かく言うとだいぶ良くなりましたから軽度のうつ病と熟眠障害が神経疾患の主なものである。

私だけでないと思うのだが、このように自律神経を患っている患者にとっては冬から春にかけて(ちょうど花粉症の症状がきつくなる時期と重なるのだが)と、夏の終わりから哀愁の秋の時期になると症状が顕著に悪くなる。
うつ症状はご存知だと思うが、ネガティブシンキングの傾向が強くなり、この症状がひどくなると人によっては自殺企図を持つ患者さんがいるようだが、私はそこまで悪くはない。後は熟眠障害にかかわらず、病名に反してネムネム病と称して、やたらと眠くなり、許されるのならいつまでも寝てしまう症状だ。
勤労意欲はあっても、具体的に積極的に動こうとする気持ちはあっても実際は動けない。もちろん家事もボランティアも積極的でなくなってしまうのだ。

おまけに、ここのところ寒暖の差が激しいので風邪を引いたらしく、発熱はないので(微熱程度)インフルエンザではないのだが、食欲はあっても台所に建てない状況であるので、常に空腹状況で寝ている。ただ脱水状況だけは避けたいので枕元にウーロン茶を備え付けているが、週に1〜2度、彼女が通ってくれているので、そのときに簡単なおかずを作ってくれているので餓死することはないが(笑)、冷蔵庫に入れても食べるときにチンすることも億劫なのだ。

このように病床に臥せってすでに半月になろうとしているが、今日も、一人息子と以前から約束していた、イタリアンレストランのランチバイキングの無料券が当選したので(ペア)、これも実は彼女と以前に1回お店に行ったときにハロウィンのイベントで展示しているかぼちゃの重さを書き込んできたら、私、彼女、私の父、息子の4名分で予想したら何と息子の重量がぴたり賞だったわけなのだった。

そこで、息子と2人暮らしをしている父と息子にペアの招待券を使い、私の分と父と息子のワイン代は私が負担して、今日のランチに行ってきたのだった。

帰りにアリオというイトーヨーカドーのショッピングセンターと、サミットというスーパーにお酒が飲めない私が運転して乗せて言って、父と息子がビールや缶チュウハイなどを買いに行き、実家に送ってきたのだが、行くまでは私はいつものようにベッドに寝込んでおり、帰ってくるまでは奉仕の精神でがんばったのだったが、自宅に到着したとたんに、脱力感に襲われて、寝込もうと思っているところなのだ。

今日も、朝6時から時事放談からずっとTBS系列のテレビを見ていたのですが、相変わらず中川大臣の不祥事のことばかり。マスコミも他にスクープはないのかといいたい。でも、このような不祥事でまたまた国民不在の空転国会による歳費の無駄遣いと、スピードを要求される国会運営ができないことにより、困窮した国民を救うことも、世界中に発信された現職大臣の国辱行為による不信感が確実に拡大しているのだ。3月末になれば失業者がまたまた膨れ上がる状況というのに、党利党略しか考えていない自民党の犯罪的なにおいすらする国会運営のニュースに国民はうんざりしているのだ。

テレビをつけていても、このような報道ばかりでうんざり、ラジオのほうがまだましといえるような帰来はあるが、寝ていても、ここのところ突然蛇にかまれた夢を見たり、息子が悪さをしたり(そんなことないのだが)、父が酔っ払って悪態をついたりで困らせられたりという、突然ベッドから飛び起きるような夢ばかり見ている。

疲れが取れるどころではない。

春なのに・・・・・。
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<#380>流れ

2009/02/19 06:02
ここのところ、生気がみなぎらない毎日が続いている。
お正月の仕事始めから、弟社長にまたまたかき回されてから、意気消沈してしまい、普段の私なら「なにくそ!」と逆に奮起して、がんばるのだが、ここのところ更新もできずに、ひたすらネムネム病にかかったと見えて、1日のほとんどを食事もとらずに寝てばかりいる状態だ。家事もほとんどできずに、睡魔に襲われている状態で、彼女がたまに来てくれていても、帰り道のほとんどを自宅まで送ることもできないままである。

今日は、流山の鍼灸院への通院日。鍼灸治療でこの状態を治癒できるかどうか?

さて、この3月30日からのNHKの番組編成で「今日の料理」の番組内のレシピの分量を4人前から2人分への変更がなされるという。1965年までは5人前が基本設定だったのが4人前に変更され、今回の夫婦のみの家庭が増えたことから、<2人前>設定を基本とされることになったらしい。

政治もそうあるべきだと思う。自民党の長期政権から考えても、小泉元首相が定額給付金の審議に欠席表明をされても、焦りを持っていながらも、執行部は小泉チルドレンが追随することはないだろうと虚言をしてみたり、辞任した中川も実は食事会の中で抜け出して記者とワインを飲んでいたなど、答弁では薬の飲みすぎと虚言したり,私も薬の多量服用することはあったが、あのような世界に発信されるような緊張の場所では、気持ちが引き締まっていれば、酒が入っていなければあのような酩酊状態になることは断じてない。

すでに、自民党の経験議員は世代交代すべきなのだ。民主党でも色々と調査研究しているのは40〜50代の議員だ。ろくに仕事もしないで歳費の無駄遣いをしている議員たちは追放すべきなのだ。

世の中には<流れ>というものがある。
もう国民は悪質な政治家の詭弁に迷わされてはいけない。
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<#379>雅子さま

2009/02/10 17:55
今日のニュースで、ブラジル訪問の時に「せっかく御招待されたのに、病気で雅子が同行できなくて申し訳ない」とのことだった。
端的に言わせていただくと、雅子さまは宮家の嫁としてはもたないのではないだろうか?
精神疾患の患者なのだったら、入院して一切の公務を断ち切って治療に専念と思うが、彼女のキャリアから考えても、宮家の嫁から辞退されることが賢明だと思うのだが・・・。

皇太子さまの後継問題にも波及するが、秋篠宮さまでも十分にやっていかれると思う。

私の場合と、事情が重なるので、ばつは悪いが皇太子さまに離縁を考えていただき、やり直すことが賢明かと思う。最近の雅子さまのニュースを伺っていると、いい加減にしなさいと憤りと焦りすら感じるのだが・・・。

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<#378>町会活動完了

2009/02/09 00:35

今年初めての町内会の衛生部副部長としての責任担当の公園清掃と古紙回収の活動が行われた。今月は?トン程の収穫だった。古紙の価格が暴落したので、私が運転したトラックの雑誌の量がニトン半もあったが、一円にもならなかった。その代わり市からキロ10円の助成金が出るので救われたが。
来年度は、衛生部長への推挙があったがお断りして、代わりに全市で活動するクリーン推進委員をお引き受けしたのだった。
地元町内会の役員を引き受けて、最初は私のマンションに班を作り班長として活動を始めたことから、すでに20年近くになる。衛生部のお手伝いを本格的に始めてからは5年目で副部長に。来年度は衛生部専属のクリーン推進委員に栄転するわけだ。もちろん副部長も班長も兼任となる。地元で生まれて51年目。これからの町内会の将来も考えて行動しなければならないだろう。責任重大だ。
でも、いろいろな皆さんを動かさねばならないだけに、気遣いは大変だ。今日の定例の活動が終わるとくたくたでお風呂にも入る元気もなく、着替えたらベッドに直行だった。明日にまで疲れが残らなければいいのだが…。
勿論、機動部隊だけでなく、事務会計も兼任だから、事務処理が終わったのは、夕方だった。

疲れました。

でも、これも頑張る事で、町内会の重鎮の父へのプレゼントにもなるのだ。
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<#378>町会活動完了

2009/02/09 00:28

今年初めての町内会の衛生部副部長としての責任担当の公園清掃と古紙回収の活動が行われた。今月は?トン程の収穫だった。古紙の価格が暴落したので、私が運転したトラックの雑誌の量がニトン半もあったが、一円にもならなかった。その代わり市からキロ10円の助成金が出るので救われたが。
来年度は、衛生部長への推挙があったがお断りして、代わりに全市で活動するクリーン推進委員をお引き受けしたのだった。
地元町内会の役員を引き受けて、最初は私のマンションに班を作り班長として活動を始めたことから、すでに20年近くになる。衛生部のお手伝いを本格的に始めてからは5年目で副部長に。来年度は衛生部専属のクリーン推進委員に栄転するわけだ。もちろん副部長も班長も兼任となる。地元で生まれて51年目。これからの町内会の将来も考えて行動しなければならないだろう。責任重大だ。
でも、いろいろな皆さんを動かさねばならないだけに、気遣いは大変だ。今日の定例の活動が終わるとくたくたでお風呂にも入る元気もなく、着替えたらベッドに直行だった。明日にまで疲れが残らなければいいのだが…。
勿論、機動部隊だけでなく、事務会計も兼任だから、事務処理が終わったのは、夕方だった。

疲れました。

でも、これも頑張る事で、町内会の重鎮の父へのプレゼントにもなるのだ。
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(#377)仕事がしたい

2009/02/03 13:12
お正月の仕事始めの弟からの裏切り行為で、全身の力が抜けてしまって、何ひとつ行う元気と意欲がなくなってしまって半月になる。でも形式的でも営業納品はしようと思い、弟には納品の指示を待っているからといったメールを送っておいたが,何の回答もない。

それならそれで、回答が来るまで休養をとらせてもらおうと思っているが、自分にとっての最低限の仕事はしたいと思っている。

金融機関から融資を受けるときだけ「アニキ、印鑑証明と実印の押印をお願いします」の一言だけ。
困ったときだけ呼びつけておいて後は独裁経営なのだ。

それでも取締役という立場で連帯保証人になっている以上、私に万が一のことがあれば会社もマンションもだめになってしまうだろう。

先日までは、昔の悪い癖が呼び起こされて、自殺企図を持ったことがあった。

でも最終の手段としてとっておこうと思う。

でも、ボランティアとは言えども、私を頼ってくれる人がいる。だから当分の自殺企図はお預けだ。
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(#376)山本モナ

2009/01/30 11:36
最近の山本の芸能ニュースで不愉快な雰囲気を味わっている。
巨人だった二岡選手との不倫で、二岡の成績不振もあったのだろうが、山本は二岡の家庭まで崩壊させ、自分はそのスキャンダルの最中に、きちんとどこかの不動産会社の社長と正式に交際していたという。

本来は、お正月の特番で復帰させたかった事務所だったようだがWブッキング?の事実でマスコミから騒がれるのを恐れて、正式に芸能界の復帰を延期させたのだという。

彼女は報道記者畑出身のエリートだ。TBSでも彼女の才能を買って、TBSラジオの月金の枠で深夜10時から90分の「アクセス」と言う聴取者参加のバトルトークラジオのナビゲーターと言う要職の仕事をしていたところだったのに・・・。現在はオフィス21に所属している局アナ時代の大先輩の久米宏が土曜日13時からの120分枠で「久米宏、ラジオなんですけど…」と言う番組に復職したと同時に、モナの後継者として同じオフィス21の渡辺真理が担当するようになってからは、しばらく出番がなかった時に今度はTBSテレビ(JNN系列)の深夜の報道番組「筑紫哲也ニュース23」のアシスタントで存在したNHK局アナからフリーとして君臨していた草野満代の後継としてモナの登板要請があったが、これもスキャンダル絡みで出ることがなく降板して、現在のやはりNHK局アナからフリーになった善場貴子が後継して、余談だがこの4月からは一緒にメインキャスターとして筑紫哲也の後任として登場した共同通信の後藤謙次氏が夕方の現在の「イブニング5」の後継報道番組(18時から20時の枠)のメインキャスターとしてこれまた4月からTBSの局アナからフリーになったとはいえ、当面はTBS専属アナとして希望がかなった小林麻耶と組む番組に異動するために、「ニュース23」は3月で終了するとはいえども、TBSの夜のニュース枠で時間短縮といえども、善場貴子がメインキャスターとして担当することが内定しているという栄転劇が展開している中で、おとなしく仕事を続けていたら、グラビアとかバラエティーにくっつくことなく、昔から得意分野?の報道枠に居残るチャンスを与えられていただろうというのに・・・。

男が浮気性という人はよく非難されますが、女性でも私としては、節度のない淫乱なオンナと言うレッテルをはらざるを得ないのだ。

二岡とのデートとラブホテルまでのタクシーの中での濃厚なキスとか、一夜を共にしたというニュースのときには、現在真剣にお付き合いしている不動産会社社長と二股をかけていたことになるのだ。

逆を言うと、それだけのバッシングを受けて、神経質な体質になったところで、寂しさから免れるために…という心情もよくわかるが。
二岡の自重も必要だっただろうが、私はそんなモナの軽率で淫乱な行動に非難の声を上げたい。
人様の人生も壊してしまったわけだから・・・。

TBSと言えば、この4月の番組改編では、日本テレビ同様に大胆な番組の改編を実施するようだ。
マスコミ界も不景気と言う波は避けられなく、制作費の大幅削減と言う至上命題を克服した内容になっている部分も多いと聞いている。

ちなみにTBS(JNN系列)の平日枠では、今のところこのような情報だ。

*みのもんたの朝ずばっ!⇒みのもんたの夕方枠への転出に伴い、後任をという雰囲気だったが、前述のように夕方報道枠は、後藤謙次+小林麻耶+高橋尚子(Qちゃん)で決まったことから、現行のまま残ると思われているが確定ではない。
*はなまるマーケット⇒視聴率と終了の要因が見当たらないので続行らしい。
*ピンポン⇒3月で終了が決定。これに伴い福沢さんは失職と言うことになる。4月からはレギュラーでは「真相報道バンキシャ」と「お笑いの番組?」の2本のみとなってしまうようだ。所属事務所は確か「イースト」だったと思うが、福沢さんのギャラは100万程度だったようだが、記事によると「あ〜そうか」「そ〜なんだ」と庶民的な共感を呼んでいる努力をしていた福沢氏だったようだが、逆に主婦層にはそれがうけない結果になっていたことから、後述するが、2じっチャオの恵さんを異動させて福沢さんを降板させようとしたようだ。
*愛の劇場(13時台のドラマ)⇒3月で終了する。40年の歴史に幕を下ろしてしまうことが残念だ。

*2じっチャオ⇒3月で終了。
 しかし、ここのMCの恵さんが午前中(11時?〜)の大型枠の昼の報道バラエティー番組(タイトルは不明)のMCとして横滑りの起用になったようである。

*イブニング5(ファイブ)⇒3月で終了し、17時55分から2時間の枠で、前述のような斬新なキャスティングで新報道番組を発進させることが決まっている。NHKのニュース7を意識した内容になると思われる。

*18時55分から20時までのバラエティーなど
 ⇒東京フレンドパーク、ぴったんこカンカン、感動再会「逢いたい」、チェック・ザ・NO.1など高視聴率の番組がそろっている枠で、同じくゴールデンの20時台の番組との入れ替えや収量などの去就が注目点だ。
   フレンドパークは、クイズ100人に聞きました以来、看板番組として一世を風靡した番組だが、関口宏のギャラの問題、そろそろイメージを変えることなどを考えて、もしかすると終了かもしれない。

*23時台⇒ニュース23は終了し、番組内容やキャスティングを変えた短時間の報道番組として再スタート。
  MCは善場貴子。

ここのところ気になっているのが、水曜日の夜時間帯で「関口宏の水曜ノンフィクション」「久米宏のテレビってやつは」など、JNNのキー局のTBSが制作しているのでなく、CBC中部日本放送の制作や、MBC毎日放送の「土曜日朝の、知っとこ!」などのように、キー局以外の局の制作が目立ってきていることからわかるように、番組制作のコストダウンが目立ってきているように思えて仕方がない。

「水戸黄門」はなくならないだろうな。
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(#375)年賀状

2009/01/29 01:54
今年は例年になく、110通ほど差し上げたことに対して、80通も頂戴した。例年は4〜50通くらいしかいただけなかったのですが・・・。不況のときこそ、初詣は盛況になったようだが、年賀状もせめてお正月ののんびりとしたときに癒されたいと思う人や、改めて旧交を深めたいという人が多いことだったのでしょう。でも、年越し派遣村でぎりぎりの年越しをされた人もたくさんおいででしたので、華美な表現は慎まなければなりませんが・・・。

私の場合は、今年度より町内会の役員に推挙されて、活動の中心となってボランティアをさせていただいたこともあり、町内会の先輩や後輩にも差し上げたこともあり、そのお返事もあったので大量になったのではないかと思う。

私は幼少のころから、お友達やお世話になった先生には、お返事をいただかなくても書中見舞いと年賀状もしくは寒中見舞いは差し上げるように亡くなった母からしつけられていた。特に担任の先生に対しては母がはがきに罫線を引いてくれて、ここに丁寧な文字で先生に書くのよと厳しく教育されたこともあり、私自身も一人息子には、幼少のころから、罫線までは引かなくとも、息子自身、パソコンで画像を取り込んだ年賀状やメッセージカードを何と改めて教えなくとも自分でパソコンを操って小学3年生のころから作っていたので、改めて文字の指導はしなかったが、私と同じように年賀状は几帳面に出させていただいているようだ。先般、大学生になったときに「住所録」を買って渡した。ここに綴っていく人たちは、キミの掛け買いのない財産となるべく人間関係の構図だから、大学生になったらこれにきちんと記録しておきなさいといって渡してからは、彼自身がやはり几帳面に記入しているようだった。

というわけで、私の住所録は何回もの改訂版を書き換えて今に至っているのだが、なんと幼稚園の先生まで今でも書き続けている。父からは「お前は、よくやるよな。俺は年賀状ひとつ書かないよ」といっていたのですが、以前父の口からは「俺には友達がいないから」と聞いたことがあるので、それは違うな。親父が友達と年賀状ひとつ交わせないから、心に残らないだけで、実際はいると思う。よく、小学生のころに「お前には親友がいるのか?」と聞かれたときに、「だれだれさんがそうなんだ」と私が答えると父は「お前はそういっても、相手はお前のことを親友と思っていないかもしれないぞ」とよく言われたものだったが、子供心に深く傷ついたものであった。

でも、私の住所録には、実際に記入してある人だけで100名はくだらない、書いていない人で書かなくてはいけない人を加えると200名以上にはなるだろう。まして、教え子となると単純に200名はいるから、教え子もみんな35〜40歳になった成人と考えると、もはや教え子ではなく、一人ひとりの友人ということにもなるわけだ。

私が50歳になった現在、数々の病院への通院と服薬、おまけに喫煙による肺気腫の可能性、ストレスと肥満による肝硬変の可能性と肺がんの可能性を考えると、人生最後の時には、あらかじめお別れの「年賀状(お礼状)」を作成しておいて、お葬式の日には私の肉声のカセットを流していただき、お別れしたいと考えるようになった。

今日の市立医療センターでの内科の検査結果と診断では、肝機能障害の値が大きくなってきていること、体内の炎症反応が顕著になってきていること、肺の中にブラ(空包)が検査ごとに大きくなってきていることなどを考えると、
唯一の喫煙はやめられないが、ストレス回避の方法を考えなくてはならなくなってきていることから、とりあえず、薬をきちんと服用して、十分な睡眠と適度な気分転換を図って、息子が独立するまではがんばろうと考えている。

話し外れてしまったが、ひとつだけ容認できない年賀状の主を紹介したいと思う。
それは、大学時代の文学部仲間で、現在50歳独身の男性で、西日本地方の町での中学校の教頭先生として飽食しているはずの男性だ。

彼とは大学在籍時代から仲がよく、よく下宿先に車で遊びに行ったり、私の家では私の父も交えてマアジャンをした仲間でもある。人の世話が得意で、優しい側面を持っており、女の子からは引っ張りだこではないかと思うほどの好青年だった。しかし、私と共通している<女子からは恋愛の対処にならず、相談役に君臨しているいわば安全パイ的な存在>だったのだ。

彼が西日本(広島)に帰省してから教職について何年も、年賀状はすべて彼のお母さんが書いた筆書きで達筆の年賀状だったのだが、私が結婚して8年目で離婚したときもよい相談相手になっていてくれたことから結婚がいやになったらしく、今でも長男でありながら独身を貫いているだけでなく、今年も年賀状を頂戴したが、美辞麗句のほかに、ちょっとしたコメント文も、決して彼が考えて書いたものとは思えないような文章と母さんのきれいな文字が並んでいたのを見て、「教頭校長になった人間が年賀状一般自分でかけないのか!!」と憤りすら感じたのである。

年賀状は、文字のきれい汚いではない。私だってワープロが流行したときから直筆の機会が減ってしまい、決してきれいとはいえないが、なるべく文字を直筆で書くことを心がけているのに・・・。面倒くさいでは済まされないと思った年賀状でした。

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(#374)ゆったり

2009/01/27 01:28

一昨日から家にある?台のパソコンのセキュリティソフトをノートンが重いので、マカフィーに変えようと初心者の私が一人で悪戦苦闘して乗り換えていた。?台のパソコンの乗り換えにかかった延べ時間が先程まででなんと12時間近くなっていた。でもそのうちの一台が不具合が発生してしまい、今日は終了。
残りは息子のだから触らないようにしようとおもう。

昨日は昨日でそんな訳で就寝が朝の4時になっており、会社病休中で月曜日は神経がぼろぼろで起きたのは昼過ぎになっていた。月曜日は医療センター内科の検査予約が入っていたので、起きてすぐにセンターにいき、帰りに携帯の修理依頼にSoftBankShopにより、耳鼻科にいつものように通院して帰ってきた。
夕飯が息子に食べさせたので吉野家で軽く取り帰宅。
継続してパソコンの調整して疲れたので、私には珍しく21時にベッドに潜った。修理中はもう一台、SoftBank携帯電話でインターネットマシンという機種を代替え機種に使用することにしたので、枕を抱えて腹ばいにしなくてはテンキーボードを打ちながらでないと更新もメールも片手では打てないので、久し振りにラジオを聞きながら、ゆったりとした時間を過ごしています。
明日こそ のんびりと通院なしの静養(病休)の日をすごそうと思う。
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(#373)不可解

2009/01/23 23:18
今日も、お昼過ぎまで病院にいた一日だった。
午後になって食事を取ってから自宅で久しぶりに事務的なことをこなしているうちに、はがきをポストに投函しなくてはならなくなり、おまけに昨日出かけた神経科の足らなかった薬をもらいに行くこともあり、車で市内へ・・・。

すでに15時近くになっていた。

夕方に彼女がまたまた寄ってくれるとのことで、準備かたがたあわただしい時間を過ごしていたが、一緒に夕飯を食べて、帰り市ヶ谷まで送って行った車中で、金曜日のスマたちへ・・・という番組を運転しながら見ていた。

今回のゲストは、昨年の大河ドラマ篤姫の脚本家の女性の物語だった。

詳細はカットさせていただいて、脚本家としての活動をされていた頃、最初に結婚されたご主人との間に二人のお子さんが授かり、幸せな?結婚生活をしていたが、脚本の編集者の人から「お子さんを育てている女性に熱烈的な恋愛ものは書けないのではないでしょうか?」と言われたことに傷つき、ある年のクリスマスイブの日に、家族全員でクリスマスパーティーをした夜に、彼女はご主人に「お願いがある。このまま離婚して同居するか、離婚しないで別居するか、決めてください」と言ったそうだ。当時のご主人は「じゃぁ、離婚して同居しよう」と一言返事で答えてしまったという。その時に彼女は「ありがとう」と会話を交わしたそうだ。

そんな環境になってから、独身状態で3年間は元夫と同居生活の傍ら(子供たちが小さいということで、近所にも子供にも離婚したことを告げずに)執筆活動を続けた挙句、一回り年上の彼と再婚したという。

その2番目の夫は歴史に強く、篤姫の執筆にはかなりいろいろと教えてもらい、子供たちもなついて幸せな?生活を送ることになったようだが、篤姫の脚本が出来上がったころ、ご主人の体はすでに末期中の末期の大腸ガンを患っていたという。彼女はインタビューで、篤姫の脚本の仕事がなかったならば、主人を引っ張ってでも病院に連れて行ったというが、それは私に言わせれば彼女のエゴイズムの何者でなかったのではなかったのかと思っていたのだが。

そんなことから、篤姫のドラマのような人生と同じように、第2のご主人も帰らぬ人になってしまったわけだ。

彼女は、最初のご主人から子供を授かり、なんとも許せない(私から見れば)身勝手な理由で、第2にご主人もすべてをなくしてしまった人生。悔いはなかったのだろうか?

アゲマンという言葉が一時流行ったようだが、小室哲也のような人生にしてもしかり、この脚本家の女性にしてもしかり、結婚観と言うものが日本特有の古い考えがみじんもなく粉砕されてしまっているような時代を見ていると、腹が立って腹が立って仕方がない。

男は男しかできないこともありましょう。女もおなじ。でも男女が均等にという風潮である以上、お互いに譲り合って生きていく行くざまを子供たちに見せていかなければ、これからの日本はだめになってしまいそうな気がする。

これ以上のことを書くと問題になるのでとどめておくが、政治だけでない、現代の日本人の生き方にも私は強い憤りを禁じ得ないこのごろである。

本当に、自分のことしか考えていない、自己中心的な生き方をしている人が多すぎると思いませんか?
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(#372)通院は大変だ

2009/01/22 22:15
今日は朝から通院と息子の買い物の付き合い、食事、買い物と、朝9時から17時まで家に帰ってこられませんでした。

内科で高血圧症の薬の補充、神経科の定期通院と薬の処方、眼科での定期通院と薬の処方、耳鼻科ではいつもの去痰処置に車を走らせた。

合間に息子と久しぶりに二人でカフェベローチェという喫茶店でティータイム。

父と息子と3人で日本そば屋さんで昼食。

通院と言っても、診察券を出してすぐに診察と言うわけに行かないので、それぞれ時間がかかる上に、医薬分業でそれぞれ薬に処方にも時間がかかるのである。

私は通常最低でも14日分、平均して28日分の処方となるので、錠剤で最大は1回1錠、1日3回で28日処方となると、1種類84錠になる。これが何種類もあるので薬剤師さんは大変だ。

診察券を出した後とか、処方箋を出した後で、合間を縫って買い物に行ったり食事をしたりした。
運転手は私である。市内周遊でも40キロほど今日は走行したかもしれない。

帰宅したのが17時。お昼寝を1時間。でも寒くなってきて、パソコンを満足に打てない。
明日は、のんびりと過ごさせてもらおうと思いました。

昨日、父の帰りが遅くて、息子から「じいちゃん、まだ帰ってこない」とのことで、雨の中、車で息子と2人で父を捜しに行ってきたら、父が友人と3人でタクシーでご帰還だったので、父が気を使って昼食をおごってくれたのかなぁ?
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(#371)疲れました

2009/01/20 00:19

今日は息子から空振り。
試験だから腹が減ったら戦はできないだろうと思って、青椒肉絲とおむすび何と?個作って待っていて、帰りに2階に寄って持って行きなさいよとメールしておいたのですが、電話がかかって来て「今夜は友達と朝までカラオケするから」とのことだった。
そうでなくとも、昨日から超うつ状態で重症なからだなのに、置き手紙に「お前もオジチャン(弟)と同じなんだ」と皮肉っておいた。

親の心、子知らずなんだなぁ。
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(#370)俺らしくない。

2009/01/18 20:40
いつもならどんな逆境にいても這い上がる自分があったのに、
今回はダメージが大きくて、昼過ぎまで寝てしまっていても、勤労意欲がわかない。

あいかわず弟からの一方的なメール。

何で兄弟なのに配慮ができないのだろう。

今日は14時ごろ息子がやってきて、予定していたシングルベッドの移動をしようというのだった。
足を引きずりながら、どうにか1階の父の家の息子の部屋にシングルベッドの設置が完了した。

私の父は(も)配慮がなく、お前、息子の意向を聞いてからやらせているのか?もしかすると2階の廃品を回してきているのではないのかという。とんでもない話だ。弟からのメールのことも直訴したが「お前たち、もっとうまくやれよ」との一言。

それでも、父も高齢者だ。どんなことがあっても、気遣いをしないといけないと思って我慢したが、納得がいかない気分で自宅に帰ってきた。

彼女も私も、他人から理不尽なことをされても、翌日には馬鹿になって明るく無理をしてでも振舞ってしまうことが多い性格なのだが、今回はダメージが大きかった。

まぁ、弟には当面の間安静加療ということをメールで伝えてあるので、むこうから指示があるまでは、ゆっくりさせてもらおうと思う。

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(#369)不憫な思い

2009/01/18 01:36
今日は土曜日と言うことで、実は昨日の夜から、私の自宅にあったシングルベッドを解体して、布団がいつもずり落ちている私を気遣って、セミダブルベッドをプレゼントされ、ベッドクッションが昨日届いたので、彼女に手伝ってもらって、シングルベッドの解体と(これを実家に住んでいる息子に譲ることになったのだが)セミダブルベッドのクッションだけでも設置しておこうということで、深夜にかけて私の総合ルーム(作業エリアと寝室エリアを含めて12畳の部屋)の大胆な模様替えと掃除をしていたのだった。

金曜日の深夜にベッドを設置してから、二人ともふらふらになり、私はセミダブルのベッドに、身体が小さい彼女は別室のソファーベッドにそれぞれ爆睡の地に向かった。

そして土曜日は、私も正午まで爆睡、彼女も10時頃からキッチンに立って、恒例の息子と父の差入れと私のおかずの料理をしてくれていたので、昼間におかずを実家に届けてきたのだった。

そして、息子にメールで「もしも可能なら、今夜のうちにベッドを一式移転作業してしまうならやってしまえば、明日は一日中寝て過ごせるよ」と伝えておいたところ、深夜になって息子が私のところに立ち寄ってきた。

寒かっただろうということで、お酒は私が飲めないので、温かい紅茶をいれて二人で歓談していた。

「お父さん、パスタソースはあるかな?大学の研究室の食事ができないので(ひもじいと私は解釈したのだったが)、昼間はお腹がすいて耐えられないんだ。じいちゃんの家に帰ってきて食べると、軽くご飯2合は食べちゃうんだ」とポツリ・・・。

すぐに帰った息子の後姿を見て、今度は私がいたたまれない気分になった。

不況と経営不振もあって、去年から給料が半分になってしまった私は、自宅を維持していき、もろもろのローン返済をするだけで精いっぱいな状況で、息子には少ないお小遣いと携帯電話代の負担はしているのだが・・・。

ひもじい生活も、学生には必要といえども、バイトをしたくとも時間がない(通学で4時間あまりかかる)、研究所の授業は夜間に行われるために、バイトもできない状況だけに、お小遣いさえ稼ぎなさいと言うこともできないのだった。

日商簿記1級は1発で合格できた努力は惜しまない息子だ。5月と8月(2次試験)の公認会計士試験までは頑張ってもらわなくてはならないから、寝ようとした私も飛び起きて、自宅に在庫してあったレトルト食品からふりかけまでたらふくと言うより、私の食べる分まですべて袋に詰めて、階下の実家に持って行って息子と話をしてきた。

「お父さんは、これ以上のことはできないけれど、できる限りのホローはするからね」とだけ伝えて・・・。

彼女にも聞いてもらったが、これ、息子が九州とか北海道に下宿しているのでなく、階段を下りれば玄関の内側に住んでいるのだし、お父さんがちょくちょく何かを届けてくれたりするだけで、息子さんはうれしいと思うよ」とのことだったが、何か歯にこびりついている気分になってしまい、眠れなくなってしまった。

これで、私も当分、租食事の毎日になっていくと思う。親だって1日1000円の食費の枠は変えていないので、どこかの総理大臣に言わせれば「さもしい」のかもしれない。

時に、息子が成人したから、私はしずかに永遠の眠りにつきたいなと思うことしばしばである。

先般、仕事で弟社長から理不尽なことをされてから、1年ぶりにつらいことも顔に出さずに忍んできた自分だったはずが、勤労意欲がまるでなくなってしまい、ただただうつ病患者のように、朝になっても眠り続けているようになっていたときだったので、ダメージが大きかった。

「お父さん、ありがとう」と心から言われる日があれば立ち直れるのだが、親業と言うのは大変な職業だと改めて感じていた。

子供は、あたかも自分一人で生きてきたようなふるまいをする動物だが、分かっていても感情に触ることが親だって人間だからあるのだ。

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(#368)ついに

2009/01/14 15:41
昨日の精神的な打撃から、身体が悲鳴を上げていた。
いつもなら、いくら疲れていても朝5時6時には目が覚めるはずが、9時過ぎになってやっと意識がはっきりしてきた。
いつもなら、寝返りをするので、シングルベッドでは布団があべこべになり、寒くなって目が覚めるのだったが、今朝だけは布団が乱れることなく、眠れていたようだった。

ただ、意識が出てきたときに、身体に熱を持った自分と、なんといっても耐えられなかったのが左目の眼精疲労による激しい割れんばかりの頭痛だった。

朝9時過ぎに彼女から携帯に何度も電話があったが、痛い方の目を枕に押さえつけて痛みをこらえようとしていても治まらなかった自分は、電話を無視して再び眠りこんでしまっていた。

そのまま、11時まで延長して睡眠をとっていた。
明日は、朝からたぶん加工工場の社長さんとの約束の時間は果たせないとはいえども、往復100キロの納品も含めて帰ってくると深夜になってしまうだろう。

ぶつけようのない憤りと自分の感情がコントロールできない状態に、なんともやるせない気分に襲われていた。

1年前に、周囲からのストレスと理不尽なことばかりの感情になってしまう感情に襲われていたために、一時は包丁を振りかざして…という事件?に発展してしまいそうなことがありましたが、それから1年間、息子と二人で暮らしていた自宅から息子を父の家に追い出して?一人暮らしをしていた自分に、家族の周囲からは、原因が自分たちであることをよそにして、私を入院加療させるべく動いていた側面もあったのですが、彼女に支えられたり、逆に彼女を支えたりして、ある意味で「拘束されずに一人で自分を見つめたかった」自分の願いがかなった時期でもあり、50という年齢から、妙に落ち着いた部分もあったことから、息子も私を恐れずに帰って来てくれるようになったことだったのに、ふたたび、1年前の理不尽な感情を再起させられたのが昨日の弟の理不尽な言動だったわけである。

今日の頭痛だけでない、ストレスの定番である<過敏性腸症候群>による腹の激痛も、実は昨日彼女と一緒に入ったお風呂から出た後で、すっぽんぽんの姿でソファーに座って服を着ようとしたときから、お腹を押さえるほどの痛みが発症していたのだ。

身体は正直だ。

常備薬のロートエキスとアドソルビンの粉末を飲んでしのいだが、今朝と言うよりお昼にダイニングテーブルの椅子に座った時から、しくしくと痛み始めていたのだ。

今日は、耳鼻科通院も控えて、自宅で我慢して静かに過ごそうと思っているが、去痰作用が極端に低下する原因の一つに<ストレス>があることも、ここに記しておきたい。

うつ病が国民病として現代病のトップにランキングされそうなご時世だが、派遣切りなどのような社会現象の中でもがいておられる人たちも、厳しく言えば自業自得ということもあったと思うが、住居も収入も食料も獲得できない生理的なストレス?だけでなく、2次的なストレスでつぶされそうな皆さんもたくさんおられると思うのです。

100年に1度の恐慌と麻生首相は就任時の会見で話していた割には、対応の早さは民間の方が群を抜いて早いものであると思うが、事情は別にしても、一刻も早く生活できる環境と生活保護は大前提だが、精神面でのケアと疾病を持っている皆さんに対しての救済策を講じていただきたいと思っているところです。

渡辺元行革大臣が自民党離党という<英断>を自ら下されたようだが、それに対して、金子国交相は「とんでもないヤツだ」と見下していたようだが、国の対応よりも民間の対応が早いという現実を自民党だけでなく公明党を含めた政権与党はどのような感情でとらえていたのだろうか?<解散権>を傘にきて、経済状況を講じた後で、効果を見て判断するというような生ぬるい環境にいつまでも漬かっていようとする悪代官的なビジョンしか持っていない自民党幹部の代議士に、派遣村に集っている皆さんの気持ちなんか到底理解できるわけがないと思いませんか?

善しあしは別としても、小泉純一郎のような体裁だけでも先輩議員を差し置いたリーダーシップを麻生太郎がとってくれれば、まだ(無理だろうが)国民は注目したのだろうが、もはや自民党に求心力は藻屑になっている。

危機管理という面から考えれば、時期尚早な発言かもしれないが、渡辺氏のような代議士にリーダーシップを発揮してほしいものだと私は思っている。

私も、教壇に立っていた頃は、生徒たちだけでなく、同僚の仲間たちにも「人間はビジョンを持たなくてはいけない」と指導や主張していたものだったが、50になった自分にビジョンがあるかどうかと言うと、ネタは多岐にわたってたくわえていたり、これからも情報を収集する気持ちは負けないつもりだが、ちょっと自信がない。

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(#367)信念

2009/01/13 16:31
先ほど、渡辺元行革大臣が自民党に離党届を出された記者会見のニュースを拝聴していた。

党利党略を優先しないで、議員の本分は国家国民のために尽力するといったお父様の信念を見事に受け継いでの<改革>だったようだ。

もちろん、ご本人の勢いもあろうかと思うが、彼が行革大臣として天下りを容認しない改革に着手していた頃から、「この人は近いうちに何か行動を起こすだろう」と思っていた。

舛添大臣が留任された中で、彼だけが解任された時点で、彼は悔しい思いをしたことだろう。

初心貫徹!今後の彼の動向に期待を寄せたいと思う。

私にもつたない信念がある。

@人から何か頼まれたら、基本的に信頼関係や礼節をわきまえている人が相手であるなら、多少の理不尽なことがあってもご要望にはおこたえすることにしている。
A頼まれたら、何事にも素早い対応をする。
B見返りを期待しないこと

今日は、私の経営する鋳物工場で、新年になって初めて溶解炉(キューポラ)に火を入れて鉄を溶解して品物を作る工程のはずだった。昨日、新社長になった弟と確認をしておいたのだったが、今朝になっていつものように耳鼻科通院の後で雑用を済ませてきてから帰ってみると、工場内に火起こしがされていない状態であったばかりか、不況と言うことで従業員の余計な経費をかけないためには、半日で自宅に帰らせたりしたので、直接弟に連絡をせずに、怒りをおさえるためにも、メールだけは送って抗議しておいた。

今日、溶解して製品を作れば、東京大田区の町工場の社長さんと約束した15日の15時過ぎに品物をお届けすることに、時間が守れなくなってしまうことになるだけでなく、障害者の私だけでは、半日程度の時間で品物を仕上げて、検査をして塗装してからの出荷となれば、納品は夜になってしまうのだった。

仔細情報も一切流してこない弟に、強めの抗議をしたのだった。

私にしてみれば、このような理不尽なことに対しては、一寸も容赦できない気分なのだ。

最初は、このブログで一切の仔細を書こうと思っていたのだったが、書き上りでエラーを起こして本文がすべて消えてしまった。
<神様が、やめておきなさい>と言っているのだと・・・。

このような考え方ができるようになったことが、遅すぎた成長のようだ。

沈黙こそ最大の攻撃になることもあるのだ。
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(#366)成人式

2009/01/13 00:26
おかげさまで、一人息子が成人式に参列する日を迎えた。

朝早めに、息子のいる部屋の携帯に電話を入れて、着替えができているので(用意できているので)早く着替えに着なさいと伝えてから、着替えて実家の父のところへ。

長男3世代で記念撮影をしようとしていたので、弟にカメラを頼んで撮影してもらった。

撮影後には、それぞれが出向く先があるというので、ばらばらになったが、私は先般の息子の日商簿記の1級合格のお礼と成人式を迎えたことの報告に、菩提寺と近くの氷川神社へ出かけてから、撮影した画像をCDに焼きに行くと同時にじいちゃんへ(父)何枚か写真を焼いて届けてきた。

これで今日の予定は終了だったが、帰ってきたら特段に何もやっていなかったのに、急に疲れと寒さで凍えてきたので、ベッドに直行して布団に包まって夕方まで寝てしまった。

卒業の学年に生徒を卒業式で見送った学級担任の心境がよくわかるような心境だった。

<無>の境地になって、彼女との電話での会話もお互いにへこみがちで暗いものになっていた。

彼女にも今日成人式をあげた息子がいたこともあり、<無>の心境だったのだろう。

子供はいつでも親に頼むだけ頼んでおいて、後はほったらかし!と彼女は言っていたが、私も父に色々と負担をかけている身分なので、耳が痛い心境だった。

夕方まで熟睡して、機械的に夕飯を食べた後で、昨日お世話になった新宿区内に美容室を経営している30代のお兄ちゃんに自分のプロモーションのDVDのダビングを頼まれたことを思い出し、私の信念でもある「頼まれたことは原則として拒まないで、できるだけ早く心をこめて対応する」気持ちから、5種類のDVD総数で35枚ほどのDVDを4時間弱で焼き上げてから、1枚1枚梱包して配布できる状態にしたものを明日宅配便で届けられるように仕度をすべてこなした。

美容師のお兄ちゃんも、幼いときから親に恵まれずにさびしい日々を送ったと聞いており、お兄ちゃんを紹介してくれた彼女からも「あなたが、親切にしてくれていることに、目に涙を浮かべていたわよ」と聞いていたこともあり、急ぎませんからぜんぜん大丈夫ですと言っていたお兄ちゃんをびっくりさせようと思う気持ちからがんばったのだが・・・。
喜んでくれる顔を想像しながら宅配便の封筒に入れていた自分があった。

これからは、息子も独り立ちしてくれると思うが、同時に私も子離れをして気持ち的にも自分のこれからの人生を構築して行かねばならない。

私がちょうど1年前に、親兄弟や周囲の人たちからのストレスに押しつぶされてしまい、不本意ながら自宅で息子の前で刃物を振り上げてから、息子は逃げるように階下の父の家の部屋に閉じこもっていたのだが(もちろん、息子の行動にも不満を持っていたのだが)、あれから1年間、スープの冷めない距離のところで別々に暮らしてきたことで、私も息子もよい距離を保って歩み寄ることができるようになっていった。結果オーライだった。

彼女からの強い支えでここまで来たことも強調し記さなければならないだろう。感謝だ。
でも、一番は自分がいかに自分の気持ちのコントロールにまい進して、ポジティブに考え方を変えていったかという努力にも自分で自分を褒め称えておきたい。

私は、収入こそ激減してしまったが、自宅は保有している・仕事もそこそこある、贅沢こそできないが、雨風しのげる環境は保障されている。それだけに、自分の奉仕活動で喜んでくださる人がいれば、これからもボランティアをしていきたい。

彼女も私と同じような志の持ち主だから、これからはパートナーとして入籍まではしなくとも、適度に行き来しながらボランティア活動を展開していきたいと思っている。

彼女には今年成人の息子と18歳になる娘がいるが、私も気持ちは3人の子供たちの父親として、サポートできればいいと考えている。

おしまいに、今日に成人式を全国各地で向かえた成人の風景のニュースがあったようだが、これらのコメントは次回の更新のときにとっておきたいと思います。

小学校2年生の3学期に離婚した私に、私も一生懸命に息子を育ててきたが、息子も息子で一線を逸脱しないでまじめに好青年に成長してくれたことに感謝していると同時に、この親子を支えてくださった皆さんに、今夜就寝前に、改めて感謝の気持ちをこめて<合掌>。
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(#366) おかげさまで・・・。

2009/01/09 15:31
一人息子から今朝一番に吉報が入ってきました。
日本商工会議所主催の簿記検定1級合格とのことでした。

全国で1000名しか合格しない合格率9%の難関だったようです。

思えば中央大学法学部におととし現役で入学して、ひたすら中央大学の経理研究所に入所してから、こつこつと朝早くから深夜まで勉強をつんできました。

大学1年生のときから簿記3級に挑戦して合格してから2年生の終盤までに2級と1級の両方を取得できたのでした。

今夜はケーキを準備してあるので、二人で乾杯するつもりです。

これであさっての成人式を笑顔で迎えることができそうです。

親ばかですが「よくやった」と褒め称えてあげたいです。
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