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ピエスモンテ(じいヤンのよもやま話)

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ピエスモンテ(じいヤンのよもやま話)
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基本的には、時間が空いているときに、自由に更新させていただく、公開日記のページです。作成者(管理人)は、以前は病弱でしたが、おかげさまで少しづつですが元気になったものの、今度はフットワークの迅速化で疲れがピークに達してしまい寝込むことも少なくありません。2008年のお正月から1年間で2000名のアクセスを頂戴しました。ありがとうございます。これからも、地道に更新を続けてまいります。ご笑覧いただきたいと存じます。
コメントは大歓迎です。必ずお返事を差し上げますので忌憚なくお寄せくださいませ。
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(#431)初積雪により・・・

2010/02/07 20:36
 先週の火曜日と金曜日?でしたか、東京と言うか川口にでも積雪となった。
 
 私の仕事は、裏方なんでも屋さんですから、通常は雑役さんの仕事の代わりに今までは雑役さんに任せておいたのですが、この不況で人件費の削減と雑役さんの仕事の効率を考えると、障害者の私でもフットワークだけは自負していたこともあり、おやめいただいた分言いだしっぺの立場からも、フルに動いているのだ。

 いつもの雑役さんが半日かけてこなす仕事を、私なら半分の時間で仕上げる上に、合間に従業員からの依頼があれば仕事を中断してでもそちらを優先する。それでも雑役さんよりも2時間以上は時間短縮で仕事をこなす。

 通常の場合は、できた鋳物製品の塗装を担当。それも今までは塗料のタンクに漬け込んで乾かしていたのだが、多量のシンナーと塗料を消費するだけでなく、品物を吊るす道具まで毎回塗装されてしまうことから、これもコストダウンでほとんどが手塗りだ。(昔はすべて手塗りだったから、初心に帰ったと言う感じ)違和感はない。

 ところが、先々週の金曜日に一段落させた塗装の直後に、外注先からの小物の鋳物製品が点数で350点以上も入荷。ところが日曜日の午後から雨で、夜には雪という予報から、私は心配した弟社長の話に反して、金曜日の夕刻にすべての製品を床に広げたままで退勤した。

 ・・・と言うのも、私の自宅があるマンションは、会社の隣。土曜日は月に1回の鍼灸院通院だったのでできませんでしたが、通常なら土曜日日曜日の天気のよい日には、休日出勤して塗装を仕上げている。まさにフレックスタイムの最先端だった。

 ところが

 日曜日のお昼から雨と言う予報が濃厚だったので「これはいかん」と言うことで、朝7時に現場に向かいウォークマンで音楽や携帯のラジオを聴きながら、13時まで休みなしですべてをこなしたのだった。

 またまた  ところが・・・

 午後になっても夜になっても天気が崩れない。カチ〜ンときたが、先行作業としてヨシとした。
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 実は、日曜日の塗装作業は、従来からぎっくり腰の常連と言うことから、地面に座布団を敷いて座って色を塗っていたほど注意していたのだが、一部を中腰でやらざるを得なかったのと、作業が完了して一服した後で「さぁ、終わった」と立ち上がったときに<ギクッ>と痛みが走り、人生で6回目のぎっくり腰発症。

 しかし、土曜日に鍼灸院の先生に腰に鍼を2本ほどつぼに埋めてもらっていたので、最悪の歩行困難だけは避けられた。
 しかし、世の中の奥様や娘さんは空気を読んでくれないようで、相方のゆうさんが午前中に来るということで、塗装して乾いた細かい部品を並べて欲しいと期待しておいたのが、11時過ぎに「これから出るからね」と電話があり、これまたカチィーンと・・・。おまけに遅くなった理由が、相方の高校生の娘が「ユニクロでセール品の中で欲しいブラウスがあるから、これから私近くのユニクロに行くけれど、なかった時にお母さんのお友達に近くのユニクロに行って貰ってくれないかなぁ」と言う話をしていたそうで・・・あなたにいつものユニクロに連れて行ってもらえるとうれしいと言うのだった。

 う〜〜ん。いつもの私なら構わないが、今朝から仕事で疲れている上にぎっくり腰で痛いのに・・・。離婚した前妻も同じだったが、実に空気が読めず、仮に希望がかなっても「お父さんありがとう』の一言ですら言ってもらえなかった。でも、わが一人息子から何かリクエストがあれば、いつでもどこまででも付き合うことは親としてうれしいことなので、息子同様に、まして育てたことのない娘からのリクエストだ。着替えることなく車に乗り足立区の加賀店に向かった。

 ところが・・、加賀店には在庫が切れていて、タケさん(じいヤン)もういいわと言われたが、そこは子供心だ。スタッフに在庫がある店舗を調べてもらったら「西新井店(西新井駅前)にあります」と言うことだったので、ゆうさんの拒否に構わず一路西新井に。

 見つかって娘に連絡。大変喜んでいたと聞き、こちらもニヤッとできた。

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 ここでやっと本題。

 川口の雪が積もったのは、火曜日の夕刻からだったか、つまり寒気の影響で朝方は冷え込むと言うことなので、朝の凍結が心配されていた。

 と言うことは、マンションの駐車場にも凍結すれば、住人の皆さんが出勤のときに車が出せなかったり、小さなお子さんやママさんが転倒したらかわいそうなので、オーナーの代行として、早朝からの雪かきをすることになり、朝4時おきで目を覚ましてから、会社のショベルローダーを使ってマンションと工場内の雪かきをしてから、早出で川崎方面にトラックを出した。ぎっくり腰なのに、よくできたと今になって思った。

 帰社してから今度は夜に町内会の役員会に途中参加し、帰ったら配り物を配って帰宅。すでに22時過ぎ。

 実は、翌日の木曜日も納品があり、トラックのやり取りから早出はできなかったが、それでも9時半には出発、首都高速は原則として経費節減ということから使わない方針で私は運行計画をしているので、途中で相方のゆうさんの自宅付近を通過することから、途中で拾って川崎へ。納品する会社から10分ほどでゆうさんの実家と言うか勤務先に着くので送ってから帰社。しかし、月曜日から行かれなかった医療センターの主治医であるアニキ先生が2月から付属の安行診療所に赴任と言うことから、再会は安行診療所と言う約束もあり、社長に許可を取ってトラックで今回は首都高速の戸越ICから安行ICまで乗って診察を受けた。

 タケさんさぁ、健康体の僕でもね、仕事などでストレスや疲労を溜め込むと、健常者でも喘息になるんだよ。だから少し休ませてもらいなさいと言われて帰社。

 ところが・・・

 金曜日の大きな出荷の準備で、大き目の品物の塗装の仕上げだけが間に合わないので弟社長に手伝うように頼んであったものが手付かず状態にカチィン。

 いかんせん、体力も限界だったので、16時に退勤して夕飯も取らずにベッド直行。さすがに朝方まで眠れた。

 でも、私としては朝6時に出社して仕上げれば8時には間に合うと思って完全武装で出社したら、既に仕上げてあった。

 そんなわけで、事務所に上がって事務所の清掃とストーブやコーヒーメーカーのセットをして現場に。


 当日の午前中にぎっくり腰や花粉症とアレルギーの治療に内科・耳鼻科・整形外科・皮膚科と回って帰宅。

 そして、土曜日はゆうさんから誘われていた都内観光と築地での懐石料理ご招待で、朝8時に川崎球場前に集合と言う予定だったが、疲れ切ってしまったので丁重にキャンセルして、土曜日は父の定期の通院に連れて行くことに。

 一方のゆうさんはその間に我が家に来ていたが、いつもの明るさもなく情緒不安定状態だったので、理由を聞いても語らずだったので、私のベッドを解放して昼寝をさせることにした。

 気遣いの私もいい加減に疲れたので、別のソファーベッドに布団を持ってきてお昼寝。

 夜になって、電車で帰ると言うのだったが、寒空に一人で情緒不安定な相方を帰すわけに行かなかったので、私も辛かったが、もうひとがんばりで都心までゆうさんを送って帰ってきたのだった。
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 そして日曜日。

 確かに、土曜日の晩からは死んだように寝たが、朝起きても疲れは取れず、食欲もなく、昼間に2時間ほど眠ったが、結局だらだらとすごしてしまったのだった。


 明朝も、今度は朝8時前に羽田の工場に納品と言うことで、トラックの準備も完了。着替えてからすぐに運転台に乗ればいつでも出発できる。

今週も、実は週中に今度は鉄を溶解する工程が待っているし、溶解になればその準備作業もすべて私の一人作業となり、溶解当日は、溶かす材料の投入も私の仕事となる。正直、身体が持つか心配だ。

でも、世の中仕事がないと悩んでいる人があふれている中で仕事ができるのだから、贅沢は禁物と心得ているが、51の障害を持つ身体としては、夜に熟睡できるならまだいいのだが、熟睡できるのは4日に1回だけに、正直辛いですね。


 せめて、天気だけはよくあって欲しいですね。
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(#430)教育現場がおかしい

2010/01/28 03:31
 おとといの法政高校の体罰事件も(これについては私なりの調査で処分に問題を呈していますが)九州の大学の非常勤講師の講義で、歌手志望の学生(女性)のオーディション用の画像を本人に無断で講義中に学生の前で公開して「化粧は濃くないか?」とか批評をしたうえで、その学生はいまこの教室にいることまで暴露したうえで受講生にアンケートまでさせていたことで、当該の女学生が精神的に被害を受けたことで通院を始めたというニュースを聞いた。

 この非常勤講師は30代前半の男性とのことで、不適切な行為をしてしまい申し訳ないと学長とともに学生に謝罪したとともに今年度で非常勤講師との契約を解除するとのこと。

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 体罰問題も、我々が子供のころは(高校生までだが)悪いことをしたら、頭なりお尻なりをひっぱたいてくれた先生がいたものである。そんな先生に限ってあとになって良い思い出になって親交が深まったものだが、最近の教育者はどうだろう?

 私はある程度なら体罰容認主義者であるが、要するに<殴るなら適切な殴り方>というものがある。今の教師は<程度を超えて体罰を施すから問題になったり、傷害事件に発展してしまう>こともあるのだ。
 また、体罰をするにあたっても、生徒との十分な信頼関係が築けているという前提条件が充足されて初めて<体罰>の意味が生徒にも響いてくるものだ。

  ところが、この九州の大学の講師にしても、こうしたらどんな波紋が広がるのだろうといういわば予知や予見能力に欠けているとしか思えないのだ。これだけ個人情報が気密性を追求されている世の中で、仮に歌手志望の女子学生(Aさんと表しよう)のオーディション用の画像を本人が在籍の講義中に公開したとしよう。もちろん、本人の許可がないのだから公開自体が問題だが、あえて公開までは本人の名前や教室にいることを知らしめずになされたとしよう。その時に、黙っていれば本人のプライバシーが完全に広がらなかった(顔だから駄目だろうが)ものを、あえて「この学生さんはいまこの教室にいます」ということまで言及する必要性はどこから模索されたのだろうか?
 
 昔、小学校で「人の心の痛みが分かる人になりなさい」と先生に執拗に教育されたし、わたしも小学校や中学校の教壇に立って同じようなことを何度も何度も教えてきた。

 考えてみれば、当時教えていた小学生の年代が教育者として大学の教壇に立っていたのだ。

 再び考えると私としても複雑な思いであり、最近の若者の一部が非道徳的な言動をして社会を騒がしている世代よりも、今から思えばそのような荒れた時代に育った世代ではないはずなのに・・・

 法政高校の教諭2名(一人は体育科の、一人は国語科の教諭)も、事実関係を探ってみると少なくとも国語科の教諭は教育熱心で問題を起こした男子生徒が付属の中学校からも持ち上がりで08年度までは高校2年生の担任として一生懸命に面倒を見ておられたと聞いている。たまたまというか高校2年の修了の単位が取れずやむなく留年することになり、みかねた国語教諭が通常ならそのまま09年度は高校3年に持ち上げるところをその生徒のことを思って(自分なりに責任を感じて)自ら高校2年の担任のままその生徒の担任として面倒を見ておられたと聞いている。今回の校則違反行為を修学旅行でしてしまったのがその男子生徒で、事実関係が確定していないので結論は書けないが、教諭の体罰に業を煮やした父兄がたまたまTBSとテレ朝に知り合いがいたということから、内部密告をしたことからおとといの報道につながったと聞いている。その内部密告をした父兄が<その男子生徒の親と言うらしいのだ>。
 一方、体育教諭のほうは、もともと法政高校は男子校でしたから、何か問題があると体育会系のノリだと思うが、程度こそあれ体罰の事実があったらしい。私も男子高校の出身だったが、確かに傷害になるような問題がなければ、多少の体罰はどこの高校でもあると推測する。だからと言って体罰のたびに、裁判沙汰にする気持ちも微塵もないが。報道のような体罰が事実なら遺憾だが、本当に報道の様な事実があったのかもわからない。
 少なくとも、国語科の教諭は生徒に傷害を与えるような教諭ではないという評判で、生徒たちも先生を守ろうとする動きが始まったようだ。

 九州の大学講師にしても、まして女子学生の扱いであるから特に細心の配慮があって不足はないと思われるのに、こんなことをしたら本人にどんな影響が出るかという予知判断ができなかったことにあきれている。

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 教育現場も崩壊し始めている。昔は学校の先生は**先生様と言われるくらいの聖職だった。学校は本来学問を教えてもらうところであり、人間を育ててくれるところだった。いまはどうだろうか?

 核家族化だけでも社会問題になっていたが、昨今は子供を持たない夫婦が多いと聞く。もちろん子供が欲しくともなかなか授からなくて悩んでおられる夫婦もおられるので一概に画しては言えないが。

 核家族ということは、兄弟姉妹が存在しないわけで、親としてもかわいい存在として過保護になりがちだが、それだけが助長されて、集団生活での協調性がないというか訓練する場所にも参加させずに閉鎖的に育てるから学校に入っても自分がどのようにしたら仲間に入れるかがわからないのだ。いじめの問題にしても、社会環境が外遊びができる環境にないことからどうしても自宅での独り遊びや集団遊びでもゲームばかりだ。ゲーム感覚では、人を殺傷してもリセットボタンを押せば生き返るとか、攻撃しても攻撃されても<痛み>がわからないから、その感覚も加わって自分の思うようにならない友達をウザイとかシネと言う表現で攻撃する。

 2チャンネル等の掲示板にしても、ほとんどが書き込み者が<名無しさん>となっており、匿名性と言う壁を使って誹謗中傷する。意見があるなら自分の名前を出して堂々と言い合えばいいものの、匿名だからと言って言いたいことを書きならべ自分のストレスを解消しているようにも思える。人間として教育者として許すわけにいかない。

 集団生活での協調性がない態勢で育ってきたうえに、自己中心的な考えが台頭している世代が、現在の子供たちの親になっている。その親たちが子供を教育しているのだから、新感覚の人間はネズミ算式に増殖している。

 「死刑になりたかった」と言って、土浦駅構内で多量の殺人事件を起こした若い容疑者。秋葉原の無差別殺傷事件も同じようで。死にたいなら自分だけで死ねばいいことで、なんで人様を巻き添えにしなければならなかったのか?昔からの心理学分野、とりわけ児童心理学から青年心理学の最新の文献を紐解きなおす必要もあるようだが、このままの教育現場では日本の将来像が危なくなる。民主党政権では高校無償かと子供手当にスポットを当てているようだが、それよりも別の視点で教育改革を断行する必要に迫られていると思う。

 法政高校の事例で気になったことは、最近の少子化の影響もあり、学校法人としては日本大学のように株式会社と言う経営体系を採用する教育機関もあるようだが、<教育よりも団体の経営状況をただしていく傾向が前面に出されていること>に危惧感すらある。

 <子供たちの発達を真に保証する教育とは何か>と言う論文を書いた記憶があるが、これだけの少子化が顕著になると私学の経営状況も深刻さを増すことも理解できるが、おそらくどこの私学にしてもこのような少子化の問題は未曾有の問題であることだろうから、初めての対応で紆余曲折しているのだろう。

 しかし、教育機関としての使命は決して崩してはいけないことであるから、マスコミや風評を恐れて早まった記者会見をしてとりあえずの対策としたように思われる法政の対応には危弱性を感じた。

要するに<事実としての体罰があったのなら、教員だけを懲戒処分にして、生徒たちへの処分まで言及しない>という姿勢は実に軽率極まりない対応だ。来年度の生徒が集まらなかったら大変だということで、父兄の意見をすべて迎合するようであるならば、その学園自体閉鎖すべきだと思う。そうでないことを祈っているが。


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 おしまいに

 よく心理学や教育学で、PLASTICITYという言葉を耳にする。意味は<可塑性>というものだが、粘土細工のように一度形を作ってもまた練っていくことで新たな形が作ることできるということから、教育学では<教育可能性>という解釈をする。

 可塑性を持っている年代は、いまや小学校高学年いや中学年までだろう。その分昨日も首相から幼稚園と保育園の管轄を統一するという見解が出されたようだが、(幼稚園は文科省管轄で学校教育法で仔細が定められているのに対して保育園は厚労省管轄になっている)その保育園や幼稚園の段階から子供たちが無条件で受け入れられるような教育体制のほうが急務と思っている。確かにほぼ100%に近い高校の進学率からも高校の無償化は必要と思われるが、それよりも私は幼児教育機関の無償化を先行して、身体が急激に成熟するまでの期間までに人間としての教育を保証すべきではないだろうか?

 昔なら、小学校に入ってからというのが主流だったが、いつの間にか小学校に入るまでに自分の名前が書けるようにとなり、お受験の基盤が形成されている。しかし例えが悪いかもしれないが、今の子供たちは身体の発達状況が早くなってきており、女子に至っては初潮の年齢が早い子供で小学校3年~4年となってきているくらいで、身体の発達とともに心の発達が遅れているような気がしてならないのだ。

 系統的学習の早期化をすすめているのではない。情操教育的な部分を早いうちから手掛けていくべきで、そのためにも集団生活に早いうちから慣らしていく必要があると思ったからだ。初等教育の機会が確保できれば母親の仕事も最小限の影響で済むことにもなるし。

 皆さんからのご意見も拝聴したい。
 
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(#429)週末を終えて

2010/01/25 00:23
 先週の木曜日に鋳物工場での今年初めての鉄の溶解工程を(初吹きと言います)行った。
不況でなければ、週に1〜2度のペースで溶解をするのだが、この不況で月に1〜2回というペースになっているため、身体も相当なまってしまい、タダでさえ左手の指が障害で動かないので<皮の手袋>も右手しかはめられないために、大小の故銑(スクラップ)やコークス、銑鉄他の材料を計測して溶鉱炉(キューポラ)に投入する仕事は腰を痛めるだけでなく、右手のみで約7時間も連続で繰り返すために、終了時はまだ痛まないが、翌日の金曜日の朝はベッドから起きられず、右手は手首周辺を中心に筋肉痛と炎症が出ているらしく寝ていても痛みで目が覚めることもしばしば。

 おまけに、風邪をこじらせてしまったこともあり、普通の処方薬だけでは効かないので、抗生物質ももらってきたがそれも効き目がない。

 通院して3日目になるが、鼻水は止まらず咳き込み頭痛は頻繁状態で、このままでは月曜日早々にもう一度診療所に行かねばならないだろう。

 さて、そんな顛末で週末を迎えた。週末はゆうさんが我が家にやってきて2人で過ごす。
 ところが、土曜日はいつもなら8時には車を出して市ヶ谷(東京都新宿区)のゆうさん宅まで迎えに行くのだが、7時に痛みで目が覚めてから、いつものように書斎でコーヒーを沸かしながら目を覚ますのだが、この日ばかりは目も覚めない。

 ゆうさんから電話がかかってきて『私電車で行くから』と言うので、今回はお言葉に甘えた。

 そして、土曜日の昼間、外で食事をしてから帰宅しても、私は過激に睡魔に襲われて、話し合ってベッドに横たわったら眠りこけていた。私のベッドはダブルサイズなので(シングルだと体格がよすぎるので、掛け布団がすぐに床に落としてしまうので、昨年に広めのWに買いなおしたのだ)横になると同時に爆睡。
 一方ゆうさんはベッドの半分で横たわり、徳永英明の<薬師寺ライブ>のDVDをつけながら見ていたらしいが、彼女もいつの間にかお昼寝。

 そんなこんなで、二人が気づいたら19時過ぎになっていた。

 2人とも、平日の勤務がかなりきついこともあり、夜も遅くまで家事をこなす生活だけに、週末は我が家でお昼寝(お互いの子どもから干渉されない環境で)するリズムができている。

 そして、帰りには外は冷え込んできており、風呂上りでは風邪をこじらすので、今度は私が車を出して送っていきかえってきた。私の息子も下宿先の父の家で是から夕飯と言うので、途中でお弁当を買ってきたので届けてから帰ってくる。

 日曜日は、睡眠時間こそ5時間ほど取れたが、時事放談を見ていたらゆうさんから電話あり。『タケさんさぁ、悪いけれどすぐに迎えに来てくれる?」とのことだったので、目を覚ましてから行くからねと答えて、7時過ぎに車を出す。
時間短縮と、せっかく日曜日早朝に出かけたので、春日部にお店を持つ友人に頼まれている<高速で無料で配布しているハイウェイウォーカーという冊子を何部かもらってくる>約束の時期なので、ゆうさんにつきあってもらうことにした。

 つまり行きは首都高速板橋本町から中野長者橋まで、ゆうさんを拾って再び中野長者橋から川口新井宿から東北道蓮田SAまで飛ばしてもらってきた。

 帰りは久喜ICで折り返して岩槻まで帰ってきてから、友人のいる春日部経由で越谷から旧浦和市経由で買い物をして、やっとの思いで帰還した。(実質の運転時間は4時間をくだらない)

 今日のゆうさんは、なぜか元気がない。
 ・・・・・・そんな様子を見てしまうと、私は性格上、おもてなし精神が強いから、気遣ってしまい色々と眠くとも疲れていても頑張ってしまう。・・・・・・

 15時前にきて、やっとゆうさんが空腹と言う。(私はすでに空腹だったが)
 今更外出したくないから(ゆうさん、我が家に来るなり髪の毛を染めたいと言い、入浴を済ませている。私も身体が冷え切っていたので温まった)、店屋物取ろうよということになり、簡単にラーメン2個と炒め物を取って食べた。

 満腹になったら元気になるかなぁ?と期待していたが、相変わらず元気がない。

 私のほうが限界になり、先にベッドに入り半分を占領して眠りこけた。
 そのあとでゆうさんも今日はテレビを見ながらいつの間にかお昼寝。
 ・・・・・いつものパターン。・・・・・

 トイレに起きたらゆうさんも起きてきて、そろそろ帰ろうかな?とハウスウェアから外出着に着替え始めたので、
また冷え込んだ中に一人で電車で帰すわけに行かなかったので、

 一念発起して『俺が送っていくよ』と、二人で買ってきたものの仕分けをして、車に運んだ。

 『タケさん、疲れているんだからいいわよ』と言っていたが、昼寝は経験上30分だけでも熟睡できればリカバーできるので無理にでも車に乗せて発車!

 送って帰ってきたのが20時半を回っていて、途中でパソコンのサプライ用品を購入してきたので、帰宅後に簡単に夕飯を食べてからセッティングに励んだ。

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 こうして、我の時間に入って零時過ぎ。

 明日は午前中には鋳造した製品が仕上がるのを待ってから、火曜日の納品の準備で製品の塗装作業から始まるので半日はゆっくりできるが、いま落ち着いてみて考えてみた。

 私の結婚生活は、理由こそ多岐にわたるが、自分の時間が確保できなかったことと、二人での時間の過ごし方がうまくいかなかったので、崩壊してしまったわけだが、仕切り直しをして、ゆうさんとお付き合いしていてやはり入籍とか同居するためには、まだまだ自己修練の時間が必要な気がする。

 自己中とまでは言わぬとも、二人で同居してもお互いにやりたいことをやって過ごしている時間帯に気遣いなしでほったらかしにできる気構えが必要と言うわけだ。

 週末にいつも同じ時間を同じ場所で共有することはいいとしても、マイペースで過ごす割りきりがまだできないのだ。

 環境的には、テレビもビデオも音響もパソコンも2人分と息子の分は独立して確保しているのだから、自由に使って楽しむことは構わなく理想なのだが、私が書斎に閉じこもってパソコンで何かをしていると、ほったらかしにしていいのだろうか?と言う気持ちに襲われてしまうのだ。

 まぁ、仲が悪いわけではないのだから、時間が解決してくれると思うが、気遣いでつかれきってしまう週末の時間の過ごし方に是でいいのかという素朴な疑問に襲われることあるからだ。

 今夜もやっとシステムのPGMのインストール中なので、終ったら即刻休もうと思う。

 一人暮らしだと、寂しくなったり何もする気持ちになれないのに、2人だとわがまま。これではいけない。

 
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(#428)川口初降雪?

2010/01/13 00:09
 昨日の晩は心地よい疲れとこじらせたような風邪症状でブログの更新後にそそくさとベッドインしたが、やはり私にとってのベッドサイドは癒しの空間に設定してあるので、テレビとDVDを観ることやラジオ・CD・MD・カセットの音源を聴くこととともに、電話やインターホンが鳴った時も玄関の画像が枕元の子機で把握できることまでできるようにしてあるので、布団をかぶっても大抵のことが枕元でできる空間であることから、妙にベッドに横になるとしばしの間は自分一人の空間で過ごすことで、テンションが上がりすぎた時や疲労困憊で興奮した時も、気持ちをニュートラルまで戻さないと熟睡できないことは、みなさんも同じ事だろうと思います。

 そんな中で、昨晩は24時にベッドインしてから、録音して聴いているラジオ番組(のべ3時間半)を真剣に聞き始めてしまったら、終わりまでしっかり聞いてしまい、記憶がなくなった(つまり眠りについたと思われた)と思った時はすでに朝4時近くになっていた。

 それからというものの、冷え込んだ昨晩から朝方にトイレが近くなり、相方のゆうに頼んでおいたモーニングコール(朝8時)に出ることができずに、ベッドから出たのは9時を回っていた。

 朝からどんよりした空で、雨か?玄関を開けて外を見ると寒さでめげてしまったほどだった。

 午前中に当初から予定していた総合病院の皮膚科に薬をもらいに行き、親友の耳鼻科に鼻からの痰の除去に出向いて帰ろうとしたらすでにお昼。

 自宅にはカップめんらしきものしかないこともあり、行きつけの食堂のえっちゃんのお店に出向いて、特製の味噌タンメンと餃子を注文して食べて帰った。

 すでにこの頃にはみぞれ混じりの降雨になっており、あとで天気予報を聞いたら<みぞれも雪と判断する>ということを聞き、なるほど!とガッテンボタンを押したのだったが、さらに気象庁の担当官が降雪の予報を出した時には、自ら気象庁の(大手町)観測地点に出向いて、自分の目でみぞれ・あられ・雪が降ってきたことを目視で確認して初めて「今日は東京で初降雪でした」と報告しているのだそうだ。

 でも

 いつもなら昼食をとって帰社した時に自分がやるべき仕事が残っていたのなら、すぐに現場に直行して仕事を片付けてくるのだが、今日ばかりは現場に行く気持ちはあっても明日になれば天気も回復して現場仕事も特に塗装にかかわっているのだから、乾きやすさも考慮すると風邪気味も含みに入れて今日は自宅にて静養させてもらおうと判断した。

 そして、ベッドでうとうとして起きたのが20時ごろ。トイレに起きた時に空腹をも感じたので「さて、夕飯はどうしようか?」と考えながら、ダイニングでとりあえずご飯を炊かなくてはと炊飯器のスイッチを入れ、簡単な酢豚を作って盛り付けたが、お腹がペコペコでご飯が炊きあがるのも待てずにおかずだけ食べつくしてしまい、ご飯粒までは手がつけられなかった。明日の朝食に回そう・・・・。

 そうして今になるのだが・・・。

 手帳とカレンダーを見ていると、今度の金曜日の夜は研修会(勉強会)に誘われており、土曜日は多少は時間にゆとりがあるものの、日曜日はまたまた町内会の新年餅つき大会と成人式のお手伝いをした仲間で2年前の(つまり前回の)盛人式の実行委員の先輩から、じいヤンさん、今度の日曜日にわれわれの会のイベントがあるのだが、写真撮影のスタッフはいても、ビデオを撮影する人がいないので、じいヤンさんの都合がつけばお願いしたいのだが。と言うリクエストがあったので、朝9時前からの準備の様子とイベントの模様を撮影するということは、イベント自体の進行表があるはずだから、朝から夕方までは無理ですが、午前中くらいは行かれたら優先しますと答えた以上、進行表をFAXしてくださいと昨晩にお願いしておいたのだが、今夜の時点でFAXはない。

 また、私は若い人に限らず不安神経症に悩んでいる若者の皆さんの相談の窓口のお手伝いをさせていただいているので、現在男女5名ほどの20代後半から30代後半までの人からの相談にお答えしているが、メールという手段での相談を繰り返しているうちにお互いにある程度の信頼関係が築かれた人には、クライアント側での要請があれば、直接電話での応対もさせていただいているのですが、最近、一人のクライアントからの電話がいくら無料通話といっても、深夜0時にかけてきて、4時間以上も長電話になると正直こちらの生活サイクルに影響が出るので、突発的な症状に悩んだときは別としても、カウンセリング的な内容であるのなら、深夜の時間帯に私が起きているのなら1時間程度でしたら相手から電話をかけてくることを前提に応対しようと心がけていますが、そのクライアントからの電話がたまたま私が不調の時に重なったので、電話には出ていないのですが、状況や症状によっての対応を考えてあるものの、クライアント自身にも症状やアドバイスについて考える時間も必要なことから、最近は2~3回距離を置くようにしたのだが、気になってしまうこともあり・・・・。

 私は、確かに公的な資格としての教員免許状や行政レベルでのプレイリーダー等の資格に加えて、知識や教養として、また自分の闘病記録など体験型の知識も含めては断片的ではあるが多岐にわたっての勉強はしてきたのだが、何せアタマが悪いという致命的な欠陥があるので、今から思うとカウンセラーの資格や欲を言えば医師免許や薬剤師免許が持てたらといつも頭をよぎる。

 しかし、余生の課題として本業の仕事量が安定してきたら、また息子が独り立ちしたら、介護関連やカウンセラー関連の勉強をして遅まきながら資格が取れたらいいなと思っているのです。

 前回の更新日記の続きになるが、人間はある程度の年齢を重ねてから、勉強したいという意欲に湧くような気がするし、自分が大学生時代にはやったのが(35年くらい前だが)<生涯教育>という概念だった。
 人間生きている間は一生勉強だということですが、当時から創設された放送大学もこの流れに沿ったものだったのだろう。

 石川遼くんが英語力を身につけるのは、意味がわからなくてもひたすら聞くことが自分の力になっていると言われているようだが、中学校1年生から学んだ英語力は、英文解釈・英作文・英文法に加えて一部英会話という時間が付け加えられたようだったが、本当の英語力は英語だらけの環境にいかに自分がついていかれるかということの大切さ。今回の小学校の学習指導要領の改訂で高学年から英語の授業が展開されるようだが、もちろんその授業展開ができる教員の養成も必要になってくるが、以前流行のもののように<ゆとり教育>が先行して、週休2日制だけが先走ってきた弊害が今になってクローズアップされているような二の舞にならないようにお願いしたいものである。

 学習とは強制されて湧いてくるものでは決してなく、学ぼうとしているものの全体像のイメージがつかめて初めて学習意欲につながっていくのが自然の様に思うが、ただ単純に進学のために詰め込んだ強制的な教育をさせられるような教育体系で迷走していく時間はない。高校無償化を連立政権では目玉にしているようだが、ほとんどの中学生が高校進学を希望している昨今で授業料も払えない家庭を救うためだけの施策であるのなら私は疑問符をつけたい。

 高校まで無償化されることは単純には喜べても、富裕層はその余った分を子供たちに特別に塾などに通わせて大学進学のための学力を培うために動くだろうから、学力の格差は間違いなく広がるだろうし、今度は大学に進むために親子が悩むでしょうし、大学が近年かなり開学してきた流れからいえば、欧米並みに入学は広く門戸を開放し、よほど真面目に研究を重ねなければ卒業できないというシステムにするとか、この不況では簡単なことではないが、大学卒がすべてではなく、高卒とか専門学校卒の学生にも平等に就職ができるようなシステムや社会構造を構築するくらいまでの長期的な展望まで持っていただきたいものである。

 私も、意見としても一貫性を持つようなプレゼンテーションができるように頭の中を整理整頓しなければならないが、今の文科省の担当者や政治家でそこまでの展望が持てている人材がどのくらいいることだろう。

 また、メディア対応できるように、ここのところ提唱だけでなく実践し始めている高校の動きがある。
 それこそ、メディアリテラシーという概念で、簡単に表現すると情報過多の時代で簡単に手に入る善しあしは別としての膨大な情報を自分なりに咀嚼して(噛み砕いて)自分なりに構成できる能力(簡単にいえば<読み書き能力>)を培う教科として、最近では教科名には上がらないものの中学校からの授業で展開している話も耳にしているが、高校ではれっきとしてメディアリテラシーという教科が従来の教科の枠を超えて授業として展開しているのだ。

 ちなみに、私の大学の卒業論文のテーマは「子供の発達を保証するには〜家庭・学校・地域社会教育のあるべき姿〜」というお題目だけは立派そうに見える論文を書いたが、あれから30年という副題をつけて、改めて文章にまとめていくのも余生の課題としているのだが・・・・。


 今日は初降雪だったようだが、たった今放送されたニュース番組の終わりの映像で、成人式を終えた女性からの提言で<悪いことをはっきりと悪いと叱ってくれるような大人にいてほしいし、自分もそんな大人になりたい>と言っていた場面があり、一瞬指が止まったが、確かに今の若者は、叱ってくれない(教えてくれない)大人に苦言を呈しているようだ。

 もしかしたら、自明の理だが、今の若者が乱れているのは、その親世代を中心としたオトナがだらしないからというのが正解なのかもしれない。

 おやすみなさい。
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(#427)はたちの成人式のお手伝いをして・・・

2010/01/11 22:19
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**休日法が改正されて、毎年1月15日が成人の日とされていたのが、日本人は働きすぎると言うことから、ハッピーマンデー法案とか、国民の祝日に挟まれた真ん中の日は国民の休日と化して連休にしてしまうことが成文化され、成人の日も毎年1月の第2月曜日というあいまいなセッティングをしたことから、わが川口市でも今日今年は1月11日が成人の日となった。

表題に<はたちの・・・>と記したのは、既報したようにわれわれ50歳の盛んなる人、つまり盛人式が川口市では隔年開催され、昨年の11月07日に第5回の川口市盛人式が挙行された。今回は60歳の皆さんも対象とセットしたので、文字通り最近の20歳の成人式の様子を見ても、荒れる20代と称されたこのところの世の中で、われわれ50歳もしくは60歳と言う『節目』を迎えた盛んなる人たちが20代の荒れる人たちのお手本となるようにという趣旨から、ボランティアスタッフを広報で募り、昨年の春過ぎから盛人式実行委員会のメンバーが毎月1回の定例会議を組んで、時間をかけて企画を温め実行計画を練ってきたのだった。私も7月から実行委員会の仲間に入れていただき、当日には式典やコンサート運営の会場設定と来賓誘導の担当責任者として人生での初体験である純粋でかつ川口市という公共の組織のひとつに加えていただきながら、ボランティア活動を本格的に参加して成果を挙げてきたのが昨年だった。

2つのせいじんしき、つまり成人と盛人の実行委員会スタッフが交流と連携で、今回のはたちの成人式式典の運営のお手伝いをさせていただいたのだった。

さて、前置きはここまでにして・・・・


朝10時に私は車で川口駅西口の市営駐車場に車を置き、会場であるJR川口駅西口駅前の<川口西公園>と<川口総合文化センター「リリア」>の準備のテントに向かった。

私の今日の仕事の分掌は、新成人の皆さんが川口駅の西口の玄関であるペデデッキの出入り口にこられたときに、一般の人の流れは、上の写真のように左側にそびえたつ<リリア>方向に向かってしまうのが普通であることに対して、今回の新成人の皆さんの導線は、ま逆である出口から<右方向>に誘導して、川口西公園のデッキに設置している<受付のテント(記念品交換窓口)>まで移動していただいた上で、記念品を持って逆回りで「リリア」の式典会場へ行っていただくことから、西口のデッキ玄関口に私を含めた誘導スタッフに立ってもらい、直接「リリア」へ行かないように誘導するアナウンスをすることだった。

公共交通機関の駅前で誘導となると、肉声では持たないことはわかっていたから、私の町会の資源回収の小道具である(勿論私物ですが)ハンドマイクを持ち込んで、第1声をあげた。

スタートが10時半。

スタッフの仲間と10人ほどで、マイクと肉声とで誘導を始めた。
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これをみると、地元選出の国会議員の事務所のスタッフと間違えられそうだが、実行委員会のハッピの色と議員さんの事務所の旗の色がたまたま同じような色合いだから困惑は隠せなかったが・・・。

午前中の1時間半近く、マイクは男性スタッフの持ち回りで回したとはいえ、すでに声は枯れてきており、コメントの抑揚によっては声が裏返しになったり・・・。これを体験すると選挙戦を戦っている候補者の皆さんのはりのある声は半端な根性では出せないことがよくわかる。

そして、新成人の皆さんが結集してきた。式典開始が13時に対して、この画像の時刻は12時半を回っている。
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画像


一方、受付に戻ると、記念品の引渡しを受けた新成人が、その裏手で拍子木を持って待っている沢山のスタッフにおめでとうの拍子木を打ってもらい、式典会場に向かっていくことになる。

そこで、みんなそれぞれの晴れ着をまとっていても、そこは初々しい新成人20歳である。
スタッフに囲まれて、それだけでも照れ笑いをしていた若者が、拍子木を打たれてスタッフに<おめでとう!>と声をかけられると、どうしたらいいかという表情や仕草をしてその場を立ち去っていく。

でも、

でも、

ここで、それぞれの若者たち一人ひとりが20年間の間にどのように性格や態度で表現するかが微妙に違ってくる。
それも、微々たる表情の違いとはいえ、端で見ていると明らかなのだ。

照れ笑いをしながらも、祝福を受けてからにっこり笑って『ありがとうございます』と会釈までして立ち去っていく律儀な若者が5人中3人は固かった。

残りの2人分。

*表情一つ変えずに(喜怒哀楽表現を一切しないで、ただお地蔵さんになっているそのまま立ち去る若者(私はこのような人を<バカ者>と言う)

*照れ笑いや、お礼の表現であると思われる<無言の笑み>をして立ち去る若者。(これらの人たちは、どのような表現をしたらいいかすら理解できないし、理解しようともしないのだ)

*こんな若者も・・・。「記念品をもらいに来ながら<手荷物になるから要らないや>とつぶやいて立ち去った」
記念品は500円のクオカードと式典次第の薄いパンフだったような・・・。決して手荷物になる代物でもないし、500円と言えども人から戴くものに対して、自分の都合で受け取りを拒否する。人様の厚意をどう思っているのか?これが50000円の商品券なら拒否するのかと言う話。

 でも、中には男性6〜7名であったが、我々が彼らを拍子木をもって囲もうとすると、「いえいえ、きょうの成人式を作ってくれたスタッフの皆さんに、僕たちから逆にお礼の意味をこめて拍子木を打ちます」と言って拍子木を我々から取り上げて、逆にお礼のカチカチを鳴らしてもらった風景もあった。

 できすぎと言うか、体育会系のノリで施してもらった突然の出来事に、私は思わずにんまりしたのだった。

###############################################

グタグタと書いてしまったが、

わが川口の街の成人式では、事故も事件もなく無事に終わったと言うことは安堵した。

 でも、男性では乗りすぎた若者が、数人で輪になって樽酒を持ち上げてラッパ飲み。相変わらず後になって公園のベンチに横たわって青ざめた顔をしていたし、女性では、お化粧の仕方もわかっていなさそうな若者が、中途半端なお化粧をして、おまけにコートに手を隠そうとして?実際は隠していないのだが、どこで買ったか中華饅頭を食べながら会場に向かっていた。これが普段着で原宿や渋谷の街中を食いながら歩くことならまだファッションと諦めがつくのだが、晴れ姿をしている女性にもかかわらず、普段と同じように食い歩きを平気でしている。中華まんの配布(販売)モトを追跡したら、なんと川口市の消防関係者のブースだった。どんなプランニングをしたのか?想定できることだけに、関係者の常識感を知りたいです。

 そして、男女を問わず、川口駅も周辺は路上喫煙が条例で禁止され、喫煙はデッキ上の指定場所がセットされているのに、あちこちで男も女もだらだらとタバコを吸い、吸殻をその周辺に撒き散らしている。今日から成人としてという節目のイベント会場で法律すら守れない。警察関係者も上から目線で警戒態勢を取っていたようだが、注意や勧告くらいの指導ができなかったのかと思うと、警察関係者もあきれる。

 でも、スタッフ全員で盛り上げた式典業務。14時半にほぼ終了して記念撮影。

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 私が若者論を書き始めると嘆きを核としてグタグタダラダラと書いてしまうが、いつも言っているようにどうしようもない若者ばかりではないのだ。
 現に、5人中3人は好感が持てる若者たちだ、5人中3人はと言うことは半数以上がまともな若者であると言うことだ。日本は文化や教育の崩壊と嘆きの報道ばかりするマスコミだが、私から言わせるとまんざらでもない。

 メディアは、その事象の抽出方法によっては、一般大衆を扇動する力にもなる。それだけの大きくて重い責任を背負っていながら、最近のメディアはそれで大丈夫なのか?と言いたくなる局ばかり。

 私も、高感度抜群な若者にだって、スポットライトを当てたい。公平な報道がなされれば、大衆はそれなりの尺度で判断を下すことができるのだ。

 <赤信号、みんなで渡れば怖くない>と言った芸人がいて、一般のウケがよかったが、今の人は洒落と現実の見極めすら危なくなってきているので、きちんとした見極めができるような躾や教育がなされないと、子どもたちまで曲がったことも、単独行動でなければつまり集団でやれば<罪悪>すらも<善>に化けてしまう。

 学校の陰湿ないじめ問題がその典型的な事象だろう。

 学校の陰湿ないじめに耐えられずに、尊い命を自らの手で絶った子どもがいったい何人いることだろうか?ニュースで取り上げられたいじめによる自殺事件の犯人となった子どもたちのその後についての報道がなされただろうか?

 時間とともに風化されてしまうから、子どもたちは学習することすらするチャンスも奪われ、忘れた頃にまたまた陰湿ないじめが全国的に頻発し、またまた若い命が消されていく。いじめをすることは<罪>なんだ。いじめられた子どもも悲惨な毎日を送るだろうが、いじめた側も<罪>を犯したと言うことになれば、年齢に関係なく処罰(適切表現ではないが)され、場合によっては一生後悔とトラウマに悩まされると言うことまで追跡した報道がなされないのだろうか?

 そんなことを考えると、メディアもケースによっては犯罪者にもなりうるのだ。

###########

 おしまいに・・・。
 話しが飛びすぎていると言うおしかりも受けようだが、今日の成人式に参加させていただいて、荒れた成人式の世代の皆さんと直接会って話もさせていただいたが、

 世の中の若者はまんざら捨てたものではないのだ!と言うことで締めくくりたい。
 ワルばかりを取り上げて、若者の代名詞とするような風評を生む世の中では、まともに生きている若者の心も閉ざすことになるということを先人の人たちや組織で再認識すべきな時期に来ていると思う。
 CHENGEするべきなのは、政治の世界だけではない。


 *参考に、ゆとり教育提唱で削減されてどのようなゆとりが子どもたちに保障されたかは定かではないが、少なからず、小学校で日本の都道府県の地理の勉強で、日本地図から何県がどの位置にあると言う授業もされなくなったと聞いているし、中学校の英語では、ブロック体の表記方法は勉強しても、筆記体の習得は教科書もしくは少なからず授業では教えないことになったことを皆さんはご存知だろうか?
 そんなわけで、地域社会で英語表記をする際に筆記体でスラスラと書きとめても、今の若い人は(少なからず今年成人した皆さん未満の生徒さんには)読めないのだ。大学の講義でも英語表記は全てブロック体と聞いている。

 ゆとり教育で何を子どもたちは学んだか知らないが、基本的なことすら教育面での事業仕分けがなされていたのではないのか?極論だが、系統的学習の内容を削減する判断をしたのなら、せめて詰め込みの教育を復活せよとまでは言わない。<基本的な挨拶ができること><人の立場にたって物事が考えることができる>ことだけでも、カリキュラムでも学習指導要領でもいいから、第1条として、明記して欲しい。

 教壇に立っていた経験を持つ私からも、危機的状況になっているのは経済面政治面だけではない。子どもたちとりわけ皮肉だが、初等教育でなく中等教育以上に関わっている若者たちを取り巻く教育が荒れ果ててしまう寸前情況だと言うことを関係の各位の皆さんに再認識していただきたい。



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(#426)初仕事

2010/01/08 14:51
相変わらず食欲もなく、充分な睡眠がとれずで困惑した仕事始めだった。

本来は6日からの始動だったが、父の通院や身の回りの世話も含めて、実質今日の作業が仕事始めになった。

点々と下請け先から入荷した品物を次々に塗装して乾燥させる。
単純な仕事だが、私の担当である塗装作業だけに、本来昼食をとってからため息をついていたが、弟にわざとらしく思われないようにチマチマと塗装をしていた。

が・・・

品物を投げてしまったときの音で弟が現場に来て「アニキ、大丈夫なのか?」と聞いてきたので『大丈夫だ』と答えておいたが、実際のところ不調で休暇をもらっていた私でも、目の前に自分が担当する仕事があることを横目で見過ごすことは性格上できないのだ。

家に閉じこもって横になっていたいところだが、閉鎖的になると自分が崩れてしまうことを知っているので、あえて現場に急行して作業をしながら気分発散をしなくてはもたないのだ。

そして

今日の夕刻にやっと新宿の美容院のお兄ちゃんとアポが取れたので、18時半の予約で2ヶ月ぶりにヘアーカットをお願いできる。

ゆうとも新宿で待ち合わせをしたのだが、年明けでもモチベーションが下がったままなのだ。

久しぶりに心療内科の先生の所に行ってこようかとも思ったが、待合で待たされることが億劫なのだ。

せめてセルシン注射だけでも打ってもらうと気分が楽なのだが・・・。

もうひとつ、頭を痛めていることがある。

息子がおとといから親である私を避けていること。
わが息子は打たれ弱いというか、親がでかい声を上げて叱るだけで萎縮してしまう悪い癖がある。

友達のところに泊まってくるといって出かけたようだが、親の私には一言も言って出かけていないのだ。

片親と言うことで、ずいぶん息子には手を尽くしてきたが、もう今年で22歳になる息子だから、これからは放任で手をこまねくことはやめようと思った。

気を使いすぎるから身体を壊すんだよな。



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(#425)謹賀新年

2010/01/03 21:02
今年も明けて3日目が終ろうとしている。

世の中は、明日から仕事始め。やっと私を取り巻く周囲が動き始める。

私は年末年始が好きではない。
それは・・・
平常はタイトなスケジュールで振り回されて毎日を頑張っているけれど、年末年始になると周囲が殆ど止まってしまうので通常の動きになれてしまっている自分にとっては拍子抜け状態になり、緊張感も全て弛緩状態になるからいつもは体調を崩して寝込んだり・・・。

せめてお正月くらい、休みならば休養を取りたいものだが、私の場合はそうは行かない。

実家(本家)でもあるから、お客様が来られたら接待役に徹さなくてはならない。

これは長男である息子にも理解してもらいつないでいかなくてはならない。

今日は、送れて別れた前妻からも息子宛に年賀状が来た。

「ごめんね、ずっと気にしています。年賀状読んでくれると嬉しいです。今度2人で本を出しました。送っても良いかな?ひょこっと顔を見せにきてくれると・・・。号泣しちゃうかもね」とのこと。

確かに私にはもう縁がない人。息子には世界でたった一人の母親。

息子に届けて、「お母さんに頑張ってるよ」と手紙でも書いてあげなさいと伝えたが、息子は否定的。
確かに息子と私は家族に支えられながら、毎日を必死に生きている。

関係ないといっても、賀状の苗字は旧姓のままということは独身で仕事に謳歌していることを考えると、それなりの苦しみはあったといえども、息子と私に病気を寄せ付けて散々な思いをさせられたのに、今私は最高だといわんばかりの年賀状には気分を損ねている。

しかし、

前向きに動き出している我々親子だから、光が当たるまであと少し、急がないで進め!だ。





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(#424)大晦日前

2009/12/30 20:43
世間では2009年が黙っていても暮れようとしている。
不思議とレコード大賞や紅白歌合戦がオンエアされている時間帯は、玄関先を出ても目の前は幹線国道と言っても、静寂に包まれている年の暮れの恒例の現象だ。

今日、朝8時に一度起きたが、先の2日間のハードスケジュールからか、風邪を引き込んだような感じだったので、二度寝をして10時半まで眠った。

起きてから遅まきながら書斎に閉じこもり目を覚ますために色々とラジオテレビパソコンと情報収集をしていても、頭痛はガンガン、鼻水ズルズルで『今日の実家の大掃除はサボっちまおうか?』と決め込もうとしたら、息子との電話で(息子は実家で父と同居している)モアイちゃんは(モアイちゃんとは、私の弟の愛称)これからはじめようかといっているよとのことで、ちょうど買出しにいってくると言うことなので、いない間にゲリラ作戦でやっちまおう!と階下の実家へ行き、玄関先から食器洗いまで真剣勝負2時間半でこなした。

ちょうど父の病院へお見舞いに行きながら年越しと言うことで下着から全て着替えさせて洗濯をしてしまおうとして出かけようとしていたところにモアイは帰ってきた。妹も一緒だった。

最近特に、モアイは私のことを恐れながらもずいぶんと気遣いができるようになったが、妹は歳を重ねていくにしたがい、弟の嫁であってもじいヤン家の嫁としての献身的な行為は年々希薄になってきている。まして義父の実家の家事なども結婚当初は不自然でも毎日やってくれたが、自分の母をモアイ宅に引き込んでから、義父の実家で家事の手伝いをすることは年末年始のみとなった。

福島大学経済学部卒業のインテリだが、家庭的に過ごしてきていないらしく、実家との付き合いも献身的でないばかりか、勤務先のサービス残業のごとく事務的にこなせばさっさと帰ってしまう。まして小学校の卒業と言う時期に来ている甥っ子が挨拶ひとつできないような躾だ。息子に聞いてみると相変わらず小6の子どもがおかずを手づかみで食べている現状と言う。

まぁ、愚痴はここまでにして・・・。

父の病院にいくなり、看護師さんからご本人が一時外出の意向といい、すでに荷物はまとめてあると聞いた。
まるで子どもだ。

しかし、病状安定と言うことと検査も年明けと言うことで、私が一切の健康管理をすることで主治医に1月3日まで外出を許可してもらい、連れて帰ってきた。

そして、息子と3人でいつもの食堂(ラーメン屋さん)にいき、遅い食事を取って帰ってきた。

帰宅が18時半過ぎ。今日もゲリラ的に動き続けたためにぐったりだった。

でも、レコード大賞を書斎とリビングで音量を大きめにつけながら、脱衣所や洗濯場の大掃除と冷蔵庫の整理、洗い物洗濯と自宅でまたゲリラ戦法で遅まきながらの大掃除開始。

ところで

この2日間、ゆうが仕事納めにあたって、事務処理が膨大と言うことで先に仕事を終えた私が夜から改めて川崎まで車で迎えに行き、ゆうの自宅の市ヶ谷で下ろし、川口に帰ってくる鹿も23時近くに。

その途中で、いつも通過する駒込警察の隣の日本医師会会館前のイルミネーションがきれいだったので、思わずパチリと撮影。

今夜はその映像で締めくくる。

画像
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(#423)1日遅れのクリスマス

2009/12/27 07:24
おとといの夜8時から1時間、2回目の町内会の防犯パトロールに参加した。約3〜4キロのパトロールでしたが、結構寒空でも汗だくになり(病気か??)帰宅すると着替えないと風邪を引いてしまうのです。

おとといは、先日古紙回収のときに4トントラックを私が運転したときに、自動車好きの小学1年生がおじちゃんとのりたい!と言ってお話ししながら古紙回収をし、その坊やがお母さんとパトロール(火の用心!マッチ一本家事のモトの類です)にきてくれて、私に声をかけてくれたのだった。

このように、小さい子どもたちまで町会に出てきてくれるような環境を作っていきたいです。

さて、昨日は父の定期通院日と言うことで、胃腸科病院に一緒に車で出かけた。
父は少し前から腹痛を訴えていて、バイタルチェックを自宅で私がしたら、何日前から血便が出ると言う。

何で血便を出たときに俺を呼ばなかった?と注意したが、要するに素人でも便のどのあたりにどんな色の血便が出たかで症状の目安ができる。また、便をデジカメで撮影して医師に見せることで患者側からの情報提供できるというのが私の医師に対する礼儀や義務と思っていたからだ。
当然、主症状(主訴):SUBJECTIVEに加えて、自宅内BPなどのOBJECTIVE(客観的な測定値)の提供だけでも、カルテ作成の手助けにはなる。

結局、即入院と言うことで、年末年始は病院に預かっていただくことにした。

そんなこんなで、3回も病院に行き帰宅して、待っていたゆうと一緒にコンサートに行った。

#############################################
徳永英明、コンサートツアー2009 WE ALLだ。東京国際フォーラムホールAだ。
徳さんのコンサートツアー初日も毎年川口リリアメインホールで始まるので、ここのところ毎年ゆうと二人でリリアに行っているが、今年は最終日の前日の席が取れたということで、ゆうからプレゼントされたので、有楽町まで車で出かけた。

国際フォーラムは初めてだったが、ホールAの音響は今まで色々出かけた会場で一番音響設備がよい。

2階席の20列では、徳永さんが点に見えたが、目を凝らしてみると徳永さんの左手のアメジストの指環らしきものまで見えたのが佳かった。

彼は今年49歳。私と2歳年下だが、同年代と言うこととなんといっても声が美しいから、大好きだ。
もやもや病といういわば心の病を見事に克服して、ボーカリスト3部作からのアルバムもミリオンになるし、昨日とくさんがいっていましたが、紅白出場も3回までだと思っていたが、4回目も呼ばれたから頑張るとのことを言われていたくらいで、病気を克服して見事に大人の渋さやかっこよさを前面に出して活躍されているのが好きだ。

終ったのが100分くらいだったか?思わず口ずさんで国際フォーラムのイルミネーションのところで、ゆうが写真を撮ってよとのことだったので、パチリ。

今年の2ショットも通行人に撮影していただいた。

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来年も素晴らしい年にしたいですね。

心の相談室・・・心が苦しい人・毎日が辛い人・死にたくなった人、どんな些細なことでもお話を伺いますから、メッセージをお寄せください。24時間365日いつでもお話しを伺いますから、一人で悩まないで、話してみてくださいね。
現代病は複雑です。じいヤンが若い頃はそんな病気はありませんでしたから、現代の若い方は大変だと思います。
きっと力になれると思っていますので、秘密厳守で承ります。

新年を気分良く明るく迎えましょうね。
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(#422)仕事一段落とともに・・・。

2009/12/20 23:44
今年も鋳物工場にとっての最後の鉄の溶解日を迎えました。(吹きを止めるということで、フットメ(吹止め)と言います)

不況といって、ただならぬ経営環境を強いられてきましたが、どうにか今年中仕事をすることができました。
バブリーな時代に、ろくろく十分な休養もいただけないまま、ひたすら仕事に傾注してきましたが、そんな努力も非情であり、世界的な経済危機となると容赦なく仕事を失い、日々の生活も脅かされてしまうと言う環境です。

今、公務員の皆さんや政治家の皆さんの収入の面での見直しがされているようですが、汗を実際にかきながら、頑張ったことに対する報酬なら理解できますが、政治家の献金とか不正な収入を聞き、楽な生活をされていることを聞くと、苛立ちもピークに達しますよね。

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↑これは実重量2トン以上にもなる品物の湯いれ(鉄の溶けたものを型に流し込むこと)です。
左は社長の弟が右は熟練の会長である父の担当です。従来障害がなかった頃は専務の私が担当していました。
中央は、この大きな型を作った熟練の職長さんです。

現在の鋳物工場はキューポラではなく、電気で鉄を溶かす方式(電気炉)を採用されていますが、当社では時間にして2700キロの鉄を溶かすことができる現役のキューポラを稼動しており、このクラスはご当地でもわが社だけです。

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↑これは、溶かす鉄のモトとなる銑鉄・くず鉄・コークス・石灰石ほかの材料を毎回計測して、6〜7分ごとに1回の割合でキューポラに投入する作業場です。いわばこちらが目立ちにくく、だからと言ってここがなければ全てが成り立たないと言う重要なセクションであり、こちらが私のメインとなる仕事場です。もちろん、左手の指が動きませんから軍手や皮手ができず、右手のみ手袋をはめて重量のつく鉄の塊をひたすら投入し続けています。


私にとって右手は全てをつかさどるものですから、この作業を5時間近くも休憩なしに続けた晩は、キーボードもうてず、文字も書けずでその晩は何もできない夜になります。

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日本はものづくりの国ですよね。
どんな世界不況といえども、伝統的なものづくりがこれからも続けられるような政策を求めたいです。


さて、

この週末にやっと休息が取れました。

しかし・・・・。

気を許してしまったのか、両日とも持病の神経性胃腸炎の痛みが、普段ならゆうさんを迎えに行き自宅でのんびりとテレビやビデオを見ながら過ごしていると、簡単に痛みが消えていくことが殆どでしたが・・・

この週末の痛みは尋常な痛みでなく、クスリをいくつか服用したのですが全く効き目がない。
今日はゆうさんをリビングに置いたままで、ベッドにもぐって夕方まで起きることができなかった。

つまり

私には休暇というものがとってはいかんということらしい。
休暇という緊張をほぐせる時間を与えられると、今まで気力で乗り切ってきた症状がなかなか抜けずに、体の意識の世界に停留してしまうことがわかったのだった。

夜になり、宅急便のお兄ちゃんに定期便の発送の依頼をしたら、玄関先で・・・
お互いにクリスマスも正月もないよね。

みんなが楽しんだりしているときにこそ、我々は必死に仕事を続けている。

多かれ少なかれ、このような縁の下の力持ちが毎晩遅くまで頑張っているからこそ、みんなの生活が成り立つ。

私たちはこのような当たり前のことを支えてくださっている人に感謝の気持ちを忘れてはいないだろうか?

聖人君子のような話に聞こえるかもしれないが、実際に毎晩家で電気を使ったりガスを使ったりしているが、これらの供給が円滑にできるために深夜まで監視活動をしてくださっている人のおかげだ。

よく救急隊の要請にとんでもないことまで要請するから、本当に命に関わる患者さんが助からないと言う事実があるが、24時間365日定まらないシフトで待機してくださっているから我々は安心した生活ができる。
個人情報が不要に飛び交う世の中だから、隣との付き合いはしたくないと言う気持ちもわからんではないが、いざと言うときに助け合うことができるのは近所のコミュニティーではないだろうか・

また、最近の人はコミュニケーション能力が極端に落ちているから、何かを頼むときに自分はどう話したらいいかがわからないようだ。若者だけでない。いい年よりも自分は若い頃努力してきたから今は何事も許されて当たり前と言う精神の持ち主がいかに多いことか。

感謝する気持ち。

この人間として当たり前のことが、今の世の中では通用しない。これは問題だ。

私も、様々な人からの依頼ごとを、できる範囲でお手伝いさせていただいているが、なぜそれまで自分を酷使してでも頑張るのかと言うと、お手伝いのあとで『ありがとう』と言う一言と笑顔が見られるためだけなのだ。

来年も今年以上に人の為に何かできれば・・・。
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(#421)ダイエットしているわけではないのに・・・。

2009/12/14 14:41
前回の記事にあったように、お弔いを金曜と土曜に済ませて、お世話になった近所のオヤジさんを見送ってから、盛人式実行委員会の定例会議と忘年会を済ませて帰ってきたじいヤンでした。

定例スタッフ会議は、毎月の第2土曜日の18時から20時の枠で開催されるが、私が担当させていただいている地元の町内会の衛生部の定例活動である<公園と町内会館清掃と古紙回収>の日を毎月第2日曜日に控えていることに対して、私が当時の衛生部長から副衛生部長拝命のお話を承った時から、副部長として何か新しいことを始めようと提案したのが、<当日朝に町内会を車にスピーカーを積んで広報活動>を前任の町会長が(何と色気がない私の肉声のみのカセットを流して)町内を巡回されていたのだったが、その当時の町会長は、肝心な清掃活動や古紙回収になると、自分の家に戻ってしまい、終わるころになるとのこのこやってきて、配っているお弁当が余ると「孫が来ているので弁当もらっていっていいかな」と弁当だけ受け取りさっさと帰ってしまうという<兵:つわもの>だった。

先般、愚痴らせていただいた日記にも書いたように、今そんなことをしでかし様なものなら、どんな批判が飛ぶかわからない。

要するに、目立つ所だけ出てきて、汗を流すところには雲隠れする不届き者の町会長だった。
(わたしは、個人的に許せないということから、常に町会長の逸脱行為には監視の目を光らせていたのだが)

そんな自己顕示欲抜群の前任の町会長をそのままにしていられなかったので、

新たにパートナーのゆうさんにアナウンスを担当してもらい、私も合間にやくざ調にアナウンスをして、バックに音楽を取り入れた新しいメディアでの放送と、今まで資源回収等の活動の裏方をさせていただいてきたときからのデータに基づき、

副部長就任と同時に、資源回収等の活動全般にわたっての事務局機能の分野の仕事全般を任されたことから、
*これからの町内会のメインイベントである回収活動等の周知徹底に努めて、少しでも次世代を担っていただく若い皆さんを一人でも多く参加していただくために、広報活動の強化に手をつけたのだった。

それには、
従来当日である日曜日の7時半~8時あたりにスタートした広報に加えて、
前日の土曜日の夕方もしくは早めの夜に、事前に放送活動を新設する提案をした。

始めた当時は、
 放送時間が、土曜19時半からの40分間と日曜朝7時半からの40分間で、特に日曜の朝の放送にはうるさいという意見もあったが・・・。
 紆余曲折しながら、試行錯誤を繰り返して今年2年目を終わろうとしているが、今ではすっかり定着して、巡回していくと町内会の何箇所かで町会の一部の皆さんが私の車を出迎えてくださり、ご苦労さまと声をかけてくださる皆さんが増えている。

しかし、
 この8月にあった一部の私利私欲を貪っている連中の妨害もあるのか?参加人数が増えるのでなく、ここのところ寒くなってきていることから、参加者が何割か減ってきているという残念な結果になっているが、一方で毎回担当の当番でもなく、また衛生部員でもないのに、皆勤賞で常連として参加してくださっているみなさんの定着化に加えて、毎回入れ替えとか交替で、若い女性の参加が目立ち始めてきていることは朗報だと思う。

また、
今までは25名ほど集まって、古紙回収をしていたのが、現在は18名前後だが、少数精鋭というか効率化というか、18名でも十分に今迄に劣らない効率で同じ所要時間内で今まで以上の収集量をこなすことができているという実績も定着している。

私も、日曜に限ると、朝7時に自家用車とトラックの2台にの準備をして、7時15分に広報活動の発着点にスタンバイして8時過ぎまで放送し、最近では私が業者でお借りする4トンのロングトラックの運転をしているので、そのまま業者さんに車を乗り付けて、トラックに乗り換え公園前まで用意して9時前。運転を担当しながら、4台のトラックの回収量に応じて順次業者に搬入してまた町内に戻らせる指示体系を出すのも私で、休憩場所で飲み物を配ったり、途中で帰る人にお弁当を配ることやもしくは部長に担っていただくための準備は私がし、私も運転だけでなく集積場につけば運転から積み込みに加担して業者へ。

業者につけば、今度は経理担当で、現金収入分の受領と部門ごとの売り上げ単価と重量の確認と伝票管理(市に助成金を申請するための事務処理のため)までこなしてから公園前に帰ってくる。

帰ってくれば、諸先輩とともに後片付けと、帰宅したら次月号の町会の広報紙に参加者名簿と収益明細などを報告して終了するのが正午近くになる。

この事務の担当の前任者と、当日の活動の指示系統のまとめ役すべてが私の仕事だから、こんな日は、左手の指が障害者なんて言っていられない。
これは、本業の鋳物の工場の仕事についても同じであり、不況と従業員の体調から2名の従業員にお辞めいただいたことから、雑役のほとんどが自分に降りかかってくることから・・・

<いかに短時間に一人でたくさんの仕事をこなしていくことができるか>が私に課せられた課題だと思って動いているために、本題に近づくが、<食事をとる時間ももったいない状況>なのだ。

仕事などで、汗だくになって、お昼休みに食事に自宅に帰って食事をとると、<一度休憩してしまうと復帰できなくなるだけでなく、満腹になると必ず強い睡魔が襲ってくるために、運転を伴う仕事が多いので、支障が出てくるのだ>というのが食事抜きの理由だ。

確か、夏前の体重は100キロちょっとだった。・・・・・が、
昨日、資源回収から帰宅して、入浴した後で体重計に乗ったら、

予想通り、85キロを切るどころか、82キロまで減量できていた。

夏前から20キロのダイエットということになる。

1~2年前までは、マックスで125キロあったのが、糖尿病対策で20キロの減量に成功し、ウェストも最高で130センチだったのが、今年のお正月の時点で110センチ。現在は100センチのパンツでもベルトのバックル部分でゲンコツが1個分雄にはいるほどになっている。

<食事をする時間や余裕がないので、1日1食半程度で、1回の食事でもラーメン1杯が完食できず>といった現実が、このような減量の結果につながっている。

#########################################

今の私を冷静に見つめていると・・・

 時間を効率的にいかに使うかということを考えて行動しないと、タスクばかり堆積してしまい、混乱を生じてしまうことから、人から頼まれたことの対応でも、1日24時間から休息時間を差し引いてから行動別に時間の分類をし、目の前にあることからできることからでいいから、こなすときは途中で投げ出さないで徹底的に完了までは書斎を離れないとか、現場だったら一人でいかに同時に2~3人分の仕事をこなすかを頭で考えながら一気に動いてしまうことが肝心と心得たのだった。

 ですから一度動き始めたら立ち止りは厳禁。私のライフサイクルに晩酌の時間はありえないことから、終業時刻から長時間の延長戦でも一向にお構いなしなのだ。だから、下手をすると1日の最初の食事が夜遅くになることもある。

 それでも、フラフラしながらでも一気に突っ走る快感が、51になった自分にとってはこの上ないものとなっている。
現場主義を掲げている私だから、夜の対応でも相手が構わないのなら、現場仕事を終えてから車に乗りさえすれば、基本的にどこでも飛んでいくことはできる。

 しか〜し、

 ホッとできる時間が最近ではゆとりをもったセミダブルのベッドの上ということになる。だから、ある意味で興奮収まらない一日の動きから解放されてからニュートラルポジションである精神状態に戻さなくては、誰でも理解できるように十分な睡眠を得られるような時間は送れない。だからベッドインしても、睡眠に入れる時間まで3〜4時間もかかる時も少なくない。そんな時には気がつけば朝になっているから、実質の睡眠時間が2時間を切ることも十分にあり得るのだ。

 でも、年末年始を目前にして、疲れが十分な睡眠をとっても抜けない状況から脱出できないこの頃。
ここで、体調管理を見直さないと、寝込んでしまう恐れも禁じえないことが自分でもよくわかる。
 私には、もちろん一人息子や、父親がいる。パートナーとしてのゆうさんやゆうさんにもお兄ちゃんとお姉ちゃんがいる。自分には最低でもこの5人のためにも、倒れこむことは許されないことだし、倒れることで迷惑をかけることは私の考えにない。それは恰好つけているのでなく、今までこの5人に多大な迷惑をかけたり心配をさせていたことがあるから、恩返しの意味でも倒れることだけはしたくないし、してはいけないことだと思っているのだ。(古いかな?)

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 この年末年始の大掃除にあたって、自分で自宅を改造しようと思っていることがあり、

それは

 ある意味で独り暮らしということから、自宅のダイニングや応接のスペース、私の書斎部分を、友人が気軽に立ち寄れる私的なパートナーステーションに改造したいと思っているのだ。

 気持ちを許せる仲間だったら男女年齢を問わず、気軽に立ち寄っていただき、お茶したいならセルフでコーヒーやお茶を沸かして飲みながら語り合ったり、事務的な作業や打ち合わせをするのなら、私の書斎を開放して、事務機器や事務用品も自由に使えるようにしつつあるから、パソコンも含めて必要な人が必要に応じて使えるようなスペースを作りたいと思っている。もちろん消耗品は皆で持ち寄りが原則だが。

 一人息子が幼稚園時代も、我が家が集会場になっていたので、おもちゃだけでなく、お絵かき用品なども一か所にまとめて自由に使えるようにしておき、おかたづけも友達一人ひとりが責任をもってするというルールも敷いていた。

最近では、一回り以上先輩の男性が、遊びに行っていいかい?と尋ねてくるケースもあり、昔を思い出して改造しようと思ったのだ。

 病気がちでひきこもっていた時代から脱出できたのも皆さんのおかげ。だから今の元気なわたしに変えてくださった仲間の皆さんと語り合えるスペースを作っていきたいと思っている。

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(#420)またまた慌ただしくなってきた。

2009/12/10 20:54
今日は、パートナーのゆうさんのお父様の命日。

実は昨日のうちに、千葉県南部まで事前にお墓参りをさせていただいた。

実は昨日墓参の途中で弟社長から電話が入り、近所のお付き合いが深い(お得意さんでもある)家の89歳のお父様が逝去されたとのことだった。

最近に年末になると決まってお別れがある。

急いで墓参から帰ってきて事務所で弟と合流して詳細を聞いた。

金曜日通夜で、土曜日告別式とのこと。

金曜日は、午前中工業病院の定例通院に加え、午後一番でNHKの受信渉外担当が、修理に来てくれる。

そして夕方には従業員を乗せてお寺さんに向かい、連れて帰ってくる格好。

土曜日は10時からの告別式に参列と同時に父の運転手になり、
戸田市の火葬場にとなると帰ってきて初七日となると帰宅は3時頃か?

そして、18時からは盛人式実行委員会の定例会議と
途中19時から1時間抜けて、町会の翌日曜日の資源回収の広報をして回り、
20時過ぎに川口駅前の居酒屋で合流して盛人式のメンバーの忘年会だ。

また、日曜日は朝7時に広報をしてから公園清掃と資源回収のトラック運転と事務処理担当。

それが終わると、また通常の平日シフトになる。

またまた、週末が飛んでしまう。

明日の夕刻までに故人への般若心経の写経もさせていただかなくては・・・。

ここのところ、先週の仕事繁忙とは別に、個人的に動かせていただく(友人の難病疾患の装着具の公費負担申請など)ことが多々あり、朝食はいつもお茶かコーヒーで目を覚ます程度で、昼食も眠くなることや時間がないことから摂取できず、夕飯は疲れ切ってベッド直行が多いので、ほとんど満足に取れないので、確実にダイエットしていることになる(苦笑)

年末になると、それなりの忙しさが付きまとうことから、

平静になるのは、元旦からの三が日くらいか?

みなさん、年賀状はお早めに。
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(#419)私の周りには・・・。

2009/12/07 00:57
あわただしかった一週間が終わり週末を迎えたところだったが、そのだいじな週末もいつものように色々と動いてしまったら、またまた十分な休養も取れずに終ってしまった。

今日も、父の家に行き仏間の世話をしていたら、仕事の虫がうなってきて、全ての部屋のゴミ箱のゴミをまとめ、父のリビングの座席周辺を片付け、トイレの掃除に汗を流し、おしまいに洗濯物がたまっていたので弟の作業着も含めて洗濯じいさんに・・・。

父から酎ハイの注文があったので、お酒が飲めない私がお酒を調達。

昼ごはんを近くのおばあちゃんの食堂に行き、悦子姉さんに作ってもらい食したが、やはりカツどん一人前もやっとの思いで食べ、まずいことに食後になって突然睡魔が襲ってきた。

この睡魔はとても厄介なので、いつも仕事中は昼食を控えているのだが。(運転を伴うので)

また

今度の日曜日は、息子の公認会計士試験の本番だ。
親として、食事の面倒は徹底してやりたい。
買い物のついでに食材も買い・・・帰宅。

が・・・が・・・

睡魔とともに、熱もないのに持病のストレス性の胃腸炎の痛みとともに、全身が痛烈な倦怠感に襲われた。

まずいな・・・・
まずいよ・・・・

息子にメールを入れて、いつ帰るか?ご飯はいるのか?答えを待ち、ベッドに布団を大胆に巻いて震えるように寝た

そんな時にいつも余計な電話が入る・・
*父から迎えに来てコール(食堂からだろう、でも悦子ちゃんにメールで寝ている旨を伝えて断った)
*公園墓地の宣伝(そんなのいらねぇ、だいたいどこから調べたのか?)

悶々としながら、息子の帰宅が21時前とのことで、目覚ましを20時20分にかけて寝た。すでに時刻は18時を回っていた。

そして無残にも目覚ましが鳴り、ベルを止めたが正直辛かった。
そんな時に限って、息子が予定よりも30分早く帰宅。

ベッドの頭で足跡がゴトンと(息子は優しい子だから父が寝ていると無理に起こそうとはしない、ゴトンだけで十分だと言うことを知っている)

ここは息子も直前で早朝から大学で頑張ってきていることから、頑張れオヤジ!で飛び起きてリビングに向かう。

今日は息子の大好物の麻婆豆腐。

ご飯は就寝前に1合半を炊いておいたので、ここから短時間のオトコの料理開始。
お豆腐をさいの目に切り、器に盛ったものを息子に電子レンジで4分ほどチンしてくれと頼んでいる間に麻婆豆腐の下ごしらえ完了させ、息子からお豆腐を受け取り合わせるのだが・・・・

たあ(息子の愛称)、なんでお豆腐を予めチンするか覚えているか?
うん、お豆腐に含まれている水分を搾り出すためだよね。

よく覚えていたよね。
焼きそばを作るときにも、麺を袋から出さないで、やはり4分ほどチンすると麺がほぐれやすくなりから覚えておくんだよ。これからの時代は男の子も基本的な調理はできないといけないしね。

コンナ会話を交わしているうちに、10分ほどで料理完成。

1合半のご飯の殆どが息子のお腹に・・・・。

あとは、シンク周辺の片付け。
私は左手の指が不自由なので洗剤では丸いお皿が洗えなかったので、離婚直後から食器洗い乾燥機は買っておいたので、水洗いしたら食器洗い機にセットしてボタンを押すだけにしてあるが、リハビリを兼ねて丸いものも少しづつ手洗いをしているが、息子の前で見えるようにやるようにしていた。黙して語らず精神がここにある。

かたづけも10分ゲーム。

息子は階下の父の家に帰ったのが22時ごろ。
ほんの1時間半だが、これだけでも十分な心のスキンシップができている。

2回目の会計士挑戦。日商簿記は1級まで大学2年までに取得できているので、頑張った息子に今度こそ1次試験は合格させてあげたい。

**************************
さて、最近の日記でも、若い人から弟のように40代半ばまで、ため息の出るような人で溢れているとよく愚痴を書いているが、今夜は今時には珍しい30代の女性のお話。

彼女の名前は<ジュンちゃん>と言い、30代前半の美容師の先生。
私が小学校勤務時代に、私の教室にお姉ちゃんがいることから、当時1年生だったジュンちゃんが遊びに来てくれていたのだが、あるサイトをきっかけに、私のことを覚えていてくださって探してくださったことから、先般突然メールをくださった。

それから、直接の教え子ではなかったけれど、やり取りをさせていただくようになり、ジュンちゃんからメールを戴くようになり、戴くたびに恐縮すると言うか、今どきの若いレディーでこのように礼儀正しく、素直で、思いやりのある人が痛んだと感心させられる。

敬語の使い方や、メールにも品位が感じられるような、決して自分をひけらかすことがなく、年上を常に敬い、文面のおしまいに必ず自分のフルネームを記載している。確かに携帯のメールでは記名しなくとも発信者データで相手はわかるものだが、私も自分発信のメールの末尾にはわかっていても手紙には変わりないということから、自分の名前は記入しているのだったが、私のメールはくどくどしいとか長文過ぎるとか批判があるのだが、その体裁を見事に踏襲しているメールをくださるのはジュンちゃんが初めてだった。

先日も『先生お元気ですか?今日もお仕事ご苦労様です』常に相手を気遣うことを忘れない。
『今日は同じ年代で同業者の人と話す機会があり、その人から新鮮なためになる話しを戴いたので嬉しかったところが、相手は上から目線で話すことから、私も腹が立ってくる思いをしていたのです』と話してくれたので、私からは、常にポジティブシンキングで、嫌に思えたらどうすれば自分のためになるかを考えてみましょう。人と接するときは常に「ありがたいです。嬉しいです。感謝します」というように<常に明るく悩まないで、思いやりたっぷりと>生きていけば必ず同じ波動の友達と遭遇できるからね。とえらそうなことを伝えたが・・・

ジュンちゃんの返信には『先生、ありがとうございます。私の理想は大人としての常識は持っていたいと思いますが、世間の常識だけにとらわれることのない感受性豊かな人間になりたいです。そのためにもたくさんのチャレンジや経験、人とのふれあいは大切にするべきですね。先生に話を聞いていただけてよかったと思います』としたためてありました。

このような律儀でかつ素直に自分を見つめることができる若いレディーもいると言う感激。

たくさんの引き出しを持ちたいともジュンちゃんのメールにはありました。

私には、たった2年間しか教壇にたった経験はありませんが、直接の教え子でない子どもたちまで逆に私のことを見つめてくれています。

一時病気になり、全てがいやになった自分が自殺企図を持って未遂に終わったと言う経験がありますが、そんな経験から立ち直り、今は人が変わったように人のため息子のため自分のためと忙しく動かしていただいていますが、どんな人でも辛かった時期はあります。

私のブログつながりで、やはり20代の見知らぬ男性や女性が4〜5名ほど、私にメールをくださって、こころの病気の相談を寄せてくださっていますが、こんな私のつたない経験から生まれた理屈でも差し上げて元気になってくださればいいと思って、時間の合間にお答えを発信させていただいています。

人生半分を過ぎました。

こんな私でも、波乱な人生と言えどもどうにか平均的には生きてこられた。
両親には、人一倍迷惑をかけていたかもしれない。

でも
私だってバカではないので、特に祖父母や両親に厳しくしつけられた躾や教えを、忠実に近い形で自分のものとして実践を積んでいるつもり、その厳しい躾を形は変えて現代の人向けに(息子のことですが)咀嚼して伝えてきているのですが、

息子は息子で、親ばかですがどうにか親の背中を見てきていてくれたり、今回強調したいのは

直接の小学4年生の優ちゃんというおねえちゃんを教えてきた私でしたが、その私が担任させてもらったクラス教室に遊びに来てくれていた1年生のジュンちゃんが、なぜかじいヤン先生のクラスの学級通信は「きのこ』と言う名前でしたよねとか、おねえちゃんからよくじいヤン先生のクラスでの出来事について話してもらっていたと伝えられて、
学業優先だけでなく、今のようにいじめの問題は一切聞くことができなかった私のクラスで、私が一番重視していた<子どもとして小さいうちから覚えて習得しなければならない心の問題>を親御さんを絡めて実践させていただいたものが、30年近く経過してでも、生きていたと言うことに、涙が出てくるくらい嬉しい便りだったこと。

金八先生をよく批判する人も少なくないと聞いているが、私が初めて教壇に立った時にはすでに武田金八先生はデビューしていて、赴任した中学校に向かって歩いていたときは、そのあとのさとう宗幸扮する2年B組仙八先生の時代だった。同い年の宮崎美子さんが登場したときだった。

中学校でも、社会科と言う授業は敬遠される第1位の科目だった。
暗記科目の典型的な科目だったからだ。

当時も私なりに辛かった浪人時代の経験を生かした授業を展開し、暗記科目と言う概念を払拭することから始めたが、当時も高校受験という厳しい現実はぬぐえなかったことから、中学1年の地理の授業から、生徒が導入しやすい樹儀容を心がけただけでなく、並行して即受験にも通用する内容の授業を展開してきた。当時の教務主任で県内でも屈指の社会科のベテランの先輩の教師から、じいヤン先生は受験を意識した授業をされていますねといわば潰されそうになったこともあったのですが、受験戦争は否定できませんから、私は意識して授業展開をしていますと突っぱねたものだった。

その先生は、私も2年生の歴史をその先生と他にもう一人の先生と3人で8クラスを分担して授業していたが、何と歴史人物についてのグループ学習と言うお決まりの授業をされていたようだったが、

私は、グループ学習だけは決まっていたとしても絶対に採用しないと言うスタンスは曲げなかった。

なぜか?

歴史のことを理解できる子どもなら進んで勉強して発表や大きな紙にマジックで資料を作り参加できるが、歴史自体が全くわからない子どもにとって、その単元のグループ学習の時間はまさに地獄のはずだと言うことを自分の体験上痛いほど知っていたからだ。

いくら県内で屈指の先生かもしれない、教員免許も優秀な成績で取得したかもしれない・・・

でも
机上の空論に近いような授業計画を立案するのなら、まして公立の学校だから、子どもの現状を積極的に理解して、実情にあった授業展開をほのめかすのが子どもたちは求めている教師像だと私は思っていたから・・。

担当したクラスにも、歴史が全くわからなかった私が浪人時代の1年間とある予備校の先生に密着して受験に通用するメソッドを習得できて、今度は歴史で教壇に立っている。私は大学時代に母に授業料を出してもらい、代々木ゼミナールに生徒として潜入して、受験勉強としてではなく、<実際に教員としての歴史の授業を進めるための話術>を習得するべく、大学の授業が終ってから代々木まで通ったものが実際に生きている。

辛酸をなめた経験の持ち主である経験が多いほど、子どもたちの心情をくすぐるような授業ができると信じていた。
今もそうだ。

次に赴任を要請されたのが、小学校だった。

私の教員免許は中学1種と高校1種だったが、県教委で赴任する学校長からの要請があると<小学校臨時免許状>が交付されるとのことで、私にとっては未知の領域だったが、新天地に赴いた。

そこで知り合ったのが、ジュンちゃんのお姉ちゃん。

小学校での一番大事にしなければいけないと思ったものが、
<系統的学習>の前に、<人間形成教育>だったことから

大学時代で勉強した人間形成と人格形成を使って学級経営をしてきた。

朝会ったら『おはようございます』と言う元気な挨拶からはじめた。

また、学校で何があったかを保護者の人にいかに伝えていくか?がだいじなことだと考えて、学級通信を日刊で発行した。今で言うのなら、ほぼ日刊イトイ新聞と言う糸井重里さんと同じであろうか?

学級通信には、半分は担任からのお知らせに加えて、半分を学級の日々の出来事(実は学級日誌のタイトルも<日々の出来事>と改称して子どもたちに自由に書かせたのだが)と児童の紹介文を書き込んだ。

学校での子どもたちの動きとが保護者に鮮明に伝わる。そうすれば子どもから家庭で話しがあっても保護者が概要を知っていたら、はなしに弾みがつくと言うものだ。
だれだれちゃんが麻疹でお休みとなれば、そのこともあえて掲載した。そしてだれだれちゃんは学校に来たくても来られないんだけれど、そんな時にクラスのみんなはどうしたらいいだろう?と言葉を投げれば、必然的に「先生、みんなでお見舞いのお手紙を書こうよ」とお決まりの言葉が終わりの会で飛び出す。ここまでくれば教師は要らない。

学級委員が原稿用紙をまとめてくれる。
誰がお見舞いの手紙を届けたらいい?と聞くと、僕が!私が!と争いのなるほど。

そして、元気になったタンチ君(彼の愛称)は、休む前には引っ込み思案でろくろく笑顔も見せてくれなかったのが、人が変わったように元気になり、みんなの輪で楽しく飛び回っていた。

今の教師は大変だ。

学級経営すらできない状況らしい。

となると、私は教え子や保護者の方に守られたのかも知れない。

勿論、私に批判的な人もいたことだろう。

そんなクラスに1年生と言えども、何度も遊びに来てくれたのがジュンちゃんだった。

今も、10人足らずの教え子とは交信しているが、
その子どもたちが大人になった今、

決して格好いい先輩ではないけれど、
よしにせよあしきにせよ
こんな生き方をしている<歳を重ねている先生>が生きていることが見本になれればこの上ない。

そんないま、

12月7日になった。

今日は、偉大な父の喜寿のお祝いの日。

さっき、息子と連名で手紙を添えたプレゼントを持たせた。

77歳になっても、

まず生きていてくれること。
毎日、一人とはいえ、朝の犬の散歩からはじめ、毎日のように近くのおばあちゃんの食堂に食事や晩酌に一人で歩いて出かけていることだけでも、息子としてはありがたい。

父へのメッセージカードに
『平凡な毎日でも、平凡にいつもと同じように過ごすことが、つまらないかもしれないが、一番の長生きの秘訣だと思うよ』と書き記した。


自分も、どこまで頑張れるか未知数だけど、
力尽きるまでは人の助けを借りないで頑張ってみようと思う。

喫煙者だから、肺がんのリスクは理解しているが、
息子にも、肺がんが見つかって余命宣告があっても、治療はしないで人生を全うしたいと伝えてある。

母のときも卵巣がんだったが、余命3ヶ月でも、治療と看病した父と弟は必死で、お金もかけたが結局は見送った。
がん治療は高額な治療費にもかかわらず、命は保証されない。

私は息子にそんな負担をかけさせたくないのだ。

だから、

人生残り半分。

後世のみんなに受け継いでくれるようなネタをしっかり残そうと思う。

また長くなってしまった。

ジュンちゃんに感謝の気持ちを伝えたくて、このような日記を書きました。

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(#418)師走にはいり・・・。

2009/12/03 17:33
今年もとうとう1ヶ月を切った。

年末年始というと、仕事場の清掃と営業車のトラックの清掃、フォークリフトやショベルローダーの清掃とあわただしい。おまけに実家である父と息子の家でもチマチマと片付けていかねばならない。

思えば、おととしあたりからこのような年末一連の清掃活動ができるようになってくるまでは、病気がちでろくろく自宅から外に出られずに、家族一族での共同作業ですらできなくて精神的にひもじい思いで年末年始を暮らしてきた。

昨日就寝前に、仕事が終った脱力感でいわば惰性で12月のカレンダーを開いて今月のスケジュールを書き込んでみた。

11月に開催した川口市の主催の<盛人式>の実行委員会で、大晦日にカウントダウンパーティーを開くと言うことでその準備などの打ち合わせと忘年会と言うことで大晦日までと新年早々今度ははたちの集いの実行委員会のメンバーのお手伝いも絡んで、1月11日までは結構忙しいことになる。

一方、今年度の首都高速道路株式会社のモニターとしてのアンケート・意見原稿の作成や新規開設される『大橋ジャンクションの見学会』などの原稿作成や、

勿論地元に町内会も年末の行事で、冬の防犯パトロールにも参加しなくてはならないし、恒例の古紙回収の助成金の申請書提出が12月中にもなっている。

11月から12月の第1週まではおかげさまで本業にも振り回された格好で、とても充実した毎日なので、せめて年末年始くらい休養が取れればいいのだが・・・。

また、実の弟がこのような繁忙期にピントがずれた行動をし放題なので、堪忍袋の緒が切れそうになっているのも事実なのだが・・・、42にもなると言い聞かせて行動が改善される可能性は極端に少なくなるだけに、黙して語らず精神で貫いているのだが・・・。

12月1日から、朝8時に羽田の加工工場の社長さんとの約束で朝一番に荷物を届けるために、朝6時前からトラックに乗って出かけ、午後に帰社してから、医療センターに採血とCT/XR撮影に行き、2日は今度は午前中に診察を受け、とんぼ返りに帰社したとたんに乗用車からフォークリフトに乗り換え、品物を積み込み今度は夕方までに羽田の社長さんのところにお届けする約束で動いているのでした。

ところが・・・・

11月中から弟に紙に12月の当初の予定を書いたものを渡して、1日と2日に出張するとなると、4日の別の出荷までに残りの品物に塗装する時間がないので手伝って欲しいと書いておいたのに・・・

2日のお昼に帰社したら、トラックの荷台には弟社長が運んできた品物が載せたまま、おまけに「アニキ、午後から塗装に回ってもらえる?」と平然と聞いてきたので『今日は羽田の社長に届けると言っておいただろ?」と苦言。

やっと納品書をかいてきた弟。

そして、

納品が終わり、帰社したのは、19時を回っており、途中で父と電話をしたときには『妹が塗っていたみたいだ』と聞いていたので半分期待して帰ったら・・・

並べてあった一部の品物に塗料が転々とついていただけ。
転々と言うのは、きちんと塗りのこしがないようにきれいに塗ってあるのならわかるが、私が節約するために丁寧に使っていた刷毛をほったらかして、気がつくとすぐに新しい刷毛を使った割には、ハゲだらけ。

<中途半端に塗るなら、塗らないほうがましだ>

この時点で私は完全にきれたのだったが、

ここのところ、仕事は戴いている状況のときは徹底的に効率的に集中してこなさねばと言うのが私のモットーなので、体力や気力だけでなく、ここのところ限界を超えた部分で頑張っているので、ある意味で<意地>でこなしていただけに・・・

ジャケットとパンツを作業服に着替えて、19時過ぎから朝からろくろく飯も食う時間もなかったと言えども、工場内で眠っている塗装する品物を全て出してきて、21時過ぎまでかかって一人で黙々と塗り捲った。

一人息子が現場にやってきて「お父さんお疲れさん」とねぎらいにきてくれたので、一緒に飯でも食いに行こうかと作業服で腕にペンキをつけたままカレーショップに車を出した。

そして今日。

朝7時に玄関を開けたら雨模様と気温が低く寒かったので、やはり昨夜のうちに塗装して正解だと思った。
塗ることはできても雨では分離してしまうのと乾きが悪いことを熟知していたし、例え今日雨の中で塗装したとしても、いいところ独り占めの弟が、雨で寒くなれば事務所に引きこもり事務仕事とパソコン操作で現場に手伝いにすら来ないだろう。私が寒い思いをして一人で頑張る必要はないと思ったからだ。

午前中11時くらいまで書斎でこなさねばならない執筆に取り組んでいたら、ふと外に出てみても弟が昨日遅くまでかかって塗装した品物を見て4日の出荷の準備すらしないで、現場を見に行った私と現場で出会うこともなかった。

普通、朝出勤して品物ができていれば、内戦電話一本で「アニキ昨日はお疲れ様、助かったよ」の一言がある気遣いがあれば世の中従業員ともシックに行くのだが、弟は夕方までとうとうねぎらいの電話もなければ、夕方かけてきた電話での第1声が「アニキの家の内線電話外れてない?」からで、次に「アニキ、昨日は何時まで仕事してたの?」『21時半くらいまでだ。だいたい今日までやらなかったら出荷に間に合わないし、雨だと乾かないだろ』と言うと、やっと小声で「ご苦労さん、でも兄貴は出荷しない会社の品物までペンキをつけていたから(たまたまペンキだらけのゴム手袋が品物に触れて塗料がついたものなのだが)ちょっとアツクなってさ」と言うからこれまたカチンときて


「あ〜それは悪かったな」と伝えて電話を切ったあとで、

たまたま外線対応になった弟の携帯にメールで・・・

<ペンキをつけたのは悪かったが、俺もな、昨日からかなりイライラしていて、どうしようかと思ったが俺はあえて黙っていただけだ。それよりも、ひとつ暗くてぬれなかった品物の手直しはやってくれ>と書き込んでほっておいた。

でも

でも

ペンキをつけてしまった品物を気にして、雨にぬれながらも改めて現場に直行し、シンナーをたっぷり含ませたタオルを用意してその品物のペンキを落として帰ってきたが・・・

夜帰ってきたために、納品書などはトラックに乗せてあるから引き取ってくれよと伝えたものが、とうとう夕方17時近くになっても引き取ることはなかったのだ。

このような弟だから、日頃従業員の近くに弟社長がいても、従業員は何かを頼むのに社長でなく専務の私をわざわざ頼ってくるのだ。

*****************************

私は、常日頃から息子に躾として、

人から物を戴いたら、どんなに忙しくともそのままにせずに、自分の部屋に持っていくか極論だが1センチでいいからおかれた場所から移動しなさい。また人に何かをしてもらったら、どんなに忙しくとも作業の手を止めて、まずは<お礼>の気持ちを伝えなさい。と言い聞かせてきた。

自分に甘く、他人に厳しい弟は、自分の息子にもそのような気遣いと言うかいわば常識のしつけができずに小学校の課程を終了しようとしている息子にも、私から何かをプレゼントしてもお礼の一言が言えず、朝すれ違っても『おはようございます』の挨拶もできずに無視して通り過ぎていく息子を育ててしまった。

釣りバカ日誌の鈴木建設のすーさんではないのだから、零細企業の社長は、どんなに忙しくとも基本は現場優先で、従業員と気さくに話すことができない、ギブアンドテイクができないかわいそうな人種なのだ。

でも、私にとってはたった一人の血がつながった弟だから、会社経営の苦労を背負っていることも考えて、あらゆる不満を言わずに支えてきているのだが・・・・

私も人間だから、虫の居所がいいときばかりでない。

しかし、


黙して語らず・・・弟ももうすぐ43歳。現場で一人で黙々と頑張っているアニキを見てくれれば無言の主張が伝わってくれればいいと思うのだが・・・・


<現場に出てこないのでは、いくら期待しても伝わることは永遠にないよね>

明日は出荷日だ。

塗装は終っているから、一人でやってもらおうか。

でも・・・

でも・・・・

天気がよい朝を迎えると、私は単純だから『俺が準備するから・・・』と出向いてでも動いてしまう癖が・・・

そうなると

また弟は伝票を書くだけで、また事務所で引きこもり・・・・


この繰り返しなのか?????

ヤレヤレ






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(#417)また行事が終わり・・・。

2009/11/29 19:42
画像

町内会の年に1度の防災訓練のお手伝い。

自社での美術展のお手伝い。
私はどちらかと言うと、先頭に立って話もできるけれど、裏方に徹する立場のほうが、人間性が豊かになるような気がします。

陰で支える立場は決してワリのいい立場ではない。
うまくいって当たり前。
しくじったらボコボコニなる。

美術展には、外国人を含む60名近くのお客様がお越しくださった。
案内係などの大役は、みなボランティアの達人たちだ。
しかし、この世界では金持ちの非常識もおられ、外車を乗り付けてきて受付前に乗り捨てていく人もいる。

今日は本人に直接クレームをたたきつけたが、笑って体裁をつくろうヤツでして・・・。
今日の防災訓練でも、私は同年代の仲間にマイクを持ってもらい、私の車で町内を広報したのだが、

副防災部長で経理副部長も兼任しているヤマちゃんことおばさんが、立場構わず自分で仕切らないときがすまない女性が、私のところにやってきて、

じいヤンさん、帰りに乾パンや反省会(打ち上げ)で食事などを用意しているから出てくださいね。
と、誘われたが。

衛生部の公園清掃や資源回収に参加された人に缶コーヒーを余分に手渡しただけで、あ〜だこ〜だと暴言を吐くのだから、今日は飲み食いが目的で参加していないのでいらない!と突っぱねたら・・・。

ヤマ「私だって、敬老会や新年会で頼んだお弁当をたくさん自分の家に持ち帰ると言われたり、イベントのビンゴゲームでも景品ひとつもらっていないのに」

自分にやましいことがあるから、私が聞いていないことまでもペラペラ話すのだ。

ボランティアは、楽しく参加すべし、自分ができる範囲で参加すべしが心得第1条。

どこかの政党でないのだから、ちょろまかしで私腹を肥やすヤツは仕分けの対象だ。

明日から、もしかすると3連続で羽田方面に納品出張だ。
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(#416)お披露目

2009/11/22 10:09
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↑これは岡村川口市長と<盛人の森>で記念植樹をしたときのスナップです。
私は、いつもはもっと若いオニイサンなのですが、当日は寒かったですからね。。。。。

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↑このメンバーは、盛人式の打ち上げのときに、場内案内担当の皆さんと一緒に撮影したものです。

盛人式関連の行事が無事に終わり、町内会の戻ったじいヤンです。

この日曜と月曜は少しは休めますが、火曜日からの月末はまたまた本業の雑務とあわせて混沌とした一週間になりそうです。

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↑このメンバーは町内会の川口市一斉クリーンタウン作戦に参加された皆さんです(内緒ですが)

そして、11月中旬を過ぎて、ゆうさんを迎えに行く途中で、JR池袋駅前でパチリ。
もう、クリスマスのイルミネーションが飾られているのですね。

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(#415)雑務はあと少しなんだけど・・・

2009/11/15 03:17
昨日は、小雨の中で去るきらり川口 盛人式の実行委員の皆さんと関係者の皆さんで、川口市の荒川沿いに設置された<盛人の森>で、記念植樹があったので、私も参加してきた。

今年で5回目。記念植樹も5回目となるので、過去に植樹した4本も見つめてきた。

これで、今日午前中に開催される、川口市全市一斉クリーンタウン作戦に参加して、自社のトラックを出して皆さんが集めたゴミの袋を積み込んで集積場まで運搬すると言うのが私の任務だ。

これが終ると、9月末から連続した週末返上のボランティアが一段落と言うことになる。

しか〜し、

昨夜、珍しく町会の防災部長のおやじさんが(72歳と言う)私の携帯を鳴らして、じいヤンさんにお願いがあるのですが・・・。とのこと。

聞いてみると、29日の日曜日の午前中に行われる町会の防災訓練にあたって、実施前に、じいヤンさんの車にあるスピーカーとマイクを使って、副防災部長が乗せてもらいアナウンスして町内を巡回して欲しいのだが、車を出していただけないでしょうか?とのことだった 。

確かに、町会の備品のアンプとカセットデッキにスピーカーは、私の車に設置してあるので、ある意味で予想されたことだったが、これで、また今月の最終の日曜日もあわただしいことになったのだ。

町会での私のポジションは、班長・副衛生部長ということになっているが、実際に衛生部の広報も担当しているだけでなく、今回のクリーン作戦のトラック担当も合わせてあるので、月に1回の資源回収のときも、自社のトラックを提供するだけでなく、時には大型のトラックの運転も担当したり、今年から町会相談役の父が受けてしまった<秋の祭礼のときのおみこしの運搬担当>として、土日の2日間、またまた自社のトラックを提供して運転も担当することになったので、現在は町会の機動部隊としても機能しているのだった。

私は、トップが嫌いだ。

だから、副隊長としてが精一杯で、どちらかと言うと縁の下の力持ち的な仕事を好んでいるので、決して目立たないことだが、気がついてみると町会の目立たないポジションであるが、どの担当の部署にも関わっていると言うことになる。

父も、そんな私の様子を黙ってみているようで、これでも町会の重鎮になっている父の顔を立てていることと、地元で会社を経営している弊社にも、その代表者である弟の顔も立てていると自負しているのだが・・・。

本業に一生懸命は勿論のことだけれど、

最近は、ボランティアの部分での出動要請も半端でなくなってきており、

自分の時間ですら作ることが困難になってきていることも事実なのです。

しかし、

人が頼ってきてくれる間は、精一杯に動かせていただかなくてはと思っているのだが・・・。

ボランティアの基本心得第1条として、
<自分が楽しめること>と言うのがあるそうだが、

少なくとも町内会の執行部の輩が(わが町会だけだと思うが)
4人全てが私利私欲の追及におぼれているだけでなく、昔から重責を担っているポジションに長期間鎮座している輩が、なかなか後進に道を譲ることをせずに、若い人が頑張り始めても、育てようとせずに、出てきた芽は踏み潰せ!という風潮が払拭できないので、ボランティアとしては方程式が成立しないで不愉快に思っているのが現実なのであります。

どちらかの長期にわたって政権を担ってきた政党のようですが、

住んでいる町がよりよい街になるために力を合わせましょうと言う文科省推薦のスローガンめいたものですら、わが町会では死語になりつつあるのです。

そうであるなら、いっそのことやめてしまえ!と思ったこともありますが、ここで引いてしまったら、私のことを支持してくださる皆さんを裏切ることになってしまうだけでなく、労咳の思う壺になってしまってはいけないと思うことから、意地でもがんばっているのですが・・・・。

でも、最近になって、私もやっと大人になってきたこともあり、相田みつをさんの言葉に、<くさびだから、見えないように打つ。肝心なところだから見えないように打つ>とあるように、我々は<くさび>にならなくてはいけない。

よく、町会でも自己顕示欲が旺盛な人がいますが、自分の業績に対する評価は、自分からもらいに行くのでなく、黙っていれば、自然と周囲の皆さんが評価してくださるものだから、私としても悪いことをしているとは思わないので、黙って黙々と行動を継続しているのだ。

この歳になって、やっと親からの躾や教育が実を結びつつある自分が認識できるようになった。
パートナーであるゆうさんのホローの賜物であると思っているのだが・・・。

最近になって、人間関係がみるみるうちに潤滑油が順調に回ってきているように、円滑な感じが手に取るようにわかってきたことが、何よりの現在の多忙な私にとってのエネルギーになっていることは確かなことである。

でも、寝る時期を逸してしまって、この時間帯に起きてしまっている自分が不安なのだが・・・。
(このままだと、寝不足での運転になってしまうので・・・。)
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(#414)疲れは忘れた頃やってくる

2009/11/10 00:26
川口市の盛人式事業が成功裏に終りました。

会場の裏方舞台である<チーム場内>も、見事な連係プレーで成功に結び付けました。

土曜日の夜に、会場に残って<打ち上げ>を開催。
今まで、場内係は地味にこなしてきたが、打ち上げのときにセクションごとに歌を歌うことになり、女性4名に混じって、私も参加した。

歌を歌うことはある程度得意分野だったので、会場からニコニコ顔で迎えられた。

実行委員の首脳で<いまどきバンド>を結成しようと言うことになり、実行委員長の男性から「じいヤンさん、バンドのメインボーカルでやってよ」とお誘いがかかった。

やはり、身近なところに住んでいる同世代の仲間と、初対面であってもたった数回の委員会参加で、これだけ仲良くなったことの嬉しさは、計り知れなかった。

しか〜し、

若い頃は、きつかった日の翌日に疲れが出たものだったが、50代になると、3日後に突然筋肉痛と疲れが押し寄せてくる。おまけに、一晩寝ただけではリカバリーできないということも。

今日は、朝から出足が悪く、午前中から4件の通院で、帰宅してからぐったりと来た。

若くないなぁ・・・・。





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(#413)昨日の溶解作業と今日の盛人式式典リハーサル

2009/11/06 09:35
昨日は、鋳物工場にとってのビッグイベントである<鉄の溶解工程:『吹き』と言います>があった。

私の専属担当は、左手が不自由と言うことで社長である9歳年下の弟にメインを委ね、私はスクラップや銑鉄などの材料を溶鉱炉に(この溶鉱炉のことを<キューポラ>と言います)投入する作業と社長のアシスタントをする。

だいたい、1回の材料を300`に設定して、溶鉱炉のてっぺんまではバケットエレベータと言う昇降機が持ち上げてくれているので、私はそのバケットに入れる材料などを手で一個一個鉄のスクラップを持ち上げてはかりにつながっている別のバケットに放り込むと言うわけだ。

今回は、その材料投入を45回ほど繰り返すほどの注文を戴いたのと、人工(にんく)を2名ほど解雇したので、その分専属は私一人になったのだった。

しかし、リストラが行われている昨今で、わが社でもだらだらと効率の悪い作業をする従業員は専務である私の立場からは該当の2名は解雇すべきだろうと社長や会長(父)に進言していたが、受け入れられずにだらだらと時間は流れたが、やっと重い腰を上げて弟社長が決断したのだった。

当然のこと、その分の負担が私に降りかかってくるのは覚悟の上だったので、昨日は腰が痛いなんていっていられない。弟が作業開始直後に「アニキ、俺腰が痛くてね・・」と泣き言を言ってきたが、腰痛の先輩は私である。
『俺だって・・・』なんて言ったら傷のなめあいになるので、私は黙って黙々と重労働をこなしていた。

私がこの1〜2年で身についたのは、どんなに重労働であっても、効率を下げない程度でゆったりと時間をかけ、コツコツと辛抱強くやっていけば、どんな重労働でもこなせるものだと言うことだった。もちろん、一人最低二役をこなすことは最低限のことだろう。

だから、昨日の吹きはかなりきついこととは認識していたのと、弟がくどいように「アニキ、5日の吹きはよろしくね」と何度も頼んできたことから、『何をいまさらくどく言ってくるのだろう?自分としては一人でこなす腹積もりだから心配するな』と思っていた。

でも、作業が始まり、トントンと工程が進んでいき、順調なリズムになったが、途中から弟も私も無口になり、足は引きづり、弟と苦笑いしたのだが、「なぁ、腰のほうはどうにかなるが、問題は軍手をしていても、手の筋肉が麻痺してきて、鉄の塊をつかめなくなるよな?」と同調。

そして、終焉。

弟は逃げるように事務所に退散したが、私は昔から従業員の輪に入って歓談のあとで、お疲れ様!ありがとうございました!と言葉を添えてから自宅に戻ったのだった。

経営者は、常に従業員目線でなくてはいけない。

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↑これは、材料投入側の反対面で溶鉱炉正面の画像。中心の溶鉱炉の下部から鉄の溶けたもの(『湯』と言います)が流れている。

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↑これは溶け出した<湯>を製品となる砂型に流しいれ(『湯いれ』と言います)ているところです。

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↑手前の箱の中に、投入する材料の一部が入っているので、この材料を正面のバケット(中央の横長の箱)に入れて計測し、右のバケットエレベータに移してから溶鉱炉のてっぺんに昇降機で投入する。

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↑煙が出ているところに材料を投入します。

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↑これは最終的に溶鉱炉の中を空っぽにするために、炉底を開放して残った材料を地面に落とす瞬間です。
溶けた鉄は、最低でも1300〜1500℃ありますから、とんでもない熱さです。

夕方に自宅に帰り、入浴後に腰に温シップをペタペタと貼り付けて、温かくして休んだのですが、恐れていた朝起床時の筋肉痛と腰痛がほとんどなく、すがすがしい朝を迎えることができました。

さて、

今日の夕方からは、モードを切り替えて<きらり川口盛人式>の本番に向けた作業に入ります。
もし、よろしければこの模様は後日アップしますので、ご覧ください。

でも・・・でも・・・
食事も満足に取れず、水分だけですから、身体がいつまでもつかが心配です。
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(#412)町内会の問題児がまたまた・・・。

2009/11/02 19:58
町内会の秩序を乱してばかりいる厄介な人物のことを、以前にも書き込んだことがあると思うが(モッチャンと称する副総務部長と副広報部長兼任の男性:年齢にして55〜60くらいでしょうか)

先般の土曜と日曜を使い、町内会の衛生部の行事である<公園清掃・町会会館清掃および古紙回収>を副衛生部長である私が衛生部長のマキさんとタッグを組んでこなした。

免許証(自動車)を持っていないというマキさんには、会場である地元の公園と隣接している町会の会館に陣取っていただき、個々の作業に関してと、まとめの挨拶などを担当していただき、私は副隊長として実際に車の運転を必要とするポジションを担当して、土曜日の夜と日曜日の朝一番に、町会の広報部とは別に、衛生部の広報として愛車の屋根にスピーカーを積み、自前でゆうさんと作ったカセットテープにメッセージを録音したものを流しながら町内を40分かけて巡回し、当日は、予め4台のトラックと運転手を振り分ける配車担当のタテさんに合わせて、2トン車3台と、業者さんから借用する4トンのロングのトラックと会場に集結させ、通常は4トンロング車には、トラックドライバーが存在しているが、今回はその運転手が都合が悪いと言うことで、タテさんが代行するはずが、本人は他のトラックを借用に出向いて、2トン車を運転しなくてはいけないということで、私が当日は運転を担当すると言うことでまとまったので、2トンのわが社のトラックは自宅前のタバコ屋さんのご主人に請けていただき、4トン車の運転代行をはじめて担うことになったのだった。(どうも、タテさんは自分の責任を全うしようとする姿勢が伝わってこない、地元でも<軽さ>には定評がある。還暦を通過しようとした年代で、このような人でいいのかと思う)

運転を終えて、古紙の受け取り業者さんにトラックを返すと同時に、町会の売上金の回収と当日の町会の行事に参加された皆さんの名簿も私がまとめることになっているので、当日は午前中に終っても、実際は朝7時から動いているわけですから、正直自宅に帰ってくると、例年真冬でも汗が滴り落ちてくるほどぐったりだ。

*************************
これから本題なのですが・・・・。
*************************

日曜日の午前中に終えた古紙回収活動でも、今度は実に傲慢で自己中心的な広報部のモッチャンへ、FAXで名簿などを送っておかなくてはならないので、昼食を取ってからしばしデスクワーク。(広報部のモッチャンと関わりたくないので、疲れていても町会行事当日のうちにこなしてしまいたいのだ)

従来は、広報部に依頼する町会の広報誌(月刊)の衛生部行事の原稿を、私の担当と言う職権を利用して、これから少しでも次の世代の人たちが気軽に町会に参加してくださるようにと、A4で2ページにわたってしまいそうだが、色々と衛生部の活動を紹介するような原稿を依頼してきたのだったが・・・・

<衛生部の毎月の古紙回収等の行事に、広報誌の2ページは割けない>とFAXで抗議されたことに発していたのだった。

モッチャンによると、

<所詮、衛生部の行事は、毎月たかが半日の活動で、同じことを繰り返しているので、他の体育祭とか文化祭とか年に1回の行事にページを割くほうが先決だ>と言ってきたのだった。

町会の年代が様々な皆さんが、月に1回といえども休日の貴重な時間を割いてでも参加してくださり、町会の収入のうち町会費を除いては、衛生部の活動に対しての収入は軽く100万を超えている大切な活動であるのに・・
<たかが、半日の活動でしょ?>と言う表現には、さすがの丸く温和になったじいヤンとしては堪忍袋の緒が切れたのだった。

それ以来、何かと常識はずれのモッチャンと関わりたくなかったので、参加者名簿と称して皆さんの自筆で書かれたノートを自宅書斎でコピーして、そのままコメントも書かずにモッチャンにそのままFAXするだけにしていたのだが・・・。

昨日も、いくらFAX送信しても送ることができなかったので、先般はモッチャンの自宅まで届けたのだが・・、仕方なく自宅近くまで来ていた衛生部長のマキさんに帰り道にモッチャンの自宅に届けてもらうことにしたのだった。

その際に、あたまにきていたので、

原稿に朱墨で<FAX受診拒否はしないでください>と記したものを届けてもらったら 夕方モッチャンから逆にFAXが届いていた。

内容は・・・・

<原稿の周囲の黒くなった部分を切り取って送ってください。FAXのメモリーがいっぱいで受信できないのです。
インク代もかかりますのでよろしくお願いします>とのこと。

確かに、B5サイズのノートをA4原寸のコピーをしたので、当然輪郭は黒くなるのだが・・・・

インク代もかかると言う一言多いと皆さんは感じませんか?

彼のFAXはパソコンのソフト関係の会社を経営していることで、家庭用のFAXではないと思ったのですが、このような文面を書く性格と、このような調子でお得意様と接しているのかと思うとぞっとしたのですが 。

モッチャンも、以前に私に勘違いとはいえ、脅迫めいた文書をFAXしたと言うことで、<引け目>を感じているようで、近所のスーパーで出会っても、逃げるようにお会計をして帰っていくと言うような態度を示しているのだが、私は、過ぎたことはいいから一言謝罪する勇気を持って欲しいと願っているのだが、軽率な文面をまた送ってくると言うことは、かわいそうな性格だなと思った。

前述の<たかが半日の作業の繰り返しでしょ>と言っている本人は、古紙回収等の作業には、広報誌に掲載する写真を撮影しに参加するだけで、ほとんどの活動に参加したためしがないのだ。

ピエスモンテに載せるような内容の記事ではないのだが、どこかに書き留めておきたいと思って書き込みました。

ボランティアの基本の心得第1条は
*楽しく参加すると言うこと
*自分のできる範囲でやること

だそうだが、衛生部の地味な活動に、毎月当番でない先輩方が、時間を惜しむことなく毎月参加してくださり、私からのお願いも快諾して手助けしてくださることだけでも唯一の救いである。

だったら・・・・。
<やめてしまえ!>と思ったこともあったが、ここでやめてしまったら、モッチャンはじめ10名ほどの私利私欲ばかり追求し、障害になるメンバーをねちねちといたぶってくるような輩を野放しにすることになり、町会の発展に支障が出ると言うことを熟知していたので、精神衛生上決してよいとはいえないが、耐えていくことも勉強のうち!と思うようにしています。

*************************
話しは変わりますが・・・

今日から1ヶ月間、川口市のHPで配信される<きらり川口盛人式実行委員会>が市の広報で放映されているので、私利私欲におぼれていない純粋なボランティア精神が溢れている我々実行委員からのお誘いの様子をご覧ください。

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(#411)朝から晩まで・・なんでこんなに忙しいのだろう

2009/10/29 01:22
昨晩は、久しぶりに12時間以上も熟睡できた。トランキライザーの効果が出たのだろう。

朝から、今までと違う朝を迎えた。・・・と言うのは、昨日市立の診療所に行き、お気に入りの内科の先生に、恒常的な腹痛の治療を依頼したのだが、診察時には下腹でなくみぞおちの部分の圧痛がひどかったので、<ストレス性胃炎>と診断され、個人的には胃腸薬と称するクスリはほとんどのパターンでもらっていたので、もうネタがないよと言われながらも、工面して薬を出してもらったのがばっちりと効いたのだった。

朝から、現場に出たところ、下請け先から鋳物の小物製品が入荷していたので(と言っても、ひとつ8キロもする品物)、例によって右手しか使えないので、右手と腰を使い大きめのバケツに塗料をたっぷり入れ、どぶ漬けして品物を塗装した。8キロの製品を半分づつ50個だから、100回もバケツに突っ込んだわけだ。

終った頃には、右手がマヒ状態になり、字もかけないくらいになっていた反面で、昼休みに書斎に戻ったら、川口市のボランテァステーションの所長からFAXが入っており、11月07日に開催される、川口市主催の盛人式式典の実行委員会で、当日の会場の管理の(来賓接待も含む)責任者になっているので、その事前のスタッフ向けの資料作りをしていたところで、来賓名簿が送られてきたわけで・・・。

私の独自のマニュアルにもきちんと掲載したいので、昼休み返上で名簿をワードで打ち、折返し検閲をお願いするべく、所長にFAXを送ってから、お昼ごはんとしてカップめんを一個食べてすぐに現場に戻った。

作業は15:30には終ったが、今日夕方に仕事を終えてから、パートナーのゆうさんが新川崎の仕事場から私のところに来てくれるということだったが、ゆうさん、月の物で体調がよくないと言うことを知っていたので、早く退勤して、車で新川崎まで迎えに行った。

実は、午前中に現場で仕事に取り掛かる前に、現場の従業員の様子を見に行き、工程の進み具合の打ち合わせをしていたところ、先般お話しした隣町の難病疾患のマサちゃんが、またまた隣町のハローワークに行くと聞いていたので、やめとけばいいと思っていたのだが、ちょうど仕事の合間の時間ができたので、ハローワークから隣町に迎えに行ってあげたのだったことをゆうさんは知っていたので、何かひがまれるといかんという気持ちもあったこともある。

マサちゃんが気になるのは、恋愛対象ではなく、あと10年もすれば、足の筋肉が固まってしまい、歩くこともできなくなると思うと、頼る親御さんも他界されていて、嫁に来た家でも非協力的と聞いていたので、アニキとしてどうにか動けるうちに手助けしてあげたいという気持ちからのことだった。勿論パートナーのゆうさんも全て事情も承知のこと。

マサちゃんには、「一日も早く、旦那にも隠さずに自分のことを話して理解してもらい、家族ぐるみでのお付き合いにしないといかんよ」と今日も伝えておいたのだが・・・。

・・・てな訳で、ゆうさんを新川崎で拾ってから、首都高速で川口に帰ってきて、私もまたまた朝9時から休みなしで夕方7時近くまで仕事と事務と運転を繰り返したので休ませてもらい、その間、ゆうさんには夕飯の準備とお風呂の準備をしてもらい、冷えてきたので入浴してから歓談して、帰って行ったのだった。

そして、書斎に戻ったら、所長から資料の訂正のFAXが入っており、夕飯後にチェックしていたら、大きな間違い発見。自分のパソコンの文書の訂正も含めて、訂正と確認作業をしていたら、この時間になってしまった(25時)

また明日にでも、仕事が一段落したら、川口駅前の「かわぐち市民パートナーステーション」まで出向いてでも、今度こそ完成させないと、ボランティアの領域を逸脱してしまうことになる。

今週末の土曜日曜は、夕方から<かわぐち成人の集いの実行委員会との交流会>の参加と、町内会の資源回収の広報活動、日曜日は午前中の早朝から、当日の広報活動と資源回収のトラックの運転と収益金の会計処理と多忙に次ぐ多忙なのだ。

内科の先生に<神経性(ストレス性)胃炎>と診断を受けたが、本業とボランティアが異常に自分の生活時間をゆがめてしまい、ストレスと感じないようにマインドコントロールしてきたので、自分としては少しもストレスとは感じていないゆえに、もしかすると気がつけばとんでもない身体になってしまうのではないかと言う危惧感すら感じているのである。

名刺の肩書きも7つほどに膨れあがっているのも、そろそろ制限しなくてはいかんと思う。
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(#410)台風襲来20号

2009/10/27 00:14
台風20号が沖縄から方向を変えて今夜にも千葉県地方付近を通過するようだ。

埼玉川口でさえ、昨日から天候が異変して、風雨が強まってきただけでなく、気圧もかなり下がってきていることが肌で感じ取れ、困ったことだが体調もなかなか回復しない一日だった。

ここのところ、秋の花粉症(イネやブタクサ)が蔓延しているらしく、目が痒かったり、目やにがたまったり、痰が切れなくなったりも加わり、持病の腰痛と過敏性腸症候群による腹痛と便通の異常も必至な毎日ゆえに、食事も満足に取れず、おまけに風邪症状に似ただるさと寒気が加わり、夕刻に帰宅してから食事も取らずにフリースを着たままベッドに潜り込んでしまったら22時過ぎまで夢心地だった。

ここのところトラックで皇居前広場公園前を通過すると、広い芝生の木の下でブルーシートを敷いて荷物をまとめた形で雑誌を広げていたり昼寝をしているホームレスらしき人たちをたくさん見かけるのだが、あのような人たちは今夜のように寒くて雨風が強い夜はどうしているのだろう?

友人によっては、ホームレスに対して勤労意欲もなくただだらだらと援助を求めている人も多いのだから、温情をかけすぎるのもどうかと言う人もいるが、確かに日本には様々な価値観を持った人もいるので、友人の説も一理あろう。

価値観と言えば、今日の酒井法子の初公判は倍率330倍?だったようだが、サリン事件の松本死刑囚の時以来と言うが、サリン事件は納得できても、酒井法子に○○倍!・・・クイズダービーではないのだから、学校や会社を休んででも、雨の日比谷公園に並ぶほどの価値はあったのか?  日本人はまだまだ時間とお金に困らない人たちが多いのだなあと痛感した。(私の価値観もボロボロのようだが)

また、今日は鳩山首相の所信表明演説があったようだが、詳細まで聞いていなかったが、ニュースから判断すると(これが一番危険なことはわかっているが、今日に限ってクビからぶら下げている携帯ラジオでNHK第1放送の中継を自分の耳で聞いて判断すべきが本筋で、民放ごとに解釈が偏るからこれからのコメントはしづらいのだが)

<友愛>を前面に掲げた総論の理想は素晴らしいと思うが、各論に走ったときに、首相としての方向付けもなかったようで、終始一貫して友愛精神を貫いたらしいが、確かに上層部ではあいまいな総論では一致できていても、各大臣レベルの主張となると慎重にならざるを得ないといったブレも否定できないことを考えると、このままで大丈夫だろうかと慎重に受け止めてしまう。

私は、携帯で交通情報や気象情報をリアルタイムでキャッチできるようにしているのだが、毎日のように鉄道各線で人身事故=自殺事件が後を絶っていない。生きていくすべをなくしているような世の中は少しも改善されていないどころか悪い方向に走っているのだ。

首相の演説で、年末の年越し派遣村のことまで言及したかはわからないが、身近な部分で自殺者が後を絶たない現実で、友愛を掲げた総論でまとめていいものだろうか?

勿論、課題は山積しているもので、一人の人間が指揮を執っているのだから一概に責めることはできないとしても、一刻の猶予もあってはいけないという現実をもっと見つめていただきたいものです。

台風の影響は明日の朝方までがピークと聞いているが、人的被害は勿論、物的被害もないことを祈りたい。

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(#409)早朝起床

2009/10/24 06:13
私は、昼間は本業の仕事に加えて、慢性疾患のための通院と父の世話をしながら過ごし、夜になるとお酒が飲めない身分の特権で、いつでも24時間体制で車での移動が可能なことから、人を車でご案内したり勿論通常の家事をこなしたり、ボランティア活動の会議に参加したり、自宅で原稿作りや活動の原案作りにいそしんでいるために、ベッドサイドで横になりDVDを楽しんだり、ラジオで情報を収集したり、一番の睡眠に入るのはたいてい午前零時を回ってしまっている。

昨日も、早出をして午前中はトラックで羽田・川崎方面から帰社して休憩を挟まずに昼食を途中でとって車を乗り換えて、今度は埼玉県内を蓮田・白岡・春日部・越谷と人をご案内して夜6時に帰ってきてから、12時間も連続しての運転と営業業務だったので、倒れるようにベッドに横になった。

ラジオのタイマーをつけずに寝てしまったので、朝3時から始まったデジタルラジオのクラシック番組が鳴り始め、なかなかよい目覚めでベッドから書斎へ移動となった。

そういえば、昨夜にベッドでメールチェックをしていたら、不安神経症のコミュでつながった20代の女性からの相談事のメッセが入っていて、すぐに返さねばと思ったが、慎重にと思ったので後日パソコンに向かったらお返しすることを伝えて簡単なメッセだけをお返しさせていただいた。

このように、最近は特に女性からがほとんどだが、神経症になったらしい患者さんからの相談のメッセージが結構入ってくる。勿論のこと、私は医者ではない、ただ神経症になった経験から健常者に立ち直った経験から色々とアドバイスさせていただけることもあるかということを理解してくださって、メッセージを寄せてくださるようだ。

この日記にも以前神経症の皆さんへと言うタイトルでお話を載せたことがあったが、近いうちに続編を書こうと思っているのだが。

私なりに、もう少しで51歳を迎えることができるが、残りの人生は勿論自分のために生きて生きたいが、人生の後輩の皆さんにとってのお手本となる軌跡を描くためにも、少しでも多くの皆さんの為に、そして何よりの自分の為に、相田みつを先生の言葉で<経験して初めて身につくんだなぁ>とあるように、果敢に勉強の為に体験経験も進んでつんでいこうと思っている。

緊張がほぐれた時間になると、腰やお腹が痛くなるものです。




ベッドサイドの神経心理学
中外医学社
武田 克彦

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(#408)川口市<きらり川口盛人式実行委員会>出席

2009/10/17 22:21
11月07日(土曜日)今年50歳になった熟年生が集結して、いま乱れに乱れている成人の世代のお手本になるような人生を送ろうと言うきっかけ作りにと設定された隔年開催の川口市主催の行事のボランティア実行委員会委員として、本番前最後の打ち合わせ会議に参加してきた。

私の役割は、当日の式典が挙行される川口総合文化センター<リリア>の音楽ホールの場内管理の責任者と言うことだった。

役務別に別れてしまうと、600名入る音楽ホールの場内の管理にオトコは私一人と女性が5名の6名と言うのは心細い気がするが、任された任務を新たに知り合った同年代の仲間と、ひとつの事業を成し遂げていくと言うことから、とてもやり甲斐が出てきた。

18時に集合して、全体会議は20時半くらいまでかかった。

そのあとで、場内担当メンバーに集まっていただいて、自己紹介から始めて当日の流れの概要を私なりに教えていただいた情報をベースに、仲間の皆さんと情報を共有することで、それぞれの頭で流れをデザインできるようになることから始めた。

女性陣からは、私に男性としてリーダーシップを発揮してまとめてくださいと言われ、私も女性の皆さんに女性ならではの繊細な感覚でご来賓の方々をお迎えするノウハウを絞ってくださいと結んだ。

リハーサル当日までは、リーダーの私が、市役所の担当者であるかわぐち市民パートナーステーションの所長と個別にアポイントをとり、改めて打ち合わせをさせていただき、当日までに詳細な動きを紙にまとめていく予定なのだが・・・。

この実行委員会のメンバーは委員でないお手伝いの人も含めると30名くらいになるのだが、会議の終わりに近づいてくると、まるで大学のキャンパスでの学園祭の実行委員会のようになってきて、いつの間にかそれぞれの人柄が発揮され、私も含めて生き生きしただけでなく、同じ目標に向かった仲間として、今日始めてお話をさせていただいた仲間とも、昔の同級生と再開したようなほのぼのとした雰囲気になったから不思議である。

今回は、川口市の事業を成功させるために集結したわけですから、パブリックな組織に入れていただき、11月07日の打ち上げのときに、感慨無量になるように頑張ろうと思う。

今夜こそ熟睡できますように・・・。

おとといから、睡眠時間1時間で、本業・町会・実行委員会と駆け回っているので、正直心身ボロボロなのだが、興奮状況にあるせいか、ベッドに入っても寝付くことができないのだ。

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(#407)またまた休めない週末到来です

2009/10/17 03:12
今日は、鋳物工場にとっては一大イベントの日だった。つまり砂で作った製品になる型に1500℃で溶かした鉄を型に流し込む<溶解工程=吹き>の日だったのだ。
画像

↑これは実際に鉄の溶けたものを砂型に流し込む映像です。

おとといから、連続3日間地味だったが自分にとっては過酷な肉体労働の連続だった。
左手の指の機能障害(指が動かない)を持っている自分としては、重たいものをつかんでも右手でつかむしか方法がなく、左手は拳骨の状態で手の甲にものを乗せて支えるといった不自然な仕草をするしかなかったからだ。

昨日までは、今日の溶解工程の下準備と言うことで、本格的な雑役人生を歩んでいた。

昨日の日記でも書いたが、従業員2名を解雇したために、その人たちの分の仕事を自分が一手に引き受けたものだから、いかに効率的に仕事をこなすかが勝負だった。

そして、昨日の退勤時にいつも以上の持病の腰痛と背筋の痛みが激しくなり、と言ってもいつもお世話になっている整形外科の先生に鎮痛の注射を打ってもらおうと思っていても、昨日は木曜日、休診だった。

そして今日、朝起きてもベッドから起きることができない。背中全体に痛みが蔓延して、書斎まで歩いてくるのがやっとだった。

弟社長に連絡して、午前中は今日こそ整形外科に行って注射と薬をもらってくるといったことをしてから現場に直行と伝えて・・・。

そして午後から夕方まで4時間ぶっ通しで、痛い腰には太目のゴム製のベルトで矯正しながら、ひたすら溶かす鉄材料の溶鉱炉(キューポラと言います)に投入する作業に追われた。

投入作業には通常専属で従業員2名と私、そして終業までその現場にいて作業を手伝うことができず、時間があると事務所に逃げ帰って手を貸そうとしない弟社長の4名で担当していたが、このたびの従業員の解雇で2名欠落してしまったので、専属従業員の1名は解雇、鉄を流し込む工程(湯いれといいますが)の専属従業員も1名解雇と言うことになってしまったので、急遽、投入工程の専属従業員1名が湯いれ工程に回ったため、投入工程に残ったのは、専務である私1名に弟社長1名だけになってしまったのだった。

勿論弟は専属で投入工程を担うはずがなく、弟の嫁さんが急遽投入工程に出向いてきて、やっと3名体勢で投入作業を展開することになったのだが・・・・・。

今日の私は激腰痛と背すじ痛で、どのあたりまで参加できるかわからない状態だったので、弟夫婦に委ねようと思ったのだが、そこは単純な私であり・・・

妹が慣れない手つきで重い鉄の塊をやっとの思いで持ち運んでいる様子を見ていると、見逃すことができるはずがなく、『こうなったら痛いのなんのって言っていられない』と単純な思考回路がフル稼働してきて、弟社長から「アニキ、腰は本当に大丈夫なの?』と聞かれたが、そこは職人?の意地で『耐えられなくなるまでやるから、そのときは代わってくれ』と豪語して作業続行。

投入と言っても、具体的には、銑鉄・鉄くず・スチールスクラップ・添加剤・石灰石を混合して、1回当たり300キロの重量の材料を運び込み、終業まで約40回の投入作業を繰り返すつわもの工程なのだ。

とうとう最後まで妹をかばいながら勤め上げ、終業は17時になっていた。

困ったことなのだが、弟夫婦は、投入作業が終業した瞬間、事務所に退散してしまうのだが、湯いれ工程はまだ残業して従業員が頑張っているのだから、社長自ら現場に残って完全に終業するまで見届けることが責務と思って私は最後まで見届けるのだが、40そこそこの実年経営者にはそのような気遣いがないというのには、従業員が着いてこない原因のひとつを垣間見たような気がしたのだ。

そして・・・・

自宅に帰還して、頭から足先まで真っ黒になった身体をきれいに洗い流し(入浴)、書斎に戻ったときには、一瞬忘れていた腰と背筋に激痛が見事に復活してきて、いったん座った書斎の椅子から動けなくなった。

ところで今日は金曜日。一人息子は大学お休みで、階下の下宿先である父の家で夕飯を待っていたので、痛い腰などを抑えて買い物に出かけてきてから、遅い夕飯をつくり息子を呼んで夕飯を食べた。

息子が帰ったのが23時近く。書斎に戻ったときには、ほっとした脱力感を満喫していたのだった。

書斎にたまった書類の整理をしていたら25時近くになってしまった。

そこで本題!!!

明日とあさっての土日曜日は、町内会の地元氷川神社の祭礼の日になっており、当社のトラックを貸し出し、運転は私が担当で、神社と町内会館をみこしと山車の運搬業務を依頼されているので、パートナーのゆうさんとのんびりと休日を満喫できないのだ。

おまけに、明日の夕方は、ボランティアとは言えども、地元川口市の主催で、きらり川口、50歳の盛人式式典行事の実行委員になっているので、18時から21時までの実行委員会に参加しなくてはならないのだ。

まぁ、次の24・25日の週末は、どうにかオフタイムを満喫できそうだが、

11月に入ると、第1週末は町内会の資源回収で、第2週末は連合町会の文化祭で、第3週末は年に1回行われる川口市主催の<クリーンタウン作戦>と言って、全市対象で、それぞれの地区ごとに住民が集結して決まったゴミの集積場所までいくつかのルートを作成して、そのルート経由で集積場所まで町のごみを拾い集めて、川口をきれいにしましょうという年に1回の行事なのである。私はその集積場所から、地区ごとの大集積場まで拾い集めてきたゴミを当社のトラックに乗せて運び入れるための運転手なのです。

町内会に一班長として参加してから12年目。衛生部のお手伝いを始めて5年目。つい昨年度から衛生部副部長に就任したために、きれいな街づくりの行事の運営に関わっていくことになったので仕方ないと言えばそれまでであるが・・・。

今日も長文の日記になってしまいましたが、時計はすでに午前3時を回ってしまいました。
愛するTBSラジオでは午前3時から4時までの1時間は<OTTAVA:オッターバ>と言うクラシック専門のインターネットデジタルラジオの番組をTBSラジオの周波数で聴くことができる唯一の時間なので、一人静かに聴くことが楽しみなのだが・・・。

徹夜はコタエルもんなぁ・・・・・

薬が効いてきて、書斎の椅子に座ってキーボードをたたいていると、痛みが治まってきて、身体も温まってきてすこぶる順調な具合になってきているのだが・・・・。

眠れなくても、ベッドに横になるとしよう。

今日は9時前にはトラックの準備をして、町内会の会館に集合と言うことですから、寝坊は許されないのです。

長々失礼いたしました。

おやすみなさい
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(#406)管理職の要件

2009/10/15 00:36
私の会社は、創業92年の小規模の鋳物工場です。

と言っても、創業から昭和の中ごろまでは、従業員が30人もいた工場だったのですが、現在は専属の従業員は3人で、それに専務の私と、社長になってもらった弟(43歳)とその嫁さんが事務方を担当している。

ご存知の人もおられると思うが、私は大学を昭和56年度に卒業してから、いきなり中学校と小学校の教壇に立ったあとで、これまた急転換して、鋳物業である自営の道に入り、何もかもわからないと言うか、幼少の頃から自営業の工場で遊んでいた私は、だいたいの作業工程はわかっていても、具体的な鋳物の材質などについての知識は乏しくとも、ある程度は勉強していたが、結局専門的な知識は父に依頼した反面で、お得意様の教育を受けながら、営業面、製造面、品質管理面、従業員や下請工場の指導面などの多岐にわたって研鑽を重ね、鋳物の型作りから溶解技術、実際に型に鉄の解けたものを注ぎいれる(湯いれといいます)技術、出来上がった品物の検査技術や管理技術に渡って全てを実際に体験して自分のものにしていったので、現在になって少ない従業員に助っ人を頼まれても、ある程度はカバーできるようになることができた。

注文がめっきり減少した昨今、それでも注文が集中してくると、型を仕上げて湯いれ工程に行くための準備などは、従来なら社長が率先垂範して工場に入って従業員とともに真っ黒になって頑張っていく姿勢は、私も引退した父とともに当たり前のようにしていた。・・・・・・が。

昨日のブログにも書いたと思うが、この連休中に町内会のボランティアで肉体労働を提供してむきになってしまったことで、全身筋肉痛と、持病の腰痛が痛み出し、連休後半はパートナーのゆうさんとのともに過ごす時間を放棄して
連休後半はひたすら寝て過ごしていたのだったが、今日ばかりは、木曜日に溶解工程を実施するようにしたいと弟から電話で打ち合わせをしたばかりだったので、金曜日の出荷の為に、小物の鋳物製品の塗装と工場内の型を仕上げる最終工程と、溶解工程に使う一緒に溶かす金属類の計測などと、到底左手が使えない私にとっては、腰痛対策どころか、絶体絶命の状況で朝を迎えたのだった。

通常の血圧も、つうじょうは125/95のはずが、ココのところ160/110と血圧を下げるクスリを飲んでいても、高血圧状態になっていると言うこともあって気が引けたが、ココは専務の出番と言うことで、始業の40分前に工場に出向いて従業員と今日の作業の打ち合わせを事前にして(社長である弟はこのようなことをせずに、始業5分後に出社する始末だ)、改めて自宅で着替えをして、始業後にいきなり工場内に向かい、型に鉄の溶けたものが接触したときに砂型が壊れないように保護剤になる塗料を無理手繰っていくと言う作業に取り掛かった。

何せ、あさってはいきなり鉄を溶かすことから、現場3人では到底間に合うはずもなく・・・。
雑役の私が’(本来は管理職だが)、率先して塗装作業に取り掛かっていた。皆さんもそれに釣られるように塗装に取り掛かっていたが、私には金曜日に出荷する製品の本塗装(これはペンキを塗る)も、また明日の溶解に必要な勤続の計測もばっちり残っていたのだからたまらない。

本来だったら、どんな仕事があろうとも、社長が一番若いのだから、事務仕事は残業してでも急ぎの工程なら率先して工場内に入ってみんなとともに動いてもいいと思うのだが、事務所でパソコンに向かって何かしているだけなのだった。

それでも、頑張って15時までに課題の仕事の大半にめどをつけて、通院もあったので15時に自宅に帰ったが、それから用足しのあとでまた自宅マンションに帰ったら、偶然弟がやってきて『アニキ、溶解工程が間に合わないので、あさってに伸ばすよ』とのことだった。

社長方針として、どうしても明日に溶解工程をするというから私もまたまた昼ごはんを満足に取らないで頑張ってきたが、何と言うことであろうことか。

従業員とともに汗をかき、当初の目標を達成するために努力をすること。これは今までも専務として全ての分野を一人でこなしてきた私の方針に反しているのだ。
情けない・・・

従業員が管理職の要求に従ってもらえるようになるまでに、私は8年かかっていた。

いくら昼間にこなさなければならない仕事があっても、従業員から要求があれば、自分の仕事を停めてでも現場に直行して従業員の要求を満足すること。たまには従業員の食堂で一緒に給食を食べ、一緒に社員浴場に入ったり、おかげで当時に私の事務仕事はいつも残業で終業は 22時を回っていたくらいだった。

率先垂範ができなければ、従業員はすぐに離れていってしまう。

事務所でインターネットでニュースチェックをしているようでは社長としては失格だが、私が社長になるところを、私が妻と離婚したチョンガーだと言うことと、左手が障害を持っていることなどの理由で、私は名刺にもうたっているように<現場主義>を貫いて、経営本体からはなれて、雑役に徹した現場労働を選んだのだった。

人は『逃げたのか?』と言われる人もいるようだが、経営の専門家は妹が一番よく精通していることから、私は雑役と製品の納入出張を担当することにしたのだった。

教員時代もそうだったが、人についてきてもらうためには、人の何倍もの労働を提供する姿勢がなければ実を結ばない。

誰だって、頂点を極めるのなら、全ての分野の勉強をした上で、浅くてもよいからそれぞれの分野の労働を体験して、労働者目線の発進ができない管理職は長くは続かない打ということは、私自身が知っているからだ。





従業員が会社を変える?民主経営のすすめ
文芸社
手塚 昭仁

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(#405)あきれた人

2009/10/13 23:31
若者と言う区切りではない。
世の中には、様々な人がいるものだ。

今回登場するのは、多発性硬化症と言う難病を患った雅ちゃん41歳で、21歳と11歳のお姉ちゃんと坊やのママさん。勿論、パパさんも健在だが、硬化症と言う難病で奮闘?している雅ちゃんには非協力的なパパさんだ。

我が家と雅ちゃんの自宅は隣町にあり、車では5分くらいでアクセスできるロケーション。

定期的に、近くの大学病院に入院して、治療のための点滴を受けなければならない。

先日も、会った時にいつも以上に足元がおぼつかなくて、車で向かっていっても、車の助手席のドアのところでよろめいたり・・・。そんなことから、硬化症の進行が進んだと言うことで、急遽大学病院の指示で2週間の入院をすることになった。

じいヤンさん。私、急に入院が決まってね。  と雅ちゃんの電話。

このような電話が入ると、私は<いずれ近いうちに雅ちゃんは足の筋肉が固まってしまい、自分ひとりでは動けなくなるのだ>ということから、自宅マンション前から大学病院までタクシーで15分くらいでしょうか?ずっと前の入院のときも、私が迎えに行っても、家族であるお姑さんはご近所の友達のところに旅行のお土産を届けにいったり、近くのパチンコ屋さんで遊んでいたりで、嫁さんがいつもの入院と言うことで、ボストンバッグひとつ手を貸そうとしない状態だったことを私は知っていたので、今回も自営の仕事の合間に車を出して病院に向かい、荷物を持って自分で入院の手続きもままならないことから、雅ちゃんを大学病院の正面玄関に下ろして、約束の時間も迫っていたことから、私は駐車場に車を停めて、荷物を持って入院受付まで行くからといって別れた。

実際に入院の手続きが済んで病室を教えていただいてから、新しくなった大学病院の内部を私は親戚のおじが入院したときのお見舞いで熟知していたことから、病室まで荷物を運び入れて、僭越と思ったが許可をもらって彼女の荷物を病室にセットして帰ってきた。

退院するに当たっての事務処理の手順も、自分で調べようとする気持ちがなかったので、電話で教えて退院までこぎつけた。しかし、旦那さんも21歳の娘さんも、退院前日の日にお見舞いに来たらしいが、旦那は荷物が大きければ持ち帰るからといっても持ち帰った様子がなかったので、私も退院当日に出張が入っていたので、もしもタクシーで帰れないのなら14字まで待ってくれれば、迎えに行ってあげるからと伝えても、今度は早く帰りたいと言う自分の欲求を前面に出したようで、通常の点滴を何と朝6時半ごろから打ってもらったらしく、出張途中にメールが来て『おかげさまで今自宅に着きました』と言うメールをもらったのは、午前11時だった。

<自分の欲求を満たすためには、どんなわがままでも通すだけでなく、じいヤンさん迎えに来てくれると・・・という甘ったれた言葉とは裏腹に、一人でタクシーでも拾って帰ってこられるのだが・・>

そして、連休明けの今日、朝方に落ち着いたかどうかと電話を入れたところが留守電だったので(雅ちゃんはまず携帯に一発で出たためしがない)ほっておいたら、反対に電話がかかってきて・・・

今日ね、駅にして2つ隣の町にあるハローワークに行こうと思っていて、タクシーでも拾おうかなと思っているということだったので、どうもこれは私が甘いのだが、つい何年後かには一人で動けなくなるということを考えると甘く温情を欠けたくなってしまうのだが、自分も方向は逆でも、連休のときの町内会のボランティアで張り切りすぎたことで、昨日も今朝までも全身筋肉痛と持病の腰痛がひどくなっていたこともあり、いつもの耳鼻科と整形にいく予定だったので、そのついでに車を出してあげるからといって迎えに行き、送ったところで放免と思ったのだが。

ハローワークに着く寸前に、じいヤンさん、終ったらまた帰りね。。。
えっ!!! だから〜、帰りはタクシー拾えっていったでしょう!!

自分が病院から戻ってくるまで2時間近くかかるから、電話されても無理だよ!と伝えたのだが、実際に電話がかかってきたのは、やっとの思いで地元の耳鼻科に到着してまもなくだったので、

無理だって!! 待つとしても1時間以上待つぞ!と言っても、ハローワークで時間を潰しているからと言う。

私も、ココまできたら仕方ないと言うやけくその思いで、またまたハローワーク近くまで車を走らせたのだったが、雅ちゃんに『今どのへんまで歩いてきたんだ』と問いただしても、情けないことに<自分の居場所が他人に説明できない>ほどのあきれた人だったからこちらは、想像したあたりまで来たけれど、今度は雅ちゃんの居場所がわからず、そのあたりで20分近くも車を巡回させたのだった。

最終的にここだ!!と思うところにきても、雅ちゃんの姿が見つからない。

完全に頭にきて!

説明できないなら、どこかわからんけど、そこからタクシー捕まえて自分で帰りなさい!と伝えたときに、
雅ちゃんは20メートル先の歩道の先でしゃがんでいたことを発見。

馬鹿だな!ただですらわからんのに、座るやつあるかよ!

ここまでくるとべランメー調子になり、雅ちゃんを車に乗せ、自宅方面に出発。

じいヤンさん、お昼ご飯一緒に食べません?

そんな時間あるわけないだろ。

だって、申し訳なくて・・・・

(いつもこんな調子で笑って済ませて、おまけに何かお礼をと言うことで、何かと言うとおごると言うのだ)

私と雅ちゃんは10年も年齢が違う。

確かに、雅ちゃんには、同じ障害を持つ友達同士、また嫁いだ先でも協力してもらえず、実家になきつこうとしても不幸にしてご両親は他界されていて・・・となると、私も私のパートナーのゆうさんも理解を示していたが、肝心な雅ちゃんの旦那さんがひどく文句を言うらしく、雅ちゃんの携帯のメールも勝手に盗み読みする傾向が小学校3年生の坊やも平気ですると言うめちゃくちゃな家族なのだった。

そして、夕方雅ちゃんから届いたメール・・・・
<ご迷惑かけて、すいません>だった。

<すいません>は、日本語として間違っているから、坊やの教育のためにも<すみません>と言うんだよと伝えたばかりだったが、この例を示してもわかるように、雅ちゃんには<学習する姿勢もない>のだった。

今回のことで、私もいい加減に愛想をつき、今後は協力できないなと言う気分になっていた。

実際に、これだけ協力していても、所詮男と女であるから、旦那だって気分よくはならないだろうし、こちらも恋愛対象というよりも、親戚筋がいない雅ちゃんにとって、<アニキ的存在>と言うことを雅ちゃんに伝えてあるのだし、それに対して、人のために自分の時間を割いて動いても、雅ちゃん自体甘えすぎだったり、旦那が協力的でないだけでなく、好意的に接してくれないなら、かわいそうだが距離を置くしかないと思った。

40過ぎたのだから、もっと生きていくための力を養ってほしかったが、雅ちゃんや旦那さんには、残念だがその力もない。まして、旦那さんも仕事が多忙と言えども、帰宅して休日となれば、家事を手伝うのでなく、お姑さんと近所のパチンコ屋さんで時間をつぶしているし、21歳の娘さんも、一週間のうちの半分は大学が遠いとは言えども、男友達とデートして帰宅がほとんど午前様と言うくらいだし、ここまでくると、教育についての相談を受けても、親御さんが成人女性といえども、まだ大学生の身分だからと言うことで、たとえば門限を設けるとか、厳格なしつけをしてこないことからこんな様子になったし、私も娘さんと対面したことがあっても、「こんにちは」の一言挨拶もできない娘さんなのだ。

若い人の(一部でしょうが)、規律や文化習慣の乱れを痛感しているのは、少なくとも私だけではないと確信しているが、身近な存在の人がそれに該当している現実を目の当たりにして、

今日ほど疲れた日はなかったように思う。

長々と今日は愚痴ってしまいました。






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(#404)東京オリンピック

2009/10/02 12:37
開催地決定まであと少しですね。

しかし、東京でもかなりの誘致合戦を繰り広げられていますが、個人的には無理のような気がします。

青島知事が都市博を中止させたように、この不況下で日本を出してくるとして、どのような経済効果が出たとしても、一部の大企業の人たちのところに効果が分配されるだけで、庶民にとっては効果は期待できないような機がするのですが・・・。

個人的には、その開催に当たっての例えば都心の交通渋滞で、日頃の業務に支障が出てくることも必至で、私の場合は、東京マラソンの開催だって、日常の生活道路がマラソンと言うことで規制をかけられたりしていることが許されなかったのです。

石原都知事も、決して地味な知事でなく、考え方が私は個人主義に走っているようなことを考えると、不況でない経済状況のときにみんなで盛り上げて成功させようと言う風潮があるのであれば歓迎だが、庶民の関心度がかなり低いことも証明しているように、日々の生活を展開することもママならない時代に、東京オリンピックで盛り上がろうと言うのは軽率のような気がするのですが・・・。

私も、11月07日に開催される川口市の満50歳の熟年が集って<盛人式>を行うに当たってのボランティアの実行委員を引き受けているが、どうどうとはいえないが、いまひとつ盛り上がりに欠けているような感じがしてならないのである。

一方で、このような時代背景だからこそ、初心に帰って、地道なことから皆さんの意識を盛り上げようと言う観点には賛成であっているからこそ、このような川口市の取り組みに賛同しているのだが・・・。

わたし的には、オリンピックの東京招致には反対なのですが、いかがでしょうか?
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(#403)不安神経症で悩んでおられる皆さんへ。

2009/09/14 07:50
このブログは、ご存知のようにミクシィとも連動しているので、ココのところ<不安神経症>で毎日壮絶な闘病生活を送っておられる皆さんもたくさんおられるようですので、不安神経症で闘病して自殺未遂を3回もしでかした上に、結果的に手の指の機能障害を持ちながらも、現在ではほとんど健常者と同じような生活ができるようにまで回復した先輩として、よきアドバイスが与えられたらと思い、今回のテーマとしました。

@まず、不安神経症の類の病気は、人によって時間の差こそあれども、<必ず治癒する>ことを肝に銘じてください。

急性期(症状が強いとき)は、必ず精神神経科のドクターの診察を受けてください。昔のように現代は精神科の敷居は高くありませんから、恥ずかしがらずに症状をドクターに打ち明けましょう。
基本は、与えられたお薬を決められた時間に服用することです。勝手にやめたり、中には大量の服用をする方がおられますが、危険とは言えども経験からも致死量に達するクスリはまれです。むしろ、途中で発見されて病院に担ぎ込まれたときの処置により回復しますが、健康体の身体に異常な薬が作用されるわけですから、身体に悪影響は多かれ少なかれおこってくるものです。私のように、3日間も左を向いて横たわりながら寝入ってしまったことで、左半身の身体の皮膚が辱そう状態(床ずれ)になってしまった上に、皮膚が壊疽してしまい、腐り始めて熱をもち始めただけでなく、100キロ以上もあった体で左手の指を押しつぶし続けてしまったゆえに、筋肉も硬直してしまい、一部は手が腐りながらも、腐った皮膚と肉を除去する150針以上の手術を3回に分けて受けてから、リハビリをして、やっとの思いで退院するまで4ヶ月以上もかかったのです。

このように、精神科部分以外にまでクスリによる影響は残りますし、社会生活に戻るまでの時間はかかるものですから、絶対に薬の大量の服用は必ず死ねないし、生き残っても悲惨な生活があなたを待っていると言うことです。

A急性期は安静を心がけましょう。

ご自分での生活運営が困難な場合は、精神科病院への入院をお勧めします。閉鎖病棟に割り切れない気持ちになられると思いますが、留置場ではありませんし、病棟内は自由に行き来できますから、病をともにした心を割れる友人もできるかもしれませんが、一番は、御自身のクスリの管理、食事の管理、入浴や洗濯など、規則正しい生活を保障してくれるのが病棟ですから、金銭的に頼ることができるあてがある皆さんは、早期に入院をお勧めします。

禁酒禁煙は最低限の規則ですが、ラジオ1個だけ、本を何冊かと、自由日記できるものや、ご無沙汰している友人に手紙を出してみるくらいのものを持って、休むことが一番ですから、病院で<ご自分を見直してみる>絶好の機会です。

入院を勧めているのは、個人的に自宅での闘病生活となると、お酒に走ったり遊興に転じたりと、紙一重で怠け者扱いになってしまうからです。

Bカウンセリングも時には有効です。

しかし、私のときは保険診療でなく自由診療でしたから1時間の面談で3500〜5000円の実費の負担になりますし、それでも私はちょうど100回受けましたが、カウンセラーの人に自分からの主張を聞いてもらってはいても、それぞれの主張に適宜にアドバイスをくれる保障もなく、私見ですがカウンセラーはドクターにつなぎをつけるカルテに患者の主訴を書き入れることが先決になっているようですし、それを見る側のドクターも短時間診察ではろくろく見るあてもなく・・・。もっと保険が利き、安価になれば理想的ですが、精神化医師も少ないのが現状ではどうしようもありません。

C不安神経症の患者さんだけでなく、神経を患っている患者さんに共通して言えることは、<自己中心的><わがまま><悲劇のヒーローやヒロインになりたがる>ことです。

私は、病気は必ず治りますと主張し、お伝えしています。
しかし、急性期であれ安定期であれ、次のアドバイスに詳しく述べますが、<ご自分の気持ちの持ちよう>がある意味で全てになるのです。

患者さんは、厳しい言い方をしますと、ご自分の生活スタイルやパターンが怠惰なものに人から見られたくないために、ご自分を正当化するものです。正当化ができないものになると、同情を引くような言動に走ったりする傾向にあります。

その状態を打開しない限りは、病気に勝つことは可能性は0でしょう。優秀なドクターや高価なクスリも絶対に効きません。

大切なことは、ご自分のふがいないお姿を率直に認め、またご自分で受け入れて(ココが大切!)、辛いことは正直にドクターや看護師に告げ、素直に助けを求めることです。そして、次に大切なことは、医師から指示されたことを確実に守ることです。

この時点で心にとどめていて頂きたいことは、<低いハードルで結構ですから、ご自分に到達可能な課題を与えて欲しい>と言うことです。

毎日ただだらだらと過ごされることも急性期には必要ですが、治癒したい方は、ぜひとも無理のないようなハードルを設定していただきたいです。しかし、達成できなかったときに落ち込みが激しい傾向にある人には、まだ無理だと思います。

不安神経症を治癒させる方法のひとつに、<ご自分にいかに自信をつけさせることができるか>と言うことに尽きると思います。

次回をお楽しみに。

ご相談に乗ります。メッセージを送ってください。
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(#402)自民党の情けなさ

2009/09/09 04:54
この総選挙の結果は誰もが理解していることだろう。
個人的には、どの政党という主張ができるほどの魅力はなかったが、自営業ゆえに今までは自民党に票を入れていたが、今回は白票で票を投じてきた。

自民党でなければ民主党か?そういうような簡単な判断ができなかったからだ。

仮に民主党政権が発進して、次期選挙までに、政権が持つか持たないかと言うことから次回の参院選挙の票が変わってくると思ったからだ。
いわば今回はどちらの政党に対しても、お手並み拝見と言うところだ。

しかし歴史的大敗を期した自民党の潔さのなさはいかがなものか?

大会社とは言えども、バブリーなときには大盤振る舞いをしていたところが、歴史的な大不況になったときに、派遣社員は勿論のこと、会社の存続のためには正社員も依願退職を迫るか、解雇することがだ平気で行われる時代だ。

いわば自民党は国民と言う政治の権利者にリストラされたと言うことであるから_、潔く自分たちの非を認めて堂々と野党に落ちるような姿を国民に見せるべきなのに、

麻生総裁をはじめとしてあの評判の悪いあく代官的存在の細田幹事長までも、憮然とした態度でふてくされている様子がテレビの画面から見て取れるのは私だけでしょうか?

国会の議席の配置が自民と民主で席の配置が逆になったことから、控え室も入れ替えを要求されて当然のことだが、お金がかかるとか言う短絡的な見栄だけの主張で拒んでいると言う。

往生際が悪いとはこのことだ。

このことに関連して、先日フォークリフトとショベルローダーの運転技能講習修了証と有機溶剤取扱主任者と床上5トンクレーン操作技能修了証が取得後に25年以上も経過しているために、現住所変更と写真の貼付を目的にした再交付の申請書類を郵送してもらうために所轄の教習期間に電話をしたところ・・・。

電話に出たのはお年寄りの男性。

名前を発しても、意味が良く取れないせいか理解してもらえずに、結局ファックスで申請書類の送付を願って送ってもらったが、白紙で送付すればまだしも、名前の表記は再三伝えても間違っているし修了証取得年月日のところに生年月日を書き込まれていたりで、レイによって電話で猛烈に抗議して白紙を送るように要求したら、今度は若い女性が申し訳なさそうに電話口に出た。

相手はひたすら謝罪だったが、私は「所詮あなたのように○○協会と言う組織の上司と言うのは天下りのオジンたちで何もできずに給料を蝕んでいるから、あなたのように実務がきれる女性や部下たちがやりにくいのだろうから、政権も変わったことから、みんなクビにしてしまいなさいよ」とけしかけたら女性は『本当にそうなのです』と悲鳴を上げつつも私に同調を求めてきたのだった。

国政ならずとも、身近な委託期間となっているところの常任役員のほとんどが、オジンたちで、実務の詳細を尋ねても、明確な答えを返してくれてはいない。

皆さんの身近なところでも、天下りの甘い汁をすすっている人がたくさんいるのだ。

確かに官僚時代に貢献された人だってたくさん存在することも否定できないが、業務委託機関の役員となっている人たちの精査も必要な時期に来ているのではないかと思う。
仕事が突然なくなってしまい、ホームレス生活をしている人が皆無なら、多少の許容範囲はあるとしても、現在の社会情勢がこのようであるのなら、甘い汁をすすっている人たちから、少しでも多くの金の流れを変えてほしいと思っているのだが。

このようなことも含めて、民主党政権に期待しているのだが、自民の下野も潔くして、民主にやらせてみるような建設的な思考にチェンジして欲しいものだ。その代わり民主も失敗は許されない。国民の負託にこたえられるような政権運営に期待するばかりだ。

そして本当の国民の評価は時期参院選の結果いかんだと思っている。
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(#401)最近の若者は・・・なんて言えなくなった

2009/08/28 16:08
最近のテレビを見ていたり、市内を車で運転していたりして、若者の様子を観察していると、例えば自転車通行では、東京都をはじめとして全国的に自転車の3人乗りは禁止、自転車運転中の携帯電話使用は禁止と言われていてもお構いなしの無法地帯になっている。

歩道を横切る車のハンドルを私が持っているときに、歩行者の前でしたら原則として道を譲っているが、性別を問わないが少なくとも女性の該当者がほとんどだが、道を譲って待っていても、普通は頭を下げて(御礼を伝えて)早足で横切ると思いきや、のんびりと私のほうに『文句あっか?』と言わんばかりににらみつけては携帯電話でメールを打ちながらのんびりと歩いている女がとても多いのだ。

今日も、私のマンション(父がオーナーだが、自分が実質的に住人の窓口になっている)の住人のところに、小さなお子さんを連れた若いママさん一家が車2台乗ってマンションの駐車禁止のところに平気で停めようとしたので、ひとこと『停めてはいけないとは言わないけれど、ここは駐車禁止の駐車枠だから、マンションの奥のところのお稲荷さんがある前だったら停めてもいいですよ、ただし、正面の窓のところに何号室と言う紙を貼っておいてくださいね』と茶髪のママさんに注意喚起したのだったが、「そうなんですか、わかりました」と言って来たので、私も2階の自室に荷物を置きに来て、気になったので改めて駐車禁止の枠のところを見たら移動はしていないし、表示もされていなかったので、その住人であるママさんの顔は知っていたことから、エレベータで追いかけていき、その家の玄関のところでたむろしていた3人のママさんに向かってやさしく『私は別にせっかくおいでになったお客様の車を停めてはいけないと言っているのでなく、ココは皆さん住人のものですから、管理会社に聞くと『一切チュウキンですから、近くのコインパーキングに停めてくださいと言うことになるから、私としては止めても支障のないところをご案内した上で、車の窓に何号室と言う表示をしてくださいと言ったはずなのに、玄関のドアに隠れているママさんは<わかりました>と言っていたのに、約束を守ってくださらなかったですね。私は約束を守ってくれれば、駐車スペースを作りますよと申し上げたのですから、駐車禁止枠の車を駐車できる場所に移動されて、表示もしてください』とやわらかく苦言を呈してきた上に、また数分後に見に行ったら、早速移動してくれたので、今後の為にと、私の名刺と駐車するときの連絡先を示した上で、メモ用紙に『今後はお互いに気分を害すことのないように、駐車されるときは私にご連絡くださいね。一番気分を害しているのは、約束をしたのに逃げるように玄関ドアに隠れてしまったママさんのことです』と注意を改めてしたうえで帰ってきたのでした。

いずれにしても、この世の中、知らなければ知られなければ何をやっても構わないという人が増殖している現実。

少なくとも37所帯入居している自分のマンションだが、せめて自分の身近な住居空間での秩序の維持は、たとえ悪者になっても強行で布石していきたいと思っている。

でも、前回紹介させていただいた教え子の妹さんのメールだが、31歳と言うお若い年代であっても、敬語の使い方は間違っていないどころか、とてもきれいな敬語を使っていると同時に、自分を絶対に自己主張しないで相手を常に尊重して立てている様子がひしひしと伝わってくる文章には、最近の若者の一部とは言えどもテレビをつければ天然のオバカキャラという嘆きの気分を一掃してくれたメールだっただけに、しつけをされる親御さんだけでなく、ご自身がしっかりとした勉強で教養を身につけて常に学ぼうとしている謙虚で素直な気持ちさえ宿していれば、紳士淑女はなくならないということを痛切に感じたのでした。

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(#400)おかげさまで

2009/08/26 11:18
コメントが400になったものの、実際は300ちょっとだったかなぁと思い返しながら書き込もうとしていますが・・。

今朝起きて、トイレに行ったときにメールを確認したときに、ミクシィにコメントメッセージが入っているとのこと。

25〜30年前に赴任した小学校で担任をしていたときの教え子の妹さんからだった。
探されたようで、やっと見つけたと言う感じでのコメントでしたが、私の教員生活は2年足らずの人生でしたが、一生懸命に勤務させていただいたところで、私も教え子の皆さんは8割方覚えているのですが、その妹さんからメッセージを戴いたと言うことは感無量の気分だ。

当時の教え子の皆さんは、今年の誕生日で39歳と35歳になっている。

皆さんそれぞれ社会で活躍をされており、それでも当時の私のことをしっかり覚えていてくださったということもとても嬉しい気分になります。
当時から、子供の教育に携わっているものとして、受験勉強のことも視野に入れなくてはならないと言ういわば成長期の教育に加えて受験と言う二頭立ての馬車で教鞭を振るわなくてはならなかったが、これは現在でも有効と思われることだが、<きちんと挨拶ができること><人の心の痛みがわかること>がしっかりと小学校と言う初等教育の時点で身に着けていかないまま受験にかかわることを習得しても本末転倒なのだ。

私の場合、小学校教育は専門外だったので、ある意味で専門の中学校高等学校教育のプレステージとしての考えに学習指導要領の要素を加えて、自分なりの教育方針で教壇に立っていたので、短い赴任期間で達成できたのは、学習意欲につながるレディネスのステージは培ってきたので、その教え子のようにたった10ヶ月の産休代員教師として、普通は子供たちの記憶にとどまらない程度の教員でなく、一部とは言えども子供たちの心にとどまったのではないかと思うのだが。

ミクシィも、紹介制であるので、私が参加できるようになったのも『教え子』の紹介だったし、マイミクの半数以上は私のかわいい教え子たちであるのです。

今度は、教え子たちが結婚されて子供が誕生したときに、何らかの形でお付き合いできればと願っているところです。

今朝は、その様なわけで、すがすがしい朝を迎えました。
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(#399)14個目の資格取得

2009/08/15 17:32
わが社も13〜16日まで夏休み。

・・・と言うことで、川口市の消防本部が主催の<上級救命講習会>に申し込んでいたので、6月に取得した普通救命に加えて、レベルアップということで丸一日缶詰の座学に加えて演習と筆記と実技の試験を受けてきた。

消防本部のスタッフは、もう会社関係の業務もあわせて知り合いが多く、気が知れていただけでなく、前回も普通救命ということで指導をしてくださった指導者でしたので、何かと<お手本>として使われたり、冗談を交わして笑いをとったりで、とても楽しかったです。

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救命講習では、公共の場に倒れている人に近寄って、呼吸の有無を判断して、救急隊が現場に到着するまでの相田、周囲の協力者に援助を求めて、AEDを駆使して、傷病者の救命率を上げることがいわば任務なのだが・・・。

先日に、このブログか別のブログに掲載したのだが、わが町内会で、正当に純粋に清い人たちが集まってくださるボランティア活動の一環として、私が副部長を務めている<衛生部>の活動に対して、毎月の公園清掃や古紙回収にかかわっている人に対して、ジュースの消費量が多いとか、ジュースはまさか低下で購入していませんよねとか、特に昨年度の、総会で決算の承認を戴いた案件に対して、穿り返してきて『衛生部のこのお金の使途を役員会の前で、議事録に掲載しますから、じいヤンさんから説明をしてください』という、奇怪なファックスが送られてきたりで、『私は、衛生部のクリーン推進員でもなく、ただ<お手伝い>をさせてもらっているから、その人たちにジュースをどのくらい使ったかとか、また私は衛生部の事務処理を担当しているだけなので、昨年度の予算の使途についての説明はできるわけがなく、はなはだ勘違いがひどいので、私からはコメントができない』ということを、ファックスの送り主である副広報部長(副総務部長兼任)に伝えておいたのだが。そのことがあってからは、所詮ボランティアで汗水流している立場としてはかかわりたくないというのが正直な気持ちだった。

こんなことがあるように、救命を介助したとして、この世の中で命拾いした場合はいいとしても、残念ながら逝去されたということになると、何を言われるかわからないご時世で、このような講習を受けている自分がむなしくなったのですが、少なくなったとはいえ、<人の為になる>ことを理解してくださる人の為になることは、いつかきっと自分に帰ってくるという信念を持って、これからも毎日元気に生きて行きたいと思うのであった。

それにしても、町内会という小さなコミュニティーであっても、自分のことしか考えず、自分に不利益なことがあれば原因となる人と物はぶっ壊すという狭い考えを持っている人がはびこっていることは、世の中住みにくくなったものである。
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(#398)久しぶりの座学講習会

2009/07/30 11:46
昔は、教職員と言うことで人前でしゃべることとどのようにしたら人が話を聞いてくださるかと言うことをわきまえていたのですが、今回火曜日の半日を使って<危険物取扱者保安講習>と言うことで、自動車免許の更新時講習と同じように3年に一度の保安講習の受講が義務付けられていたので参加してきた。

次に水曜日に<防災管理者新規講習>と言うことで、今までは防火管理者と言う資格を持っていた私が、法改正に伴って防火管理者の資格も取得する必要性に追われたので、新規の資格取得と言うことで、丸一日5時間の座学講習を受講するために、川口から埼玉県大宮にある防災センターまで、国際興業バスとJRを乗り継いで出かけて、慣れない座学受講を済ませて帰ってきたのだったが、今回は居眠りこそしなかったが、今までとは逆に講義を受ける立場を久しぶりに体験させていただいて、こんな私でも人前でプレゼンをする機会が少なくないので、ある意味でとても勉強になりました。

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(#397)ラフェスタ3年目突入

2009/07/11 01:20
始めて会社に頼らずに自分で購入したラフェスタが我が家にやってきたのが、おととしの七夕だった。

私の日常の<足>として、左指の障害から買い物をしても右手でしかバッグが持てないことから、買い物や通院・父や息子の運転手として・ゆうさんの送迎とデートの足として・時には町内会の広報車として・大切なお客様やそうでないお客様の送迎車として(笑)日々活躍してきた。最近は鋳物製品で小物の運搬にも活躍していますが、今月の10日にゆうさんを新宿区内の自宅まで送っていった途中で、オドメーターが40000キロを表示した。
(単純計算として733日で計算すると1日あたり54キロ走行したことになる)

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このまま、ローンの支払いをあと3年間かかって払い終わると、完済時には単純に1年で20000キロだから、5年ローン完済時には軽く100000キロを超えることになる。

私なりにカスタマイズした愛車である。
ゆうさんは、あなた、100000キロを超えたら、新たにハイブリッド車でも買い換えてガソリン使用量を減らしましょうよ、私もそのためにお金をためるからね。と言ってくれたが、私は日産党だが、日産ではハイブリッドが遅れすぎており、もはや今度は電気自動車で対抗しようとしているのだが、私は低床タイプのミニバンを欲しているので、ホンダならオデッセイか妥協してステップワゴン、トヨタなら断然アイシスを希望しているが、ハイブリッド化が進むのは、トヨタだろうから、アイシスハイブリッドが3年目に誕生していればいいのだが。

しかし、個人的にはお給料が半減せざるを得ないような会社経営だったから、金銭面でもゆうさんに助けてもらっているので、ローン完済の後はゆうさんに返済する約束になっているから、ラフェスタは20〜30万キロくらいまでは大切に使わなくてはならない。

2000ccのラフェスタは,都内一般道でも7〜8キロは走るようにエコ運転を心がけている。
これからも大切に使わなくては・・・。


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(#396)いいかげんにせぇ

2009/07/03 06:46
おとといの水曜日の夜に、7月になったばかりの日に定例の役員会が開かれた。

そこで、特段に悪いことをした覚えもないし、追求されることも見覚えがないのだったが、突然の衛生部からの報告事項を伝えた後で、一般のと言うかほとんどの皆さんから拍手を送られたのでしたが、突然言いがかりをつけられて口論や舌戦となった。(勿論だが、わたしは特段に反論ひとつ言わず平静を保っていた)

そこで、今回の登場人物紹介

@トシコさん(今年度から町会の改革として1期2年限定で就任した女性町会長)
Aイトさん(元衛生部長で今年度も副町会長として進行部の反勢力として君臨)
Bノザッキー(前衛生部長で副町会長。トシコさんとともに正統派で君臨:衛生部付きの副町会長)
Cヤマさん(広報部長:今期からなぜか副町会長に就任:イトさんとともに反勢力)
Dモッチャン(副広報部長:町会の広報誌の取材と原稿作成と編集、印刷までこなすが、なぜかただですら多忙なのに副総務部長まで引き受けたことで、急にえらそうにした態度が目立つ)
Eヤマグさん(10年以上も副経理部長に君臨。誰だって、癒着等疑う。恨みを買われたら陰湿な手で事実無根なことまで作り自作自演で上層部に直訴:恨みを晴らすためには事実無根のことを対象の人に向けた上で、口コミで嫌がらせを広めるスグレモノ)
Fマキさん(新衛生部長:まじめで正義感強いおじちゃん)

さて、

衛生部も、第A日曜日に実施される古紙回収の件のご案内と雨天順延すると第3週の日曜日は町会盆踊りのやぐらの組み立ての行事と重なるために、多少の雨だったら実施する旨をマキさんからご案内してから、前回の古紙回収の事務報告を副部長のわたしにゆだねたところで、わたしからは、重ねて14日残し回収に参加のお願いと、4〜6月分の3ヵ月後との市への助成金申請に行く前に、実際にいくらの金額が助成されるかと言うご案内を懇切丁寧にご案内して、そのあとで市のほうに出向く旨を伝えてから、拍手で労をねぎらってもらったまではよかったのだが・・・。

そのあとから、質問と言う形で、モッチャンが怒りをこめておでこに血管を浮き立たせながら・・・

『じいヤンさんから戴いた原稿をそのまま載せているのですが、先日5月の古紙回収の時に、わたしは取材があるところを4トン車の運転をさせられた上で、途中で帰ってからソフトボール部の試合の取材に出向いたのですが、お弁当をもらえなかったひとがいるらしいことを聞いたのですが、わたしは自分で経理部に問い合わせて毎月いくつのお弁当を注文しているか知りたい。余ったらどうするのかとか」(実は忙しい中で突然帰ったのでモッチャンがもらえないことを怒っているのだ。)
『そのときは大して暑くもなかったのにビールがもらえたのですが、通常会社ならもらった金額の明細を載せるのなら、収支決算と言う意味で毎回明朗会計で広報誌の載せなくてはいけないのではないですか?」とのこと。

続いて、今度はヤマさんが(執行部の人間は質問はしてはいけないのだが常識を知らない)、通常会社だったら収支決算は明朗会計でないといけないし、だいたいこのご時世で新聞や雑誌ダンボールの金額が安いとはいえないと思うのだが、じいヤンさんは色々な神の回収業者を知っているのだろうから、今までの片岡さんに固執しないで、他の業者を検索して収入アップすべきではないのかね」

と切り込まれた。

副部長のわたしがすべて回答するわけには行かないので、部長のマキさんに振ったところ、突然心境を察したようにノザッキーが立ち上がって・・・

『その件は私が前任者でしたから経緯を説明しますと、広報誌の掲載内容は昔から行っていたものを踏襲していっているものと、弁当の数は平均すると25でいいと判断したからそのようにしています」

もっちゃん「前は前でいいんですよ。要するにもらえなかったひとがいるというのはまずいんじゃないですか?」「だいたい、昼前に終る行事ですから弁当なんかいらない」

すでに、ここまでくると抑えることができない。

じいヤン『広報誌の掲載内容も、従前のものに加えて、単純に回収の重量と金額を口頭でご案内するだけでなく、広く皆さんにわかっていただきたいと思って、単価と市からの助成金の目安をもお知らせするようにしたことなので、それでご理解いただきたい」

ヤマさん「じいヤンさんから私からの質問に対しての答弁を伺っていませんが、単価の高いところを探すことって必要だと思いますよ」

じいヤン『わかりました、検討材料として承っておきます」

そういった険悪な雰囲気を察してくださった30位の男性の班長さんが

班長『所詮、ボランティアでしょ?収支でしたって、定期総会のときに古紙回収のお弁当代や飲み物代ということで予算案もすべて資料に掲載されていて、総会で承認されたのだからそれで十分だと思うのですが・・・。また、私はここのところ連続して古紙回収に参加させてもらっていますが、衛生部の皆さんは実に丁寧に気を使ってお弁当を配ってくださっていますよ」

最初の拍手に加えて、実に説得力ある男性からの証言もあって、一時は一般のわけわからないオヤジと班長がけんかになりそうになったが、ノザッキーがとどめてくれてその場は収まったのだったが・・・。

正統派に加えて貴重面のマキさんと私はハラワタが煮えくり返っていたが、ひたすら沈黙を守ったのが結果的には正解だった。

ココで整理すると・・・
1)元衛生部長であったイトさんが今の仕組みを作ったことを直接的に批判されたものだから、副町会長という執行部の一人だったら何か言うべきのはずが、一言も言ってくれなかった。

2)広報誌に収支決算を載せても構わないが、それでは総会の承認は意味がないことになる。
3)収支決算を載せる手間はない。逆に衛生部だけ明朗会計で載せたら、他の部でのあいまいな収支も載せることになることから、墓穴を掘るのではないかということをヤマさんもモッチャンも知らない。つまり後で述べるが、私がヤマグさんのことを個人的に追及したことから恨みを買ってしまい、つけがイトさんグループであるヤマさんとモッチャンを使ってじいヤンをみんなの前で潰してしまえというカラクリだ。
(つまり、還暦過ぎの大オヤジの陰湿なじいヤンいじめの現実だ)

4)確かに片岡さんという紙の回収業者の単価は安いのだが、4トン車を毎月無料で貸してくれている上に、新聞紙を回収するのだが、終ってから片岡さんに持ち込んで計量したあとで、荷おろしをすることなく帰ってくることができるという大きなメリットがあるのだ。

5)仮にその4トントラックをレンタルしてきたものなら、助成金だってすべてレンタル代に消えてしまうのだ。
6)ヤマさんは店を経営していた社長だが、そんなことすらわかっていないし、古紙回収も自分の店からでるダンボールをトラックに載せたら帰ってしまうのだ。(自分の利益しか考えていない)

7)執行部の人間は発言というか質問やまして批判などは常識的にはタブーだということを知らない。
8)モッチャンも単なる兼任の副部長に過ぎないのに、他の会でも最近態度がでかいと評判だ。
9)肝心なこと:トシコ町会長はこの際一切コメントを発していないで沈黙を守っていた。(エライ!!)


このような顛末の発端は、ヤマグさんのお得意の逆恨み攻撃だ。

彼女は、例えば新年会のお弁当参加予定者80名だったら100個注文してしまい、20個を自分と他の女性と山分けして自宅に持ち帰るという。例えば、盆踊りのときに、子供たちの配る予定のアイスキャンデーをひと箱自宅に持ち帰っているというもっぱらの評判だ。まずいことに経理部の役員が総務部の役員と兼任していいものだろうか?

そんなところで、特に専門家ではないが、几帳面に事務処理をするじいヤンが色々と動いていることから、やバイと感じたのだろう。役員会の席で徹底的に男の重鎮たちにじいヤンを攻め立てさせて、精神的にもプライドもずたずたにすれば身を引くと思ったのだろう。

そうはいかない。

私が、一切感情的にならずに、沈黙と冷静さを保ったことから、いじめ側は退散したようだ。
モッチャンも閉会後にノザッキーと話したら5分も経たないうちに『俺の勘違いだった』と和解したという。

これで<いじめ>であることは証明されたことになる。

衛生部有志の2次会にマキさんから誘われて、近くのカラオケ居酒屋に集合したときに、私がマキさんをなだめるのと、自分も積もったうっぷんを晴らしたかったので1時間も熱弁を振るったが・・・。

一番嬉しかったこと・・・・

1年前、家族や衛生部から受けたストレスから自宅で暴れた(笑)ことがあったり、じいヤンは切れやすいし、切れたらやくざやさんのように凶暴になるというように思われていたのが、役員会であんなようにたたかれても、平静で沈黙を守ったことでみんなびっくりしたようで・・・。

ノザッキー『じいヤンさんは、この1年でずいぶんよいほうに変わったな」
幹部のナベさん「じいヤンは、今日の席では絶対に切れないと信じてたよ」
衛生副部長のタテさん「いや〜、今夜じいヤンさんだったら失礼だけど、喧嘩になると思って期待してたけど(俺たちの意見として自分ではいえないからじいヤンが代表して言ってくれると期待した)見直したよ〜。あんなに言われたらふつうは誰だって切れるもんな』

みんなが応援してくれていることを確認できたが、それだけでない、人生の伴侶としてお互いに認め合って約束したゆうさんとの約束である<決して怒らないこと>を忠実に守ったご褒美だと思った。でも、部長のマキさんと二人で、今年度は役員として引き受けたけれど、今年度中に同じようなことがあったら、二人で役員を辞任した上で、資源回収自体をやめること、やめないとしてもじいヤンの会社で貸しているトラックの貸し出しもやめること。を確認した上で、先輩幹部のナベさん、タテさん、ノザッキーにも理解してもらったのだった、

ボランティアなのだから、気持ちよくやりたいし、自分の地位や名誉だけを追求した自己中心的なお遊びに戯れていて、後輩の育成を考えていない人が残っているのなら、やめちまえと言うことだ。

でも、拍手を送ってくださった皆さん、カバーしてくださった班長さんはじめたくさんの皆さんのためにも、やめないと思うが ・・・。


皆さんの町内会ではどうですか?

コメントをお寄せください。


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(#395)免許限定解除

2009/06/25 15:55
ご無沙汰をいたしております。
ココのところ、朝起床してから、お茶を入れて血圧測定して18種類の薬の錠剤を飲んで、落ち着いたかなと思ったら、仕事があるときは出張の準備とともに出社して、ないときはいつものように去痰の処置をしてもらいに、同級生が開業している耳鼻科に出向いたりしたり、人からの頼まれごとのために、書斎にて電話・パソコン・ファックスなどをフル活用して対応したり、車で出向かなければならないときは、弟社長に外出の連絡をしたあとで<現場主義>が看板になっている私ですから、出向いてでも対応している私ですが、父の家の洗濯物や薬の仕分けや愛犬ひ〜さんの散歩なども含めて、さまざまに動いていると、昼食の時間もなく食欲もいまいちの状況で、帰宅するのが18時前後になってくると、夕飯の準備もする元気がないまま、祖食事をしてシャワーを浴び、自分の洗濯物を洗濯乾燥していると、必然的に疲れと眠気に襲われてしまい、ブログの更新どころかベッドでテレビやラジオをつけながら寝静まってしまうと言うサイクルなのでした。

さて、本題。

先般、やけにモチベーションがあがったときに、急に自分の免許証が取得したときは昭和56年ごろにマニュアルで(当時はAT限定免許はなかった)取得した免許を、平成3年?に更新を忘れてしまい一時的に失効してしまったものを取り戻すために免許センターに出向いたのだったが、そのときに左手の指の障害を持つことになってからは、センターの人にAT限定にしたら?と言われたものをそのまま受け入れてしまったので、平成13年以降はATしか運転できなかったが、あれからリハビリをした結果、サイドブレーキの解除のときのボタンだけは右手でやらなくてはできないこと以外は、マニュアルのシフトレバーの操作もハンドル操作も問題なくできることを、出向いた教習所の所長先生が太鼓判を押していただけたので、その旨を免許センターの適正相談室の先生に説明していただいたところ、じいヤンさん、日曜日に鴻巣市の免許センターまで行かれますか?聞かれたので、「行きましょう」と即答してから、彼女であるゆうさんに付き添ってもらい、鴻巣まで2時間ほどかけて出向いたところ、適正相談室の2名の先生方が、あらかじめ私が昭和56年にマニュアルで取得していたデータを出力してくださっており、お会いしてからシュミレータで実際に操作ができることを認めてくださったら、「じいヤンさん、あなたのように以前マニュアルで免許を取得されたことがココで証明できたケースなので、この場でAT限定解除の審査合格の証明を書きますから、手数料の埼玉県の証紙代1700円を支払ってくだされば、最短で明日月曜日の13時にまた来てくだされば、1時間ほどで解除の免許証を発行できますから、教習所で62000円を払って、教習4時間に検定を受けてまですることはないですよと言ってくださった。その代わりに、じいヤンさんもおっしゃっている様に、バイクの運転はできなくてもいいですか?と聞かれたので、自転車がのれれば問題ありませんと言うことで交渉成立となった。

埼玉県の公安委員会では、独自に免許の条件として<原付は不可>という設定があるらしい。
しかし、この設定はつい最近に設定されたことから、免許証の裏側に押すその旨のゴム印がないらしく、汚いけれど私の手書きでいいですかといわれていたが・・・。

そして翌日月曜日の午後1時に、またまた片道2時間かけて鴻巣市の県の免許センターに出向いて、14時過ぎにはICチップの記載事項の変更も終って、いよいよマニュアルの中型8トンまでの運転が可能になったのだった。

嬉しくなって、これまた10年ぶりに、献血を400ミリ採血して貰い、新たな献血カードを作ってもらって帰ってきたじいヤンでした。

このことで浮いた62000円を使って、今度は大型免許でも取得しようと思っているのですが・・・。

リハビリを始めたときは、左指の握力と言うか指力が0だったのだが、頑張って6キロ?まで回復していた。

行政側でも、バリアフリーの風潮が進んでいるらしく、障害者の社会参加や復帰を促す意味でも、寛大は配慮がなされているとのことであった。


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(#394)情けないことだが・・・。

2009/06/04 09:32
毎月の第1水曜日になると、私の街の町内会は、月次の定例役員会が開催される。
しかし、私にとってこの役員会はストレスの宝庫となっているからいやになってしまう。

昨日も、先月の定期総会にて、今年度の新しい人事が承認されて、新体制でのスタートを切ったと思われたのだったが・・・・。

私が所属して、今年度から実質部長秘書付きでの担当副部長になった「衛生部」。

その前に、今年度から町会始まって以来初となる女性町会長が誕生して、副町会長のメンバーも一人新任が承認されたのはよかったのだが、

執行部となる、副町会長以上の職務を担当している4名が、2名づつ真っ二つに分裂した考えを持っており、その流れが(俗に言う派閥である)我々の衛生部の役職を持った人間をも二分してしまう分裂状態を生んでしまったのだった。

俗に、執行部に名前を連ねているメンバーはお互いに職責を全うするために助け合って町会の行政に専念することで、その枝葉の部分で活躍しようとしている各部署の役員が生き生きと動くことができる環境がそろってくるのだが・・・。


情けないことに、わが町会は、すべては自分のために、自分が町会に名前を残せるためなら何でもやってしまうと言う帰来が強く、私が考えている10年先のビジョンを持ち、現職の役員さんたちのあとを継承していける若い人材を育てていかなくてはならないという<使命感>を一部の派閥の人間たちが忘れてしまっているために、取り急ぎ
自分たちにとっての利益ばかりを追いかけた諸先輩が多いので、50歳にお若手としてはいささかやりにくくて困っているところだ。

典型的な異常人事としては、10年近く連続してもしくは途中1年間でも空白期間を設けていたとは言えども、経理部副部長を改選なしで続投しているおばさんが、何と今年度の人事では総務部副部長まで兼任したと言うことだ。

一般的に、総務と経理の重要なポストを兼任することはタブー視されていることくらい、素人の私でも理解しているし、経理部は部長1名、副部長1名に対して、監査が5名も存在すると言うわけのわからない人事なのだ。

私も、衛生部の活動に参画して5年目を迎え、恐れ多い副部長を拝命して2年目にして、衛生部長の補佐役を(これは人事の面で肩書きはつかないが)仰せつかり、新しい衛生部長とともに、町会の悪いイメージを衛生部から払拭していこうと動き始めたところだったが、予想された事態とはいえ、新体制での最初の定例役員会で、見事に執行部の分裂派閥とリンクするように分裂してしまったので、昨日の晩は、帰宅してからもイライラが収まらず、就寝できたのはまたまた朝の4時を回ってしまったのだが・・・。

しかし、旧態依然の体勢に新しい風を吹き込むということは、それだけの逆風も当然のように吹いてくることも事実なので、負けることなく新生衛生部を構築していきたいと思っているのだが・・・。

今日は、以前から弟社長には私用で一日欠勤届を出した上で、実は首都高速道路株式会社の2009年度のモニターに選ばれたので、まず最初の仕事である「神奈川管理局管内の安全施設の現地視察」に参加することになっており、具体的には、首都高速神奈川線の<殿町〜池上新田公園>区間の安全施設を徒歩で2時間ほど視察して帰ってくると言うスケジュールをこなしてきて、また来週の木曜日の夜に、今度は虎ノ門にある首都高速道路株式会社の本社会議室で、視察報告会に参加してくることになっているのである。

今回の視察区間は、高速神奈川横断線の工事区間における施設点検を首都高速側としては自社内の人間でなく、一般公募の人に第3者的な視点で点検してもらおうと言う、製造業の品質管理手法に似たプロセスを踏んだ行事だと思う。
個人的には、日頃は見ることができない部分を拝見できる楽しみだけでなく、2時間ほどの区間を徒歩で視察と言うことは、日頃から心がけているウォーキングの効果も期待できると言うところに魅力を感じているのだ。

でも、前日のごたごたで、ただですら睡眠不足な私が、今朝までも睡眠が取れたのは実質2時間ほどだけに、運転して出向く側としてはいささか迷惑な定例役員会だったと憤慨しているところだ。

まぁ、やるだけやらせていただき、それでも町内会を旧態依然の自分たち個人的な利益だけを追求だけしている古株の人たちからの反感をかうようなことがあったら、そのときは私として協力していたすべての町内会の役職に対して<辞表提出>と言う形で、引き上げてしまおうと考えている。

町会長経験者である私の父も、それだけ町会がおかしくなっているのなら、いっそのことぶっ壊してしまえばいいというある意味で<許可>も下りたと思っているので・・・・。

要するに、町会で飯を食っていかれないということと、町会の運営はボランティア精神豊富で、お互いに気持ちよく参加することで意義があると私は信じてやまないのだから・・・・。
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(#393)首都高速

2009/05/23 23:41
何かと事故や構造上の欠陥を私は指摘したい思いでいっぱいなのだが、
もうすぐに、5号池袋線の高島平〜戸田南だったか?24時間丸一日使って車線規制を行って<ノージョイント工事>を実施するので、当日はお車の使用を控えられるか、迂回をお願いしますという案内が首都高のHPに掲載されている。

確かに、ノージョイント化をすれば、走行中のショックはなくなるし、あらためてジョイント部の更新工事の必要がなくなるだけでなく、ひいては交通渋滞も解消されると言うが・・・・・・

高島平〜戸田南の区間は、私に言わせれば5号線の末端部分で、比較的に新しい区間に当たると、私自身は認識しているのだが、

そうであるのなら、どうして高島平からの延伸区間工事を施工する時点で(新規工事を施工する時に)初めからジョージョイント工事ができなかったかという怒りを覚えるのだ。

確かに5号線は、交通量が半端ではないし、結果論としても延伸部分に対して、改めて休日とはいえども24時間にわたってただですら2車線で交通量が多いのにかかわらず、1車線規制をするということは、大渋滞どころではないことは容易に想像がつく。

不景気に、ある程度の受注工事業者の救済と言ったら言い過ぎかもしれないが、延伸計画時点でジョージョイントの技術がなかったと言えばおしまいだが、一度計画して施工してから、どのような工法を取るかはわからないが、
地方への高速道路に接続する重要な役割を担っているのですから、はるか昔に施工した路線は仕方がなかったとはいえども、5号線の延伸部分については、このような必要にせめられた工事についての必要性は、計画の時点で判明していたはずだろうと思う。

戸田南延伸後の5号大宮線につきましては、専門的な知識までは認識していないものの、戸田南〜さいたま見沼までの区間を開通当時から実際に走行して見た感じとして、ジョイント部分のガタンと言うノイズはほとんど感じられていないことに気づく。

さて、

そうであるならば、5号池袋線〜S5号大宮線をイメージしてみて、高島平〜戸田南の区間をノージョイント製にする必要はあるか?という視点で考えると、私は必要はないと感じているのである。

ノージョイントにすれば、確かに走行上のイライラ感は解消されるだろう。

しかし・・・・

この区間は、地形上のこともあり、ただですら自動速度取締機が多く設置されていることも皆さんもご存じだと思うが、頻繁に急カーブが連続しているのに、制限速度50キロに対して、20〜30キロオーバーで突進するドライバーがあとをたたず、事故が起きやすい区間でもあるのだ。

だから、設備更新上での判断ならやむを得ないが、スムースな走行もでき、渋滞が緩和されると歌う必要はないのだ。

ただですら、規制速度50キロに対して、80キロ以上で追い越していく悪質なドライバーがたくさんおいでなのだ。
さらに困ったことに、速度オーバーは乗用車は当たり前、おまけに大型車までが速度を守っていないのだ。

先般、熊野町JCT付近の上りの急カーブで、タンクローリーの横転事故があったことは記憶に新しいところだが、高島平方向から池袋方面に向かう車線は、板橋本町IC直前から、ほぼ直線区間になり、板橋JCTで中央環状線との合流をした直後に、90度近い急カーブで東池袋方面に向かうことになる構造だ。

ですから、戸田南方面から80キロ以上で難なく?飛ばせていたところで、板橋本町付近で直線になれば、当然追い抜きなども含めた加速傾向が強まるのだ、そんな中で急カーブですから、自家用車ですら50キロでカーブを通過するのがやっとであることに対して、タンクローリーのような大型車両が急にカーブを通過しようとすれば、力学の専門知識がゼロの私でも、事故が発生することは容易に想像できるのである。

どの部門でどんな要求があってのジョイントの工事なのかわからないが、もっとグローバルな?視点で工事の計画をしてほしいものである。

最も、一番の悪者は、制限速度をはるかに超過して平気で運転してしまうような基本的なマナー違反のドライバーが繁殖しすぎていることだと思うのだが・・・・・・。

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(#392)超多忙につき・・・・

2009/05/20 05:29
GW前から、本業での納品業務と、町内会の定時総会とその翌日の古紙回収作業が続いたことだけでなく、今年度から衛生部副部長と言う立場がさらに重くなり、部長秘書付きという、広報部門・庶務部門・会計部門の担当者としての仕事が付加されたため、今まで以上に町会に拘束されることが多くなった。

それだけでも大変な緊張と焦りだったが、総会の当日の昼間に、突然父から私の携帯を鳴らされたのだった。

「いま、病院の検査結果が良好でないということで、緊急の検査入院が必要と言われたので、主治医のカンファレンスに立ち会って欲しい」ということだった。

疑いのある病名は、狭心症・たこつぼ心筋症と言うことだった。

ゆうさんと我が家で、総会に出席するなら、私が服のコーディネートと上方のセットをしてあげるから、みっともない格好だけはしないで頂戴ね・・・ということで、夕方までの時間限定で我が家に来てくれていたのだった。
(民主党の鳩山代表の奥さまのようである)

緊急入院と言うことで、最初にかかったHO病院と言うところから、工業病院へ紹介状を書いていただいているということで、車で自分で出掛けた父を、病院に車を置かせていただき、私の車で工業病院に直行することになった。

工業病院のスタッフの大半は私のことを知っていてくれているので、病棟が決まってから、すぐに父の家に帰って、ゆうさんにも手伝ってもらい、ゆうさんには我が家でそろえることができるものを揃えてもらいながら、まとまったものを、ちょうどメールで連絡した弟と息子のうち、息子がいたので、病院に荷物を持って行ってもらった。

そんなこんなで、GWはおしまい。

月曜日に、心臓カテーテル検査を受けるということで、私がつきそったが、結果は即刻出て、工業病院の主治医の先生から、心臓の血管には問題ないから、明日にでも退院して、HO病院に戻って、今後の治療と投薬を受けてくださいということになり、最低でも半月の入院と聞いていたので、またまたパニック状態になった。

それからと言うものの、不況ながらも、信じて頑張って仕事をすれば、お得意様からの注文が来るもので、そのわが社で作った鋳物をお客様のところに納品するのが私の仕事であるから、同じところを何度も繰り返して運んだ。
羽田方面・川崎方面・横浜方面と、北では茨城県石岡市方面と、節約を心がけているので、基本的に遠方でも、納品に行くときのみ緊急性がある場合のみ、高速を利用するが、私は基本的に片道3時間半の道のりでも一般道を使って運行することと、川口市・TBSラジオ・首都高速道路公団などに<エコドライブ宣言>を宣誓しているので、急発進急ブレーキは一切せず、エコ運転に努めている。

今日も、帰社したのは21時近くになっていたが、常磐線沿線と言うことで、帰路の途中の撮影ポイントで、電車の撮影をしてみた。

一部ご紹介です。

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今日も、睡眠時間が2時間弱しかとれませんでした。眠くて疲れが取れていません。

今日は、午前中に、今度は私が2か月に1度の医療センター内科の定期受診の後で、午後から羽田方面への納品です。一般道経由ですから、往復3時間の長旅です。

明日は、仕事を休んで、ゆうさんと月に1度の千葉県流山市まで、鍼灸治療に出かけます。

このほかに、朝7時から父の家に出向いて、愛犬の柴犬のオスの<ひふみ:ひ〜さん>の朝食の準備、ゴミ集め、洗濯と、出来上がった洗濯物の畳み、父の血圧測定のデータの記録と、薬の管理などで、1日13時間労働です。

その上で、人から依頼された事案の処理にも時間を費やします。

金曜日は、欠勤させていただき、自宅で休養したいと考えているところです。

頼まれていないことでも、これを手伝っておけば、みんなが喜ぶだろうなと思って、夢中になって動いてしまう悪い癖と、疲れきって睡眠薬を飲んでも、短時間しか熟睡できない体調ですから、お金があれば、入院させてもらってでも休養を取りたいところです。
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(#391)とてもエコな食事

2009/05/07 22:20
50になってから、特に胃の大きさが小さくなったようで、ココのところ一日1〜2食で十分に満足した生活に慣れてしまっている。

それも、以前のように、ゆうさん(彼女)に教わって自分なりに料理して食べていた食事も、最近は疲れやすくなったのと、ぜいたく品を好まなくなったので、食事も簡単に済ませている。

いつも朝食はとらないのだが、昼食時になってちょうど同級生の開業している耳鼻科の帰りに面倒くさくなって、ラーメン屋さんにでも立ち寄って、野菜たっぷりのあんかけ焼きそばでも食べてこようと思っていたのだが(650円)・・

そのお店は、いまどきにして珍しく、普通のシンプルなラーメンなら何と300円で食べられるだけでなく、麺類は1人前のタマの大きさが決まっているので、極端な大盛りはないのだが、他のメニューだと、さすが職人さんたちの町の老舗だけあって、今の私には一人前が安いだけでなく、とんでもないほどの大盛りになって出されるので、食べきれないことも・・・

そこで、車を止めてお店でのんびりと食べられることはわかっていても、またそのお店は、ランチタイムが終った頃にお店に直接食べに行くと、女将さんやお兄ちゃんがいつも気を使って、食後のアイスコーヒーを無料で出してくれているので魅力的だったのだが・・・・

ゆうさんから、あなたもGWにどこにも行かないのだから、お小遣いあげるねと1万円をカンパしてくれたのだが、そこは最近は節約の毎日になれたことや、収入がない息子が私の所に来たときに、一緒に好きなお店で食事させてあげようと思ったり、時には差し入れやお小遣いを上げようと思っていたので、節約節約ということで、そのまま帰宅。

考えてみれば、炊飯器にご飯が残っていたのと、冷蔵庫に激安のスーパーで買っておいた何と12粒?入っているシューマイのチルド品を出してきて、レンジにかけてからご飯の上にたっぷりのカラシしょうゆをかけて<シューマイ丼>完成。ご飯粒代を除けば、おかず代78円のランチとなった。とてもシンプルでおいしかった。

そして、ゆうさんの会社は今日から仕事再開と言うことに対して、わが社は電話番の弟社長に任せて、従業員は10日までお休みにしていたので、連休中に毎日のように我が家で二人っきりで過ごしたので、ゆうさんにとって自分の部屋で過ごす日が一日もなかった上で、今日の出勤時にご存知のようにJR横須賀線と湘南新宿ラインの車両故障により電車が長時間動いていない状況で振り替えでも頑張って仕事に出かけて言ったことを知っていたので、疲れているだろうと思ったのと、私はあと一日だけのんびりとできると思い、川口から首都高速を使って川崎まで夕方に迎えに行って帰ってきた。

さて、夕飯。私の好物は地味に<お味噌汁>なので、最近はまっているお味噌メーカーのしじみ汁の生味噌タイプをご飯にかけてお湯を注いだ俗に言う<ぶっ掛けご飯>を2杯も食べてきた。

実は、この生味噌の味噌汁のパッケージは6袋ついていて、激安スーパーで65円なり。
したがって、ご飯2杯の材料費を別にすると、夕食代は20円と言うことになる。

ハハハ、意識していない食事内容だったが、今日の食費は100円を切っていたのだった。

なんとも得をした気分。

これから、派遣切りを通告された、業績は正社員を抜いてナンバー1の弟のようにかわいがっている友人からの依頼で、そのお店グループの本部宛に、だめもとでの嘆願書を書くことになっている。
本部には、以前にも手紙を送っていて、派遣と言うことで当時の自給800円と言う最低賃金の友人のことを本部の人に褒め称えた上に、処遇についての改善をお願いして、大幅に昇給した経緯があるので、いざ勝負!と言う感じで書こうと思っている。

うまくいって、クビがつながればいいのだが・・・・

他にも、頼まれごとを早く処理しなければならないことがたくさんあるので、頑張らなくては・・・・。

人から頼られなくなってしまったら、おしまいだもんね。

もちろんボランティアですよ。
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<#390>連休の中で

2009/05/05 23:40
ここのところ、毎日が戦争のようにあわただしく、本業の受注が激減しているのに暇なはずが、そんな時に限って友人や町会の先輩の皆さんからの対応に追われて、連休どころではない状況です。
ブログの更新も、セカンドブログには一言メッセージですませているので、頻繁な更新はできていますが、オフシャルブログのピエスモンテの方がなかなか更新できずに、自分なりに攻めあぐんでいるところでした。

さて、そんな連休。

自分的には特別に外出の予定はなく、新年度当初から計画していた<我が家全体の模様替え>計画の遂行が遅れており、連休明けには<新装開店>で、友人や今年度から、町内会の衛生部長を引き受けることを最大限に引き伸ばす条件として、部の先輩のおじさんに部長を引き受けていただく条件として、部長職がこなさなくてはならない各種の事務部門や行政側に提出する文書の管理と作成のすべてを引き受けることになり、単なる副部長だけでなく、部長秘書役も兼任することになったので、部長と頻繁に打ち合わせができるように、我が家をきれいにしてお招きできるようにと言う準備を兼ねていたのだった。

まぁ、全体の70%は模様替えが終わっているのだが、最終的な家具の移動と、一人息子の部屋をいつでも帰ってきても気持ち良く使えるような環境を整えることが最後になってしまったので、明日も含めて、弊社は10日まで休業なので、手が足らないところは彼女に助けてもらいながら、少し延長して5月中旬から下旬にかけての新装開店を目指したいと思っています。

でも・・・でも・・・
今週の週末は、土曜日の夜が懸案となっている町内会の定期総会。日曜日は私の担当の恒例の公園清掃と資源回収活動が予定されているので、大型連休の最終日は2日間も休み返上になってしまうのが辛いところである。

彼女も土曜日にわざわざ我が家に来てくれて、じいヤンさぁ、せっかくのきちんとした総会に出るのだから、私が服装のコーディネートと昨日染めてあげた髪の毛をきちんとした髪形にワックスで整えてあげるから。私もきちんとした場にあなたが出ていく時に、きちんとした格好で出てもらいたいのよとのこと。

ありがたいことだ。

こんないい加減な私の身の回りの世話をしてくれる代わりに、股関節を痛めている彼女が外出することはかなり負担をかけてしまうことから、お礼にと言ってはなんだが、我が家に来てくれる日は、基本的に往復私が愛車で送り迎えをさせてもらっている。



そんな今晩の息子の夕飯のおかずをリクエストにお応えして、メカジキの竜田揚げとささみの竜田揚げを彼女に作ってもらった。私はご承知のように左上肢の機能障害を持っているので、原則として油での揚げ物だけは危険なので避けているので、揚げ物は彼女に作ってもらっているのだ。

そんな彼女を、新宿区の自宅に送っていきながら、帰宅時刻が息子に合わせておいたので、久しぶりに帰宅した息子と竜田揚げ2種、味噌汁、新じゃがの煮物などを揃えておいた上に、2週間後にやってくる公認会計士の国家試験に向けて、子供の日でもあるから<菖蒲湯>の準備と併せてあげものであるが、カツを用意して、<勝負に勝つ!>と縁起を担がせようとしていたのだったが、深夜に帰宅して夕食後にもまだ試験勉強をするから、入浴してしまうと眠くなるということから、お父さんお風呂はいいや、と言うことで帰って行ったのだが・・・・

しばらくして、息子の携帯から私の携帯に電話が入ってきて・・・・

「お父さん、さっき言い忘れてしまったんだけど、お父さんがせっかくお風呂を立ててくれていたのに、入らないで帰ってきてごめんね」と言うことだった。

このような会話をしてきた記憶は私には覚えがない。

寝食を別にして1年余りになるが、この子はこんなに気配りのできる大人になってくれたのかと、親バカだがとてもうれしくなった。

お父さんは気にしていないから心配しなくていいからね。でも、今回のキミからの気配りの言葉は、友達やおじさんおばさんなどには決して忘れてはいけないよ。お父さん、キミからわざわざ電話をもらって嬉しかったよ。と返しておいた。

小学校2年生の3学期から母親不在の生活を過ごしてきたが、しつけに対しては、一言だけ「人様を傷つけてはいけない、まして殺してはいけない。そして物を盗んだりすることもいけないが、それさえ守れるなら、自分で考えたことでよいと思ったことは自由に何でも思い切ってやってきなさい。何か不具合があったら、お父さんが全部責任を取るから」ある意味で無謀なしつけ方針だったが、成人した息子に改めて聞いてみると、一字一句しっかりと覚えている。

あとは、親の背中を見させて育ってくれればよいということで、私も品行方正を実践してきただけに、立派とはいわないまでも、優しい子に育ってくれたことに感謝している。

私は、息子に叱るときは厳しいだけでなく、佳いことを為せた時は、しっかりと褒めて認めたことを実践したが、間違いではなかったように思えた。

連休最終日前だけに、気分的にローな感じだったが、お金では買えない素敵な気分をもらえた。

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(#389)やはり、思っていた通りなのか?

2009/04/18 06:10
昨日の深夜にTBSラジオの加藤浩次さんの番組にmisonoさんとの面白そうな対談?がオンエアされた。
これは、出演者への誹謗中傷でないことをあらかじめお示しした上で・・・・。

misono 私、子供がほしいの。
加藤  じゃぁ、早く結婚するってこと?
み    いや、そうでなくて、こども(だけ)が欲しいの。
加藤  ????
み    私は一夫多妻の逆が希望で・・・


これだけ聞いていただけで、聞くに堪えられなかった。
子供だけ欲しいんじゃ、オトコを作って<タネ>だけかっぱらって、後はたくさんの男友達をたくさん作った生活をしたいのかよ。世の中、そんな甘くないぜ!

日本独特の、いや世界の(一部を除く)結婚観は、崩壊してしまったようだ。

確かに、芸能界の人たちを見ていても、結婚して子供ができた、いや結婚する前にカパポコやりまくって、失敗したのか、避妊もしないで盛り上がったのかわからないが、できちゃった婚として式を盛大に挙げて、子供が生まれたら、何やかんやの理由を付けて簡単に離婚をして平気な顔をしているかのように見える。

ともに白髪が生えるまでは、伝説になってしまったようだ。

ニュースになった話題としては、10代前半の親が頻発していることも大きな社会問題になったし。

学校の性教育や道徳教育はどうなっているのだろうか?

オトコは草食動物になっているらしいし・・・。

オンナに振り回されてはいないだろうか?

旦那が女房にDVをしでかす事も許せないことだが、

マスコミは、常に一方的に旦那側の問題をクローズアップしているが、

俗に言う、火のないところに煙は立たないのだ。

最近の一部だと信じたいが、オンナは結婚という行事を楯にとって、オトコからタネを吸い取ってから、使い捨て状態と考えていることも、少子化問題・ひとり親問題からみても、大きな政治的な課題でもあると思う。

天皇陛下・皇后陛下のご成婚50周年の記者会見があって、私も拝聴させていただいたが、お互いに認め合い、支えあい、尊敬しあった陛下ご両人のご表情には、いやしともおもわれる程の穏やかで平和な様子が伝わってきた感じを受けました。




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(#388)新年度に入って・・・

2009/04/05 02:50
ここのところ、ブログの更新ができなかった。
朝起きてから、慣例となった血圧測定と18種類の各診療科目の薬を、1日2〜3回と言う設定を緩和して、1日に朝1回と言う分量で定期的に服用すると言う習慣をつけてきて3ヶ月。

すっかり習慣になって、体調も安定してきているようだ。

やはりいただいた薬は、きちんとリズミカルに飲まないと続かないし、体調も改善されないようだ。

しかし、春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、朝起きて、薬を飲んで血圧測定のあとで、持病の腰痛がきつくなければ、父と弟の愛犬オスの柴犬(ひ〜さん)の散歩にいってあげることになっているが、ここのところ朝が寒く風も強かったので、腰の痛みが強くて行かれずに終っていた。

いつもの耳鼻科での去痰処置に毎日行かずにいられる代わりに、4月下旬の連休からはじめた2回目の居住室(私のマンションの自宅)全室を対象にした、エコ生活への大胆な模様替えをはじめたことで、大きなたんすやセミダブルベッドの移動から始まって、不要になった家具や電化製品の処理も含めて、彼女に助っ人になってもらったとは言えども、実際に家具類の移動は私一人で左指を使わずに移動したので、もろに腰と背筋を痛めてしまったので、整形外科へ沈痛の注射と、整骨院の先生のところで、ローラーベッド15分、マッサージ15分、電気治療15分をセットで毎日のように受けている。

新年度に入って、これと言った変化と言うと・・・。

町内会の役員改選という厄介な問題が浮上してきている。
私は衛生部副部長と言えども、部長付きの秘書役にもなっており、その上で町会長も突然の辞任や、衛生部長も辞任表明ということで、私のところに衛生部長のお鉢が回ってきたのだが、町会にかかわって20年。万年班長に加えて、衛生部の資源回収活動に単なる町会員としてトラックの運転の仕事をさせていただいて3年。その上に副部長になって1年。その流れで今度は部長と言うわけだ。

私の本業がもっと順調に行かなくては、ボランティアに参画することはできないし、してはいけないと思っている矢先に、部長職だとか、クリーン推進委員とか振りかけてくるので、逃げるのがやっと。

おまけに、やっと部長候補に承認を採ったところで、その条件として部長職の事務部門をすべてじいヤンさんが担うと言うことだったので、複雑な気分だ。

でも、そこでもやっと職責分担が落ち着いてきたところで、この週末になってまたまたぐらついてきた。
みんな無責任だ。

それほど無責任に名誉職の名前をもらいたいだけで実行力を伴わないなら、いっそのこと私が部長職を担ってしまって、早期に町会改革の下準備を始めてしまおうかと思うのだが、50からボランティアに手を染めつくすことだけは避けたいのだ。

町会なんて、うまくこなして当たり前。

ちょっとでもこけたらぼろくそに言われるのがオチなのだ。

ところで我が家の大改造。
5月の連休明けには新装開店といきたいところで準備をしている。

今まで一人で暮らしている空間で、日常から電灯線や空調を広さに関係なく使っていたところで、一番空調のお世話になる12畳のサンルームをホームスペースにしていたところを、6畳部分に分けて半分を衣装スペースに、半分をベッドスペースにして、就寝時は最低限の空調のお世話になるようにして、残りで一番使っていたリビングダイニング11畳の部分を、ほとんど使わないように設定して、日常の頻繁に使うスペースを、今まで納戸として使用していた4畳半の部屋に集約して空調も電灯も使っていこうとして始めたプランなのだ。

このプランですと、昼間から電灯線だけでなく、地デジ関連やパソコン環境と電話ファックス関係の環境もこの4畳半に集約することで、電気代の3割カットを期待しているところなのである。

ベッドスペースの電灯も、6箇所に装備してあるスポットライトを一括でオンオフするのでなく、たった1箇所のスポットをヒモでオンオフさせることで、日頃や就寝時も電気の使用はなくなり、代わりに小さなタッチセンサーの行灯を枕の頭に置くだけにすれば、電気の使用量も節約できると言うものだ。

これで、電気料金も値下げと言うことになってきたので、来月の請求票を見るのが楽しみになってきている。

また、最近清涼飲料水の消費も少なくなってきている。100円均一での無駄遣いもほとんどなくなってきていることから、身体にもお財布にもエコになっていくことを期待しているのだが・・・。

役員報酬が激減せざるをえなくなってしまったので、ギリギリの生活に挑戦しなくてはならないだけに、この新装開店にも力がこもりますね。

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(#387)WBC優勝おめでとう

2009/03/25 04:39
昨日は、朝から興奮気味だった。

相手が5回目の韓国戦と言うこともあり、と言うよりは準決勝のアメリカ戦であれだけの素晴らしい対戦で勝利できたなんて予想もできなかっただけに、またもや韓国と言うことで、強いチームとは認識していたが、侍ジャパンも粘り強いし、小刻みな野球と、起爆剤があれば絶対に負けないと言う私なりの評価があったから、試合前から<絶対に勝てる>と言う小気味よい自信がみなぎっていたのだった。

しかし、朝一番に、町内会のN衛生部長との古紙回収の追加助成金の申請が市の環境部廃棄物処理課で認証してもらえるかと言うお尋ねと言うか陳情に出かけるために、環境センターにお連れする予定を汲んでいたのだった。

もちろんのことだが、事前の数字を伴った申請文書の清書の作成を、朝4時に起床したので、コツコツとコンシェルジェ(正式にはライブラリー:書斎)でこなしていたのだった。

そして無事に追加申請が了承されると言うことだったので、帰りに「じいヤン君、コーヒーでも一緒に飲む時間はあるかい?」とのリクエストで、ドトールでコーヒーを飲んでから、部長宅に送って帰ってきたのが10時過ぎだった。

自宅内のコンシェルジェに戻ってきて、テレビをつけて観戦開始と同時にこのWBCの日本の試合はすべて地デジで録画してあるので、今回の優勝戦も当然のことながら録画しながらの観戦だった。

しかし、自宅の玄関の外の雰囲気は、お隣さんや周辺の民家を見ても、大晦日の深夜状態と同じで、人通りすらなかった。みんな仕事も学校も家事もすべて手を休めての応援観戦だったのだろう。

私の会社も、私の担当の仕事がなかったので、弟社長夫婦は事務所で電話番と自分の仕事をこなしていたようだが、私も何かしようとしても、雑役もなかったのとは言えども、ただ座って観戦では申し訳ないと思い、先日の連休に突貫工事?で自宅の全室の模様替えと不要なものをすべて無条件で廃棄したり、家具の移動を私一人でやり、拭き仕事などのサポートを彼女に手伝ってもらって、第1弾の書斎の移動とともに新書斎「コンシェルジェ」の開設の後始末の片付けと書籍などの移動を、2部屋の地デジテレビの音量を上げながら、同時にどの部屋からでも見られるようにした状態で同時にこなしていた自分でした。

そして9回表の追加得点が1点しか取らなかったことがいやな感じがした場面で、原監督はダルビッシュを起用した瞬間、私は技術的にもダルビッシュなら大丈夫と確信していたが、何せ大舞台の登板という並大抵でないプレッシャーに負けやしないかと言う懸念が脳裏を走ったのだった。

案の定、あとストライクひとつで2アウトと言うところで、同点打を打たれた瞬間、このまま逆転さよならだったら、今までの努力はなんだったのだろう・・・と言うことと、いくら日本とはいえ、韓国のようにこのまま失投一回で優勝を逃したら母国に帰ったら何を批判されるかわからないと言う恐怖感にダルビッシュが勝ってほしいという懇願の思いをこめて応援していたのだったが、同点打でとどめたダルちゃんに思い切って左手のひらが障害で開けない私が、左手の甲に右手の手のひらを思い切ってたたきつけてパチパチと音を立てて拍手を送ったのだった。

そして、こうなったら長期の延長戦だろうと思って、テレビから離れて片づけをしていたら、2アウトとはいえどもランナーが2人残っていると言う場面と言うことに、急いでテレビの前に座ったら、イチローが打席に立っていたのだった。

イチローが勝ち越しの2点タイムリー・・・・・・

イチロー・・・・・・

すごい!!!


でも、一番おいしいところを持っていってしまって、ずるい男だと思いながら、「おめでとう!」と自宅内で大声で叫んで、一人で万歳をしていた。

原監督は、私と同期生だ。

選手もすごかったが、原君もすごかった。控えめと言うように、決して自分が・・・と主張せずに、一歩控えてでも選手を褒め称える姿勢、この性格が私は大好きなのだった。

これでJAPANはWBC2連覇を達成した。
第何戦だったか忘れたが、韓国が日本を下したときに、韓国の国旗をマウンドに立てた韓国軍。この有頂天さと自己中心的な国民性(ごめんなさい、すべてとは言いませんが私は好きになれないのです)に私は強い憤りを覚えたし、韓国の新聞の1面の見出しも、決して紳士的でない文面や文言が連なっているし・・・・・・。

その韓国の鼻をへし折ったとは言えども、TBSのカメラは日本のベンチにいたスタッフの一人が韓国と同じような日本の国旗をてにもっていたのを捕らえていたが、韓国と同じようにマウンドに立てて欲しくないと願っていたのだが、そのことはなされないまま終ったことで、ざまぁみろ!と言いたい人も多かったと思うが、この控えめさがまさに日本人の美徳なのだと痛感した。

100年に1度の未曾有の大恐慌で辛くて暗いニュースばかりの日本の国内に、国民に、感動を与えてくれた侍ジャパンの選手たちに、心から「おめでとう、そして感動をありがとう」と言いたい。

新年度を目前にして、頑張っていこうと思った。
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(#386)近況報告

2009/03/24 06:50
メディア関係は、この春の番組改編に大賑わいだ。
以前にも述べたが、テレビに限らずラジオ部門もすべてのキー局の番組表を取り寄せていないのだから一概にはコメントできないが、少なくとも番組のパーソナリティーに、局アナを果敢に登場させている。制作費を大幅に削減する対策は見え見えだ。

この件に関しては、いつかに譲るとして、私の近況報告を・・・・・。

ミクシィにも連動しているこの「ピエスモンテ」ですが、いよいよ4年目にはいり、コメントも400コメント(実際は途中でカウントがトラぶりまして、実際は300コメントと思いますが)に届くようになり、少しづつアクセスも増えさせていただき、地道に進めさせていただいております。いつもアクセスしてくださっている皆様、ありがとうございます。

そんな私も、ピエスモンテは公式なブログとして位置づけていますが、やはりそこはストレスを溜めているじいヤン。

3ヶ月前に、別のセカンドブログをはじめて3ヶ月になりますが、こちらももうすぐ200を超える更新と順調です。

さて、

この春の番組改編ではありませんが、この4月〜5月連休にかけて、改編のごとく、我が家の5つの部屋がありますが、彼女の自由になる部屋も(実際は息子の部屋をのぞいてすべて自由に管理?してもらっていますが・・・)確保した全室の大々的な模様替えを敢行しています。

この更新日記も、今までのミニ書斎からの発信でしたが、すでにこの3連休に完全に一部屋(狭いですが)確保した「新書斎」(コンシェルジェと命名)から、発信しています。

この部屋には、オーディオや地デジ関連の映像も含んで、情報を音声や画像でキャッチできることから始まり、各種の情報基地として機能するだけでなく、通常は11畳のダイニングとリビングに煌々と電灯をつけ、大型のエアコンをつけてと、省エネ対応になっていまして、従来の電気料金を30%カットに成功しましたが、この不景気と経営者の一人として報酬も半分にカットせざるをえなかったので、このコンシャルジェに移行することにより、お客様が来訪されたときや食事のとき以外は、コンシェルジェ(4畳)とベッドスペース(サンルーム半分:6畳)部分以外は、一切消灯として、更なる電気料金のカットと無駄を削減する目的をたくらんでいる我が家の<大改編>です。

このコンシェルジェには、取って置きの特徴があり、もちろん極端に言って24時間、寝ても起きてもベッドサイドとコンシェルジェの両方にいても情報の受信と発信はできるようにはなっていますが、特別にマンション建設時に私の要望で設置されていたベッドサイドとコンシェルジェの間に、秘密の扉を設けてあっており、今までは閉鎖してあったのですが、この<改編>でこの秘密の扉を開放できるような位置配置にしたので、就寝時に何か情報がはいったり、周辺から救援要請があった時に、ベッドから起きて3歩動けば、コンシェルでの<新:情報基地>の座席に座って対応できる特徴があります。

また、4畳とは言えども、1〜2名の気の知れた友人に対しては、歓談ができるスペースもありますので、日常の生活においては、このコンシェルジェとベッドエリアだけで、生活が可能と言うことになります。これで省エネと節約の生活が可能になり、来月の効果測定に期待されるところです。

さて、体調ですが、仕事の合間の時間の雑務が増えており・・・と言うのも、町会関係も仕事とあわせて年度末と言うことで、年度末の仕事は予想ですとこの不況にあわせて在庫調整をされているようで、暇な状況ですが、一方で町内会は役員改選の時期と言うことで、わが衛生部も大胆な役員の異動が画策されており、N部長の退任に伴い、私に部長職が推挙されてきましたが、本業が暇なのに、いくら地元で商売をさせていただいている立場としても、副業に集中はできないし、私もまだ50ですので、自由な時間が欲しいこともあり、低調に部長職はご遠慮させていただいた反面で、年齢的に現職の部長に次ぐMさんにお願いする方向にあります。これは私からの意向もあったのですが(副部長として)、Mさんに部長職をお願いする条件として、MさんはN部長と違って事務関係よりは機動部隊が得意な方ですので、Mさんが部長になっていただく条件として、副部長の私が全面的にMさんの秘書役として完全密着してバックアップさせていただくことをお約束させていただいたのですが・・・、実際にそれを引き受けるということは、事実上のネクスト衛生部長ということになるわけで、この点と、N現職部長と予定されるM新衛生部長とに加えて、この7月から2年間に<K市のクリーン推進委員>も委嘱されることになり、基本的に毎月の仕事として毎週水曜日に朝2時間の町内会の道路と公園周辺の清掃と、毎月1回の公園清掃(有志長会員全員参加行事)に加えて、私のメインタスクの古紙回収作業の監督指揮が加わることになるわけです。

町内会のほかの部署は年に1〜2回の行事にボランティアをするだけなので、大変です。

私の祖父も、父も、町会長経験者。私のような愚か者にでも「お前は3世代で、これから町会長として町会を背負っていかなくてはならないのだから」と言うもったいなく、とんでもないおうわさが流れているようですが、昔と違って、お金に余裕がある人が町会長になっているだけに、生活費もままならない私なんて基礎資格すらない状態ですから、現在与えられた仕事をこなすことが、私に与えられた命題だと肝に銘じているところです。

睡眠不足の波も、落ち着いてきていますが、まだ大波小波の状態で、薬の力を借りなくてはなりません。

これでも経営者の一人ですから、この不況の時期に悩みのつぼにはまってしまい、悪夢で激腹痛と嘔吐や不眠が続いていることも事実ですが、どんなに貧乏になっても<生きていることが価値あること>と彼女のおかげでポジティブな考え方になってきています。

時には、突発的に死んでしまいたいと思っていることも事実ですが、彼女のため、いや、それよりも父親として、一人息子のためにも生き抜いていかなくてはならないと肝に銘じています。

最後に、50代になって、身体のあちこちが故障してきています。この春の花粉症が眼の痒みや鼻水だけでなく、全身的な湿疹など、体質改善もしなくてはならない状況にきてしまっています。

政界の様子も、自民と民主の代議士の金券がらみの問題で特捜部が動き始めていたり、自民も選挙対策をはじめているのが見え見えの反面で、庶民も定額給付金で給付が始まってきたり、一部の高速道から一律通行料金が1000円(ETC装着車のみ)が開始されて、東京アクアラインのうみほたるPA(海上にあるPAです)が大混雑と、庶民にとっては議論の云々はどこへやら、ニコニコ顔になっている様子がテレビの画面に映されていますが、メディアも責任者の立場として、喜んでいる場面ばかりでなく、怒っている場面も公平性を期すためにも双方の場面の放映を願いたいのですが、このままでありますと、自民を支持しないと批判していた庶民すら、民主の代表が疑惑に絡んでいるなら今まででよいのではと思ったり、一番怖いのは若者の無党派層の人たちが選挙の投票に行かない状況も十分に予想されると言うことで、組織票で自民が辛勝しかねない結果になることを私は危惧しています。

自民が一番安定していると言っても、金券汚職の体質が変わらない自民党ならば、1期4年間だけでも一度民主党に政権を渡して下野して、その間に新しい若手中心の自民党に変わってくれないかと私は期待しているところです。

民主政権も私は期待しているところも大きいと私は思っています。

ただ、個人的な感想ですと、秘書とは言えども公設第1秘書が起訴されることのようですので、代表は退任すべきであると思うし、鳩山幹事長なら代表として適任と思っています。弟の邦夫さんは口が軽いようですが、由紀夫さんには期待しています。菅さんも小沢さんも失礼ですが口だけで、実質民主党を牛耳っていかれるのは鳩山さんだと思っています。

ネクストキャビネットも頑張っておられると思っていますので、年金問題を中心に(他にも難題があると思いますが)大胆に国政の大手術を敢行していただきたいと思っていますが、単独政権には懸念がありますので、国民新党や社民党と言うある意味で監査機関として連立を組んでいただくか、思い切って政界再編で、渡辺行革大臣の新政党とも連携して、<<危機管理内閣>>を確立していただきたいと思っています。

そんな意味で、この新年度は前半でメディアだけでなく、国政も大改編を期待してなりません。

最後になりますが、私も、応募した小論文が評価されて、平成21年度の首都高速道路公団のモニター委員に委嘱されまして(選抜倍率14倍でした)、よりよい首都高速の運営のために寄与させていただきたいと思っております。
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<#385>WBCを観戦して

2009/03/19 01:44
と言っても、ライブで観戦したのは、第2戦の韓国戦のみだったのだが。

キューバにせよアメリカにせよ、アジア以外の各国の試合のダイジェストを見ている限り、力だけを強調して、つなげる野球より一発芸のホームラン攻勢の野球しか私には見えないのだが…、皆さんはいかがだろう?

日本の第4戦目のキューバ戦は、正直なところ明らかに力の具合で日本は負けており、ダメかと思っていたが、起きてテレビをつけたら6−0で優勢だった。これにはびっくりした。

そして三度目の韓国戦。口ばかり一丁前のイチローのバットが火を放たない攻勢では、いくら侍が吠えても勝てるわけないだろう。そもそも何ですべての選手だけでなく原監督までイチローごときに気を使っているのだろうかと言う疑問が後を絶たない。いくら球場の近くに自宅があるからと言って、自宅から球場に通うことを容認しなければならないのだろうか?集団生活すらできない選手に栄光こそ輝くはずがない。

そのイチローが数字を残すのなら、100歩譲ってよいとしても、今回はイチロー自身も日本の足を引っ張っていることも事実なのだ。

今日の昼に敗者復活戦があるようだが、全員野球をしなければ、日本に優勝はあり得ない。

野村さんですら(楽天監督)イチローは衰退期に来ていると言っているようだが、かつてのイチローは、日本の球団の監督に対して大々的に批判をして顰蹙を買ったようだが、いわばただの一選手にすぎないということをもっと意識してほしいと考えているのだが・・・。
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<#384>TBS労組のストライキ

2009/03/15 06:56
本題に入る前に、ここのところパソコンの調子が悪いのか、ブログ運営側の問題か、アクセスが単純に集中した結果からなのか?私が書きこんでいる3種類のブログすべて、長文のコメントを書く時に限って、更新記事が消滅してしまう結果に陥っていたことでご無沙汰をしてしまいました。

さて本題。

13日の正午から14日の午前零時まで、TBS東京放送の労組に加入している組合員のアナウンサーたちが一斉にストライキを決行したために、該当時刻にOAされた番組でのアナウンサーの補てんは労組に入れない管理職のアナウンサーが番組を担当したという<事実>があったようだ。

私はTBS支持派としてと言えども、内部事情はわからないので、私的な感情で書かせてもらうのだが、NHKも含めた東京キー局の局アナがそろってストライキを決行した事実はこの10年以来のものだったという。

確かに、労働組合法でのストライキ権は合法であるので、云々ととやかく言いたくありませんが、民放と言えども公共放送のキー局に在籍している職員(看板アナウンサー)である。

TBSでは、この春のかなり極端なテレビの番組改編を行うようだが、第2の開局と言ういわば社運をかけた制作費を大幅にカットしたという、せざるを得ないという厳しい不況と言う現実を抱えている番組改編期の前後で、アナウンス部の管理職を除いてはTBSに限らないと思うが、ほとんどの局アナが、新人も含めてほとんどのアナウンス部の人間が主要な番組の登板を余儀なくされている傾向にあった。人気を博している安住伸一郎アナ、駒田健吾アナ、小林麻耶アナ(3月で退社)、久保田智子アナ、岡村博美?アナを代表するように、実力も備わっている局アナは、レギュラー番組を何本も担当している現実がある。ましてTBSはラジオ局もキーになっているので、アナウンス部のアナウンサーはテレビだけでなくラジオまでも掛け持ちの人が結構いるという事実があるので、10年来も春闘と称した戦いを表面化していなかった中で、素人としてはベースアップと勤務体系の改善あたりを要求すべく行動に出たのではと私は推測しているのです。

この春のラテ双方部門でも、局アナはフルにこき使われる環境が目白押しのようだ。特に朝のみのもんたの情報ワイドも3時間のOA、新番組の11時からの「ひるおび」と言う月金の帯番組においては4時間のOA、夕方の目玉の情報報道番組も、TBSがNHKに負けずにと意気込んでいる枠も2時間のOAだ。

不況時代だから、制作費は大幅に削減せざるを得ない現実を乗り越えるためには、局アナに頑張ってもらって乗り切ろうとしている姿勢が、アナウンス部に大波を起こしているのではないだろうか?

しかし、限られた制作費で数字もとらねばならないという大命題もあるので、TBSも大変だ。ここのところJNNのキー局であるTBSがTBSだけでなく、ゴールデンの時間帯の番組の制作に、MBS毎日放送やCBC中部日本放送に著作制作権を担当してもらって、素人の目では、制作費を系列局に分散化しているきらいがTBSテレビ・ラジオに目立つように見られてきている傾向にあることも紛れもない事実であろう。

話は飛ぶが、TBSの女子アナたちの仲間割れや嫉妬からの確執問題があるサイトでも(2チャンネルではありません)見られることに残念な思いでいっぱいなのである。オンナの宿命か??

ちやほやされる女子アナに対して牢名主のような女子アナや出番がない女子アナたちから、いじめ問題として表面化しているようなのだ。確かに、これもTBSに限ったことではないようだが、私はファンとして毎年改訂されるTBSアナウンス名鑑と言う本を購入して読ませていただいているが、これは男性女性を問わずに、原稿をよく噛んでいるとか、語り口調が悪いとか、アナウンサーとしての基本的な資質が問われるようなアナも少なくない。矛盾するようだが、このリストラの時代に、アナウンサーとしての資質を問われるようなアナをリストラした分で、残った有能なアナウンサーの給料のベースアップくらいは保障できないかと思うくらいなのだ。

これは特に女子アナだが、バラドルとかグラビアアイドルと勘違いしているようなアナウンサーもいるような気がしてならないのだ。

今回3月で退社してフリーになる小林麻耶さんも、局内ではかなりの嫉妬ややっかみでいじめにあっていたと聞いている。小林としては、希望部署として報道畑を希望しているアナだったようだが、TBSとしては看板アナとして残留に努力していたようだが、夕方6時からの2時間の報道番組を希望がかなったように抜擢されたことで、それも後藤謙次さんは筑紫哲也さんの後任として期待を背負ってニュース23を担当してからの局内番組異動として、MC(マインキャスター)としての就任でなく、アンカーとしての番組担当だから、小林は何とMCなのだ。土曜日の夕方の報道晩気味のMCである田丸さんと同じスタンス(フリーアナウンサーと言うことで)に昇格したというわけだ。

ファンとしては、小林麻耶キャスターに期待は大きいところだが、局側としては残留努力も水の泡になってしまったわけである。

余談になったが、アナはしゃべることが本業である。噛んだり間違ったアナウンスをしてはいけないプロの厳しい道なのである。今回のいじめの首謀者となっているのは2〜3人の女子アナと言われているようだが、能力のない職員と会社内の秩序を乱す職員はこんな時期もあるので、リストラくらいの処分をしてもよいのではないだろうか?
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<#383>睡眠のコントロール不可能状態

2009/03/07 03:45
私は、ご存知のように自営業の管理職の立場ですが、社長職をゆだねた弟と話をして、できることは俺が仕事をするからといって了解を取ったときに、アニキは病気の療養に専念しろよと言う言葉に甘えているのと、仕事量が年度末と言うこともあって、少なくなっているので、雑役の親父さんの仕事を自宅である2階のマンションの廊下から見ていると、これで俺が病気を背負ってでも手伝ってしまったら、雑役のオヤジさんを遊ばしてしまうことになると思い、この時期に特に花粉症の症状である目や顔、身体全体のかゆみに我慢できないのと、鼻水が止まらないこともあって、本当の意味での雑役(親父の家の家事とか親父の世話、犬の散歩など)のほかに、町内会の役員の仕事をこなしたいるほかは、ほとんどが通院で時間を割いたり、自宅の家事をこなすだけで1日がすぐに終わってしまっていた。

そんな体調で、神経科の薬はそろって副作用と言って<眠気>がきてしまうので、ほとんどのまずの状態だった私が木曜日の昼過ぎになってぞくぞくしてきたので、お昼過ぎにベッドサイドのラジオをかけながら、眠りに入ってしまってからは、昨日金曜日の夜19時ごろまでずっと眠り続けてしまったと言うわけなのであった。

途中でトイレに起きた記憶もない。金曜日の暴風雨の音と何度となくかかってきた彼女と宅配業者からの電話の音に「うるせ〜な!今出られんよ」とぶーたれて出なかったもんだから、後で彼女に大目玉を食ってしまったが・・・。

起きてからは、やたらと頭痛と寒気がひどくて、上唇の先頭におできができており(ドナルドダックの口みたいに)、鼻の中にも炎症ができており、とっさにユニクロのジャンバーを羽織って震えていたのだった。

それから、これが独り身の辛いところだが、ご飯を炊こうと思ってもお釜はシンク内で水に浸かっているので、寒かったので水に手を突っ込むことはしたくなかったので、カップめんを持ってきてお湯を入れて待っている間に、1階のエントランスの集合ポストに郵便物を取りにいき、帰ってきてメンだけを食べてスープはカロリーが高いので捨ててしまった。

そんなこんなで、解熱鎮痛薬を飲んで、チンして温める湯たんぽを股間のリンパのところに当てて、DVDを見ていたら汗だくになってきたのと、薬が効いてきて楽になったことから、ブログでコメントをくださったひとへの返信と、2つのブログの更新をし始めたのが午前2時だった。

今週もあっという間に終ってしまうが、毎月の第2の土日曜日は町内会の私が副部長をしている衛生部主催の公園と町内会館清掃と古紙回収の日になっているので、土曜の夜19時半からと日曜の朝7時半からの40分間は、私の提案で実施している、町内巡回を私の自家用車の屋根にスピーカーを積んで広報活動をした後で、日曜日の午前中めいいっぱい使って、公園清掃の巡視と古紙回収の諸準備と4台のトラックで回収活動のあとで、回収業者での荷おろしとともに、会計の業務も私なので、売上金の明細と現金をもらって経理部に納め、3ヶ月ごとに市のほうに助成金申請までして、当日の参加者などの活動の総括原稿を作成して町会広報誌に掲載してもらうために広報部に送付するまでの仕事であります。

もちろん、通常は土日曜日は、彼女と我が家でのんびりと自由に気ままに過ごす時間でもあるのだが、昨日の夜の時点では、町会を休むわけには行かないので、彼女とのデートは中止しようかなと思ったのだったが、お互いにくたくたな一週間だったからお互いに<お休み>にしようということになるかと思ったら、「あなた、忙しかったからさぁ、気分転換でもしたいわ」「何かおいしいものでも食べに行こうよ」と言うことで意見がまとまったのと、どうせ日曜日は午後にならないと自由になれないのだから、午後に一緒に美容院のお兄ちゃんに予約を取ってもらって、アタマやってもらわない?」と言うことで、またまたびっしりの週末と言うことになった。

ところが、更新している今は、土曜日の朝3時半です。

日曜日の事務関係の準備をしていたら、たちまち朝になってしまう。
今日は8時に彼女を迎えに行くことなので、7時には家を出なくてはならんしなぁ・・・。

私の友人からは「仕事にあわせて睡眠をとらねばならないなら仕方ないけれど、そうでないのなら、もちろん夜になったら眠らんでもベッドに横になることは必要だけれど、その他は、眠いときに寝たいだけ寝てもいいんじゃない」とも言われているが、私の場合は、身体がしんどくても人から頼まれたら原則として動いてしまうからね・・・だから疲れがたまってくるとコントロールがきかなくなるのです。

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<#382>催促されてしまった(笑)

2009/03/02 20:07
このピエスモンテは、ミクシィの日記とも連携している。
最近のミクシィの機能が若干充実?してきており、日記の更新をすると2回分くらいの日記のタイトルが掲示されるのだが、私の場合前回の日記更新は2月22日だったと思うが、1週間も?日記の更新がされないと、日記のタイトルの案内掲示が消えてしまうだけでなく、<最近日記の更新がされていません。マイミクシィの皆さんに近況を報告しましょう>というコメントが出てきてしまい、日記の更新を強要される。

…てな訳で、3月に入ったので、早速日記の更新で〜す。

3月から新シリーズ。「渋谷語辞典」という本から、現代社会における渋谷ギャルが使う渋谷語で面白いものをご紹介していこうと思いま〜す。

{1}茶べる

⇒意味。  お茶をしながらしゃべること。定番語となった「お茶する」が、パワーアップしたものらしい。ただし、はっきりと発音しないとただの「しゃべる」に聞こえてしまうので、舌足らずの人はカツゼツの練習が必要。
⇒使い方  「おごってくれるんだったら、いいよ、茶べろ茶べろ♪」「茶べったあと俺んちでも茶べる?」

{2}HG(エイチジー)

⇒意味   腹黒い。 レーザーラモンHGと言う筋肉系芸人もいるけれど、よほど最先端の渋谷ギャルでないと意味は通じないから、性格の悪そうなヤツには、「HG!HG!」と連呼したりしてみよう。

⇒使い方  「ミカって、ほんと純粋なんだよな。誕生日だって言うのに何一つなだらなくてさ。逆にいとおしくな茶って、前から欲しがっていたシャネルのバッグを買ってやったよ」「おまえなぁ、それって完全にはめられてるよ。実はあいつ、かなりHGだって有名だぞ」


2月後半は、季節の変わり目現象が早くなり、花粉症も顕著に症状として現れたので、自律神経失調状態で仕事に支障をきたした。不眠状態から、これはみなさんも同じだと思うが、春眠暁を覚えずというように、ネムネム病に侵されてしまい、いすに座っただけでも気を許すとこっくりこっくりとしてしまったり・・・。

でも本来の不安神経症状と言う形で夢見が悪く、夜中に何度も汗だくになりながら跳び起きたりすることも多かった2月でした。

神経科の先生から定時の薬は頂いてきていても、なるべく薬に頼らないように心掛けていた生活をしていたせいか、不眠がつらくなったときに、朝まで徹夜状態になった日の朝6時前に定量の薬を飲んで強制的に睡眠を取ろうとしたら、今度は効き目が強く出てきてしまい、何と途中一度しかトイレに起きたこと以外は26時間も眠り続けてしまったこともあったほどです。

神経疾患患者にとっては、お天道様の光を全身で浴びることが大切と聞いているので、ちょうど彼女からもリクエストがあったイチゴ狩りにでも栃木県あたりまで出かけてこようと思っている3月の初めです。

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