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ピエスモンテ(じいヤンのよもやま話)

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ピエスモンテ(じいヤンのよもやま話)
ブログ紹介
基本的には、時間が空いているときに、自由に更新させていただく、公開日記のページです。作成者(管理人)は、以前は病弱でしたが、おかげさまで少しづつですが元気になったものの、今度はフットワークの迅速化で疲れがピークに達してしまい寝込むことも少なくありません。2008年のお正月から1年間で2000名のアクセスを頂戴しました。ありがとうございます。これからも、地道に更新を続けてまいります。ご笑覧いただきたいと存じます。
コメントは大歓迎です。必ずお返事を差し上げますので忌憚なくお寄せくださいませ。
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(#396)いいかげんにせぇ

2009/07/03 06:46
おとといの水曜日の夜に、7月になったばかりの日に定例の役員会が開かれた。

そこで、特段に悪いことをした覚えもないし、追求されることも見覚えがないのだったが、突然の衛生部からの報告事項を伝えた後で、一般のと言うかほとんどの皆さんから拍手を送られたのでしたが、突然言いがかりをつけられて口論や舌戦となった。(勿論だが、わたしは特段に反論ひとつ言わず平静を保っていた)

そこで、今回の登場人物紹介

@トシコさん(今年度から町会の改革として1期2年限定で就任した女性町会長)
Aイトさん(元衛生部長で今年度も副町会長として進行部の反勢力として君臨)
Bノザッキー(前衛生部長で副町会長。トシコさんとともに正統派で君臨:衛生部付きの副町会長)
Cヤマさん(広報部長:今期からなぜか副町会長に就任:イトさんとともに反勢力)
Dモッチャン(副広報部長:町会の広報誌の取材と原稿作成と編集、印刷までこなすが、なぜかただですら多忙なのに副総務部長まで引き受けたことで、急にえらそうにした態度が目立つ)
Eヤマグさん(10年以上も副経理部長に君臨。誰だって、癒着等疑う。恨みを買われたら陰湿な手で事実無根なことまで作り自作自演で上層部に直訴:恨みを晴らすためには事実無根のことを対象の人に向けた上で、口コミで嫌がらせを広めるスグレモノ)
Fマキさん(新衛生部長:まじめで正義感強いおじちゃん)

さて、

衛生部も、第A日曜日に実施される古紙回収の件のご案内と雨天順延すると第3週の日曜日は町会盆踊りのやぐらの組み立ての行事と重なるために、多少の雨だったら実施する旨をマキさんからご案内してから、前回の古紙回収の事務報告を副部長のわたしにゆだねたところで、わたしからは、重ねて14日残し回収に参加のお願いと、4〜6月分の3ヵ月後との市への助成金申請に行く前に、実際にいくらの金額が助成されるかと言うご案内を懇切丁寧にご案内して、そのあとで市のほうに出向く旨を伝えてから、拍手で労をねぎらってもらったまではよかったのだが・・・。

そのあとから、質問と言う形で、モッチャンが怒りをこめておでこに血管を浮き立たせながら・・・

『じいヤンさんから戴いた原稿をそのまま載せているのですが、先日5月の古紙回収の時に、わたしは取材があるところを4トン車の運転をさせられた上で、途中で帰ってからソフトボール部の試合の取材に出向いたのですが、お弁当をもらえなかったひとがいるらしいことを聞いたのですが、わたしは自分で経理部に問い合わせて毎月いくつのお弁当を注文しているか知りたい。余ったらどうするのかとか」(実は忙しい中で突然帰ったのでモッチャンがもらえないことを怒っているのだ。)
『そのときは大して暑くもなかったのにビールがもらえたのですが、通常会社ならもらった金額の明細を載せるのなら、収支決算と言う意味で毎回明朗会計で広報誌の載せなくてはいけないのではないですか?」とのこと。

続いて、今度はヤマさんが(執行部の人間は質問はしてはいけないのだが常識を知らない)、通常会社だったら収支決算は明朗会計でないといけないし、だいたいこのご時世で新聞や雑誌ダンボールの金額が安いとはいえないと思うのだが、じいヤンさんは色々な神の回収業者を知っているのだろうから、今までの片岡さんに固執しないで、他の業者を検索して収入アップすべきではないのかね」

と切り込まれた。

副部長のわたしがすべて回答するわけには行かないので、部長のマキさんに振ったところ、突然心境を察したようにノザッキーが立ち上がって・・・

『その件は私が前任者でしたから経緯を説明しますと、広報誌の掲載内容は昔から行っていたものを踏襲していっているものと、弁当の数は平均すると25でいいと判断したからそのようにしています」

もっちゃん「前は前でいいんですよ。要するにもらえなかったひとがいるというのはまずいんじゃないですか?」「だいたい、昼前に終る行事ですから弁当なんかいらない」

すでに、ここまでくると抑えることができない。

じいヤン『広報誌の掲載内容も、従前のものに加えて、単純に回収の重量と金額を口頭でご案内するだけでなく、広く皆さんにわかっていただきたいと思って、単価と市からの助成金の目安をもお知らせするようにしたことなので、それでご理解いただきたい」

ヤマさん「じいヤンさんから私からの質問に対しての答弁を伺っていませんが、単価の高いところを探すことって必要だと思いますよ」

じいヤン『わかりました、検討材料として承っておきます」

そういった険悪な雰囲気を察してくださった30位の男性の班長さんが

班長『所詮、ボランティアでしょ?収支でしたって、定期総会のときに古紙回収のお弁当代や飲み物代ということで予算案もすべて資料に掲載されていて、総会で承認されたのだからそれで十分だと思うのですが・・・。また、私はここのところ連続して古紙回収に参加させてもらっていますが、衛生部の皆さんは実に丁寧に気を使ってお弁当を配ってくださっていますよ」

最初の拍手に加えて、実に説得力ある男性からの証言もあって、一時は一般のわけわからないオヤジと班長がけんかになりそうになったが、ノザッキーがとどめてくれてその場は収まったのだったが・・・。

正統派に加えて貴重面のマキさんと私はハラワタが煮えくり返っていたが、ひたすら沈黙を守ったのが結果的には正解だった。

ココで整理すると・・・
1)元衛生部長であったイトさんが今の仕組みを作ったことを直接的に批判されたものだから、副町会長という執行部の一人だったら何か言うべきのはずが、一言も言ってくれなかった。

2)広報誌に収支決算を載せても構わないが、それでは総会の承認は意味がないことになる。
3)収支決算を載せる手間はない。逆に衛生部だけ明朗会計で載せたら、他の部でのあいまいな収支も載せることになることから、墓穴を掘るのではないかということをヤマさんもモッチャンも知らない。つまり後で述べるが、私がヤマグさんのことを個人的に追及したことから恨みを買ってしまい、つけがイトさんグループであるヤマさんとモッチャンを使ってじいヤンをみんなの前で潰してしまえというカラクリだ。
(つまり、還暦過ぎの大オヤジの陰湿なじいヤンいじめの現実だ)

4)確かに片岡さんという紙の回収業者の単価は安いのだが、4トン車を毎月無料で貸してくれている上に、新聞紙を回収するのだが、終ってから片岡さんに持ち込んで計量したあとで、荷おろしをすることなく帰ってくることができるという大きなメリットがあるのだ。

5)仮にその4トントラックをレンタルしてきたものなら、助成金だってすべてレンタル代に消えてしまうのだ。
6)ヤマさんは店を経営していた社長だが、そんなことすらわかっていないし、古紙回収も自分の店からでるダンボールをトラックに載せたら帰ってしまうのだ。(自分の利益しか考えていない)

7)執行部の人間は発言というか質問やまして批判などは常識的にはタブーだということを知らない。
8)モッチャンも単なる兼任の副部長に過ぎないのに、他の会でも最近態度がでかいと評判だ。
9)肝心なこと:トシコ町会長はこの際一切コメントを発していないで沈黙を守っていた。(エライ!!)


このような顛末の発端は、ヤマグさんのお得意の逆恨み攻撃だ。

彼女は、例えば新年会のお弁当参加予定者80名だったら100個注文してしまい、20個を自分と他の女性と山分けして自宅に持ち帰るという。例えば、盆踊りのときに、子供たちの配る予定のアイスキャンデーをひと箱自宅に持ち帰っているというもっぱらの評判だ。まずいことに経理部の役員が総務部の役員と兼任していいものだろうか?

そんなところで、特に専門家ではないが、几帳面に事務処理をするじいヤンが色々と動いていることから、やバイと感じたのだろう。役員会の席で徹底的に男の重鎮たちにじいヤンを攻め立てさせて、精神的にもプライドもずたずたにすれば身を引くと思ったのだろう。

そうはいかない。

私が、一切感情的にならずに、沈黙と冷静さを保ったことから、いじめ側は退散したようだ。
モッチャンも閉会後にノザッキーと話したら5分も経たないうちに『俺の勘違いだった』と和解したという。

これで<いじめ>であることは証明されたことになる。

衛生部有志の2次会にマキさんから誘われて、近くのカラオケ居酒屋に集合したときに、私がマキさんをなだめるのと、自分も積もったうっぷんを晴らしたかったので1時間も熱弁を振るったが・・・。

一番嬉しかったこと・・・・

1年前、家族や衛生部から受けたストレスから自宅で暴れた(笑)ことがあったり、じいヤンは切れやすいし、切れたらやくざやさんのように凶暴になるというように思われていたのが、役員会であんなようにたたかれても、平静で沈黙を守ったことでみんなびっくりしたようで・・・。

ノザッキー『じいヤンさんは、この1年でずいぶんよいほうに変わったな」
幹部のナベさん「じいヤンは、今日の席では絶対に切れないと信じてたよ」
衛生副部長のタテさん「いや〜、今夜じいヤンさんだったら失礼だけど、喧嘩になると思って期待してたけど(俺たちの意見として自分ではいえないからじいヤンが代表して言ってくれると期待した)見直したよ〜。あんなに言われたらふつうは誰だって切れるもんな』

みんなが応援してくれていることを確認できたが、それだけでない、人生の伴侶としてお互いに認め合って約束したゆうさんとの約束である<決して怒らないこと>を忠実に守ったご褒美だと思った。でも、部長のマキさんと二人で、今年度は役員として引き受けたけれど、今年度中に同じようなことがあったら、二人で役員を辞任した上で、資源回収自体をやめること、やめないとしてもじいヤンの会社で貸しているトラックの貸し出しもやめること。を確認した上で、先輩幹部のナベさん、タテさん、ノザッキーにも理解してもらったのだった、

ボランティアなのだから、気持ちよくやりたいし、自分の地位や名誉だけを追求した自己中心的なお遊びに戯れていて、後輩の育成を考えていない人が残っているのなら、やめちまえと言うことだ。

でも、拍手を送ってくださった皆さん、カバーしてくださった班長さんはじめたくさんの皆さんのためにも、やめないと思うが ・・・。


皆さんの町内会ではどうですか?

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(#395)免許限定解除

2009/06/25 15:55
ご無沙汰をいたしております。
ココのところ、朝起床してから、お茶を入れて血圧測定して18種類の薬の錠剤を飲んで、落ち着いたかなと思ったら、仕事があるときは出張の準備とともに出社して、ないときはいつものように去痰の処置をしてもらいに、同級生が開業している耳鼻科に出向いたりしたり、人からの頼まれごとのために、書斎にて電話・パソコン・ファックスなどをフル活用して対応したり、車で出向かなければならないときは、弟社長に外出の連絡をしたあとで<現場主義>が看板になっている私ですから、出向いてでも対応している私ですが、父の家の洗濯物や薬の仕分けや愛犬ひ〜さんの散歩なども含めて、さまざまに動いていると、昼食の時間もなく食欲もいまいちの状況で、帰宅するのが18時前後になってくると、夕飯の準備もする元気がないまま、祖食事をしてシャワーを浴び、自分の洗濯物を洗濯乾燥していると、必然的に疲れと眠気に襲われてしまい、ブログの更新どころかベッドでテレビやラジオをつけながら寝静まってしまうと言うサイクルなのでした。

さて、本題。

先般、やけにモチベーションがあがったときに、急に自分の免許証が取得したときは昭和56年ごろにマニュアルで(当時はAT限定免許はなかった)取得した免許を、平成3年?に更新を忘れてしまい一時的に失効してしまったものを取り戻すために免許センターに出向いたのだったが、そのときに左手の指の障害を持つことになってからは、センターの人にAT限定にしたら?と言われたものをそのまま受け入れてしまったので、平成13年以降はATしか運転できなかったが、あれからリハビリをした結果、サイドブレーキの解除のときのボタンだけは右手でやらなくてはできないこと以外は、マニュアルのシフトレバーの操作もハンドル操作も問題なくできることを、出向いた教習所の所長先生が太鼓判を押していただけたので、その旨を免許センターの適正相談室の先生に説明していただいたところ、じいヤンさん、日曜日に鴻巣市の免許センターまで行かれますか?聞かれたので、「行きましょう」と即答してから、彼女であるゆうさんに付き添ってもらい、鴻巣まで2時間ほどかけて出向いたところ、適正相談室の2名の先生方が、あらかじめ私が昭和56年にマニュアルで取得していたデータを出力してくださっており、お会いしてからシュミレータで実際に操作ができることを認めてくださったら、「じいヤンさん、あなたのように以前マニュアルで免許を取得されたことがココで証明できたケースなので、この場でAT限定解除の審査合格の証明を書きますから、手数料の埼玉県の証紙代1700円を支払ってくだされば、最短で明日月曜日の13時にまた来てくだされば、1時間ほどで解除の免許証を発行できますから、教習所で62000円を払って、教習4時間に検定を受けてまですることはないですよと言ってくださった。その代わりに、じいヤンさんもおっしゃっている様に、バイクの運転はできなくてもいいですか?と聞かれたので、自転車がのれれば問題ありませんと言うことで交渉成立となった。

埼玉県の公安委員会では、独自に免許の条件として<原付は不可>という設定があるらしい。
しかし、この設定はつい最近に設定されたことから、免許証の裏側に押すその旨のゴム印がないらしく、汚いけれど私の手書きでいいですかといわれていたが・・・。

そして翌日月曜日の午後1時に、またまた片道2時間かけて鴻巣市の県の免許センターに出向いて、14時過ぎにはICチップの記載事項の変更も終って、いよいよマニュアルの中型8トンまでの運転が可能になったのだった。

嬉しくなって、これまた10年ぶりに、献血を400ミリ採血して貰い、新たな献血カードを作ってもらって帰ってきたじいヤンでした。

このことで浮いた62000円を使って、今度は大型免許でも取得しようと思っているのですが・・・。

リハビリを始めたときは、左指の握力と言うか指力が0だったのだが、頑張って6キロ?まで回復していた。

行政側でも、バリアフリーの風潮が進んでいるらしく、障害者の社会参加や復帰を促す意味でも、寛大は配慮がなされているとのことであった。


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(#394)情けないことだが・・・。

2009/06/04 09:32
毎月の第1水曜日になると、私の街の町内会は、月次の定例役員会が開催される。
しかし、私にとってこの役員会はストレスの宝庫となっているからいやになってしまう。

昨日も、先月の定期総会にて、今年度の新しい人事が承認されて、新体制でのスタートを切ったと思われたのだったが・・・・。

私が所属して、今年度から実質部長秘書付きでの担当副部長になった「衛生部」。

その前に、今年度から町会始まって以来初となる女性町会長が誕生して、副町会長のメンバーも一人新任が承認されたのはよかったのだが、

執行部となる、副町会長以上の職務を担当している4名が、2名づつ真っ二つに分裂した考えを持っており、その流れが(俗に言う派閥である)我々の衛生部の役職を持った人間をも二分してしまう分裂状態を生んでしまったのだった。

俗に、執行部に名前を連ねているメンバーはお互いに職責を全うするために助け合って町会の行政に専念することで、その枝葉の部分で活躍しようとしている各部署の役員が生き生きと動くことができる環境がそろってくるのだが・・・。


情けないことに、わが町会は、すべては自分のために、自分が町会に名前を残せるためなら何でもやってしまうと言う帰来が強く、私が考えている10年先のビジョンを持ち、現職の役員さんたちのあとを継承していける若い人材を育てていかなくてはならないという<使命感>を一部の派閥の人間たちが忘れてしまっているために、取り急ぎ
自分たちにとっての利益ばかりを追いかけた諸先輩が多いので、50歳にお若手としてはいささかやりにくくて困っているところだ。

典型的な異常人事としては、10年近く連続してもしくは途中1年間でも空白期間を設けていたとは言えども、経理部副部長を改選なしで続投しているおばさんが、何と今年度の人事では総務部副部長まで兼任したと言うことだ。

一般的に、総務と経理の重要なポストを兼任することはタブー視されていることくらい、素人の私でも理解しているし、経理部は部長1名、副部長1名に対して、監査が5名も存在すると言うわけのわからない人事なのだ。

私も、衛生部の活動に参画して5年目を迎え、恐れ多い副部長を拝命して2年目にして、衛生部長の補佐役を(これは人事の面で肩書きはつかないが)仰せつかり、新しい衛生部長とともに、町会の悪いイメージを衛生部から払拭していこうと動き始めたところだったが、予想された事態とはいえ、新体制での最初の定例役員会で、見事に執行部の分裂派閥とリンクするように分裂してしまったので、昨日の晩は、帰宅してからもイライラが収まらず、就寝できたのはまたまた朝の4時を回ってしまったのだが・・・。

しかし、旧態依然の体勢に新しい風を吹き込むということは、それだけの逆風も当然のように吹いてくることも事実なので、負けることなく新生衛生部を構築していきたいと思っているのだが・・・。

今日は、以前から弟社長には私用で一日欠勤届を出した上で、実は首都高速道路株式会社の2009年度のモニターに選ばれたので、まず最初の仕事である「神奈川管理局管内の安全施設の現地視察」に参加することになっており、具体的には、首都高速神奈川線の<殿町〜池上新田公園>区間の安全施設を徒歩で2時間ほど視察して帰ってくると言うスケジュールをこなしてきて、また来週の木曜日の夜に、今度は虎ノ門にある首都高速道路株式会社の本社会議室で、視察報告会に参加してくることになっているのである。

今回の視察区間は、高速神奈川横断線の工事区間における施設点検を首都高速側としては自社内の人間でなく、一般公募の人に第3者的な視点で点検してもらおうと言う、製造業の品質管理手法に似たプロセスを踏んだ行事だと思う。
個人的には、日頃は見ることができない部分を拝見できる楽しみだけでなく、2時間ほどの区間を徒歩で視察と言うことは、日頃から心がけているウォーキングの効果も期待できると言うところに魅力を感じているのだ。

でも、前日のごたごたで、ただですら睡眠不足な私が、今朝までも睡眠が取れたのは実質2時間ほどだけに、運転して出向く側としてはいささか迷惑な定例役員会だったと憤慨しているところだ。

まぁ、やるだけやらせていただき、それでも町内会を旧態依然の自分たち個人的な利益だけを追求だけしている古株の人たちからの反感をかうようなことがあったら、そのときは私として協力していたすべての町内会の役職に対して<辞表提出>と言う形で、引き上げてしまおうと考えている。

町会長経験者である私の父も、それだけ町会がおかしくなっているのなら、いっそのことぶっ壊してしまえばいいというある意味で<許可>も下りたと思っているので・・・・。

要するに、町会で飯を食っていかれないということと、町会の運営はボランティア精神豊富で、お互いに気持ちよく参加することで意義があると私は信じてやまないのだから・・・・。
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(#393)首都高速

2009/05/23 23:41
何かと事故や構造上の欠陥を私は指摘したい思いでいっぱいなのだが、
もうすぐに、5号池袋線の高島平〜戸田南だったか?24時間丸一日使って車線規制を行って<ノージョイント工事>を実施するので、当日はお車の使用を控えられるか、迂回をお願いしますという案内が首都高のHPに掲載されている。

確かに、ノージョイント化をすれば、走行中のショックはなくなるし、あらためてジョイント部の更新工事の必要がなくなるだけでなく、ひいては交通渋滞も解消されると言うが・・・・・・

高島平〜戸田南の区間は、私に言わせれば5号線の末端部分で、比較的に新しい区間に当たると、私自身は認識しているのだが、

そうであるのなら、どうして高島平からの延伸区間工事を施工する時点で(新規工事を施工する時に)初めからジョージョイント工事ができなかったかという怒りを覚えるのだ。

確かに5号線は、交通量が半端ではないし、結果論としても延伸部分に対して、改めて休日とはいえども24時間にわたってただですら2車線で交通量が多いのにかかわらず、1車線規制をするということは、大渋滞どころではないことは容易に想像がつく。

不景気に、ある程度の受注工事業者の救済と言ったら言い過ぎかもしれないが、延伸計画時点でジョージョイントの技術がなかったと言えばおしまいだが、一度計画して施工してから、どのような工法を取るかはわからないが、
地方への高速道路に接続する重要な役割を担っているのですから、はるか昔に施工した路線は仕方がなかったとはいえども、5号線の延伸部分については、このような必要にせめられた工事についての必要性は、計画の時点で判明していたはずだろうと思う。

戸田南延伸後の5号大宮線につきましては、専門的な知識までは認識していないものの、戸田南〜さいたま見沼までの区間を開通当時から実際に走行して見た感じとして、ジョイント部分のガタンと言うノイズはほとんど感じられていないことに気づく。

さて、

そうであるならば、5号池袋線〜S5号大宮線をイメージしてみて、高島平〜戸田南の区間をノージョイント製にする必要はあるか?という視点で考えると、私は必要はないと感じているのである。

ノージョイントにすれば、確かに走行上のイライラ感は解消されるだろう。

しかし・・・・

この区間は、地形上のこともあり、ただですら自動速度取締機が多く設置されていることも皆さんもご存じだと思うが、頻繁に急カーブが連続しているのに、制限速度50キロに対して、20〜30キロオーバーで突進するドライバーがあとをたたず、事故が起きやすい区間でもあるのだ。

だから、設備更新上での判断ならやむを得ないが、スムースな走行もでき、渋滞が緩和されると歌う必要はないのだ。

ただですら、規制速度50キロに対して、80キロ以上で追い越していく悪質なドライバーがたくさんおいでなのだ。
さらに困ったことに、速度オーバーは乗用車は当たり前、おまけに大型車までが速度を守っていないのだ。

先般、熊野町JCT付近の上りの急カーブで、タンクローリーの横転事故があったことは記憶に新しいところだが、高島平方向から池袋方面に向かう車線は、板橋本町IC直前から、ほぼ直線区間になり、板橋JCTで中央環状線との合流をした直後に、90度近い急カーブで東池袋方面に向かうことになる構造だ。

ですから、戸田南方面から80キロ以上で難なく?飛ばせていたところで、板橋本町付近で直線になれば、当然追い抜きなども含めた加速傾向が強まるのだ、そんな中で急カーブですから、自家用車ですら50キロでカーブを通過するのがやっとであることに対して、タンクローリーのような大型車両が急にカーブを通過しようとすれば、力学の専門知識がゼロの私でも、事故が発生することは容易に想像できるのである。

どの部門でどんな要求があってのジョイントの工事なのかわからないが、もっとグローバルな?視点で工事の計画をしてほしいものである。

最も、一番の悪者は、制限速度をはるかに超過して平気で運転してしまうような基本的なマナー違反のドライバーが繁殖しすぎていることだと思うのだが・・・・・・。

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(#392)超多忙につき・・・・

2009/05/20 05:29
GW前から、本業での納品業務と、町内会の定時総会とその翌日の古紙回収作業が続いたことだけでなく、今年度から衛生部副部長と言う立場がさらに重くなり、部長秘書付きという、広報部門・庶務部門・会計部門の担当者としての仕事が付加されたため、今まで以上に町会に拘束されることが多くなった。

それだけでも大変な緊張と焦りだったが、総会の当日の昼間に、突然父から私の携帯を鳴らされたのだった。

「いま、病院の検査結果が良好でないということで、緊急の検査入院が必要と言われたので、主治医のカンファレンスに立ち会って欲しい」ということだった。

疑いのある病名は、狭心症・たこつぼ心筋症と言うことだった。

ゆうさんと我が家で、総会に出席するなら、私が服のコーディネートと上方のセットをしてあげるから、みっともない格好だけはしないで頂戴ね・・・ということで、夕方までの時間限定で我が家に来てくれていたのだった。
(民主党の鳩山代表の奥さまのようである)

緊急入院と言うことで、最初にかかったHO病院と言うところから、工業病院へ紹介状を書いていただいているということで、車で自分で出掛けた父を、病院に車を置かせていただき、私の車で工業病院に直行することになった。

工業病院のスタッフの大半は私のことを知っていてくれているので、病棟が決まってから、すぐに父の家に帰って、ゆうさんにも手伝ってもらい、ゆうさんには我が家でそろえることができるものを揃えてもらいながら、まとまったものを、ちょうどメールで連絡した弟と息子のうち、息子がいたので、病院に荷物を持って行ってもらった。

そんなこんなで、GWはおしまい。

月曜日に、心臓カテーテル検査を受けるということで、私がつきそったが、結果は即刻出て、工業病院の主治医の先生から、心臓の血管には問題ないから、明日にでも退院して、HO病院に戻って、今後の治療と投薬を受けてくださいということになり、最低でも半月の入院と聞いていたので、またまたパニック状態になった。

それからと言うものの、不況ながらも、信じて頑張って仕事をすれば、お得意様からの注文が来るもので、そのわが社で作った鋳物をお客様のところに納品するのが私の仕事であるから、同じところを何度も繰り返して運んだ。
羽田方面・川崎方面・横浜方面と、北では茨城県石岡市方面と、節約を心がけているので、基本的に遠方でも、納品に行くときのみ緊急性がある場合のみ、高速を利用するが、私は基本的に片道3時間半の道のりでも一般道を使って運行することと、川口市・TBSラジオ・首都高速道路公団などに<エコドライブ宣言>を宣誓しているので、急発進急ブレーキは一切せず、エコ運転に努めている。

今日も、帰社したのは21時近くになっていたが、常磐線沿線と言うことで、帰路の途中の撮影ポイントで、電車の撮影をしてみた。

一部ご紹介です。

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今日も、睡眠時間が2時間弱しかとれませんでした。眠くて疲れが取れていません。

今日は、午前中に、今度は私が2か月に1度の医療センター内科の定期受診の後で、午後から羽田方面への納品です。一般道経由ですから、往復3時間の長旅です。

明日は、仕事を休んで、ゆうさんと月に1度の千葉県流山市まで、鍼灸治療に出かけます。

このほかに、朝7時から父の家に出向いて、愛犬の柴犬のオスの<ひふみ:ひ〜さん>の朝食の準備、ゴミ集め、洗濯と、出来上がった洗濯物の畳み、父の血圧測定のデータの記録と、薬の管理などで、1日13時間労働です。

その上で、人から依頼された事案の処理にも時間を費やします。

金曜日は、欠勤させていただき、自宅で休養したいと考えているところです。

頼まれていないことでも、これを手伝っておけば、みんなが喜ぶだろうなと思って、夢中になって動いてしまう悪い癖と、疲れきって睡眠薬を飲んでも、短時間しか熟睡できない体調ですから、お金があれば、入院させてもらってでも休養を取りたいところです。
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(#391)とてもエコな食事

2009/05/07 22:20
50になってから、特に胃の大きさが小さくなったようで、ココのところ一日1〜2食で十分に満足した生活に慣れてしまっている。

それも、以前のように、ゆうさん(彼女)に教わって自分なりに料理して食べていた食事も、最近は疲れやすくなったのと、ぜいたく品を好まなくなったので、食事も簡単に済ませている。

いつも朝食はとらないのだが、昼食時になってちょうど同級生の開業している耳鼻科の帰りに面倒くさくなって、ラーメン屋さんにでも立ち寄って、野菜たっぷりのあんかけ焼きそばでも食べてこようと思っていたのだが(650円)・・

そのお店は、いまどきにして珍しく、普通のシンプルなラーメンなら何と300円で食べられるだけでなく、麺類は1人前のタマの大きさが決まっているので、極端な大盛りはないのだが、他のメニューだと、さすが職人さんたちの町の老舗だけあって、今の私には一人前が安いだけでなく、とんでもないほどの大盛りになって出されるので、食べきれないことも・・・

そこで、車を止めてお店でのんびりと食べられることはわかっていても、またそのお店は、ランチタイムが終った頃にお店に直接食べに行くと、女将さんやお兄ちゃんがいつも気を使って、食後のアイスコーヒーを無料で出してくれているので魅力的だったのだが・・・・

ゆうさんから、あなたもGWにどこにも行かないのだから、お小遣いあげるねと1万円をカンパしてくれたのだが、そこは最近は節約の毎日になれたことや、収入がない息子が私の所に来たときに、一緒に好きなお店で食事させてあげようと思ったり、時には差し入れやお小遣いを上げようと思っていたので、節約節約ということで、そのまま帰宅。

考えてみれば、炊飯器にご飯が残っていたのと、冷蔵庫に激安のスーパーで買っておいた何と12粒?入っているシューマイのチルド品を出してきて、レンジにかけてからご飯の上にたっぷりのカラシしょうゆをかけて<シューマイ丼>完成。ご飯粒代を除けば、おかず代78円のランチとなった。とてもシンプルでおいしかった。

そして、ゆうさんの会社は今日から仕事再開と言うことに対して、わが社は電話番の弟社長に任せて、従業員は10日までお休みにしていたので、連休中に毎日のように我が家で二人っきりで過ごしたので、ゆうさんにとって自分の部屋で過ごす日が一日もなかった上で、今日の出勤時にご存知のようにJR横須賀線と湘南新宿ラインの車両故障により電車が長時間動いていない状況で振り替えでも頑張って仕事に出かけて言ったことを知っていたので、疲れているだろうと思ったのと、私はあと一日だけのんびりとできると思い、川口から首都高速を使って川崎まで夕方に迎えに行って帰ってきた。

さて、夕飯。私の好物は地味に<お味噌汁>なので、最近はまっているお味噌メーカーのしじみ汁の生味噌タイプをご飯にかけてお湯を注いだ俗に言う<ぶっ掛けご飯>を2杯も食べてきた。

実は、この生味噌の味噌汁のパッケージは6袋ついていて、激安スーパーで65円なり。
したがって、ご飯2杯の材料費を別にすると、夕食代は20円と言うことになる。

ハハハ、意識していない食事内容だったが、今日の食費は100円を切っていたのだった。

なんとも得をした気分。

これから、派遣切りを通告された、業績は正社員を抜いてナンバー1の弟のようにかわいがっている友人からの依頼で、そのお店グループの本部宛に、だめもとでの嘆願書を書くことになっている。
本部には、以前にも手紙を送っていて、派遣と言うことで当時の自給800円と言う最低賃金の友人のことを本部の人に褒め称えた上に、処遇についての改善をお願いして、大幅に昇給した経緯があるので、いざ勝負!と言う感じで書こうと思っている。

うまくいって、クビがつながればいいのだが・・・・

他にも、頼まれごとを早く処理しなければならないことがたくさんあるので、頑張らなくては・・・・。

人から頼られなくなってしまったら、おしまいだもんね。

もちろんボランティアですよ。
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<#390>連休の中で

2009/05/05 23:40
ここのところ、毎日が戦争のようにあわただしく、本業の受注が激減しているのに暇なはずが、そんな時に限って友人や町会の先輩の皆さんからの対応に追われて、連休どころではない状況です。
ブログの更新も、セカンドブログには一言メッセージですませているので、頻繁な更新はできていますが、オフシャルブログのピエスモンテの方がなかなか更新できずに、自分なりに攻めあぐんでいるところでした。

さて、そんな連休。

自分的には特別に外出の予定はなく、新年度当初から計画していた<我が家全体の模様替え>計画の遂行が遅れており、連休明けには<新装開店>で、友人や今年度から、町内会の衛生部長を引き受けることを最大限に引き伸ばす条件として、部の先輩のおじさんに部長を引き受けていただく条件として、部長職がこなさなくてはならない各種の事務部門や行政側に提出する文書の管理と作成のすべてを引き受けることになり、単なる副部長だけでなく、部長秘書役も兼任することになったので、部長と頻繁に打ち合わせができるように、我が家をきれいにしてお招きできるようにと言う準備を兼ねていたのだった。

まぁ、全体の70%は模様替えが終わっているのだが、最終的な家具の移動と、一人息子の部屋をいつでも帰ってきても気持ち良く使えるような環境を整えることが最後になってしまったので、明日も含めて、弊社は10日まで休業なので、手が足らないところは彼女に助けてもらいながら、少し延長して5月中旬から下旬にかけての新装開店を目指したいと思っています。

でも・・・でも・・・
今週の週末は、土曜日の夜が懸案となっている町内会の定期総会。日曜日は私の担当の恒例の公園清掃と資源回収活動が予定されているので、大型連休の最終日は2日間も休み返上になってしまうのが辛いところである。

彼女も土曜日にわざわざ我が家に来てくれて、じいヤンさぁ、せっかくのきちんとした総会に出るのだから、私が服装のコーディネートと昨日染めてあげた髪の毛をきちんとした髪形にワックスで整えてあげるから。私もきちんとした場にあなたが出ていく時に、きちんとした格好で出てもらいたいのよとのこと。

ありがたいことだ。

こんないい加減な私の身の回りの世話をしてくれる代わりに、股関節を痛めている彼女が外出することはかなり負担をかけてしまうことから、お礼にと言ってはなんだが、我が家に来てくれる日は、基本的に往復私が愛車で送り迎えをさせてもらっている。



そんな今晩の息子の夕飯のおかずをリクエストにお応えして、メカジキの竜田揚げとささみの竜田揚げを彼女に作ってもらった。私はご承知のように左上肢の機能障害を持っているので、原則として油での揚げ物だけは危険なので避けているので、揚げ物は彼女に作ってもらっているのだ。

そんな彼女を、新宿区の自宅に送っていきながら、帰宅時刻が息子に合わせておいたので、久しぶりに帰宅した息子と竜田揚げ2種、味噌汁、新じゃがの煮物などを揃えておいた上に、2週間後にやってくる公認会計士の国家試験に向けて、子供の日でもあるから<菖蒲湯>の準備と併せてあげものであるが、カツを用意して、<勝負に勝つ!>と縁起を担がせようとしていたのだったが、深夜に帰宅して夕食後にもまだ試験勉強をするから、入浴してしまうと眠くなるということから、お父さんお風呂はいいや、と言うことで帰って行ったのだが・・・・

しばらくして、息子の携帯から私の携帯に電話が入ってきて・・・・

「お父さん、さっき言い忘れてしまったんだけど、お父さんがせっかくお風呂を立ててくれていたのに、入らないで帰ってきてごめんね」と言うことだった。

このような会話をしてきた記憶は私には覚えがない。

寝食を別にして1年余りになるが、この子はこんなに気配りのできる大人になってくれたのかと、親バカだがとてもうれしくなった。

お父さんは気にしていないから心配しなくていいからね。でも、今回のキミからの気配りの言葉は、友達やおじさんおばさんなどには決して忘れてはいけないよ。お父さん、キミからわざわざ電話をもらって嬉しかったよ。と返しておいた。

小学校2年生の3学期から母親不在の生活を過ごしてきたが、しつけに対しては、一言だけ「人様を傷つけてはいけない、まして殺してはいけない。そして物を盗んだりすることもいけないが、それさえ守れるなら、自分で考えたことでよいと思ったことは自由に何でも思い切ってやってきなさい。何か不具合があったら、お父さんが全部責任を取るから」ある意味で無謀なしつけ方針だったが、成人した息子に改めて聞いてみると、一字一句しっかりと覚えている。

あとは、親の背中を見させて育ってくれればよいということで、私も品行方正を実践してきただけに、立派とはいわないまでも、優しい子に育ってくれたことに感謝している。

私は、息子に叱るときは厳しいだけでなく、佳いことを為せた時は、しっかりと褒めて認めたことを実践したが、間違いではなかったように思えた。

連休最終日前だけに、気分的にローな感じだったが、お金では買えない素敵な気分をもらえた。

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(#389)やはり、思っていた通りなのか?

2009/04/18 06:10
昨日の深夜にTBSラジオの加藤浩次さんの番組にmisonoさんとの面白そうな対談?がオンエアされた。
これは、出演者への誹謗中傷でないことをあらかじめお示しした上で・・・・。

misono 私、子供がほしいの。
加藤  じゃぁ、早く結婚するってこと?
み    いや、そうでなくて、こども(だけ)が欲しいの。
加藤  ????
み    私は一夫多妻の逆が希望で・・・


これだけ聞いていただけで、聞くに堪えられなかった。
子供だけ欲しいんじゃ、オトコを作って<タネ>だけかっぱらって、後はたくさんの男友達をたくさん作った生活をしたいのかよ。世の中、そんな甘くないぜ!

日本独特の、いや世界の(一部を除く)結婚観は、崩壊してしまったようだ。

確かに、芸能界の人たちを見ていても、結婚して子供ができた、いや結婚する前にカパポコやりまくって、失敗したのか、避妊もしないで盛り上がったのかわからないが、できちゃった婚として式を盛大に挙げて、子供が生まれたら、何やかんやの理由を付けて簡単に離婚をして平気な顔をしているかのように見える。

ともに白髪が生えるまでは、伝説になってしまったようだ。

ニュースになった話題としては、10代前半の親が頻発していることも大きな社会問題になったし。

学校の性教育や道徳教育はどうなっているのだろうか?

オトコは草食動物になっているらしいし・・・。

オンナに振り回されてはいないだろうか?

旦那が女房にDVをしでかす事も許せないことだが、

マスコミは、常に一方的に旦那側の問題をクローズアップしているが、

俗に言う、火のないところに煙は立たないのだ。

最近の一部だと信じたいが、オンナは結婚という行事を楯にとって、オトコからタネを吸い取ってから、使い捨て状態と考えていることも、少子化問題・ひとり親問題からみても、大きな政治的な課題でもあると思う。

天皇陛下・皇后陛下のご成婚50周年の記者会見があって、私も拝聴させていただいたが、お互いに認め合い、支えあい、尊敬しあった陛下ご両人のご表情には、いやしともおもわれる程の穏やかで平和な様子が伝わってきた感じを受けました。




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(#388)新年度に入って・・・

2009/04/05 02:50
ここのところ、ブログの更新ができなかった。
朝起きてから、慣例となった血圧測定と18種類の各診療科目の薬を、1日2〜3回と言う設定を緩和して、1日に朝1回と言う分量で定期的に服用すると言う習慣をつけてきて3ヶ月。

すっかり習慣になって、体調も安定してきているようだ。

やはりいただいた薬は、きちんとリズミカルに飲まないと続かないし、体調も改善されないようだ。

しかし、春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、朝起きて、薬を飲んで血圧測定のあとで、持病の腰痛がきつくなければ、父と弟の愛犬オスの柴犬(ひ〜さん)の散歩にいってあげることになっているが、ここのところ朝が寒く風も強かったので、腰の痛みが強くて行かれずに終っていた。

いつもの耳鼻科での去痰処置に毎日行かずにいられる代わりに、4月下旬の連休からはじめた2回目の居住室(私のマンションの自宅)全室を対象にした、エコ生活への大胆な模様替えをはじめたことで、大きなたんすやセミダブルベッドの移動から始まって、不要になった家具や電化製品の処理も含めて、彼女に助っ人になってもらったとは言えども、実際に家具類の移動は私一人で左指を使わずに移動したので、もろに腰と背筋を痛めてしまったので、整形外科へ沈痛の注射と、整骨院の先生のところで、ローラーベッド15分、マッサージ15分、電気治療15分をセットで毎日のように受けている。

新年度に入って、これと言った変化と言うと・・・。

町内会の役員改選という厄介な問題が浮上してきている。
私は衛生部副部長と言えども、部長付きの秘書役にもなっており、その上で町会長も突然の辞任や、衛生部長も辞任表明ということで、私のところに衛生部長のお鉢が回ってきたのだが、町会にかかわって20年。万年班長に加えて、衛生部の資源回収活動に単なる町会員としてトラックの運転の仕事をさせていただいて3年。その上に副部長になって1年。その流れで今度は部長と言うわけだ。

私の本業がもっと順調に行かなくては、ボランティアに参画することはできないし、してはいけないと思っている矢先に、部長職だとか、クリーン推進委員とか振りかけてくるので、逃げるのがやっと。

おまけに、やっと部長候補に承認を採ったところで、その条件として部長職の事務部門をすべてじいヤンさんが担うと言うことだったので、複雑な気分だ。

でも、そこでもやっと職責分担が落ち着いてきたところで、この週末になってまたまたぐらついてきた。
みんな無責任だ。

それほど無責任に名誉職の名前をもらいたいだけで実行力を伴わないなら、いっそのこと私が部長職を担ってしまって、早期に町会改革の下準備を始めてしまおうかと思うのだが、50からボランティアに手を染めつくすことだけは避けたいのだ。

町会なんて、うまくこなして当たり前。

ちょっとでもこけたらぼろくそに言われるのがオチなのだ。

ところで我が家の大改造。
5月の連休明けには新装開店といきたいところで準備をしている。

今まで一人で暮らしている空間で、日常から電灯線や空調を広さに関係なく使っていたところで、一番空調のお世話になる12畳のサンルームをホームスペースにしていたところを、6畳部分に分けて半分を衣装スペースに、半分をベッドスペースにして、就寝時は最低限の空調のお世話になるようにして、残りで一番使っていたリビングダイニング11畳の部分を、ほとんど使わないように設定して、日常の頻繁に使うスペースを、今まで納戸として使用していた4畳半の部屋に集約して空調も電灯も使っていこうとして始めたプランなのだ。

このプランですと、昼間から電灯線だけでなく、地デジ関連やパソコン環境と電話ファックス関係の環境もこの4畳半に集約することで、電気代の3割カットを期待しているところなのである。

ベッドスペースの電灯も、6箇所に装備してあるスポットライトを一括でオンオフするのでなく、たった1箇所のスポットをヒモでオンオフさせることで、日頃や就寝時も電気の使用はなくなり、代わりに小さなタッチセンサーの行灯を枕の頭に置くだけにすれば、電気の使用量も節約できると言うものだ。

これで、電気料金も値下げと言うことになってきたので、来月の請求票を見るのが楽しみになってきている。

また、最近清涼飲料水の消費も少なくなってきている。100円均一での無駄遣いもほとんどなくなってきていることから、身体にもお財布にもエコになっていくことを期待しているのだが・・・。

役員報酬が激減せざるをえなくなってしまったので、ギリギリの生活に挑戦しなくてはならないだけに、この新装開店にも力がこもりますね。

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(#387)WBC優勝おめでとう

2009/03/25 04:39
昨日は、朝から興奮気味だった。

相手が5回目の韓国戦と言うこともあり、と言うよりは準決勝のアメリカ戦であれだけの素晴らしい対戦で勝利できたなんて予想もできなかっただけに、またもや韓国と言うことで、強いチームとは認識していたが、侍ジャパンも粘り強いし、小刻みな野球と、起爆剤があれば絶対に負けないと言う私なりの評価があったから、試合前から<絶対に勝てる>と言う小気味よい自信がみなぎっていたのだった。

しかし、朝一番に、町内会のN衛生部長との古紙回収の追加助成金の申請が市の環境部廃棄物処理課で認証してもらえるかと言うお尋ねと言うか陳情に出かけるために、環境センターにお連れする予定を汲んでいたのだった。

もちろんのことだが、事前の数字を伴った申請文書の清書の作成を、朝4時に起床したので、コツコツとコンシェルジェ(正式にはライブラリー:書斎)でこなしていたのだった。

そして無事に追加申請が了承されると言うことだったので、帰りに「じいヤン君、コーヒーでも一緒に飲む時間はあるかい?」とのリクエストで、ドトールでコーヒーを飲んでから、部長宅に送って帰ってきたのが10時過ぎだった。

自宅内のコンシェルジェに戻ってきて、テレビをつけて観戦開始と同時にこのWBCの日本の試合はすべて地デジで録画してあるので、今回の優勝戦も当然のことながら録画しながらの観戦だった。

しかし、自宅の玄関の外の雰囲気は、お隣さんや周辺の民家を見ても、大晦日の深夜状態と同じで、人通りすらなかった。みんな仕事も学校も家事もすべて手を休めての応援観戦だったのだろう。

私の会社も、私の担当の仕事がなかったので、弟社長夫婦は事務所で電話番と自分の仕事をこなしていたようだが、私も何かしようとしても、雑役もなかったのとは言えども、ただ座って観戦では申し訳ないと思い、先日の連休に突貫工事?で自宅の全室の模様替えと不要なものをすべて無条件で廃棄したり、家具の移動を私一人でやり、拭き仕事などのサポートを彼女に手伝ってもらって、第1弾の書斎の移動とともに新書斎「コンシェルジェ」の開設の後始末の片付けと書籍などの移動を、2部屋の地デジテレビの音量を上げながら、同時にどの部屋からでも見られるようにした状態で同時にこなしていた自分でした。

そして9回表の追加得点が1点しか取らなかったことがいやな感じがした場面で、原監督はダルビッシュを起用した瞬間、私は技術的にもダルビッシュなら大丈夫と確信していたが、何せ大舞台の登板という並大抵でないプレッシャーに負けやしないかと言う懸念が脳裏を走ったのだった。

案の定、あとストライクひとつで2アウトと言うところで、同点打を打たれた瞬間、このまま逆転さよならだったら、今までの努力はなんだったのだろう・・・と言うことと、いくら日本とはいえ、韓国のようにこのまま失投一回で優勝を逃したら母国に帰ったら何を批判されるかわからないと言う恐怖感にダルビッシュが勝ってほしいという懇願の思いをこめて応援していたのだったが、同点打でとどめたダルちゃんに思い切って左手のひらが障害で開けない私が、左手の甲に右手の手のひらを思い切ってたたきつけてパチパチと音を立てて拍手を送ったのだった。

そして、こうなったら長期の延長戦だろうと思って、テレビから離れて片づけをしていたら、2アウトとはいえどもランナーが2人残っていると言う場面と言うことに、急いでテレビの前に座ったら、イチローが打席に立っていたのだった。

イチローが勝ち越しの2点タイムリー・・・・・・

イチロー・・・・・・

すごい!!!


でも、一番おいしいところを持っていってしまって、ずるい男だと思いながら、「おめでとう!」と自宅内で大声で叫んで、一人で万歳をしていた。

原監督は、私と同期生だ。

選手もすごかったが、原君もすごかった。控えめと言うように、決して自分が・・・と主張せずに、一歩控えてでも選手を褒め称える姿勢、この性格が私は大好きなのだった。

これでJAPANはWBC2連覇を達成した。
第何戦だったか忘れたが、韓国が日本を下したときに、韓国の国旗をマウンドに立てた韓国軍。この有頂天さと自己中心的な国民性(ごめんなさい、すべてとは言いませんが私は好きになれないのです)に私は強い憤りを覚えたし、韓国の新聞の1面の見出しも、決して紳士的でない文面や文言が連なっているし・・・・・・。

その韓国の鼻をへし折ったとは言えども、TBSのカメラは日本のベンチにいたスタッフの一人が韓国と同じような日本の国旗をてにもっていたのを捕らえていたが、韓国と同じようにマウンドに立てて欲しくないと願っていたのだが、そのことはなされないまま終ったことで、ざまぁみろ!と言いたい人も多かったと思うが、この控えめさがまさに日本人の美徳なのだと痛感した。

100年に1度の未曾有の大恐慌で辛くて暗いニュースばかりの日本の国内に、国民に、感動を与えてくれた侍ジャパンの選手たちに、心から「おめでとう、そして感動をありがとう」と言いたい。

新年度を目前にして、頑張っていこうと思った。
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(#386)近況報告

2009/03/24 06:50
メディア関係は、この春の番組改編に大賑わいだ。
以前にも述べたが、テレビに限らずラジオ部門もすべてのキー局の番組表を取り寄せていないのだから一概にはコメントできないが、少なくとも番組のパーソナリティーに、局アナを果敢に登場させている。制作費を大幅に削減する対策は見え見えだ。

この件に関しては、いつかに譲るとして、私の近況報告を・・・・・。

ミクシィにも連動しているこの「ピエスモンテ」ですが、いよいよ4年目にはいり、コメントも400コメント(実際は途中でカウントがトラぶりまして、実際は300コメントと思いますが)に届くようになり、少しづつアクセスも増えさせていただき、地道に進めさせていただいております。いつもアクセスしてくださっている皆様、ありがとうございます。

そんな私も、ピエスモンテは公式なブログとして位置づけていますが、やはりそこはストレスを溜めているじいヤン。

3ヶ月前に、別のセカンドブログをはじめて3ヶ月になりますが、こちらももうすぐ200を超える更新と順調です。

さて、

この春の番組改編ではありませんが、この4月〜5月連休にかけて、改編のごとく、我が家の5つの部屋がありますが、彼女の自由になる部屋も(実際は息子の部屋をのぞいてすべて自由に管理?してもらっていますが・・・)確保した全室の大々的な模様替えを敢行しています。

この更新日記も、今までのミニ書斎からの発信でしたが、すでにこの3連休に完全に一部屋(狭いですが)確保した「新書斎」(コンシェルジェと命名)から、発信しています。

この部屋には、オーディオや地デジ関連の映像も含んで、情報を音声や画像でキャッチできることから始まり、各種の情報基地として機能するだけでなく、通常は11畳のダイニングとリビングに煌々と電灯をつけ、大型のエアコンをつけてと、省エネ対応になっていまして、従来の電気料金を30%カットに成功しましたが、この不景気と経営者の一人として報酬も半分にカットせざるをえなかったので、このコンシャルジェに移行することにより、お客様が来訪されたときや食事のとき以外は、コンシェルジェ(4畳)とベッドスペース(サンルーム半分:6畳)部分以外は、一切消灯として、更なる電気料金のカットと無駄を削減する目的をたくらんでいる我が家の<大改編>です。

このコンシェルジェには、取って置きの特徴があり、もちろん極端に言って24時間、寝ても起きてもベッドサイドとコンシェルジェの両方にいても情報の受信と発信はできるようにはなっていますが、特別にマンション建設時に私の要望で設置されていたベッドサイドとコンシェルジェの間に、秘密の扉を設けてあっており、今までは閉鎖してあったのですが、この<改編>でこの秘密の扉を開放できるような位置配置にしたので、就寝時に何か情報がはいったり、周辺から救援要請があった時に、ベッドから起きて3歩動けば、コンシェルでの<新:情報基地>の座席に座って対応できる特徴があります。

また、4畳とは言えども、1〜2名の気の知れた友人に対しては、歓談ができるスペースもありますので、日常の生活においては、このコンシェルジェとベッドエリアだけで、生活が可能と言うことになります。これで省エネと節約の生活が可能になり、来月の効果測定に期待されるところです。

さて、体調ですが、仕事の合間の時間の雑務が増えており・・・と言うのも、町会関係も仕事とあわせて年度末と言うことで、年度末の仕事は予想ですとこの不況にあわせて在庫調整をされているようで、暇な状況ですが、一方で町内会は役員改選の時期と言うことで、わが衛生部も大胆な役員の異動が画策されており、N部長の退任に伴い、私に部長職が推挙されてきましたが、本業が暇なのに、いくら地元で商売をさせていただいている立場としても、副業に集中はできないし、私もまだ50ですので、自由な時間が欲しいこともあり、低調に部長職はご遠慮させていただいた反面で、年齢的に現職の部長に次ぐMさんにお願いする方向にあります。これは私からの意向もあったのですが(副部長として)、Mさんに部長職をお願いする条件として、MさんはN部長と違って事務関係よりは機動部隊が得意な方ですので、Mさんが部長になっていただく条件として、副部長の私が全面的にMさんの秘書役として完全密着してバックアップさせていただくことをお約束させていただいたのですが・・・、実際にそれを引き受けるということは、事実上のネクスト衛生部長ということになるわけで、この点と、N現職部長と予定されるM新衛生部長とに加えて、この7月から2年間に<K市のクリーン推進委員>も委嘱されることになり、基本的に毎月の仕事として毎週水曜日に朝2時間の町内会の道路と公園周辺の清掃と、毎月1回の公園清掃(有志長会員全員参加行事)に加えて、私のメインタスクの古紙回収作業の監督指揮が加わることになるわけです。

町内会のほかの部署は年に1〜2回の行事にボランティアをするだけなので、大変です。

私の祖父も、父も、町会長経験者。私のような愚か者にでも「お前は3世代で、これから町会長として町会を背負っていかなくてはならないのだから」と言うもったいなく、とんでもないおうわさが流れているようですが、昔と違って、お金に余裕がある人が町会長になっているだけに、生活費もままならない私なんて基礎資格すらない状態ですから、現在与えられた仕事をこなすことが、私に与えられた命題だと肝に銘じているところです。

睡眠不足の波も、落ち着いてきていますが、まだ大波小波の状態で、薬の力を借りなくてはなりません。

これでも経営者の一人ですから、この不況の時期に悩みのつぼにはまってしまい、悪夢で激腹痛と嘔吐や不眠が続いていることも事実ですが、どんなに貧乏になっても<生きていることが価値あること>と彼女のおかげでポジティブな考え方になってきています。

時には、突発的に死んでしまいたいと思っていることも事実ですが、彼女のため、いや、それよりも父親として、一人息子のためにも生き抜いていかなくてはならないと肝に銘じています。

最後に、50代になって、身体のあちこちが故障してきています。この春の花粉症が眼の痒みや鼻水だけでなく、全身的な湿疹など、体質改善もしなくてはならない状況にきてしまっています。

政界の様子も、自民と民主の代議士の金券がらみの問題で特捜部が動き始めていたり、自民も選挙対策をはじめているのが見え見えの反面で、庶民も定額給付金で給付が始まってきたり、一部の高速道から一律通行料金が1000円(ETC装着車のみ)が開始されて、東京アクアラインのうみほたるPA(海上にあるPAです)が大混雑と、庶民にとっては議論の云々はどこへやら、ニコニコ顔になっている様子がテレビの画面に映されていますが、メディアも責任者の立場として、喜んでいる場面ばかりでなく、怒っている場面も公平性を期すためにも双方の場面の放映を願いたいのですが、このままでありますと、自民を支持しないと批判していた庶民すら、民主の代表が疑惑に絡んでいるなら今まででよいのではと思ったり、一番怖いのは若者の無党派層の人たちが選挙の投票に行かない状況も十分に予想されると言うことで、組織票で自民が辛勝しかねない結果になることを私は危惧しています。

自民が一番安定していると言っても、金券汚職の体質が変わらない自民党ならば、1期4年間だけでも一度民主党に政権を渡して下野して、その間に新しい若手中心の自民党に変わってくれないかと私は期待しているところです。

民主政権も私は期待しているところも大きいと私は思っています。

ただ、個人的な感想ですと、秘書とは言えども公設第1秘書が起訴されることのようですので、代表は退任すべきであると思うし、鳩山幹事長なら代表として適任と思っています。弟の邦夫さんは口が軽いようですが、由紀夫さんには期待しています。菅さんも小沢さんも失礼ですが口だけで、実質民主党を牛耳っていかれるのは鳩山さんだと思っています。

ネクストキャビネットも頑張っておられると思っていますので、年金問題を中心に(他にも難題があると思いますが)大胆に国政の大手術を敢行していただきたいと思っていますが、単独政権には懸念がありますので、国民新党や社民党と言うある意味で監査機関として連立を組んでいただくか、思い切って政界再編で、渡辺行革大臣の新政党とも連携して、<<危機管理内閣>>を確立していただきたいと思っています。

そんな意味で、この新年度は前半でメディアだけでなく、国政も大改編を期待してなりません。

最後になりますが、私も、応募した小論文が評価されて、平成21年度の首都高速道路公団のモニター委員に委嘱されまして(選抜倍率14倍でした)、よりよい首都高速の運営のために寄与させていただきたいと思っております。
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<#385>WBCを観戦して

2009/03/19 01:44
と言っても、ライブで観戦したのは、第2戦の韓国戦のみだったのだが。

キューバにせよアメリカにせよ、アジア以外の各国の試合のダイジェストを見ている限り、力だけを強調して、つなげる野球より一発芸のホームラン攻勢の野球しか私には見えないのだが…、皆さんはいかがだろう?

日本の第4戦目のキューバ戦は、正直なところ明らかに力の具合で日本は負けており、ダメかと思っていたが、起きてテレビをつけたら6−0で優勢だった。これにはびっくりした。

そして三度目の韓国戦。口ばかり一丁前のイチローのバットが火を放たない攻勢では、いくら侍が吠えても勝てるわけないだろう。そもそも何ですべての選手だけでなく原監督までイチローごときに気を使っているのだろうかと言う疑問が後を絶たない。いくら球場の近くに自宅があるからと言って、自宅から球場に通うことを容認しなければならないのだろうか?集団生活すらできない選手に栄光こそ輝くはずがない。

そのイチローが数字を残すのなら、100歩譲ってよいとしても、今回はイチロー自身も日本の足を引っ張っていることも事実なのだ。

今日の昼に敗者復活戦があるようだが、全員野球をしなければ、日本に優勝はあり得ない。

野村さんですら(楽天監督)イチローは衰退期に来ていると言っているようだが、かつてのイチローは、日本の球団の監督に対して大々的に批判をして顰蹙を買ったようだが、いわばただの一選手にすぎないということをもっと意識してほしいと考えているのだが・・・。
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<#384>TBS労組のストライキ

2009/03/15 06:56
本題に入る前に、ここのところパソコンの調子が悪いのか、ブログ運営側の問題か、アクセスが単純に集中した結果からなのか?私が書きこんでいる3種類のブログすべて、長文のコメントを書く時に限って、更新記事が消滅してしまう結果に陥っていたことでご無沙汰をしてしまいました。

さて本題。

13日の正午から14日の午前零時まで、TBS東京放送の労組に加入している組合員のアナウンサーたちが一斉にストライキを決行したために、該当時刻にOAされた番組でのアナウンサーの補てんは労組に入れない管理職のアナウンサーが番組を担当したという<事実>があったようだ。

私はTBS支持派としてと言えども、内部事情はわからないので、私的な感情で書かせてもらうのだが、NHKも含めた東京キー局の局アナがそろってストライキを決行した事実はこの10年以来のものだったという。

確かに、労働組合法でのストライキ権は合法であるので、云々ととやかく言いたくありませんが、民放と言えども公共放送のキー局に在籍している職員(看板アナウンサー)である。

TBSでは、この春のかなり極端なテレビの番組改編を行うようだが、第2の開局と言ういわば社運をかけた制作費を大幅にカットしたという、せざるを得ないという厳しい不況と言う現実を抱えている番組改編期の前後で、アナウンス部の管理職を除いてはTBSに限らないと思うが、ほとんどの局アナが、新人も含めてほとんどのアナウンス部の人間が主要な番組の登板を余儀なくされている傾向にあった。人気を博している安住伸一郎アナ、駒田健吾アナ、小林麻耶アナ(3月で退社)、久保田智子アナ、岡村博美?アナを代表するように、実力も備わっている局アナは、レギュラー番組を何本も担当している現実がある。ましてTBSはラジオ局もキーになっているので、アナウンス部のアナウンサーはテレビだけでなくラジオまでも掛け持ちの人が結構いるという事実があるので、10年来も春闘と称した戦いを表面化していなかった中で、素人としてはベースアップと勤務体系の改善あたりを要求すべく行動に出たのではと私は推測しているのです。

この春のラテ双方部門でも、局アナはフルにこき使われる環境が目白押しのようだ。特に朝のみのもんたの情報ワイドも3時間のOA、新番組の11時からの「ひるおび」と言う月金の帯番組においては4時間のOA、夕方の目玉の情報報道番組も、TBSがNHKに負けずにと意気込んでいる枠も2時間のOAだ。

不況時代だから、制作費は大幅に削減せざるを得ない現実を乗り越えるためには、局アナに頑張ってもらって乗り切ろうとしている姿勢が、アナウンス部に大波を起こしているのではないだろうか?

しかし、限られた制作費で数字もとらねばならないという大命題もあるので、TBSも大変だ。ここのところJNNのキー局であるTBSがTBSだけでなく、ゴールデンの時間帯の番組の制作に、MBS毎日放送やCBC中部日本放送に著作制作権を担当してもらって、素人の目では、制作費を系列局に分散化しているきらいがTBSテレビ・ラジオに目立つように見られてきている傾向にあることも紛れもない事実であろう。

話は飛ぶが、TBSの女子アナたちの仲間割れや嫉妬からの確執問題があるサイトでも(2チャンネルではありません)見られることに残念な思いでいっぱいなのである。オンナの宿命か??

ちやほやされる女子アナに対して牢名主のような女子アナや出番がない女子アナたちから、いじめ問題として表面化しているようなのだ。確かに、これもTBSに限ったことではないようだが、私はファンとして毎年改訂されるTBSアナウンス名鑑と言う本を購入して読ませていただいているが、これは男性女性を問わずに、原稿をよく噛んでいるとか、語り口調が悪いとか、アナウンサーとしての基本的な資質が問われるようなアナも少なくない。矛盾するようだが、このリストラの時代に、アナウンサーとしての資質を問われるようなアナをリストラした分で、残った有能なアナウンサーの給料のベースアップくらいは保障できないかと思うくらいなのだ。

これは特に女子アナだが、バラドルとかグラビアアイドルと勘違いしているようなアナウンサーもいるような気がしてならないのだ。

今回3月で退社してフリーになる小林麻耶さんも、局内ではかなりの嫉妬ややっかみでいじめにあっていたと聞いている。小林としては、希望部署として報道畑を希望しているアナだったようだが、TBSとしては看板アナとして残留に努力していたようだが、夕方6時からの2時間の報道番組を希望がかなったように抜擢されたことで、それも後藤謙次さんは筑紫哲也さんの後任として期待を背負ってニュース23を担当してからの局内番組異動として、MC(マインキャスター)としての就任でなく、アンカーとしての番組担当だから、小林は何とMCなのだ。土曜日の夕方の報道晩気味のMCである田丸さんと同じスタンス(フリーアナウンサーと言うことで)に昇格したというわけだ。

ファンとしては、小林麻耶キャスターに期待は大きいところだが、局側としては残留努力も水の泡になってしまったわけである。

余談になったが、アナはしゃべることが本業である。噛んだり間違ったアナウンスをしてはいけないプロの厳しい道なのである。今回のいじめの首謀者となっているのは2〜3人の女子アナと言われているようだが、能力のない職員と会社内の秩序を乱す職員はこんな時期もあるので、リストラくらいの処分をしてもよいのではないだろうか?
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<#383>睡眠のコントロール不可能状態

2009/03/07 03:45
私は、ご存知のように自営業の管理職の立場ですが、社長職をゆだねた弟と話をして、できることは俺が仕事をするからといって了解を取ったときに、アニキは病気の療養に専念しろよと言う言葉に甘えているのと、仕事量が年度末と言うこともあって、少なくなっているので、雑役の親父さんの仕事を自宅である2階のマンションの廊下から見ていると、これで俺が病気を背負ってでも手伝ってしまったら、雑役のオヤジさんを遊ばしてしまうことになると思い、この時期に特に花粉症の症状である目や顔、身体全体のかゆみに我慢できないのと、鼻水が止まらないこともあって、本当の意味での雑役(親父の家の家事とか親父の世話、犬の散歩など)のほかに、町内会の役員の仕事をこなしたいるほかは、ほとんどが通院で時間を割いたり、自宅の家事をこなすだけで1日がすぐに終わってしまっていた。

そんな体調で、神経科の薬はそろって副作用と言って<眠気>がきてしまうので、ほとんどのまずの状態だった私が木曜日の昼過ぎになってぞくぞくしてきたので、お昼過ぎにベッドサイドのラジオをかけながら、眠りに入ってしまってからは、昨日金曜日の夜19時ごろまでずっと眠り続けてしまったと言うわけなのであった。

途中でトイレに起きた記憶もない。金曜日の暴風雨の音と何度となくかかってきた彼女と宅配業者からの電話の音に「うるせ〜な!今出られんよ」とぶーたれて出なかったもんだから、後で彼女に大目玉を食ってしまったが・・・。

起きてからは、やたらと頭痛と寒気がひどくて、上唇の先頭におできができており(ドナルドダックの口みたいに)、鼻の中にも炎症ができており、とっさにユニクロのジャンバーを羽織って震えていたのだった。

それから、これが独り身の辛いところだが、ご飯を炊こうと思ってもお釜はシンク内で水に浸かっているので、寒かったので水に手を突っ込むことはしたくなかったので、カップめんを持ってきてお湯を入れて待っている間に、1階のエントランスの集合ポストに郵便物を取りにいき、帰ってきてメンだけを食べてスープはカロリーが高いので捨ててしまった。

そんなこんなで、解熱鎮痛薬を飲んで、チンして温める湯たんぽを股間のリンパのところに当てて、DVDを見ていたら汗だくになってきたのと、薬が効いてきて楽になったことから、ブログでコメントをくださったひとへの返信と、2つのブログの更新をし始めたのが午前2時だった。

今週もあっという間に終ってしまうが、毎月の第2の土日曜日は町内会の私が副部長をしている衛生部主催の公園と町内会館清掃と古紙回収の日になっているので、土曜の夜19時半からと日曜の朝7時半からの40分間は、私の提案で実施している、町内巡回を私の自家用車の屋根にスピーカーを積んで広報活動をした後で、日曜日の午前中めいいっぱい使って、公園清掃の巡視と古紙回収の諸準備と4台のトラックで回収活動のあとで、回収業者での荷おろしとともに、会計の業務も私なので、売上金の明細と現金をもらって経理部に納め、3ヶ月ごとに市のほうに助成金申請までして、当日の参加者などの活動の総括原稿を作成して町会広報誌に掲載してもらうために広報部に送付するまでの仕事であります。

もちろん、通常は土日曜日は、彼女と我が家でのんびりと自由に気ままに過ごす時間でもあるのだが、昨日の夜の時点では、町会を休むわけには行かないので、彼女とのデートは中止しようかなと思ったのだったが、お互いにくたくたな一週間だったからお互いに<お休み>にしようということになるかと思ったら、「あなた、忙しかったからさぁ、気分転換でもしたいわ」「何かおいしいものでも食べに行こうよ」と言うことで意見がまとまったのと、どうせ日曜日は午後にならないと自由になれないのだから、午後に一緒に美容院のお兄ちゃんに予約を取ってもらって、アタマやってもらわない?」と言うことで、またまたびっしりの週末と言うことになった。

ところが、更新している今は、土曜日の朝3時半です。

日曜日の事務関係の準備をしていたら、たちまち朝になってしまう。
今日は8時に彼女を迎えに行くことなので、7時には家を出なくてはならんしなぁ・・・。

私の友人からは「仕事にあわせて睡眠をとらねばならないなら仕方ないけれど、そうでないのなら、もちろん夜になったら眠らんでもベッドに横になることは必要だけれど、その他は、眠いときに寝たいだけ寝てもいいんじゃない」とも言われているが、私の場合は、身体がしんどくても人から頼まれたら原則として動いてしまうからね・・・だから疲れがたまってくるとコントロールがきかなくなるのです。

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<#382>催促されてしまった(笑)

2009/03/02 20:07
このピエスモンテは、ミクシィの日記とも連携している。
最近のミクシィの機能が若干充実?してきており、日記の更新をすると2回分くらいの日記のタイトルが掲示されるのだが、私の場合前回の日記更新は2月22日だったと思うが、1週間も?日記の更新がされないと、日記のタイトルの案内掲示が消えてしまうだけでなく、<最近日記の更新がされていません。マイミクシィの皆さんに近況を報告しましょう>というコメントが出てきてしまい、日記の更新を強要される。

…てな訳で、3月に入ったので、早速日記の更新で〜す。

3月から新シリーズ。「渋谷語辞典」という本から、現代社会における渋谷ギャルが使う渋谷語で面白いものをご紹介していこうと思いま〜す。

{1}茶べる

⇒意味。  お茶をしながらしゃべること。定番語となった「お茶する」が、パワーアップしたものらしい。ただし、はっきりと発音しないとただの「しゃべる」に聞こえてしまうので、舌足らずの人はカツゼツの練習が必要。
⇒使い方  「おごってくれるんだったら、いいよ、茶べろ茶べろ♪」「茶べったあと俺んちでも茶べる?」

{2}HG(エイチジー)

⇒意味   腹黒い。 レーザーラモンHGと言う筋肉系芸人もいるけれど、よほど最先端の渋谷ギャルでないと意味は通じないから、性格の悪そうなヤツには、「HG!HG!」と連呼したりしてみよう。

⇒使い方  「ミカって、ほんと純粋なんだよな。誕生日だって言うのに何一つなだらなくてさ。逆にいとおしくな茶って、前から欲しがっていたシャネルのバッグを買ってやったよ」「おまえなぁ、それって完全にはめられてるよ。実はあいつ、かなりHGだって有名だぞ」


2月後半は、季節の変わり目現象が早くなり、花粉症も顕著に症状として現れたので、自律神経失調状態で仕事に支障をきたした。不眠状態から、これはみなさんも同じだと思うが、春眠暁を覚えずというように、ネムネム病に侵されてしまい、いすに座っただけでも気を許すとこっくりこっくりとしてしまったり・・・。

でも本来の不安神経症状と言う形で夢見が悪く、夜中に何度も汗だくになりながら跳び起きたりすることも多かった2月でした。

神経科の先生から定時の薬は頂いてきていても、なるべく薬に頼らないように心掛けていた生活をしていたせいか、不眠がつらくなったときに、朝まで徹夜状態になった日の朝6時前に定量の薬を飲んで強制的に睡眠を取ろうとしたら、今度は効き目が強く出てきてしまい、何と途中一度しかトイレに起きたこと以外は26時間も眠り続けてしまったこともあったほどです。

神経疾患患者にとっては、お天道様の光を全身で浴びることが大切と聞いているので、ちょうど彼女からもリクエストがあったイチゴ狩りにでも栃木県あたりまで出かけてこようと思っている3月の初めです。

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(#381)春なのに・・・・。

2009/02/22 16:52
私は、正直告白すると、自律神経失調症患者である。細かく言うとだいぶ良くなりましたから軽度のうつ病と熟眠障害が神経疾患の主なものである。

私だけでないと思うのだが、このように自律神経を患っている患者にとっては冬から春にかけて(ちょうど花粉症の症状がきつくなる時期と重なるのだが)と、夏の終わりから哀愁の秋の時期になると症状が顕著に悪くなる。
うつ症状はご存知だと思うが、ネガティブシンキングの傾向が強くなり、この症状がひどくなると人によっては自殺企図を持つ患者さんがいるようだが、私はそこまで悪くはない。後は熟眠障害にかかわらず、病名に反してネムネム病と称して、やたらと眠くなり、許されるのならいつまでも寝てしまう症状だ。
勤労意欲はあっても、具体的に積極的に動こうとする気持ちはあっても実際は動けない。もちろん家事もボランティアも積極的でなくなってしまうのだ。

おまけに、ここのところ寒暖の差が激しいので風邪を引いたらしく、発熱はないので(微熱程度)インフルエンザではないのだが、食欲はあっても台所に建てない状況であるので、常に空腹状況で寝ている。ただ脱水状況だけは避けたいので枕元にウーロン茶を備え付けているが、週に1〜2度、彼女が通ってくれているので、そのときに簡単なおかずを作ってくれているので餓死することはないが(笑)、冷蔵庫に入れても食べるときにチンすることも億劫なのだ。

このように病床に臥せってすでに半月になろうとしているが、今日も、一人息子と以前から約束していた、イタリアンレストランのランチバイキングの無料券が当選したので(ペア)、これも実は彼女と以前に1回お店に行ったときにハロウィンのイベントで展示しているかぼちゃの重さを書き込んできたら、私、彼女、私の父、息子の4名分で予想したら何と息子の重量がぴたり賞だったわけなのだった。

そこで、息子と2人暮らしをしている父と息子にペアの招待券を使い、私の分と父と息子のワイン代は私が負担して、今日のランチに行ってきたのだった。

帰りにアリオというイトーヨーカドーのショッピングセンターと、サミットというスーパーにお酒が飲めない私が運転して乗せて言って、父と息子がビールや缶チュウハイなどを買いに行き、実家に送ってきたのだが、行くまでは私はいつものようにベッドに寝込んでおり、帰ってくるまでは奉仕の精神でがんばったのだったが、自宅に到着したとたんに、脱力感に襲われて、寝込もうと思っているところなのだ。

今日も、朝6時から時事放談からずっとTBS系列のテレビを見ていたのですが、相変わらず中川大臣の不祥事のことばかり。マスコミも他にスクープはないのかといいたい。でも、このような不祥事でまたまた国民不在の空転国会による歳費の無駄遣いと、スピードを要求される国会運営ができないことにより、困窮した国民を救うことも、世界中に発信された現職大臣の国辱行為による不信感が確実に拡大しているのだ。3月末になれば失業者がまたまた膨れ上がる状況というのに、党利党略しか考えていない自民党の犯罪的なにおいすらする国会運営のニュースに国民はうんざりしているのだ。

テレビをつけていても、このような報道ばかりでうんざり、ラジオのほうがまだましといえるような帰来はあるが、寝ていても、ここのところ突然蛇にかまれた夢を見たり、息子が悪さをしたり(そんなことないのだが)、父が酔っ払って悪態をついたりで困らせられたりという、突然ベッドから飛び起きるような夢ばかり見ている。

疲れが取れるどころではない。

春なのに・・・・・。
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<#380>流れ

2009/02/19 06:02
ここのところ、生気がみなぎらない毎日が続いている。
お正月の仕事始めから、弟社長にまたまたかき回されてから、意気消沈してしまい、普段の私なら「なにくそ!」と逆に奮起して、がんばるのだが、ここのところ更新もできずに、ひたすらネムネム病にかかったと見えて、1日のほとんどを食事もとらずに寝てばかりいる状態だ。家事もほとんどできずに、睡魔に襲われている状態で、彼女がたまに来てくれていても、帰り道のほとんどを自宅まで送ることもできないままである。

今日は、流山の鍼灸院への通院日。鍼灸治療でこの状態を治癒できるかどうか?

さて、この3月30日からのNHKの番組編成で「今日の料理」の番組内のレシピの分量を4人前から2人分への変更がなされるという。1965年までは5人前が基本設定だったのが4人前に変更され、今回の夫婦のみの家庭が増えたことから、<2人前>設定を基本とされることになったらしい。

政治もそうあるべきだと思う。自民党の長期政権から考えても、小泉元首相が定額給付金の審議に欠席表明をされても、焦りを持っていながらも、執行部は小泉チルドレンが追随することはないだろうと虚言をしてみたり、辞任した中川も実は食事会の中で抜け出して記者とワインを飲んでいたなど、答弁では薬の飲みすぎと虚言したり,私も薬の多量服用することはあったが、あのような世界に発信されるような緊張の場所では、気持ちが引き締まっていれば、酒が入っていなければあのような酩酊状態になることは断じてない。

すでに、自民党の経験議員は世代交代すべきなのだ。民主党でも色々と調査研究しているのは40〜50代の議員だ。ろくに仕事もしないで歳費の無駄遣いをしている議員たちは追放すべきなのだ。

世の中には<流れ>というものがある。
もう国民は悪質な政治家の詭弁に迷わされてはいけない。
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<#379>雅子さま

2009/02/10 17:55
今日のニュースで、ブラジル訪問の時に「せっかく御招待されたのに、病気で雅子が同行できなくて申し訳ない」とのことだった。
端的に言わせていただくと、雅子さまは宮家の嫁としてはもたないのではないだろうか?
精神疾患の患者なのだったら、入院して一切の公務を断ち切って治療に専念と思うが、彼女のキャリアから考えても、宮家の嫁から辞退されることが賢明だと思うのだが・・・。

皇太子さまの後継問題にも波及するが、秋篠宮さまでも十分にやっていかれると思う。

私の場合と、事情が重なるので、ばつは悪いが皇太子さまに離縁を考えていただき、やり直すことが賢明かと思う。最近の雅子さまのニュースを伺っていると、いい加減にしなさいと憤りと焦りすら感じるのだが・・・。

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<#378>町会活動完了

2009/02/09 00:35

今年初めての町内会の衛生部副部長としての責任担当の公園清掃と古紙回収の活動が行われた。今月は?トン程の収穫だった。古紙の価格が暴落したので、私が運転したトラックの雑誌の量がニトン半もあったが、一円にもならなかった。その代わり市からキロ10円の助成金が出るので救われたが。
来年度は、衛生部長への推挙があったがお断りして、代わりに全市で活動するクリーン推進委員をお引き受けしたのだった。
地元町内会の役員を引き受けて、最初は私のマンションに班を作り班長として活動を始めたことから、すでに20年近くになる。衛生部のお手伝いを本格的に始めてからは5年目で副部長に。来年度は衛生部専属のクリーン推進委員に栄転するわけだ。もちろん副部長も班長も兼任となる。地元で生まれて51年目。これからの町内会の将来も考えて行動しなければならないだろう。責任重大だ。
でも、いろいろな皆さんを動かさねばならないだけに、気遣いは大変だ。今日の定例の活動が終わるとくたくたでお風呂にも入る元気もなく、着替えたらベッドに直行だった。明日にまで疲れが残らなければいいのだが…。
勿論、機動部隊だけでなく、事務会計も兼任だから、事務処理が終わったのは、夕方だった。

疲れました。

でも、これも頑張る事で、町内会の重鎮の父へのプレゼントにもなるのだ。
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<#378>町会活動完了

2009/02/09 00:28

今年初めての町内会の衛生部副部長としての責任担当の公園清掃と古紙回収の活動が行われた。今月は?トン程の収穫だった。古紙の価格が暴落したので、私が運転したトラックの雑誌の量がニトン半もあったが、一円にもならなかった。その代わり市からキロ10円の助成金が出るので救われたが。
来年度は、衛生部長への推挙があったがお断りして、代わりに全市で活動するクリーン推進委員をお引き受けしたのだった。
地元町内会の役員を引き受けて、最初は私のマンションに班を作り班長として活動を始めたことから、すでに20年近くになる。衛生部のお手伝いを本格的に始めてからは5年目で副部長に。来年度は衛生部専属のクリーン推進委員に栄転するわけだ。もちろん副部長も班長も兼任となる。地元で生まれて51年目。これからの町内会の将来も考えて行動しなければならないだろう。責任重大だ。
でも、いろいろな皆さんを動かさねばならないだけに、気遣いは大変だ。今日の定例の活動が終わるとくたくたでお風呂にも入る元気もなく、着替えたらベッドに直行だった。明日にまで疲れが残らなければいいのだが…。
勿論、機動部隊だけでなく、事務会計も兼任だから、事務処理が終わったのは、夕方だった。

疲れました。

でも、これも頑張る事で、町内会の重鎮の父へのプレゼントにもなるのだ。
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(#377)仕事がしたい

2009/02/03 13:12
お正月の仕事始めの弟からの裏切り行為で、全身の力が抜けてしまって、何ひとつ行う元気と意欲がなくなってしまって半月になる。でも形式的でも営業納品はしようと思い、弟には納品の指示を待っているからといったメールを送っておいたが,何の回答もない。

それならそれで、回答が来るまで休養をとらせてもらおうと思っているが、自分にとっての最低限の仕事はしたいと思っている。

金融機関から融資を受けるときだけ「アニキ、印鑑証明と実印の押印をお願いします」の一言だけ。
困ったときだけ呼びつけておいて後は独裁経営なのだ。

それでも取締役という立場で連帯保証人になっている以上、私に万が一のことがあれば会社もマンションもだめになってしまうだろう。

先日までは、昔の悪い癖が呼び起こされて、自殺企図を持ったことがあった。

でも最終の手段としてとっておこうと思う。

でも、ボランティアとは言えども、私を頼ってくれる人がいる。だから当分の自殺企図はお預けだ。
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(#376)山本モナ

2009/01/30 11:36
最近の山本の芸能ニュースで不愉快な雰囲気を味わっている。
巨人だった二岡選手との不倫で、二岡の成績不振もあったのだろうが、山本は二岡の家庭まで崩壊させ、自分はそのスキャンダルの最中に、きちんとどこかの不動産会社の社長と正式に交際していたという。

本来は、お正月の特番で復帰させたかった事務所だったようだがWブッキング?の事実でマスコミから騒がれるのを恐れて、正式に芸能界の復帰を延期させたのだという。

彼女は報道記者畑出身のエリートだ。TBSでも彼女の才能を買って、TBSラジオの月金の枠で深夜10時から90分の「アクセス」と言う聴取者参加のバトルトークラジオのナビゲーターと言う要職の仕事をしていたところだったのに・・・。現在はオフィス21に所属している局アナ時代の大先輩の久米宏が土曜日13時からの120分枠で「久米宏、ラジオなんですけど…」と言う番組に復職したと同時に、モナの後継者として同じオフィス21の渡辺真理が担当するようになってからは、しばらく出番がなかった時に今度はTBSテレビ(JNN系列)の深夜の報道番組「筑紫哲也ニュース23」のアシスタントで存在したNHK局アナからフリーとして君臨していた草野満代の後継としてモナの登板要請があったが、これもスキャンダル絡みで出ることがなく降板して、現在のやはりNHK局アナからフリーになった善場貴子が後継して、余談だがこの4月からは一緒にメインキャスターとして筑紫哲也の後任として登場した共同通信の後藤謙次氏が夕方の現在の「イブニング5」の後継報道番組(18時から20時の枠)のメインキャスターとしてこれまた4月からTBSの局アナからフリーになったとはいえ、当面はTBS専属アナとして希望がかなった小林麻耶と組む番組に異動するために、「ニュース23」は3月で終了するとはいえども、TBSの夜のニュース枠で時間短縮といえども、善場貴子がメインキャスターとして担当することが内定しているという栄転劇が展開している中で、おとなしく仕事を続けていたら、グラビアとかバラエティーにくっつくことなく、昔から得意分野?の報道枠に居残るチャンスを与えられていただろうというのに・・・。

男が浮気性という人はよく非難されますが、女性でも私としては、節度のない淫乱なオンナと言うレッテルをはらざるを得ないのだ。

二岡とのデートとラブホテルまでのタクシーの中での濃厚なキスとか、一夜を共にしたというニュースのときには、現在真剣にお付き合いしている不動産会社社長と二股をかけていたことになるのだ。

逆を言うと、それだけのバッシングを受けて、神経質な体質になったところで、寂しさから免れるために…という心情もよくわかるが。
二岡の自重も必要だっただろうが、私はそんなモナの軽率で淫乱な行動に非難の声を上げたい。
人様の人生も壊してしまったわけだから・・・。

TBSと言えば、この4月の番組改編では、日本テレビ同様に大胆な番組の改編を実施するようだ。
マスコミ界も不景気と言う波は避けられなく、制作費の大幅削減と言う至上命題を克服した内容になっている部分も多いと聞いている。

ちなみにTBS(JNN系列)の平日枠では、今のところこのような情報だ。

*みのもんたの朝ずばっ!⇒みのもんたの夕方枠への転出に伴い、後任をという雰囲気だったが、前述のように夕方報道枠は、後藤謙次+小林麻耶+高橋尚子(Qちゃん)で決まったことから、現行のまま残ると思われているが確定ではない。
*はなまるマーケット⇒視聴率と終了の要因が見当たらないので続行らしい。
*ピンポン⇒3月で終了が決定。これに伴い福沢さんは失職と言うことになる。4月からはレギュラーでは「真相報道バンキシャ」と「お笑いの番組?」の2本のみとなってしまうようだ。所属事務所は確か「イースト」だったと思うが、福沢さんのギャラは100万程度だったようだが、記事によると「あ〜そうか」「そ〜なんだ」と庶民的な共感を呼んでいる努力をしていた福沢氏だったようだが、逆に主婦層にはそれがうけない結果になっていたことから、後述するが、2じっチャオの恵さんを異動させて福沢さんを降板させようとしたようだ。
*愛の劇場(13時台のドラマ)⇒3月で終了する。40年の歴史に幕を下ろしてしまうことが残念だ。

*2じっチャオ⇒3月で終了。
 しかし、ここのMCの恵さんが午前中(11時?〜)の大型枠の昼の報道バラエティー番組(タイトルは不明)のMCとして横滑りの起用になったようである。

*イブニング5(ファイブ)⇒3月で終了し、17時55分から2時間の枠で、前述のような斬新なキャスティングで新報道番組を発進させることが決まっている。NHKのニュース7を意識した内容になると思われる。

*18時55分から20時までのバラエティーなど
 ⇒東京フレンドパーク、ぴったんこカンカン、感動再会「逢いたい」、チェック・ザ・NO.1など高視聴率の番組がそろっている枠で、同じくゴールデンの20時台の番組との入れ替えや収量などの去就が注目点だ。
   フレンドパークは、クイズ100人に聞きました以来、看板番組として一世を風靡した番組だが、関口宏のギャラの問題、そろそろイメージを変えることなどを考えて、もしかすると終了かもしれない。

*23時台⇒ニュース23は終了し、番組内容やキャスティングを変えた短時間の報道番組として再スタート。
  MCは善場貴子。

ここのところ気になっているのが、水曜日の夜時間帯で「関口宏の水曜ノンフィクション」「久米宏のテレビってやつは」など、JNNのキー局のTBSが制作しているのでなく、CBC中部日本放送の制作や、MBC毎日放送の「土曜日朝の、知っとこ!」などのように、キー局以外の局の制作が目立ってきていることからわかるように、番組制作のコストダウンが目立ってきているように思えて仕方がない。

「水戸黄門」はなくならないだろうな。
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(#375)年賀状

2009/01/29 01:54
今年は例年になく、110通ほど差し上げたことに対して、80通も頂戴した。例年は4〜50通くらいしかいただけなかったのですが・・・。不況のときこそ、初詣は盛況になったようだが、年賀状もせめてお正月ののんびりとしたときに癒されたいと思う人や、改めて旧交を深めたいという人が多いことだったのでしょう。でも、年越し派遣村でぎりぎりの年越しをされた人もたくさんおいででしたので、華美な表現は慎まなければなりませんが・・・。

私の場合は、今年度より町内会の役員に推挙されて、活動の中心となってボランティアをさせていただいたこともあり、町内会の先輩や後輩にも差し上げたこともあり、そのお返事もあったので大量になったのではないかと思う。

私は幼少のころから、お友達やお世話になった先生には、お返事をいただかなくても書中見舞いと年賀状もしくは寒中見舞いは差し上げるように亡くなった母からしつけられていた。特に担任の先生に対しては母がはがきに罫線を引いてくれて、ここに丁寧な文字で先生に書くのよと厳しく教育されたこともあり、私自身も一人息子には、幼少のころから、罫線までは引かなくとも、息子自身、パソコンで画像を取り込んだ年賀状やメッセージカードを何と改めて教えなくとも自分でパソコンを操って小学3年生のころから作っていたので、改めて文字の指導はしなかったが、私と同じように年賀状は几帳面に出させていただいているようだ。先般、大学生になったときに「住所録」を買って渡した。ここに綴っていく人たちは、キミの掛け買いのない財産となるべく人間関係の構図だから、大学生になったらこれにきちんと記録しておきなさいといって渡してからは、彼自身がやはり几帳面に記入しているようだった。

というわけで、私の住所録は何回もの改訂版を書き換えて今に至っているのだが、なんと幼稚園の先生まで今でも書き続けている。父からは「お前は、よくやるよな。俺は年賀状ひとつ書かないよ」といっていたのですが、以前父の口からは「俺には友達がいないから」と聞いたことがあるので、それは違うな。親父が友達と年賀状ひとつ交わせないから、心に残らないだけで、実際はいると思う。よく、小学生のころに「お前には親友がいるのか?」と聞かれたときに、「だれだれさんがそうなんだ」と私が答えると父は「お前はそういっても、相手はお前のことを親友と思っていないかもしれないぞ」とよく言われたものだったが、子供心に深く傷ついたものであった。

でも、私の住所録には、実際に記入してある人だけで100名はくだらない、書いていない人で書かなくてはいけない人を加えると200名以上にはなるだろう。まして、教え子となると単純に200名はいるから、教え子もみんな35〜40歳になった成人と考えると、もはや教え子ではなく、一人ひとりの友人ということにもなるわけだ。

私が50歳になった現在、数々の病院への通院と服薬、おまけに喫煙による肺気腫の可能性、ストレスと肥満による肝硬変の可能性と肺がんの可能性を考えると、人生最後の時には、あらかじめお別れの「年賀状(お礼状)」を作成しておいて、お葬式の日には私の肉声のカセットを流していただき、お別れしたいと考えるようになった。

今日の市立医療センターでの内科の検査結果と診断では、肝機能障害の値が大きくなってきていること、体内の炎症反応が顕著になってきていること、肺の中にブラ(空包)が検査ごとに大きくなってきていることなどを考えると、
唯一の喫煙はやめられないが、ストレス回避の方法を考えなくてはならなくなってきていることから、とりあえず、薬をきちんと服用して、十分な睡眠と適度な気分転換を図って、息子が独立するまではがんばろうと考えている。

話し外れてしまったが、ひとつだけ容認できない年賀状の主を紹介したいと思う。
それは、大学時代の文学部仲間で、現在50歳独身の男性で、西日本地方の町での中学校の教頭先生として飽食しているはずの男性だ。

彼とは大学在籍時代から仲がよく、よく下宿先に車で遊びに行ったり、私の家では私の父も交えてマアジャンをした仲間でもある。人の世話が得意で、優しい側面を持っており、女の子からは引っ張りだこではないかと思うほどの好青年だった。しかし、私と共通している<女子からは恋愛の対処にならず、相談役に君臨しているいわば安全パイ的な存在>だったのだ。

彼が西日本(広島)に帰省してから教職について何年も、年賀状はすべて彼のお母さんが書いた筆書きで達筆の年賀状だったのだが、私が結婚して8年目で離婚したときもよい相談相手になっていてくれたことから結婚がいやになったらしく、今でも長男でありながら独身を貫いているだけでなく、今年も年賀状を頂戴したが、美辞麗句のほかに、ちょっとしたコメント文も、決して彼が考えて書いたものとは思えないような文章と母さんのきれいな文字が並んでいたのを見て、「教頭校長になった人間が年賀状一般自分でかけないのか!!」と憤りすら感じたのである。

年賀状は、文字のきれい汚いではない。私だってワープロが流行したときから直筆の機会が減ってしまい、決してきれいとはいえないが、なるべく文字を直筆で書くことを心がけているのに・・・。面倒くさいでは済まされないと思った年賀状でした。

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(#374)ゆったり

2009/01/27 01:28

一昨日から家にある?台のパソコンのセキュリティソフトをノートンが重いので、マカフィーに変えようと初心者の私が一人で悪戦苦闘して乗り換えていた。?台のパソコンの乗り換えにかかった延べ時間が先程まででなんと12時間近くなっていた。でもそのうちの一台が不具合が発生してしまい、今日は終了。
残りは息子のだから触らないようにしようとおもう。

昨日は昨日でそんな訳で就寝が朝の4時になっており、会社病休中で月曜日は神経がぼろぼろで起きたのは昼過ぎになっていた。月曜日は医療センター内科の検査予約が入っていたので、起きてすぐにセンターにいき、帰りに携帯の修理依頼にSoftBankShopにより、耳鼻科にいつものように通院して帰ってきた。
夕飯が息子に食べさせたので吉野家で軽く取り帰宅。
継続してパソコンの調整して疲れたので、私には珍しく21時にベッドに潜った。修理中はもう一台、SoftBank携帯電話でインターネットマシンという機種を代替え機種に使用することにしたので、枕を抱えて腹ばいにしなくてはテンキーボードを打ちながらでないと更新もメールも片手では打てないので、久し振りにラジオを聞きながら、ゆったりとした時間を過ごしています。
明日こそ のんびりと通院なしの静養(病休)の日をすごそうと思う。
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(#373)不可解

2009/01/23 23:18
今日も、お昼過ぎまで病院にいた一日だった。
午後になって食事を取ってから自宅で久しぶりに事務的なことをこなしているうちに、はがきをポストに投函しなくてはならなくなり、おまけに昨日出かけた神経科の足らなかった薬をもらいに行くこともあり、車で市内へ・・・。

すでに15時近くになっていた。

夕方に彼女がまたまた寄ってくれるとのことで、準備かたがたあわただしい時間を過ごしていたが、一緒に夕飯を食べて、帰り市ヶ谷まで送って行った車中で、金曜日のスマたちへ・・・という番組を運転しながら見ていた。

今回のゲストは、昨年の大河ドラマ篤姫の脚本家の女性の物語だった。

詳細はカットさせていただいて、脚本家としての活動をされていた頃、最初に結婚されたご主人との間に二人のお子さんが授かり、幸せな?結婚生活をしていたが、脚本の編集者の人から「お子さんを育てている女性に熱烈的な恋愛ものは書けないのではないでしょうか?」と言われたことに傷つき、ある年のクリスマスイブの日に、家族全員でクリスマスパーティーをした夜に、彼女はご主人に「お願いがある。このまま離婚して同居するか、離婚しないで別居するか、決めてください」と言ったそうだ。当時のご主人は「じゃぁ、離婚して同居しよう」と一言返事で答えてしまったという。その時に彼女は「ありがとう」と会話を交わしたそうだ。

そんな環境になってから、独身状態で3年間は元夫と同居生活の傍ら(子供たちが小さいということで、近所にも子供にも離婚したことを告げずに)執筆活動を続けた挙句、一回り年上の彼と再婚したという。

その2番目の夫は歴史に強く、篤姫の執筆にはかなりいろいろと教えてもらい、子供たちもなついて幸せな?生活を送ることになったようだが、篤姫の脚本が出来上がったころ、ご主人の体はすでに末期中の末期の大腸ガンを患っていたという。彼女はインタビューで、篤姫の脚本の仕事がなかったならば、主人を引っ張ってでも病院に連れて行ったというが、それは私に言わせれば彼女のエゴイズムの何者でなかったのではなかったのかと思っていたのだが。

そんなことから、篤姫のドラマのような人生と同じように、第2のご主人も帰らぬ人になってしまったわけだ。

彼女は、最初のご主人から子供を授かり、なんとも許せない(私から見れば)身勝手な理由で、第2にご主人もすべてをなくしてしまった人生。悔いはなかったのだろうか?

アゲマンという言葉が一時流行ったようだが、小室哲也のような人生にしてもしかり、この脚本家の女性にしてもしかり、結婚観と言うものが日本特有の古い考えがみじんもなく粉砕されてしまっているような時代を見ていると、腹が立って腹が立って仕方がない。

男は男しかできないこともありましょう。女もおなじ。でも男女が均等にという風潮である以上、お互いに譲り合って生きていく行くざまを子供たちに見せていかなければ、これからの日本はだめになってしまいそうな気がする。

これ以上のことを書くと問題になるのでとどめておくが、政治だけでない、現代の日本人の生き方にも私は強い憤りを禁じ得ないこのごろである。

本当に、自分のことしか考えていない、自己中心的な生き方をしている人が多すぎると思いませんか?
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(#372)通院は大変だ

2009/01/22 22:15
今日は朝から通院と息子の買い物の付き合い、食事、買い物と、朝9時から17時まで家に帰ってこられませんでした。

内科で高血圧症の薬の補充、神経科の定期通院と薬の処方、眼科での定期通院と薬の処方、耳鼻科ではいつもの去痰処置に車を走らせた。

合間に息子と久しぶりに二人でカフェベローチェという喫茶店でティータイム。

父と息子と3人で日本そば屋さんで昼食。

通院と言っても、診察券を出してすぐに診察と言うわけに行かないので、それぞれ時間がかかる上に、医薬分業でそれぞれ薬に処方にも時間がかかるのである。

私は通常最低でも14日分、平均して28日分の処方となるので、錠剤で最大は1回1錠、1日3回で28日処方となると、1種類84錠になる。これが何種類もあるので薬剤師さんは大変だ。

診察券を出した後とか、処方箋を出した後で、合間を縫って買い物に行ったり食事をしたりした。
運転手は私である。市内周遊でも40キロほど今日は走行したかもしれない。

帰宅したのが17時。お昼寝を1時間。でも寒くなってきて、パソコンを満足に打てない。
明日は、のんびりと過ごさせてもらおうと思いました。

昨日、父の帰りが遅くて、息子から「じいちゃん、まだ帰ってこない」とのことで、雨の中、車で息子と2人で父を捜しに行ってきたら、父が友人と3人でタクシーでご帰還だったので、父が気を使って昼食をおごってくれたのかなぁ?
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(#371)疲れました

2009/01/20 00:19

今日は息子から空振り。
試験だから腹が減ったら戦はできないだろうと思って、青椒肉絲とおむすび何と?個作って待っていて、帰りに2階に寄って持って行きなさいよとメールしておいたのですが、電話がかかって来て「今夜は友達と朝までカラオケするから」とのことだった。
そうでなくとも、昨日から超うつ状態で重症なからだなのに、置き手紙に「お前もオジチャン(弟)と同じなんだ」と皮肉っておいた。

親の心、子知らずなんだなぁ。
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(#370)俺らしくない。

2009/01/18 20:40
いつもならどんな逆境にいても這い上がる自分があったのに、
今回はダメージが大きくて、昼過ぎまで寝てしまっていても、勤労意欲がわかない。

あいかわず弟からの一方的なメール。

何で兄弟なのに配慮ができないのだろう。

今日は14時ごろ息子がやってきて、予定していたシングルベッドの移動をしようというのだった。
足を引きずりながら、どうにか1階の父の家の息子の部屋にシングルベッドの設置が完了した。

私の父は(も)配慮がなく、お前、息子の意向を聞いてからやらせているのか?もしかすると2階の廃品を回してきているのではないのかという。とんでもない話だ。弟からのメールのことも直訴したが「お前たち、もっとうまくやれよ」との一言。

それでも、父も高齢者だ。どんなことがあっても、気遣いをしないといけないと思って我慢したが、納得がいかない気分で自宅に帰ってきた。

彼女も私も、他人から理不尽なことをされても、翌日には馬鹿になって明るく無理をしてでも振舞ってしまうことが多い性格なのだが、今回はダメージが大きかった。

まぁ、弟には当面の間安静加療ということをメールで伝えてあるので、むこうから指示があるまでは、ゆっくりさせてもらおうと思う。

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(#369)不憫な思い

2009/01/18 01:36
今日は土曜日と言うことで、実は昨日の夜から、私の自宅にあったシングルベッドを解体して、布団がいつもずり落ちている私を気遣って、セミダブルベッドをプレゼントされ、ベッドクッションが昨日届いたので、彼女に手伝ってもらって、シングルベッドの解体と(これを実家に住んでいる息子に譲ることになったのだが)セミダブルベッドのクッションだけでも設置しておこうということで、深夜にかけて私の総合ルーム(作業エリアと寝室エリアを含めて12畳の部屋)の大胆な模様替えと掃除をしていたのだった。

金曜日の深夜にベッドを設置してから、二人ともふらふらになり、私はセミダブルのベッドに、身体が小さい彼女は別室のソファーベッドにそれぞれ爆睡の地に向かった。

そして土曜日は、私も正午まで爆睡、彼女も10時頃からキッチンに立って、恒例の息子と父の差入れと私のおかずの料理をしてくれていたので、昼間におかずを実家に届けてきたのだった。

そして、息子にメールで「もしも可能なら、今夜のうちにベッドを一式移転作業してしまうならやってしまえば、明日は一日中寝て過ごせるよ」と伝えておいたところ、深夜になって息子が私のところに立ち寄ってきた。

寒かっただろうということで、お酒は私が飲めないので、温かい紅茶をいれて二人で歓談していた。

「お父さん、パスタソースはあるかな?大学の研究室の食事ができないので(ひもじいと私は解釈したのだったが)、昼間はお腹がすいて耐えられないんだ。じいちゃんの家に帰ってきて食べると、軽くご飯2合は食べちゃうんだ」とポツリ・・・。

すぐに帰った息子の後姿を見て、今度は私がいたたまれない気分になった。

不況と経営不振もあって、去年から給料が半分になってしまった私は、自宅を維持していき、もろもろのローン返済をするだけで精いっぱいな状況で、息子には少ないお小遣いと携帯電話代の負担はしているのだが・・・。

ひもじい生活も、学生には必要といえども、バイトをしたくとも時間がない(通学で4時間あまりかかる)、研究所の授業は夜間に行われるために、バイトもできない状況だけに、お小遣いさえ稼ぎなさいと言うこともできないのだった。

日商簿記1級は1発で合格できた努力は惜しまない息子だ。5月と8月(2次試験)の公認会計士試験までは頑張ってもらわなくてはならないから、寝ようとした私も飛び起きて、自宅に在庫してあったレトルト食品からふりかけまでたらふくと言うより、私の食べる分まですべて袋に詰めて、階下の実家に持って行って息子と話をしてきた。

「お父さんは、これ以上のことはできないけれど、できる限りのホローはするからね」とだけ伝えて・・・。

彼女にも聞いてもらったが、これ、息子が九州とか北海道に下宿しているのでなく、階段を下りれば玄関の内側に住んでいるのだし、お父さんがちょくちょく何かを届けてくれたりするだけで、息子さんはうれしいと思うよ」とのことだったが、何か歯にこびりついている気分になってしまい、眠れなくなってしまった。

これで、私も当分、租食事の毎日になっていくと思う。親だって1日1000円の食費の枠は変えていないので、どこかの総理大臣に言わせれば「さもしい」のかもしれない。

時に、息子が成人したから、私はしずかに永遠の眠りにつきたいなと思うことしばしばである。

先般、仕事で弟社長から理不尽なことをされてから、1年ぶりにつらいことも顔に出さずに忍んできた自分だったはずが、勤労意欲がまるでなくなってしまい、ただただうつ病患者のように、朝になっても眠り続けているようになっていたときだったので、ダメージが大きかった。

「お父さん、ありがとう」と心から言われる日があれば立ち直れるのだが、親業と言うのは大変な職業だと改めて感じていた。

子供は、あたかも自分一人で生きてきたようなふるまいをする動物だが、分かっていても感情に触ることが親だって人間だからあるのだ。

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(#368)ついに

2009/01/14 15:41
昨日の精神的な打撃から、身体が悲鳴を上げていた。
いつもなら、いくら疲れていても朝5時6時には目が覚めるはずが、9時過ぎになってやっと意識がはっきりしてきた。
いつもなら、寝返りをするので、シングルベッドでは布団があべこべになり、寒くなって目が覚めるのだったが、今朝だけは布団が乱れることなく、眠れていたようだった。

ただ、意識が出てきたときに、身体に熱を持った自分と、なんといっても耐えられなかったのが左目の眼精疲労による激しい割れんばかりの頭痛だった。

朝9時過ぎに彼女から携帯に何度も電話があったが、痛い方の目を枕に押さえつけて痛みをこらえようとしていても治まらなかった自分は、電話を無視して再び眠りこんでしまっていた。

そのまま、11時まで延長して睡眠をとっていた。
明日は、朝からたぶん加工工場の社長さんとの約束の時間は果たせないとはいえども、往復100キロの納品も含めて帰ってくると深夜になってしまうだろう。

ぶつけようのない憤りと自分の感情がコントロールできない状態に、なんともやるせない気分に襲われていた。

1年前に、周囲からのストレスと理不尽なことばかりの感情になってしまう感情に襲われていたために、一時は包丁を振りかざして…という事件?に発展してしまいそうなことがありましたが、それから1年間、息子と二人で暮らしていた自宅から息子を父の家に追い出して?一人暮らしをしていた自分に、家族の周囲からは、原因が自分たちであることをよそにして、私を入院加療させるべく動いていた側面もあったのですが、彼女に支えられたり、逆に彼女を支えたりして、ある意味で「拘束されずに一人で自分を見つめたかった」自分の願いがかなった時期でもあり、50という年齢から、妙に落ち着いた部分もあったことから、息子も私を恐れずに帰って来てくれるようになったことだったのに、ふたたび、1年前の理不尽な感情を再起させられたのが昨日の弟の理不尽な言動だったわけである。

今日の頭痛だけでない、ストレスの定番である<過敏性腸症候群>による腹の激痛も、実は昨日彼女と一緒に入ったお風呂から出た後で、すっぽんぽんの姿でソファーに座って服を着ようとしたときから、お腹を押さえるほどの痛みが発症していたのだ。

身体は正直だ。

常備薬のロートエキスとアドソルビンの粉末を飲んでしのいだが、今朝と言うよりお昼にダイニングテーブルの椅子に座った時から、しくしくと痛み始めていたのだ。

今日は、耳鼻科通院も控えて、自宅で我慢して静かに過ごそうと思っているが、去痰作用が極端に低下する原因の一つに<ストレス>があることも、ここに記しておきたい。

うつ病が国民病として現代病のトップにランキングされそうなご時世だが、派遣切りなどのような社会現象の中でもがいておられる人たちも、厳しく言えば自業自得ということもあったと思うが、住居も収入も食料も獲得できない生理的なストレス?だけでなく、2次的なストレスでつぶされそうな皆さんもたくさんおられると思うのです。

100年に1度の恐慌と麻生首相は就任時の会見で話していた割には、対応の早さは民間の方が群を抜いて早いものであると思うが、事情は別にしても、一刻も早く生活できる環境と生活保護は大前提だが、精神面でのケアと疾病を持っている皆さんに対しての救済策を講じていただきたいと思っているところです。

渡辺元行革大臣が自民党離党という<英断>を自ら下されたようだが、それに対して、金子国交相は「とんでもないヤツだ」と見下していたようだが、国の対応よりも民間の対応が早いという現実を自民党だけでなく公明党を含めた政権与党はどのような感情でとらえていたのだろうか?<解散権>を傘にきて、経済状況を講じた後で、効果を見て判断するというような生ぬるい環境にいつまでも漬かっていようとする悪代官的なビジョンしか持っていない自民党幹部の代議士に、派遣村に集っている皆さんの気持ちなんか到底理解できるわけがないと思いませんか?

善しあしは別としても、小泉純一郎のような体裁だけでも先輩議員を差し置いたリーダーシップを麻生太郎がとってくれれば、まだ(無理だろうが)国民は注目したのだろうが、もはや自民党に求心力は藻屑になっている。

危機管理という面から考えれば、時期尚早な発言かもしれないが、渡辺氏のような代議士にリーダーシップを発揮してほしいものだと私は思っている。

私も、教壇に立っていた頃は、生徒たちだけでなく、同僚の仲間たちにも「人間はビジョンを持たなくてはいけない」と指導や主張していたものだったが、50になった自分にビジョンがあるかどうかと言うと、ネタは多岐にわたってたくわえていたり、これからも情報を収集する気持ちは負けないつもりだが、ちょっと自信がない。

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(#367)信念

2009/01/13 16:31
先ほど、渡辺元行革大臣が自民党に離党届を出された記者会見のニュースを拝聴していた。

党利党略を優先しないで、議員の本分は国家国民のために尽力するといったお父様の信念を見事に受け継いでの<改革>だったようだ。

もちろん、ご本人の勢いもあろうかと思うが、彼が行革大臣として天下りを容認しない改革に着手していた頃から、「この人は近いうちに何か行動を起こすだろう」と思っていた。

舛添大臣が留任された中で、彼だけが解任された時点で、彼は悔しい思いをしたことだろう。

初心貫徹!今後の彼の動向に期待を寄せたいと思う。

私にもつたない信念がある。

@人から何か頼まれたら、基本的に信頼関係や礼節をわきまえている人が相手であるなら、多少の理不尽なことがあってもご要望にはおこたえすることにしている。
A頼まれたら、何事にも素早い対応をする。
B見返りを期待しないこと

今日は、私の経営する鋳物工場で、新年になって初めて溶解炉(キューポラ)に火を入れて鉄を溶解して品物を作る工程のはずだった。昨日、新社長になった弟と確認をしておいたのだったが、今朝になっていつものように耳鼻科通院の後で雑用を済ませてきてから帰ってみると、工場内に火起こしがされていない状態であったばかりか、不況と言うことで従業員の余計な経費をかけないためには、半日で自宅に帰らせたりしたので、直接弟に連絡をせずに、怒りをおさえるためにも、メールだけは送って抗議しておいた。

今日、溶解して製品を作れば、東京大田区の町工場の社長さんと約束した15日の15時過ぎに品物をお届けすることに、時間が守れなくなってしまうことになるだけでなく、障害者の私だけでは、半日程度の時間で品物を仕上げて、検査をして塗装してからの出荷となれば、納品は夜になってしまうのだった。

仔細情報も一切流してこない弟に、強めの抗議をしたのだった。

私にしてみれば、このような理不尽なことに対しては、一寸も容赦できない気分なのだ。

最初は、このブログで一切の仔細を書こうと思っていたのだったが、書き上りでエラーを起こして本文がすべて消えてしまった。
<神様が、やめておきなさい>と言っているのだと・・・。

このような考え方ができるようになったことが、遅すぎた成長のようだ。

沈黙こそ最大の攻撃になることもあるのだ。
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(#366)成人式

2009/01/13 00:26
おかげさまで、一人息子が成人式に参列する日を迎えた。

朝早めに、息子のいる部屋の携帯に電話を入れて、着替えができているので(用意できているので)早く着替えに着なさいと伝えてから、着替えて実家の父のところへ。

長男3世代で記念撮影をしようとしていたので、弟にカメラを頼んで撮影してもらった。

撮影後には、それぞれが出向く先があるというので、ばらばらになったが、私は先般の息子の日商簿記の1級合格のお礼と成人式を迎えたことの報告に、菩提寺と近くの氷川神社へ出かけてから、撮影した画像をCDに焼きに行くと同時にじいちゃんへ(父)何枚か写真を焼いて届けてきた。

これで今日の予定は終了だったが、帰ってきたら特段に何もやっていなかったのに、急に疲れと寒さで凍えてきたので、ベッドに直行して布団に包まって夕方まで寝てしまった。

卒業の学年に生徒を卒業式で見送った学級担任の心境がよくわかるような心境だった。

<無>の境地になって、彼女との電話での会話もお互いにへこみがちで暗いものになっていた。

彼女にも今日成人式をあげた息子がいたこともあり、<無>の心境だったのだろう。

子供はいつでも親に頼むだけ頼んでおいて、後はほったらかし!と彼女は言っていたが、私も父に色々と負担をかけている身分なので、耳が痛い心境だった。

夕方まで熟睡して、機械的に夕飯を食べた後で、昨日お世話になった新宿区内に美容室を経営している30代のお兄ちゃんに自分のプロモーションのDVDのダビングを頼まれたことを思い出し、私の信念でもある「頼まれたことは原則として拒まないで、できるだけ早く心をこめて対応する」気持ちから、5種類のDVD総数で35枚ほどのDVDを4時間弱で焼き上げてから、1枚1枚梱包して配布できる状態にしたものを明日宅配便で届けられるように仕度をすべてこなした。

美容師のお兄ちゃんも、幼いときから親に恵まれずにさびしい日々を送ったと聞いており、お兄ちゃんを紹介してくれた彼女からも「あなたが、親切にしてくれていることに、目に涙を浮かべていたわよ」と聞いていたこともあり、急ぎませんからぜんぜん大丈夫ですと言っていたお兄ちゃんをびっくりさせようと思う気持ちからがんばったのだが・・・。
喜んでくれる顔を想像しながら宅配便の封筒に入れていた自分があった。

これからは、息子も独り立ちしてくれると思うが、同時に私も子離れをして気持ち的にも自分のこれからの人生を構築して行かねばならない。

私がちょうど1年前に、親兄弟や周囲の人たちからのストレスに押しつぶされてしまい、不本意ながら自宅で息子の前で刃物を振り上げてから、息子は逃げるように階下の父の家の部屋に閉じこもっていたのだが(もちろん、息子の行動にも不満を持っていたのだが)、あれから1年間、スープの冷めない距離のところで別々に暮らしてきたことで、私も息子もよい距離を保って歩み寄ることができるようになっていった。結果オーライだった。

彼女からの強い支えでここまで来たことも強調し記さなければならないだろう。感謝だ。
でも、一番は自分がいかに自分の気持ちのコントロールにまい進して、ポジティブに考え方を変えていったかという努力にも自分で自分を褒め称えておきたい。

私は、収入こそ激減してしまったが、自宅は保有している・仕事もそこそこある、贅沢こそできないが、雨風しのげる環境は保障されている。それだけに、自分の奉仕活動で喜んでくださる人がいれば、これからもボランティアをしていきたい。

彼女も私と同じような志の持ち主だから、これからはパートナーとして入籍まではしなくとも、適度に行き来しながらボランティア活動を展開していきたいと思っている。

彼女には今年成人の息子と18歳になる娘がいるが、私も気持ちは3人の子供たちの父親として、サポートできればいいと考えている。

おしまいに、今日に成人式を全国各地で向かえた成人の風景のニュースがあったようだが、これらのコメントは次回の更新のときにとっておきたいと思います。

小学校2年生の3学期に離婚した私に、私も一生懸命に息子を育ててきたが、息子も息子で一線を逸脱しないでまじめに好青年に成長してくれたことに感謝していると同時に、この親子を支えてくださった皆さんに、今夜就寝前に、改めて感謝の気持ちをこめて<合掌>。
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(#366) おかげさまで・・・。

2009/01/09 15:31
一人息子から今朝一番に吉報が入ってきました。
日本商工会議所主催の簿記検定1級合格とのことでした。

全国で1000名しか合格しない合格率9%の難関だったようです。

思えば中央大学法学部におととし現役で入学して、ひたすら中央大学の経理研究所に入所してから、こつこつと朝早くから深夜まで勉強をつんできました。

大学1年生のときから簿記3級に挑戦して合格してから2年生の終盤までに2級と1級の両方を取得できたのでした。

今夜はケーキを準備してあるので、二人で乾杯するつもりです。

これであさっての成人式を笑顔で迎えることができそうです。

親ばかですが「よくやった」と褒め称えてあげたいです。
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(365)お正月疲れ

2009/01/08 21:13
私だけでないようですが、年末年始正味休暇が1週間で、父の家の大掃除・ボランティア・雑務等であっという間に終わってしまい、火曜日から再開した仕事始めから、やっと<息抜き>ができるようになったというよりも、お正月の疲れが出てきており、昨日あたりから倦怠感・だるさ・寒気・鼻水・発熱と風邪の症状のオンパレードで、ついに今日のお昼からベッドで寝込んでしまいました。

お正月といっても、余分な金銭の出費が増えるだけで、自分に残るものは新年という新たな気持ちになれるだけ。
通常のニュース番組も年末年始の特番ばかりで、十分にキャッチできない状況だ。

でも、世間ではあちこちでの火災事件・タクシー強盗など悲惨な事件が多発している。
千葉県の常盤平団地の火災は、母親がパチンコに行っている留守に子供たち3人が焼死となる悲惨な事件。
なぜ幼い子供たちを残してパチンコなんだろうか?ご主人はいないのか?最近の事件を見ていると、私の家も人事ではないが、両親がそろっているご家庭が少ないような気がする。

熟年離婚の実態を特集している番組を昨夜見ていた。

男性側の浮気問題や浪費問題、暴力問題も少なくないようだが、女性側にも陰湿な原因も少なくないようだ。
モラルハラスメントの実態を目の当たりにしていた。

よく、結婚式の際に「ともに白髪が生えるまで・・」と誓い合うが、私もそんな呪文めいたことが信じられなくなった時代なんだろうなと思ったりしていたが、別に昨日は認知症になった連れ合いを支えているご夫婦のドキュメントを放送していたが、そんな運命にあっても強い絆で結び合っている様子を見て涙なくしては見ていることができなかった。私ももしかすると認知症になってしまうかもしれない。

でも、彼女に支えてもらえるだろうかと思ったりしているが、われわれは基本的に入籍しないことにしている。
それは、お互いに年頃の息子と娘を持っている立場上、子供たちに影響や刺激を少なくするだけでなく、入籍となったら親戚間でも注目の的となり、ややこしくなると思っているからだ。

でも、そうなったら、人生一人で生きていく覚悟をしなければならない。

明日は関東首都圏でも積雪があるという寒さのようだ。

心も冷えてきている今、久しぶりに自室のワークデスクに座っての更新だけれど、室温が8℃。確かに寒いけれど、持ち前の情熱で暖かくできるようにしたいと思っている。

派遣村の皆さんは元気だろうか?
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(#364)派遣村

2009/01/04 16:59
東京、日比谷公園に<年越し派遣村>が盛況のようだ。
100年に1度の恐慌。所持金1000円前後で仕事もなく家もなく家庭も崩壊したという人たちが、生死をかけてさまよい歩き続けている。

さっき読んだニュースで、年末にすべての生気を失って、横浜の山下公園の木にロープをかけて首つり自殺を図ろうとした男性のことを知った。結果は失敗だったが、外れたロープを首に巻いたままで地面に落下した男性の持っていたラジオから、日比谷公園に来ればなんとかなるという声を聞いて、ひたすら日比谷公園まで歩いたという。

派遣村について、温かいご飯をもらって、そばにいた弁護士さんから励ましの言葉をもらった男性は「もう一度だけ、頑張ってみよう」と決意したという。憲法25条で最低でも文化的な生活を保障されると規定されている以上、この男性も当然のこと生きる<権利>は保障されなくてはいけないのだ。

個々の主張は様々とはいえども、お正月にも満足に過ごす家、いや場所すらない、食べ物もないことを、早く政府与党で率先して手を差し出す必要はあるだろう。

私も10年余り前に、3回ほど自殺未遂をしたことがあった。私の場合も精神的にどうすることもできない切迫感に襲われて、行き場をなくしてしまった結果だった。
いまこそ、病気が治癒した状態まで回復して、自分の名刺に<現場主義>と唱えているように、何かあれば仕事から始まって現場へ直行して自分の目に焼き付けていき問題を解決する流暢な動きと、病弱だった私を支えてくださった皆さんへのお礼を含めて積極的にボランティアをさせてもらっているのですが、このお正月と言っても、家と低収入のお給料と(笑)テレビ、パソコンと好きで勝った愛車があるだけで、維持するだけで手いっぱいだけれど、お正月を過ごすことができただけで幸せだと思っています。

経験から、自殺企図と言うものは、成功してしまえば自分が苦しむことはないけれど、失敗したときに自分の体に障害を生じたときにとんでもない苦悩と直面するということは分かっていながらも、やってしまおうとする人の心理状態は、きっかけをつんであげないと、とめることができないものです。

派遣村でお過ごしの皆さんが、寒さで風邪をひかれたり肺炎を併発されてしまうことがないように、手を差し伸べることができる人たちが温かい気持ちで支えていただきたいと思っています。

私も、あえてこのお正月も謹慎状態と言うか、つつましく浪費せずに節約したお正月を送っています。

こんな時にぜいたくをしてしまったら、派遣村で凍えていたり不安にさいなまれている皆さんの申し訳ないと思っています。

日本人の良いところは「心温まる助け合いの心」だと思っています。

政治家の無頓着な茶番劇を見ているのは沢山です。

私も派遣村でお手伝いできることがあったら明日にでも出かけてみたいと思う。
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(#363)早起き〜アメーバじいヤンのセカンドブログ連動コラム〜

2009/01/03 06:59
初夢の結果は・・・?。

大好きな車の運転で、近い関係の人たちを送って行ったりしていたところまでは覚えているのですが、起きたらすぐに忘れてしまいました。




少なからずうなされるような悪夢ではなかったようです。




昨晩はヘキサゴンを見ていました。

私はフジテレビ系列はほとんど見なかったのですが、久しぶりの視聴でした。

ヘキサゴン自体は面白かったのですが、そのあとの番組を見ていて、公共の電波を使ってあのような面白おかしくもない番組を長時間にわたってオンエアすることに腹を立てて途中でテレビを消しました。




むかし、おれたちひょうきん族と言う番組が台頭していた時代、フジテレビは視聴率ダントツ時代でしたが、現在もダントツ傾向をたどっているようなので、私としてはバラエティーのフジ!と命名しています。




ただ、放送と言うメディアの責任として、ある程度のモラルやくだらなさのラインをひかないと、子供や若者たちに悪影響を及ぼすことにもなりかねないという警鐘を私は強く鳴らしたいと思っています。




どこかの球団(埼玉西武でしたか?)から出演した選手が「僕のような馬鹿でも(野球を)頑張れば、金を稼ぐことができるということを教えたい」と得意げに語ってくれましたが、「じゃあ、戦力外選手になったら、馬鹿だったということが、足を引っ張って稼げなくなるのではないのか?」「まじめに勉強して努力している若者だって内定取り消しになる時代やで」「ろくに勉強もしないで勝手なこと語るな!!」と私は言いたい。




あれを聞いた野球選手の間で、批判などが飛んでいるのだろうなと私は容易に想像する。




その選手に対して、紳助さんが「おまえ、この部分カットするで!」とカツを入れたことに拍手ものでした。




私も自分のことを「私は馬鹿ですから」と謙遜?することは確かに多いですが、本当に馬鹿であろうという自分を「バカですから」と正当化する若者がたくさんいるような気がする。羞恥心やpaboのメンバーが、キャラとしてバカぶりを発揮しているのでしたら、彼らは彼女らは大した芸人さんだと思うのですが、そのまんまだとすると、あのような感覚の若者が繁殖していき、おまけにキレやすい性格の人間が街中をうろうろされたら、日本はおしまいだと思う。




言葉でも「全然大丈夫。」という不可解な表現も、文科省としては認めざるを得ない状況に押してしまったこともあるし。

いつも私が主張している、おいしいものを食べた時の表現として「うまい」ならまだしも「うめぇ〜」とうなる表現だけは絶対に許せない表現だ。テレビ人の影響でもあるから責任をとらせたい。




私の一人息子が嫁さん候補を連れてきたときに「うめぇ〜」と一言でも発した時点で「チェンジ!」と叫ぼうと思う。




byうるせーおやじより(笑)
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(#362)2009年あけましておめでとうございます。

2009/01/02 16:13
ご来訪くださった皆さん、明けましておめでとうございます。
本年も昨年に変わりませず、ピエスモンテをどうぞよろしくお願いいたします。

早速ですが、昨日元旦に階下の父の家に(実家)私と弟一家全員が集合して、年始の挨拶を交わしました。
私事ですが、おととしあたりまでは、年末の父の家の大掃除から新年の挨拶などへの参加に積極的ではありませんでした。一家の長男としては失格者ですが、強迫性障害からは脱出できたものの、私らしくないのですが家族や親戚のしがらみにとらわれることがうっとうしいのと、何か弟たちに気遣う自分が惨めっぽくなって、これは息子も感じていたらしく、昨日2人きりでの話に出たのですが、「お父さん、じいちゃんやおじちゃん(私の弟)たちとの係わり合いに混じりたくないんだ」といっていたので、私だけが偏屈な感情にとらわれていたのではないのですが・・。

人との係わり合いになると、異常に気を使って踏ん張ってしまうという性格の私にとって、年末年始の実家での動きについていくというか参加すること自体がうっとうしく、だからといって2階に自宅を構えている私が自宅にこもっていること自体、罪悪感にも襲われていた時期でもありました。

昨年のお正月も、原因は親である私にもあったようですが、一人息子がダウンしてしまい、年末年始に入院するといったお正月とはうってかわって、このお正月の一連の作業は、私もかなり無理をして参加してきたので、弟たちも「兄貴、ありがとうな」という声がかかるほどにはなったものの、元旦の恒例になった彼女との初詣も予定通りでかけてきて、我が家に二人で戻ってきたとはいえ、2人とも年末年始の仕事納めや家事での疲労がたまってきてしまい、大晦日にBSハイビジョンで録画した紅白歌合戦を改めて二人で楽しんだ元旦でした。

そして今日2日。とうとう年末年始の疲労が極限を越えてしまい、朝10時まで起床できることすらできませんでしたし、彼女に作ってもらったお雑煮も食べずに、自宅内でテレビ朝日?のHEROという番組を見ていました。

元旦に来た年賀状を改めて見ていたら、母校である東洋大学の教授がこの3月で定年で退官されるという連絡を見て、時代は次々に代わっていることも痛感せざるを得なかったです。高校時代にお世話になった諸先生も次々に定年退職となり、母校の近くを経由していたので、運転するたびにいつか母校に行かれると思っていただけに、時期を逸してしまったという思いでした。

そういえば、私の自宅の隣にある私の会社工場の裏手か工場内に潜んで生活していたなんと<タヌキ>ちゃんが自宅前の国道を渡る途中で車に引かれて即死してしまったというニュースを父から聞きました。

川口という住宅密集地・準工業地域に住みにくくなったとは言えども、生きていたタヌキさん。ご冥福をお祈りします。

明けてしまうと、すぐに仕事始めとなります。

彼女も朝早く娘と新宿のデパートに買い物に付き合ったと電話で聞きましたが、お会計を済ませる列に30分待ちといった状況と聞きます。くたくたのご様子で、さっき携帯を何度も鳴らしても出ませんでした。昼寝をすると聞いていたので、熟睡しているのでしょう。


今年は2008年と比べて<現状維持>を心がけたいと思います。

飛躍と言いたい所ですが、無理は禁物。マイナス成長だけはきっしたくないので、今年は現状維持と唱えておこうと思います。

来訪者の皆様に取りましても、今年も佳いお年になりますようお祈り申し上げます。
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(#361)今年1年間ご来訪ありがとうございました。

2008/12/31 09:53
会社が休暇に入って、今度は父と息子が住んでいる実家の掃除。結局ずっとではなかったものの、昨日まで付き合ってしまった。主にトイレ掃除と大浴場掃除だったが、去年いやおととしまでの自分では強迫神経症で不潔恐怖と言う病気だったので、自分の家のトイレ掃除ですらできなかったが、治癒してから一変して自宅のトイレから始まって父の家の掃除、会社の従業員のトイレ掃除とトイレ専門に掃除を手掛けてきた。
息子も別れた女房から私経由でうつってしまった不潔恐怖症で今も悩んでいるようだが、自宅マンションのごみステーションのドアの開閉すらできない息子に、お父さんもできなかったが病気は絶対に治る。その証で町内会のゴミ拾いや古紙回収をする衛生部の副部長を拝命するほどになっているでしょ・・・と。

あとは、父の家にたまりにたまった洗濯物の洗濯と乾燥に頑張った。父と言うより息子の分の洗濯物がたまってしまったのだ。

おかげさまで、自宅の片づけが進まない。

疲労も極限に達して来ていたが、息子もぼやいてたが、私の弟夫婦が来てくれて掃除をしていると、独特の耐えられない気遣いの雰囲気があるようで「お父さん、ぼくこれから大学へいって逃げちゃおうか?」と一言。私が息子に「何で?」と聞きただすと、「おじちゃんたちの雰囲気に耐えられないし、掃除もこれでは往復4時間かかっても大学に通っていた方がいいんだ」とのことだった。
私も正直言って、弟夫婦の独特の雰囲気に慣れたとはいえども溶け込めない何かがある。それゆえに仕事をしていても、同じ事務所に机を並べるのが耐えられなくて、ついつい<現場主義>と言う看板を名刺に刷り込んであるので、現場に出てしまうのである。

ところで、彼女に昨日「あなた、この1年間で急に明るくなったわね」と言われた。
「そうかなぁ?」と謙遜。でも、暗い雰囲気でもばかになって明るくふるまっていることも事実なのである。

今年1年を振り返っても、いろいろな人との出会いがあったし、神経科的な疾患で動けなかった自分があり、暗い雰囲気のところに飛び込んで行かれなかった自分もあった。でも、相田みつを先生の「がんばんなくてもいいからサ、具体的に動くことだね」を座右の銘にして、今年はどんなに人が嫌がる所や仕事も率先して引き受けて、地道にやりぬいてきた。特にボランティアでやらせていただいてきた町内会でも、若者の友達が増えてきた。

信用や信頼と言うものはお金では買えない。私は会社の業績不振の責任を取った形で、給与も半分に減額したが、正直これでは満足な生活ができないのだが、それでも持ち家がある、少ないけれど固定費を払うことができるだけの給与はもらえる。これだけでもどんなに幸せなことだろうか?

今年の初めのこのブログのアクセスは5000を切る程度でした。でももうすぐ7000アクセスになろうとしています。
自由気ままに書かせていただきましたが、遊びに来てくださってありがとうございました。

新年も、気分新たに更新を続けてまいりますので、おひまでしたら遊びに来てくださいますようによろしくお願いいたします。

どうぞ皆さん、佳いお年をお迎えください。
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(#360)クリスマスイブ

2008/12/25 07:39
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昨日も、全力投球で仕事をこなして、帰宅したのは18時を回っていた。
夕方のニュースを見ていると、飯島愛さんが急死と言う。びっくりだ。飯島さんと言えば、ちょっととっぽい感じのタレントで、おじさんとしてはちょっと生意気のような第一印象を受けた人だったが、エイズ撲滅運動のお手伝いや、自叙伝?のミリオンセラー、コメンテーターとしての顔と活躍の場を広げていたことも知っていたので、去年引退された時はブログを夢中で読ませてもらった。

ただ、神経疾患を持たれていたようで、私とおなじ要因を持っておられるということからある意味で共感しており、発見されたのが死後3日と言うことと、2重ロックがかけられていた自宅で(都会なら当たり前だが、マスコミがこのように報じてしまうと、自殺を考えさせてしまうので、マスコミも考えてほしいと思っているのだが)ダイニングの椅子からうつ伏せになるような恰好でなくなっていたという。警視庁は事件性はないとスピード性の持った発表をしたようだが、彼女は腎臓疾患も持たれていたということで、孤独死の(病死)可能性が高いと思われるが、正直私は自殺未遂3回の経験者でもあるので、同じ孤独死と言っても、薬物多量服用による自殺企図を持った死の線も否定できないのだった。

ブログで、ご自身の体調の異常も告白されていたということや、ノイローゼと言うことも書かれていたようなので、通院されていたというのなら、主治医のドクターの方で、少なからず神経科のドクターだったら、まして芸能人です。もっと注意して一人になってしまう環境に彼女を置いてほしくなかったですね。

ご冥福をお祈りします。正式な発表前にこんなコメントを出してすみません。

また、民主党の解散の決議案に、渡辺元行革大臣が造反した格好で自民党から一人だけ賛成された。
この英断に拍手を送りたい。
自民党執行部は、この事態に異例のスピードで戒告と言う軽い処分を発表。中堅若手議員の追随を阻止することが目的のようだが、自民党自身執行部に自信があれば、除名処分くらいしてみたらどうだったのだろうか?
選対委員長のあの悪代官のような顔をニュースで見れば見るほど、早く後輩に道を譲って引退しなさいと言いたい。今の自民党は動き出したとはいえども、国家国民のために即効性のある即時対応ができる能力を持っているとはもはや思えないからだ。
渡辺氏のような若手中堅が自民党を改革していかなくては、自民党は崩壊してしまうだろう。
自由民主党・民主党とあるが。もう「民主党」と言う看板を持った政党が政権を持つ時代にないのである。
100年に一度の大恐慌、緊急事態と麻生氏は言うのなら、それなりの挙党体制に限らず、超党派で国家国民の痛めに動くことができる議員で新党を結成してほしいものである。

さて、今年のクリスマスイブ。彼女から私のラガービール好きの父に「明治のラガー・大正のラガー」と言う限定のビールセットを買ってきてくれ、私も一人息子に「缶コーヒーひと箱」と「特大コーラのペットボトル」にメッセージカードをつけて、1階の父の家に届けてきた。

ちょうど息子が帰って来ていて、父はすでに自室でドア開けっぱなしで就寝(ドアが開いているのは、愛犬の柴犬のひふみがじいちゃんの部屋で寝るらしいので:3歳だがさびしがり屋なのだ)していたので、私と息子とひふみの3人?での会話を交わした。

息子に、差し入れはしていてもお小遣いと学校での食事費に1万円しかあげることができない現状。私の給料が会社存続のために弟とともにこの1年間で20万円も減額されてしまわざるを得なかったので、各種のローンの返済でいっぱいで、息子の食費までも出せなくなってしまったのだった。成人したのだから、バイトでもして稼ぐことも教えているが、今息子は日商簿記1級の結果待ちと、来年5月の公認会計士の資格取得の勉強で、中央大学の経理研究所に参加して、早朝から深夜まで勉強漬けなので、バイトなんかやっていられないのだ。

昨日も、お父さんができることはしてあげるが、やってあげたくともこのお給料では生活を成り立たせることですら、やっとだから、早く資格を習得してからバイトでも励んでねと会話を交わした。息子も分かってくれたとはいえども、困窮には変わらない。

学生時代に困窮な生活を送ることは、人生にとっても必要なことと開き直ることも必要だともいえるが、息子となるとそうは言っていられないことが多く、普通の子ならバイトをして稼いでいるようだが、勉強が忙しくそれもできないということで、出世払いと言うことで、おじいちゃんに助けてもらいなさいと伝えた。

そんな話をしていたときに、もうねむねむだった愛犬のひふみも、いつの間にか眠ってしまった。

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機嫌が悪いと、ウーッ、ワンとうなったり噛みつこうとしているのだが、おとといに我が家に着た彼女と対面させたら、過去に犬を飼っていた彼女だけに5分足らずで、ひふみと遊んでいるのであった。

わがままで小心者なひふみだが、何度となくかわいい。
我が家に来た3年前の冬に、私とひふみは父の家で対面したが、その初対面のころから私との交流の手段として<キス>を覚えさせた。それからと言うものの、私が来るとひふみは私の座った姿勢のところで肩に足をかけてきて口の中や唇をぺろぺろとなめまわすのである。これがひふみと私だけの愛情表現だ。

今日こそ、夜の8時からの10分間だけ、ライトアップが変化する東京タワーの電飾を撮影しに行ってこようと思う。
車で30分ちょっとのところに東京タワーがある。
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(#359)またやってしまった。

2008/12/23 06:46
疲労が極限に達しているということを前回までに語ったと思うが、昨日も埼玉県南部はいつになくどんよりと曇っただけでなく、午後からは雨も降り出し、外の塗装作業にはかなり過酷だった。
また、いつもなら第2日曜日の午前中に町内会の公園清掃と古紙回収をするのであるが、雨天順延と言うことで
おとといの日曜日に実施されたが、年末の第3日曜日だったこともあり、人数の確保もできないことも重なったために、朝7時過ぎからの広報活動に加えて、古紙回収のトラックの確保と運転手の配置に手間取ってしまいながらも、活動全体の指揮監督と実務責任者と最後までも見届けてから帰らなければならなかったので、正直なところ左手指の障害で使えなくとも、健常者と同様に休憩なしで動いたこともあって、帰宅したのが正午近くになっており、汗だくとふらふら状態で倒れるように帰宅したのだった。その晩は14時間も熟睡しても疲れが取れず、朝起きたら隣の会社で下請けの会社から大量の塗装を伴う仕事がごちゃまんとできていたので、筋肉痛とともに歩くこともつらかったので休もうと思ったのだが、ついつい現場主義の私だけに、現場に出て行ったら塗装をこなしてしまっていた。
もともと外資系の仕事をさせていただいている中で、この年末と言いながらもドカンと仕事が入ってくるだけでも、年を越せるだけでも幸せなのだ。だからさぼり雑役のおじちゃんに任せることなく、専務の私が左手をかばいながらも健常者と同じ仕事をこなしてしまってから、夕方4時前まで頑張ったが、雨にぬれて、背中には汗だくで、筋肉痛でふらふら。これでは風邪をひいてしまうので、雨脚もひどくなってきたので、着替えに帰った。明日、つまり今日の祝日も全社員出勤して仕事をこなそうとしているので、天気が回復する天皇誕生日に集中しようと思ったので帰らせてもらった。<また、やってしまった>理由がここにある。

夕方に、川崎市内で(彼女の実家の仕事場で)仕事をこなしている彼女に連絡を取って、彼女の息子から頼まれていた革靴などが私の自宅に届いていたので(私の知人の店で格安に購入したので)、子供と言うのは一日も早く欲しいものなんだからと言うことで、なんと夕方から川崎市内まで首都高速を使って(自家用車なら身障者割引で半額になるので)2時間かかって迎えに行ってから、市ヶ谷の自宅に送り届ける前に一緒に食事と思って、東京都の免許センターがある<鮫洲:さめず>の近くにある行きつけの中華料理屋さんを紹介して二人で四川めんと広東めんをすすってから、今日で50歳を迎えた東京タワーの下を通って彼女を送って帰ってきた。(写真参照)

きょうもそろそろ7時になる。早出をして午前中に塗装作業を完了させてしまおうと思う。
彼女も、今日はクリスマスプレゼントを届けに来てくれるということで、午後はちょっと休ませてもらい、筋肉を休めようと思う。明日水曜日は、またまたトラックで羽田や川崎方面への営業納品が待っているからだ。

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車内から彼女に撮影してもらったから、雨粒が写ってしまいましたが、50歳の「50」と、「tokyo tower」とイルミネーションが施されていました。

われわれと同い年です。



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(#358)久しぶりに・・・。

2008/12/19 20:40
ここのところ、無謀な肉体労働が続いており、(と言っても普通の人が行う過酷な肉体労働ほどではないのだが)不眠症もなんのその、ひたすら平均睡眠時間10時間確保してしまっているほどの疲労ぶりであった。

と言っても1日8時間労働のすべての時間を過酷な肉体労働で占領してしまったら、この時点でこの世にはいないだろう(笑)。私が主張しているのは、本業のほかに紳士服店の営業や町内会のボランティアと家事や通院などで、自家用車を駆使しているとはいえども、朝9時に自宅の玄関を出てからと言うものの夕方6時までは、時間がある時に自宅に帰って来て質素な食事タイム40分程をとることができるかどうか以外は、すべて<動いていること>にある。

過酷な肉体労働も継続してこなす最大の時間は勝負!3時間だ。
それも、くたくたとだらだらやっているような雑役専門のご高齢のおやじさんが1日かかってこなす仕事を休憩なしに手元にフォークリフトとショベルローダーを置いておいてもらえれば、自称<超効率良い作業工程>を考えだし、それだけハードな作業をこなせば、終わって自宅に帰ってから食事は作れないし、風呂にだって満足に入れないし、洗濯や洗濯物たたみまでこなす体力と気力が残っているかわからないほどの内容に、ひたすら夢中になってしまうことにある。

この不景気の時期に、従業員をいかに効率よく動かせられるかを考えて率先垂範しているのだが、失礼だが人間40を超えた人間では、よほど自分の考え方に柔軟性と協調性を備えた<アタマ>を持っていない限り、そこまでだらだらやっているのなら、やめてもらってその分を少しでも私自身がこなして人件費を節減したりするほうが楽と言えば楽なのだ。私自身がこなしていくことで解決できるのなら、フレックスタイムで休日でも時間と意欲があれば出社してマイペースで仕事をこなしていけばいいのだし。

正直なところ、営業納品と称する2トントラックでお客様のところへ納品と打ち合わせに行ってくるだけでも、東京都内や神奈川県の横浜市くらいまでなら、首都高速往復1400円をわざわざ払って、渋滞の中でたらたらと走ってくるなら、信号待ちが多いといえども40〜50キロで急発進や急ブレーキを絶対にしないエコ運転宣言を@埼玉県川口市環境部ATBSラジオB首都高速道路公団の3団体に宣言書を提出して実践しているので、お客さまに時間を指定されていない限り、一般道で有料道路通行料1回の営業で1400円のコストダウンと同時に、エコ運転で燃費アップ、安全運転で事故ゼロで保険料の割引もアップと良いことづくめなのだが、節約には苦労と疲労がたまるものなので、鉄の塊の品物をトラックに積み下ろしするだけでも結構筋肉痛になってくるだけに、けさ起きた時には、ベッドから起きることができないくらい筋肉痛ビシバシだったのである。

そして今日は今年最後の鉄の溶解工程日。手が障害なので直接的な作業までは危険なのでできなくなってしまったが、間接的な作業を弟との打ち合わせでこなすことになり、かかわること2時間半。誰にもフォークリフトを使わせることなく、工場内を品物などを持ち上げてびゅんびゅんと飛び回った。

工場内の各エリアが奇麗に片付いた。あとは私の専属のエリアに持ち込んだ小物の品物を整理整頓して格納する段取りまでこなしてきた。これならこの飛び石連休の終わりまでに、休日出勤できる時間ができれば、24日に予定している営業納品の準備とともに、自分で設定した課題が効率よくこなせることになったわけだ。

段取りが終わって、耳鼻科通院へ。帰ってきて17時になっており、まだ工場内の工程は終わっていなかったが、体力も限界なのと、ボランティアの事務作業の準備もあるので、帰宅して一服しながらお風呂の浴槽に熱めのお湯をためながら家じゅうの洗濯物をドラム式洗濯機に投げ入れて、防水ラジオでお気に入りのTBSラジオを聴きながら体を温める。この時期にいかに足先が冷えているかがよくわかりますね。女性のつらさがよくわかる一瞬でした。
髪の毛もきれいに洗って、熱めのシャワーでフィニッシュ。
左手の指が動かなくなって、入院中にリハビリをしても効果がなく、一人暮らしだけでなく高校生の一人息子の食事と家事をこなしながらの仕事はつらかったが、シャワーを浴びながら当時自分の背中も洗うことができなかったし、バスタオルで体全体が奇麗に水滴をふき取れずに、肌着を着た時に水滴でぬれた状態を我慢して、乾いてから上着を着るといった時代もあったが、時間がすべて解決してくれたようで、今では完全ではないけれども、よほどくうたらなおやじよりは出来の良いちょい悪おやじに成長した。障害の自分が苦痛でなくなり、受け入れることができたことは50にして、成長したなと思っている。

ただ、さすがに風呂上りの勢いで食事を作ることまではできずに、彼女が買って来てくれていた私の大好きなわさびのふりかけで、ヒーヒー言いながらご飯をちょっと大盛りで1杯。お昼御飯のおかずに揚げ物を食べてしまったので、夕飯はこれでいいのであった。

前置きが長くなったが(笑)、久しぶりにと言うテーマは、ミクシィつながりで私が中学校の教師をしていたころの教え子だった女の子(たぶん今年で39歳くらいでしょうか?)から、メッセージをもらったことを言いたかったのでした。

その中学校では赴任期間がたった1年だったのでしたが、初めから教員生活は3年程度と言う運命にあった自分が最初に赴任した学校でしたから、平凡な教員とは比べ物にならないような教員を目指そうという気持ちも強かったので、それだけ思い入れが大きかったころの教え子が覚えていてくれていたことに、感銘を受けたのでした。
私が平凡な教員と失礼な言い方をさせていただいたのは、私は教員採用試験に合格していない臨時的任用教員だったこともあり、試験勉強もしながら勤務評定も気にしながら(でも実際に気にしていたら何もできないし、そんなひまもなかったことも事実なのですが)勤務していたのですが、昨今の公務員評定ではありませんが、試験にさえ合格して平凡ながらも悪いことさえしなければ、実績を積まなくとも定期の昇給はあるし、年に何回かの賞与まで付く、このぬるま湯に入っている同期に正採用で入った仲間がいたが、常に先輩教員から厳しく指摘され指導を受けたり、生徒たちをまとめることができずに、職員室の陰で何度となく泣いていた教師もいたのだったが、私には次年度の試験もあるし、臨時的任用教員となれば採用とか給与のランクも1段階下がることもあり、3Kの仕事は常に私の周りに付きまとってくるし、空き時間になれば職員室で授業研究に没頭と言う時間なのだが、校長にはアッシーをやらされたり、一番許したくなかったのは、冬の石油ストーブ使用時期に、ストーブの芯の部分に水が混入してしまっただけの初期的な故障までも、私の貴重な空き時間に修理してほしいとほざいてくるのだった。

それでも、全校の石油ストーブの灯油の供給担当もやらされ、ガソリンスタンドの職員との交流なども、家業が製造業だったこともあり、こんなことは朝飯前だったが、いやと言うほど雑役をやらされた。でも今日の派遣社員の突然の首切りのように、臨時的任用教員の立場は、当時も苦しいものに変わりはなかった。それだけに臨時的任用教員中まで食事などをしたりしたときに、出てくる教育の実践の話題は熱中教師そのものだった。命がけなのだから・・・。私もその中学校は大学を卒業して初めて即時に赴任した学校だったが、新任教員と言うよりも、新人離れした熱血教師だった(異端児だった)と当時の主任の先生から評価された。

「先生は、社会科の平常の授業に<高校受験>を意識した授業をされていますか?」と超ベテランの社会科の教員から指摘されたが、私は新任ながらも「ハイ!」と答えたこともあった。その先生は集団授業を提唱されていたようだったが、グループ学習で発表させたら、社会科を全く理解していない生徒にとっては単なる<苦痛の時間>に過ぎないことを私自身が劣等生時代だった中学生の時代にいやと言うほど経験していたからだ。学習指導要領もあるが、それを基準にしながらも、1年生のうちからはっきりとした受験を意識させるまではしないとしても、受験に必要な最低限の骨格部分には最低限自然な形で生徒たちに導入したかったからだった。
だから国語の教師には申し訳ないがと生徒に断った上で<社会科に出てくる感じで書くべき用語の書き順なんてどうでもいいんだ>という暴言も吐いていたような気がする。

そうでなくとも、社会科は覚えることがたくさんあって、嫌いな教科のワースト3に入っていただけに、とっつきやすい授業内容に心がけた。そんなこともあり、今回メッセージをくれた女子生徒からは、私は教えたフレーズさえもしっかりと覚えていてくれたことにはとてもうれしかった。

その生徒がお母さんになって、自分のお子さんに「お母さんの注H学の社会科の先生に***ということを面白く教えてもらったのよ」と言う会話が出てくれれば、それこそ教師冥利に尽きるというものだと思うのだ。

今回メッセージをくださった○○さん。先生を探してくださってどうもありがとうございました。
先生のマイミクになってくださっている人の半分は、先生の大切な教え子さんたちです。

S中学の教え子の女子の方との交流で価値観がはっきりと異なってしまっていることに気づいて、お別れをした教え子さんも多いですが、人生生涯学習時代です。(LIFE OF EDUCATIONと言いますが)

これからはみなさんのような若い世代の考え方も先生に教授していってください。

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(#357)鍼灸治療日

2008/12/16 00:14
今日は、月に1回の鍼灸治療日だった。
私は鋳物工場の経営者ゆえに、もぐさを5割アップしても熱さに耐えられるので、先生は増量をしてくれている。

ところが効果がすぐに効き過ぎてしまい、自宅に帰ってきてから彼女とともに3時間も熟睡してしまっていた。
もう今日は彼女を送るために運転することはできない状態だったので、電車で帰ってもらった。

昨日は昨日で、今日も今日で、前日の睡眠薬と安定剤の効き目が残ってしまい、車の運転も居眠り状態だったこともあり、今日は飲まないで休もうと考えている。

寝坊をしたことがない町内会の行事も、おとといは20分も二度寝をしてしまったし、ここの所薬に敏感になっている。

彼女を玄関で送ってから、再び2時間ほど熟睡してしまってからのブログの更新だが、今日は神経科の薬をやめようと思っている。

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さて久しぶりの風景シリーズ。
いまどきこのような公衆電話が大変少なくなってきています。

携帯電話を使わなくなってきた息子ですが、緊急用にと持ち歩きなさいと言って与えてあります。
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(#356)思慮煩雑

2008/12/14 15:22
前回掲載したタバコ税の増税が見送られるようになったようだ。タバコ愛煙家に負担をさせても税収は見込めないということからのようだが。それよりも国会議員の定数を半分にして歳費の大幅なカットをしたらどうなのであろうか?

まだまだ税金の無駄遣いの盲点は多くある。
ある自民党の代議士が出している広報は、時期に見合った政策についての考えを掲載するならいいとしても、世界の中の日本と言う題目で黙々と書いてあるし、民主党の代議士の広報も「政権交代の準備完了。今度はミニは政権交代だ」と銘打つだけで机上の空論しか書いていない馬鹿どもだ。

首相は首相で典型的なKYだし、自民党の分裂をしているような機運がもっと高まっていくことを私は期待しているのだがどうだろうか?

シンドラーエレベータの事故で息子さんの命を奪われたお母様が、12階の自宅に行くまでエレベータが怖くて乗れない代わりに階段で上り下りをされていると言う。実に同情に値することだと思う。
新幹線の0系は事故と言うか死者を一人も出さなかった神話に覆われているようだが、エレベータの保守のプロ会社のSECでもこのような事故を起こしているのだ。人的なミスとしか思えない。徹底的な捜査と分析と責任追及をお願いしたい。

二度寝してしまったこともあり、時事放談が見られなかったが、今日予定していた古紙回収が順延になったと言うことで、来週の予定を調整しなければならない。

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(#355)タバコ税引き上げ濃厚

2008/12/10 18:26
国で認定してタバコは販売されている。
しかし価格の半分以上がタバコ税と消費税だ。

タバコの値上げは1本3円つまり一箱60円の値上げだ。
まだこの程度で済みそうだからいいと思うかもしれないが、趣向品ということで税収を期待するのなら酒税も大幅に値上げすべきなのである。

タバコをすう環境も、ここのところ悪化をたどっている。
副流煙の被害も否めないが高額納税者なのだから、赤いじゅうたんを敷いた喫煙コーナーを設置してほしいものである。

実に不公平だ。
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(#353:順番違いです)ソニーの大量解雇問題

2008/12/10 06:56
昨日までは非正規雇用者たちが対象でしたが、天下のソニーですら正規社員も8000人解雇すると発表。
正規雇用=正社員の定義づけは何なのでしょうか?これでは正規雇用というある意味で保証された社員の皆さんも毎日爆弾を背負った仕事活動をしなければならないということです。確かに非正規雇用の人たちにもそれなりの立場を心得た上での雇用関係ですので、ある程度は差別化があっても仕方ないと思いますが。正規雇用の人たちが8000人も雇用関係を解消されてしまうとなると、そのような企業業績に陥りさせた経営陣の責任問題はどうなるのでしょうか?業績が悪化したり、競争力をつけるために、天下の企業のトップが平然とした顔でマスコミのカメラの前で人事のように話されていることを考えると雇用という概念の定義ですら疑問を持ちたくなります。

企業で頑張っている戦士たちにも生活があります。企業が元気なときにはどんどんと雇用者を増やし、安泰でなくなったら遠慮なくカットしてしまう。これだけでも、雇用関係調整法などの法的な整備も改善する必要があるのではないでしょうか?

画像が消えてしまったようなのでアップできませんが、先日通院の途中で昼食をとるためにカフェショップによってコーヒーとサンドイッチを食べていたら、営業の人間らしい人が、2時過ぎという昼休みをはるかに超えている時間帯に、のんびりとタバコをふかしながらコーヒーをすすって、なんとニンテンドーのDSでゲームを楽しんでいたのだ。
正規雇用社員なのだろうが、休み時間としても大の大人が勤務時間帯に堂々と喫茶店でゲームをしている。こんな社員こそ首にすればいいと思う。

釣りバカ日誌という映画があるが、その映画の浜崎伝助が暇さえあれば釣りの道具のメンテナンス、口八丁手八丁で上司の命令には従わない、いくらたまに大口の仕事を取ってくるといっても、勤務態度が悪ければ雇用関係を解消すべきなのである。

現代の一部の若者の生活観念の乱れも頭に来るが、世の中の査定を厳しくして本当に熱心に勤務についているすべての正規社員のみを残し、派遣社員のような非正規雇用社員についても熱心で業績を上げている社員がいるのだから、一括解雇でなく、よく会社経営陣が精査をして、順当な人間は残してあげるべきであると私は思うのだが・・・。

政治家も首相のように空気が読めないボンボンなのだから即刻やめさせて解散して国民の信を問うべきだと私は思っている。

渡辺JR.も自民党の中で気勢をあげているようだが、自民党から分離して新党なりを結成してでも、衆議院における自民党の過半数割れを起こしていけば政治も面白くなると思っているのだが・・・。

本来のように、日本も<< CHANGE  >>の時期に来ていると思う。

さて、これから連れ合いの彼女のお母さんの命日ということで、千葉県浦安市まで1時間ほど車を運転して手を合わせてこようと思っている。

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(#354)ついにダウン

2008/12/09 23:41
午前中に、毎日通院の耳鼻科に寄ってきて、帰りがけにガソリンスタンドで給油した後で、家に食事の用意がなかったので、吉野屋でカレーライスを食べて帰ってきた。

仕事とは別に、何箇所かの所用があったのだが、寒気がしてひどいだるさが襲ってきて、昼間の14時前から布団をかぶって寝てしまった。おきたのが17時。最初は朝の5時と勘違いしたがとうとう21時過ぎまで食事を取らずに熟睡してしまった。

息子が学校から帰ってきて「お父さん」と言って起こされて起きることができた。

寒い、だるい、食欲がない。外では豪雨が・・・。


もう一度、横になって薬を飲んで明日に備えようと思う。
明日は連れ合いの彼女のお母さんの命日と言うことで、千葉県まで墓参を予定しているのだ。

ところで東金の死体遺棄事件。
勝木容疑者の様子を見ていると、偏見ではないが障害児学級の卒業者とあるが、テレビを見ていると健常者と変わらないことを考えると、厳罰に処してほしいと願うばかりである。精神鑑定の必要はないだろう。

一方で大量解雇の問題。派遣社員の皆さんにはお気の毒で、政府としても早急な対応を求めたいが、派遣社員にならざるを得なかったと言うバックグラウンドも双方で考えなければならないと思う。交通事故の検分ではないが、100対0ではないはずだ。

今までは、人のためにひたすら頑張ってきた。一日のエネルギーの70%は人のために頑張ってきたけれど、30%の殆んどが家事などですごしてしまう。疲れの殆んどは自分のことによる疲れでないことが最近になってよくわかった。

これからもずっとボランティア精神でと思うが、自分のことに対してのエネルギーの発散にも注視していきたいと思う。

<疲れた>
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(#352)疲れが取れない

2008/12/08 17:36
週末の疲れが取れない。
今日も、朝会社で仕事の確認をしてから、特別に急ぎの仕事がないことを確認してから、恒例の耳鼻科通院と思ったら、友人で多発性硬化症と言う難病にかかっている女友達が通院と言うので、北区内の帝京大学病院への通院のお世話をした。

合間に、私のほかの病院の通院と携帯電話のショップにプラン変更に。
難病疾患の友人から昼食に誘われたが、どうも年齢が10歳も年下なのでピンとこないのだ。
丁重にお断りして、年末年始の薬をもらいに神経科の院長のところに行った。

帰ってきたらもう夕方。
ひどく疲れてしまった。

一晩10時間も寝たのに、疲れが取れない。

朝起きてすぐに家を出て、自宅でのんびりとできたのは夕方5時近く。
3〜4日。いや2〜3日間だけでものんびりと過ごす必要があるかもしれない。

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(#352)平穏な日曜日

2008/12/07 17:14
と言う本題に入る前に、昨日土曜日のハードだったこと。

金曜日の短時間に集中して雨の中でずぶぬれになりながら、外作業の結構ハードな作業をこなしてから、夕方に風邪をひいてはいけないので、早めに集めのシャワーを浴びて床についてしまってから、安定剤を飲んだこともあり朝早めに起きた(就寝が20時だったので朝5時起床で十分だったのだ)。
朝7時に、週末に恒例でのんびりと過ごす約束をしていたので、新宿区の自宅まで車を出して迎えに行き、買い物をして我が家に帰ってきてからと言うものの、例年のように年末に大掃除と言うのではなく、こまめに掃除を繰り返していこうということになり、彼女はキッチン周辺をひたすらみがいたり調味料の整理をしてくれていたが、肝心の私が疲れが取れないまま、ソファーに横になり1時間ほど寝てしまったこともあって、今度は私のほうでダイニングテーブルの下のガラクタの整理やコード類の整理、ごみ捨て、掃除機がけ、ぞうきんがけと精を出した。

いつもなら、これであとは一緒にのんびりと夕飯を食べてから、また新宿区まで送っていくのだったが、昨日は、年末と言うことでイレギュラーで土曜日の夜から定例の町会の役員会と納会が予定に入っていたのだった。

仕方なく、二人でお風呂で温まってから、彼女は電車で帰り、私は町内会の会館まで寒いので重装備で出向いたが、本格的な寒さ到来ですっかり凍えきった。

役員会での発言を終えて、納会で乾杯と言っても私は酒が飲めないので、やっとのことでウーロン茶を見つけ出して飲んだ。折詰があったが手を着けずに早めに対席して、回覧板と配布物を配って帰ろうとしたら、衛生部長からカラオケ居酒屋での2次会のお誘いがあり・・・。お付き合いで飲んで歌ってきて(ここでもウーロン茶)帰還したのが23時前になっていた。夕飯も食べていないのである。やっとの思いで着替えてから折詰を口にしてから直ちに布団にくるまって寝てしまって日曜日の朝を迎えた。

さすがに、朝8時に彼女からのモーニングコールがなかったら、お昼まで寝てしまっていただろう。
彼女も息子や娘から逃げたいということで、今日も私の<タクシー>は新宿区に向けて発進することになったのだった。

途中で、彼女の娘のリクエストで、ユニクロに寄って欲しいということで、高田馬場(たかだのばば)のユニクロの開店時刻に合わせて入店して購入後、いざ我が家へ・・・。

さすがに疲れは隠すことができずに、二人でお昼寝タイム。でも、私には、自宅にある作業デスク周辺の片づけが舞っていたので、熟睡したかったが途中で起きてきてせっせとゴミを出して掃除機をかけてきれいにまとめた・・・とりあえず。

お昼寝を始めて3時間たったが、彼女はまだ寝ている。ちょうど月のモノが始まったということで、腰が痛いのと全身倦怠感であったようなので、その痛みが分からない私はのんびりとブログの更新に専念していたのだった。

二人で同じ屋根の下で同じ時間を過ごすといっても、お互いにしたいことをして、時には一緒にテレビを見たり食事をしたり会話をしたり・・・空気のような存在だ。
こんなパートナーにお互いが巡り合えなかったもの同士、腐れ縁でつながっていくのだろうと思っている。

よく、芸能人に限らず、子供ができました、入籍しました、離婚しました、再婚ですなんて言うことを聞くけれど、お互いによく性格や考えを忌憚ない状況で判断した上で結婚するといった慎重さが欲しいということを息子たちには(娘にも)言い聞かせたいと思っている。できれば数ヶ月間は同棲でもさせたいと思っている私だが、親として過激な発言なのであろうか??

それにしても、彼女起きる様子がないところをみると、かなりしんどいのだろうか??心配になってきた。
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(#351)懐が寒い

2008/12/06 03:39
昨日は関東地方、特に首都圏で冬の嵐になった。
私も鉄の溶解工程の日で、実際には現場で一緒に工程を支えることが困難であるために、外注先から納入された鋳物製品の塗装をいっぺんにこなしてしまおうと頑張ってみた。

途中から集中豪雨のために、ぬれ鼠になりながらの奮闘だった。

普段だらだらやっている雑役のおやじさんなら半日以上かかる仕事を、私がフォークリフトを駆使してこなすと2時間ちょっとで終わったが、日ごろから体がなまっていることから、終わった瞬間に立っていることもできないくらいになってしまったので、冷えないうちに熱いシャワーを浴びて工場内での粉じんで頭の毛も真っ黒な状態だったので、全身すべてみがいて出てきたら、今度は空腹感。

不幸にして御櫃の中のご飯は食べつくしていたので、長崎ちゃんぽんへ、セットメニュー650円も使ってしまったら、財布の中には数千円しか残っていないことに気づいたら、頑張ったご褒美も我慢しなくてはいけないというさびしい気持ちになり、かなり疲労とともに精神的にへこんだ。

安定剤を少し余分に飲んでから、布団にくるまって眠りこけた。

でも、昨日も言ったように仕事・収入・家までもがなくなってしまうことを考えたら、幸せなほうだと考えなさいと彼女からのメール。確かにその通りである。

数千円でも残っているからまだましだ。

気分を取り直して、朝方3時まで熟睡してしまったが、今日から位置について…頑張ろうと思う。

疲れがたまると精神衛生上良くないことが多いので、睡眠は十分にとっていくことを徹底しなければいけないと思います。
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(#350)十分に幸せと思わなくてはいけないと思う。

2008/12/05 10:39
今朝も、非正規雇用の大量の解雇のニュースで目を覚ました。
収入は勿論のこと、住居まで一瞬にしてなくなってしまう人たちが世の中にあふれかえろうとしている。
一方で、官僚経験者や政治家の天下りで、私腹を肥やすだけでなく国民の血税から何千万円という膨大な退職金まで支払われ、受け取るほうも当然のようにもらっているのも事実なのである。

みのもんたの朝の番組でも何度も聴かされた天下り法人に対して支払われている血税からの支援金は12兆円を超えると言われているが、社会保障の問題にせよ、雇用の問題にせよ、このある意味で無駄金である12兆円から半分でも捻出できないのだろうか?医療保障に対する対策費も2兆円もあれば当座はしのげると言うことだから、まわすくらいの危急的な対策は自民党公明党である与党にはできないのだろうか?

あと1週間足らずで住む家もなくなるという人たちに対しての政治的配慮や対応はできないのなら、政権は返還すべきだろう。もはや自民・公明・民主の争いではない。他のすべての政党の人間で超党派で全力で舵取りをしなければ、暴動も起きてくるのではないだろうか。私はそのことを危惧しているし、国会も何も審議もせずに黙っていても1日の運営費は1億円かかると言われているのである。無駄なことは今日子の時点で排除すべきであり、すべての国民が明るい安泰なお正月を迎えられるような政策を講じてほしいものだと思う。

幸いにして、私事だが、私が経営陣の一人として運営している製造業の零細企業も業績の悪化で、役員報酬は今年1年で半分に減らさざるを得なかった。生活費を捻出するのにも必死なレベルまで下げなくては会社が閉じてしまうからだ。従業員数名の会社だが、従業員の生活も守らなくてはならない。地道なコストカットをしながら今まできたけれど、まだ親からの供与で過ごさせてもらっている自宅もあるし、生活費を捻出するのに大変なレベルとは言えども報酬は今のところ順調に入ってきているのである。これだけでも幸せと思わなくてはいけない。
私とお付き合いをさせていただいている連れ合いである彼女にもある程度サポートしてもらいながら、また私からもサポートをさせてもらいながらも、地味で質素だけれどお正月を究極な困窮状態でなく迎えられそうなレベルで生活できると言うことだけでも幸せと思わなくてはいけない。

先日も島田洋七の「佐賀のがばいばあちゃん」のDVDを何回も観ていたが、貧乏でも考え方ひとつで幸せに暮らせることができるものだと痛感した。だからこんな私でもボランティアで何かお手伝いできることはすすんで実行している。

年内に失職を通告された皆さんの心境はいかばかりか計り知れないものがあると思っている。
麻生首相自体、金に困った生活を経験したことがないから、庶民目線のパフォーマンスはできても、庶民目線でのものの考え方ができないのだ。おまけに私は第1印象ががたがたに崩れたのは、麻生首相は最初に文言に出したことを、数日の間でころころと変えてしまう癖があることなのである。おまけに数重なる失言問題。資質の問題もあろうかと思う。

本当に雇用関係を解消された皆さんには心中お察ししたいと同時に、せめて住む家だけでもしばらくは住まわせてあげていただきたいと願うばかりである。
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